ブルーアーカイブ Last on Kivotos   作:ヴィーナス

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第24話:闇に潜る父

先生とアザゼルが、診療所という陽の当たる場所で、少しずつ人々の信頼を勝ち取っていた頃。

シラヌイは、百鬼夜行の最も暗く、淀んだ場所へと、その身を沈めていた。

 

先生がいない今、彼の行動に容赦という言葉は存在しない。

 

彼の最初の標的は、街の裏社会を牛耳る情報屋だった。

シラヌイは、その男が寝床にしている廃墟に音もなく侵入すると、抵抗する間も与えず無力化し、路地裏へと引きずり込んだ。

 

「情報を話せ。久田イズナ。忍術研究部にいたはずだ」

「ひっ…! し、知らねえな…!」

「そうか」

 

次の瞬間、情報屋の悲鳴が、分厚い布越しにくぐもって響いた。

シラヌイは、一切の躊躇なく、男の指を一本ずつ折っていく。

 

「もう一度聞く。久田イズナは、どこにいる?」

 

半狂乱になった情報屋から全ての情報を絞り出した後、シラヌイは彼を敵対する組織のアジトの前に放り出した。

「手土産だ」というメモを添えて。

 

そうして得た断片的な情報を繋ぎ合わせ、彼は確信を得る。

娘、イズナは、確かにこの百鬼夜行に帰還していた。

そして、陰陽部の上層部にその腕を買われ、非公式な任務に従事している。

 

安堵と、そして新たな焦燥。

シラヌイは、休むことなく調査を続けた。

集まってくる情報は、彼の心をじわじわと蝕んでいくものばかりだった。

 

「あの子、最近じゃ、まるで心を失くした人形みたいだ」

 

その言葉が、彼の胸を抉る。

娘は、自分と同じ道を歩んでいる。

その才能を利用され、心を殺し、ただの道具として、汚い仕事に手を染めている。

 

シラヌイの胸を、激しい後悔が締め付ける。

スパイとして、この世界の闇を知り尽くしてきた。何も知らず、無力なまま生きることが、どれほど危険で不安定なことか。

だからこそ、娘には最低限、自分の身を守り、生き延びられるだけの力を与えたかった。

忍術という体裁で、様々な知識と技術を授けたのは、歪んだ形ではあったが、紛れもない親心からだった。

 

だが、その結果が、これなのか。

良かれと思って与えた力が、かえって娘を闇に引きずり込み、心を殺す道具になってしまった。

守るための力が、彼女を縛る呪いとなってしまった。

 

(俺が…俺が、娘をこんな風にしてしまったのか…)

 

その瞬間、彼はようやく自覚した。

10年間、燃やし続けてきた『先生』への憎悪。

それは、このどうしようもない現実から目を逸らすための、都合の良い言い訳に過ぎなかったのだと。

 

仮に、あの『色彩消滅作戦』に先生が関わっていなかったとしても。

娘を、この百鬼夜行という、魑魅魍魎が跋扈する学園に入学させた時点で、彼女はいつか、その才能故に、誰かの目に留まり、利用される運命にあったのかもしれない。

 

憎むべきは、先生ではなかった。

娘を、この残酷な世界に産み落とし、守りきれなかった、自分自身の無力さだったのだ。

 

彼は、最後の賭けに出た。

黒服と、密かに接触したのだ。

 

「…取引だ。陰陽部の内部ネットワークに侵入できる、強力なPCウイルスが欲しい」

「ほう。面白い。対価は?」

「『先生』に関する、俺が知る限りの全ての情報だ」

 

黒服は、興味深そうにシラヌイを見つめた。

 

(先生の情報、ですか。それは既に、私が一番よく知っているのですが…)

 

しかし、黒服はそれを口には出さない。

目の前の男は、娘のためなら、禁制品である『雷帝の遺産』を、今度は百鬼夜行の本部に撃ち込みかねない。

そうなれば、巻き添えで先生が死ぬ可能性がある。それだけは、避けなければならない。

 

「いいでしょう。取引成立です」

 

黒服は、シラヌイに一つのデータチップを渡した。

それは、表向きは強力なウイルスだが、実際には黒服が完全に制御できるバックドアが仕込まれたものだった。

万が一の時は、遠隔で無力化できる。

 

シラヌイもまた、黒服が渡してきたウイルスが、完全なものではないことには気づいていた。

だが、それでいい。この男が干渉してくるのは、先生の身に危険が及ぶ時だけだ。

自分の目的の範囲内では、手出しはしてこないだろう。

互いの利害は、奇妙な形で一致していた。

 

シラヌ-イは、そのウイルスを使い、陰陽部の厳重なセキュリティを突破する。

そして、彼は見つけてしまった。

極秘裏に管理されている、非公式な任務に従事する生徒たちのリスト。

その中に、『久田イズナ』の名前があるのを。

 

監視を続けるうち、彼はついに娘の現在の姿を捉える。

夜陰に乗じて、ある建物を破壊工作するイズナ。

その動きは、かつて自分が教えた通り、洗練され、無駄がない。

だが、その瞳には、何の光も宿っていなかった。

喜びも、悲しみも、怒りさえも感じられない、ただ虚ろで、死んだような目。

 

絶望が、シラヌイの全身を打ちのめした。

しかし、彼はまだ諦めなかった。

任務を終えたイズナが、一人、誰もいない場所で、小さなノートに何かを書きつけているのを見た。

その横顔に、一瞬だけ、苦痛と悲しみの色が浮かんだのを、彼は見逃さなかった。

 

(まだだ…まだ、間に合う…)

 

娘は、まだ「一線」を越えてはいない。

心は、まだ完全に死んではいない。

ならば、救い出せる。

 

だが、どうやって?

陰陽部という巨大な組織を相手に、自分一人では、どうすることもできない。

下手に動けば、娘をさらに危険に晒すだけだ。

 

(…俺、一人では…)

 

その時、シラヌイの脳裏に、あの男たちの顔が浮かんだ。

お人好しで、理想論ばかりを語る、記憶喪失の『先生』。

皮肉屋で、虚無主義者を気取りながらも、今は必死に人々を治療している、元『医者』。

 

(…チッ)

 

舌打ち一つ。

プライドも、過去の憎しみも、今はどうでもいい。

娘を救うためなら、悪魔にだって頭を下げる。

シラヌイは、亡霊のような足取りで、光の差す場所へと、仲間たちのもとへと、戻ることを決意した。

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