ブルーアーカイブ Last on Kivotos   作:ヴィーナス

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第29話:すれ違う正義

街の各所で、原因不明の小規模な爆発や、インフラ設備の不審な故障が頻発するようになった。

それは、シュロによる、本番に向けた予行演習だったが、その犯人が誰なのか、まだ誰も特定できてはいなかった。

 

この異常事態に、真っ先に動いたのは、百花繚乱紛争調停委員会だった。

 

「――これ以上の狼藉は、この私が許しません!」

 

委員長のナグサは、そう宣言すると、部隊を率いて犯人の捜索を開始した。

神秘が失われ、誰もがただのか弱い少女となったこの世界で、10年間、身を粉にして街の治安を守り続けてきたのは、間違いなく彼女たちだった。

 

かつての5人だけでは、この広大な学園の治安維持は不可能だった。

そのため、ナグサは百鬼夜行内で治安維持の経験がある武闘派の生徒たちを次々と引き抜き、委員会をかつてより遥かに大規模な、実質的な警察組織へと再編成した。

メンバー不足は解消されたが、その代償として、組織の意思統一は困難になった。

「分かりやすい敵」や「明確なルール違反」でなければ、武闘派の彼女たちを一つにまとめることは難しい。

そのため、政治的な判断は陰陽部に委ね、彼女たちは実力行使に特化する組織となっていた。

 

その頃、百花繚乱の詰め所では、かつての委員長、七稜アヤメが、ナグサから上がってくる報告書に目を通し、深く眉をひそめていた。

彼女は『色彩消滅作戦』の衝撃で目を覚ましたものの、その身体は、もはや前線で戦える状態ではなかった。

今は、百花繚乱と陰陽部の衝突を避けるための仲介役として、書類仕事などの裏方に専念している。

 

「ナグサ、この連続破壊工作…犯人の目星は?」

アヤメの問いに、ナグサは悔しそうに首を振る。

 

「いえ、全く。手口が巧妙で、痕跡がほとんど残っていません。ただ…」

 

ナグサは、一枚の報告書をアヤメの前に置いた。

 

「容疑者リストです。筆頭は、もちろん、あの『先生』一行です」

 

アヤメは、そのリストを見て、静かに頷いた。

 

「…仕方ありませんね。結界が緩んだタイミングで、まるで招かれたかのように現れたのですから」

 

二人の脳裏に、同じ一つの可能性が浮かんでいた。

この大結界に干渉できる存在は、この学園にただ一人しかいない。

賢人、クズノハ。

百花繚乱の古いメンバーである彼女たちは、その存在を知っている。

しかし、クズノハは、この結界を張って以来、世俗に一切関わろうとはしなかったはずだ。

 

「私たちの知らないところで、何かが動いている…それも、あの怪しい一行を中心に」

 

ナグサの声に、苛立ちが滲む。

先生が死んだことは、アヤメ以外の、あの作戦に参加した百花繚乱のメンバーたちは、この目ではっきりと見ている。

それなのに、今、目の前にいる男は、10年前と全く変わらない姿をしている。

委員会の中でも特に霊感が強い生徒に視させても、「当時の魂の揺らぎと、寸分違わない」と報告が上がってきた。

 

誰かが、何かをしたのだ。

しかし、動物族たちのあの心からの歓迎ぶりを見る限り、彼は紛れもなく『本物』の先生なのだろう。

診療所で、自らは汚れ仕事を引き受け、アザゼルを支えるあの姿も、かつての先生なら、きっと同じことをしたに違いない。

ナグサやアヤメといった古参メンバーにとって、先生は「何か大きな隠し事がある、ちょっと疑わしい人物」程度の認識だった。

彼を単純な悪人と断じることはできなかった。

 

しかし、委員会の大半を占める、武闘派の引き抜き組は違った。

彼女たちに、先生との接点はない。あるのは、「得体の知れないよそ者が、街の混乱と同時に現れた」という事実だけだ。

彼女たちの思考は、もっと単純だ。正義か、悪か。捕まえるか、捕まえないか。

その二元論で、先生一行は、紛れもなく「悪」だった。

 

「委員長! なぜ、あいつらを泳がせておくんですか!?」

「さっさと捕まえて、吐かせればいいでしょう!」

 

引き抜き組のメンバーたちは、不慣れな監視任務に苛立ちを募らせていた。

その鬱憤は、自然と診療所に向けられる。

彼女たちは、診療所の周りを威圧的に巡回し、出入りする患者たちを睨みつけた。

その強引なやり方は、住民たちの間に、百花繚乱への不信感を募らせていく。

治安を守ってくれる存在であることは理解できる。だが、その強引な手腕は、尊敬には値しなかった。

 

二人は、かつて因縁のあった箭吹シュロのことも考えたが、すぐにその可能性を打ち消した。

彼女とは、もう何年も会っていない。この神秘が薄れた世界では、彼女のような存在は、とうの昔に消えてしまったのだろうと思われていた。

 

二つの正義が、この停滞した街で、静かに、しかし確実に、すれ違い始めていた。

百花繚乱は、不審人物を追うと同時に、容疑者リストの筆頭である先生一行への監視を強化した。

診療所は、常に彼女たちの厳しい視線に晒され、訪れる患者たちも、どこか居心地の悪そうな顔をするようになった。

 

信頼と、疑念。

善意と、警戒。

複雑な感情が、この街を、より一層、息苦しいものにしていた。

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