ブルーアーカイブ Last on Kivotos 作:ヴィーナス
燃え盛る市街地から遠く離れた、森の中。
イズナとシラヌイは、上層部からの追っ手から逃れるため、息を潜めていた。
父との再会は、イズナにとって、何よりも喜ばしいことだった。
だが、彼女の心は、晴れなかった。
「お父様…このままで、いいのでしょうか」
イズナは、遠くで赤く染まる空を見上げながら、静かに言った。
「先生たちが、困っています。このまま逃げ続けて、先生が大結界をどうにかしてくれるのを待つだけなんて…それは、お父様が教えてくれた、忍者の道ではありません」
その言葉に、シラヌイは何も言えなかった。
娘を救ってくれた恩人たちに、多大な迷惑をかけたまま、この場を去るのは、彼の流儀にも反する。
だが、今戻れば、イズナを再び危険に晒すことになる。
その時、茂みの中から、複数の気配が立ち上った。
追っ手だ。
しかし、その動きは、正規の訓練を受けたスパイのものではない。雑で、殺意だけが先走っている。
「…チッ。どうやら、遠慮する必要はなくなったようだな」
シラヌイの目に、かつての鋭い光が戻る。
この混乱の最中、自分たちを追ってくるのは、上層部の正規部隊ではない。
イズナを操っていた、あの派閥の私兵だろう。
父と娘は、アイコンタクトだけで、互いの意志を確認した。
二人は、闇に紛れて、音もなく追っ手たちに接近すると、その意識を的確に刈り取り、脱出不能なように拘束していく。
「――先生のもとへ、戻るぞ」
「はい! 主君をお助けするのです! ニンニン!」
その頃、百花繚乱の野戦指揮所では、委員長のナグサが、極限の選択を迫られていた。
テロを未然に防ぐのは、自分たちの任務だ。
だが、起きてしまった、この大規模な災害の前では、あまりにも無力だった。
巨大なハンマーを手に、燃え盛る団地に飛び込み、瓦礫を砕いて一人でも多くの生徒を助け出すか。
それとも、ここで指揮を執り、手当たり次第に指示を出すか。
どちらも、焼け石に水でしかない。
本来ならば、陰陽部が陣頭指揮を執るべき状況だ。
しかし、駆けつけたのは、副部長の桑上カホただ一人。
人員も、経験も、何もかもが足りていない。
ナグサは、奥歯をギリリと噛み締めた。
その、絶望的な状況の中に、一人の男が現れた。
先生だ。
足を引きずりながらも、その瞳には、確固たる意志が宿っている。
「…何の用ですか。見ての通り、我々は忙しいのですが」
ナグサは、苛立ちを隠さずに言った。
先生は、何も言わずに、ただ、深く頭を下げた。
「…頼む。君たちの力を、貸してほしい」
その、あまりにも率直で、謙虚な言葉に、ナグサは一瞬、言葉を失った。
先生は、続ける。
「俺は、無力だ。一人で調査に出て、怪我をして、君たちに助けてもらった。結局、何もできなかった。この街を、このままにしてはおけない。だから、どうか、力を貸してほしい。君たちのような、プロの力が必要なんだ」
ナグサの頭の中で、様々な情報が交錯する。
この男は、怪しい。だが、今回のテロとは無関係だ。
記憶喪失だと主張しているが、その指揮官としての才能は、これまでの行動で十分に証明されている。
記憶と才能は、別物だ。
そして、何よりも。
この男は、この学園の真の主である、クズノハ様が、自ら招き入れた存在だ。
クズノハ様が信じるのなら、自分も信じるしかない。隣に立つカホも、同じ見解のはずだ。
自らの失敗を、潔く認める。
そして、相手への敬意を払い、協力を要請する。
その、あまりにも真摯な姿勢に、ナグサの心の中にあった、最後のプライドの壁が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。
その時だった。
「――先生!」
炎と煙の中から、二つの影が、ナグサたちの前に駆けつけてきた。
イズナと、シラヌイだ。
その光景を見て、ナグサは、ついに決断した。
「…分かりました。百花繚乱紛争調停委員会は、これより、先生、あなたの指揮下に入ります。どうか、我々に、的確な指示を」
こうして、今までバラバラだった者たちが、一つの目的のために、巨大な対策チームとして結成された。
先生の心に灯った、小さな革命の炎。
それが今、反撃の狼煙となって、この絶望に包まれた街に、高々と上がったのだ。