ブルーアーカイブ Last on Kivotos   作:ヴィーナス

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第34話:未来への設計図

「――作戦を開始する」

 

先生の、静かだが、力強い声が、野戦指揮所に響き渡った。

彼の指揮のもと、今までバラバラだった者たちが、一つの巨大なチームとして、驚くべき連携を見せ始める。

その中には、消火活動の経験がある動物族や一部の一般生徒、そして何よりも自分たちの家を自分たちで守るという長年の覚悟を持つ多くの動物族、さらにはアザゼルの診療所で恩義を感じている一般人や生徒も混じっていた。

彼らは皆、命懸けだった。インフラがダウンし、統治機構が機能不全に陥った今、先生と共に動くことが、己と街を守る唯一の賢明な選択だと理解していたからだ。

 

「百花繚乱は、実動部隊として、テロリストの仲間たちの無力化と、残された爆弾の解体にあたってほしい。ナグサさん、君の部隊ならできるはずだ」

「…了解しました」

 

「アザゼル、セリナ、ハナエ。君たちは、負傷者の治療を行う野戦病院を。後方支援は、君たちにしかできない」

「やれやれ。人使いが荒いですねぇ」

 

「そして、黒服。君には、技術的な支援を頼みたい。通信妨害の解除や、爆弾の解析。君の知識が必要だ」

「ククク…いいでしょう。面白くなってきましたからねぇ」

 

先生は、全体の指揮を執り、テロリストの次の行動を予測する。

彼の頭の中には、この街の地図と、それぞれのチームの能力が、完璧にインプットされていた。

それは、彼が今まで、この街を歩き、人々と対話し、仲間たちを信じてきたからこそ、可能な采配だった。

 

そして、先生は続けた。

 

「延焼を食い止めるため、抜本的な手を打つ。燃えている区画と、まだ無事な区画の間に、防火帯を設ける」

 

その言葉に、指揮所の空気が一瞬凍り付く。

防火帯とは、つまり、一部の区画を犠牲にするということだ。

 

「この作戦は、アビドスに連絡済みだ。緊急措置的な人道行動として、反対意見は出ていない」

 

先生は、自身のカードを取り出した。

 

「このカードを使えば、アビドスにいるシロコ、ホシノ、そしてシロコ*テラーの三人を、短期間だが召喚できる。彼女たちの力で、選定した区画を最小限の被害で破壊し、延焼を食い止める」

 

ナグサは、先生のあまりに大胆な計画に、器の違いを知った。

自分ではこの極限の状況では、せいぜい集団で団地のドアを壊して助ける程度しか思い浮かばなかったのに、先生は記憶がなくても、大規模な戦術眼という才能は全く失われていない。

かつての大規模作戦の数々の記憶はなくても、それを指揮するに値する頭脳は何も変わっていないのだ。

 

作戦は、驚くほどスムーズに進んだ。

先生の指示のもと、破壊する区画の人々は迅速に避難させられた。

住民たちは、自らの家が破壊されると知りながらも、先生の指示に黙って従った。

今までの地道な無償奉仕が、こうした極限の時に、揺るぎない信頼の形で返ってきた瞬間だった。

 

そして、先生がカードを掲げると、閃光と共にシロコ、ホシノ、シロコ*テラーの三人が現れた。

彼らは先生の指示通り、延焼している区画とそうでない区画を最小限に留めながら、選定された区画を破壊し、見事に防火帯を形成した。

 

その光景を見届けていた桑上カホは、確信を得た。

彼女が無理をしてでも現場に来ていたのは、この瞬間を見届けるためだったのだ。

密偵から先生がカードらしきものを所有しているという情報は聞いていたが、それが本物かは実際に使うまでは分からなかった。

しかし、今、そのカードが他校から超遠距離転送を実現した瞬間、彼への対応は決まった。

そしてようやく、クズノハの真意を理解に達した。

変化の時代が、本当にやって来たのだ。

 

一方、首謀者の特定も、三人のプロフェッショナルによって、冷徹かつ迅速に進められていた。

まず、動いたのは黒服だった。

 

「ククク…見つけましたよ。爆発と同時に、極めて微弱な、しかし統制された起爆信号が一斉に送信されています。発信源は、このエリアですねぇ」

 

タブレットに、街の北西区画を示す地図が、赤くハイライトされる。

その情報を、シラヌイが引き継いだ。

 

「北西区画…。あのエリアには、放棄された学園の廃墟がある。そして、最近、複数の闇業者から、大量の爆発物が、その周辺に運び込まれたという情報がある。保管場所としては、うってつけだ」

 

最後に、イズナが、その情報を、決定的なものへと変える。

 

「その廃墟の学園…イズナも知っています。陰陽部の一部が、非公式な訓練施設として使っていました。監視カメラも、警備システムも、全てダミーです」

 

彼女は、自らが利用されていた時に得た、内部の情報を、ためらうことなく開示した。

三つの異なる情報が、パズルのピースのように組み合わさり、一つの結論を導き出した。

 

「…ただ逮捕しても意味がない」

 

先生は、瓦礫の山と化した街を見つめながら、呟いた。

 

「これは、単なるテロじゃない。破滅的な思想に基づいた犯罪だ。罪を認めさせ、正式に裁かなければ、第二、第三の模倣犯が現れるだけだ」

 

先生は、シラヌイとイズナ、そして百花繚乱の精鋭部隊数名と共に、一台の装甲車に乗り込み、シュロの元へと急いだ。

燃え盛る街を駆け抜ける車内は、緊迫した空気に包まれていた。

しかし、先生だけは、その状況とは裏腹に、普段持ち歩いている小さなノートに、一心不乱に何かを書き殴っていた。

 

「先生。この緊急時に、メモですか?」

百花繚乱の隊員の一人が、訝しげに問いかける。

「今は、突入計画の打ち合わせをすべきでは?」

 

「これが、犯人を説得するための、俺の武器なんだ」

先生は、顔を上げずに答えた。

 

「説得中は、手出し無用で頼む。おそらく、彼女は隠し持っている最後の手段を、本当に使おうとするだろう。その時は、即座に鎮圧してくれて構わない。だが、そうでないなら、俺に任せてほしい。考えがある」

 

その言葉に、隊員は眉をひそめた。

 

「…分かりました。あなたの能力は、この目で確かめましたからね。信じましょう。ただし」

 

彼女の声が、氷のように冷たくなる。

 

「彼女が、本当にボタンを押す、その直前には、我々は殺してでも止めます。それが、我々の役割ですので」

 

極限の状況で、手を汚してでも平和を維持してきた、彼女たちの覚悟。

先生は、その言葉を、静かに受け止めた。確実な保証など、誰にもできない。

 

「…ああ、分かっている」

先生は、小さく頷いた。

 

しかし、彼の心は、不思議なほどの確信に満ちていた。

シュロの思考が、理解できる。

破滅を望む心と、希望を求める心。それは、コインの表と裏なのだと。

自分自身と、彼女は、きっと、同じなのだと。

 

追い詰められたシュロは、最後の切り札である、廃墟の学園に隠していた巨大兵器を起動させようとしていた。

その兵器の照準は、百鬼夜行の象徴である神木に向けられている。神木を倒し、「停滞」を殺すためだ。

しかし、思わぬ援軍によって延焼は強引に防がれ、予想よりはるかに被害が小さい。

すでに作戦的には失敗している状態だった。

神木と共に死ぬか、再起を目指して潜伏するか悩んでいる最中に、先生たちがやってくる。

 

その、巨大な兵器の前。

先生が、一人で立ちはだかった。

 

「君が、シュロだね」

「…なぜ、私の名前を」

「君の憎しみと、悲しみが、そう教えてくれた」

 

シュロは、先生の言葉に一瞬たじろいだ。

なぜ、この男は自分の名前を知っている? ――いや、それよりも、あの時と同じ、底知れない瞳。

十年前、対峙した「先生」の面影が、彼女の脳裏をよぎる。

 

「…停滞は、悪です。この百鬼夜行は、十年もの間、腐りきった秩序の中で、何も変わろうとしなかった。コクリコ様は、この停滞のせいで死んだのです! 破壊なくして、新しいものは生まれない。私は、この腐った世界を、一度すべて壊し尽くす!」

 

彼女の言葉には、悲痛な叫びと、揺るぎない憎悪が込められていた。

その手は、兵器の起動ボタンに伸びている。

 

先生は、シュロの「停滞は悪」という信念を、否定しなかった。

 

「君の言う通りだ。この停滞は、間違っていた。だが、君のやり方もまた、新たな悲劇を生むだけだ」

 

先生は、シュロに一枚の設計図を見せた。

それは、彼が、この絶望の淵で描き出した、キヴォトスの未来図だった。

 

「これは、ただの絵空事じゃない。アビドスと百鬼夜行が手を組めば、互いの弱点を補い、共に生き残ることができる。アビドスの技術と、百鬼夜行の資源。未来への意志と、失われた伝統。これは、破壊ではない、創造による変化のための、最初の設計図だ」

 

先生の示す、壮大で、しかし確かな希望に満ちた未来図に、シュロの信念が、ぐらりと揺らいだ。

彼女が求めていたのは、ただの破壊ではなかった。

この停滞した世界を、変えるための、何かだったのだから。

そして、その未来図には、彼女には決して描けない、「破壊の先」が明確に示されていた。

自分には未来がない。この男こそが、新しい時代という名の物語を創る変革者なのだと、彼女は悟った。

 

シュロは、起動ボタンから手を離し、ゆっくりと膝から崩れ落ち、地べたに座り込んだ。

もう、抵抗する意思はなかった。

 

その、一瞬の隙。

背後に待機させていた百花繚乱が、シュロを連行する。

彼女は、もはや抵抗する素振りも見せず、ただ静かに、連れ去られていった。

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