ブルーアーカイブ Last on Kivotos   作:ヴィーナス

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第32話:砕け散った魂

炎は激しく燃え続けていた。

百鬼夜行の街は、炎の熱風と叫びと嘆きに満ちている。

 

先生は、診療所の片隅で、壁に背を預けたまま、動かずにいた。

その瞳には、何の光も宿っていない。

ただ、目の前で燃え盛っている、あの地獄の光景だけが、繰り返し、繰り返し、再生されている。

 

(無駄だったのか…)

 

今までの、全ての努力が。

薬草を求めて駆け回った日々も、診療所で交わした、ささやかな会話も、全てが、あの炎に飲み込まれて、灰になった。

 

砕け散ったのは、街だけではない。

先生自身の、魂もだった。

 

耳の奥で、叫び声が響いている。

助けを求める、生徒たちの声。

絶望に泣き叫ぶ、住民たちの声。

その一つ一つが、鋭いガラスの破片となって、彼の心を抉り続ける。

 

(なぜ、こうなった…?)

 

自問自答が、始まる。

この悲劇は誰かの、歪んだ正義感だけが生み出したものなのだろうか。

違う。

彼の目には、この百鬼夜行の惨状が、キヴォトス全体の、構造的な問題の縮図として映っていた。

 

機能不全に陥った、連邦生徒会。

見捨てられ、忘れ去られた、学園都市。

その中で、人々は希望を失い、互いを疑い、緩やかに死んでいく。

この事件の犯人は、その「緩やかな死」に、テロという形で、無理やり終止符を打ったに過ぎない。

 

(俺は、何を見誤っていた…?)

 

アビドスでの成功体験。

生徒一人ひとりに寄り添い、対話すれば、道は拓ける。

その信念は、間違ってはいなかったのかもしれない。

だが、それだけでは、足りなかったのだ。

 

この世界には、個人の善意や努力だけでは、どうにもならない、巨大な悪意と、構造的な欠陥が存在する。

それに、どう立ち向かえばよかったのか。

 

先生は、過去の栄光を知らない。

以前の自分自身が、どうやって世界を救ったのか、知らない。

だからこそ、彼は、古い権威や、既存のやり方に、固執しない。

ただ、目の前の現実だけを見つめる。

 

(今、苦しんでいる人々を、どうすれば救える…?)

 

その純粋な問いが、彼の思考を、新たな結論へと導いていく。

暗闇の中で、一つの光が、灯る。

それは、今まで彼が積み重ねてきた、住民たちとの対話の記憶だった。

 

薬草を採りながら、動物族の生徒が語ってくれた、この土地の豊かな自然の知識。

治療を受けながら、元職人の生徒が漏らした、物資さえあれば、何でも作れるという、失われた技術への誇り。

そして、アビドスの生徒たちが、あの過酷な砂漠の中でも、決して希望を捨てずに生き抜いてきた、その強さ。

 

そうだ。

俺は、一人で抱え込みすぎていた。

「先生」だから、自分が何とかしなければならない、と。

その思い込みが、自分の視野を狭め、目の前にあるはずの、これらの『力』を見えなくさせていたのだ。

 

本当の『寄り添い』とは、一人で全てを背負うことではない。

それは、仲間を信じ、彼らが持つ専門性を、最大限に活かせるように采配し、チームとして、巨大な悪意に立ち向かうことだ。

 

医者には、医者の。

スパイには、スパイの。

戦闘のプロには、プロの。

そして、自分には、自分にしかできない役割がある。

 

それは、この混沌の中から、未来への大きな絵図を描くこと。

アビドスと、百鬼夜行。

砂漠の学園と、停滞した楽園。

アビドスには、技術と、未来への意志がある。だが、資源がない。

百鬼夜行には、豊かな資源と、失われた技術がある。だが、希望がない。

 

もし、この二つが手を組めば…?

互いの弱点を補い、共に生き残るための、新しい連合。

連邦生徒会に頼らない、生存者たちの、新しいコミュニティ。

 

その、途方もないビジョンが、先生の頭の中に、確かな形を結んだ。

それは、先生一人の考えではない。

彼の空っぽの器に、アビドスと、百鬼夜行の、生徒たちや住民たちの、魂の苦悩や、叫びや、そして、ささやかな希望が注ぎ込まれて、生まれた、巨大なビジョンだった。

 

それは、破壊への対抗策としての、創造。

絶望の淵で、彼は、キヴォトス全体の構造にまで寄り添い、その問題を解決するための、革命的な設計図を、手にしたのだ。

 

先生は、ゆっくりと顔を上げた。

その瞳に、再び、静かだが、しかし、今までとは比較にならないほど、強く、そして確かな光が宿っていた。

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