ブルーアーカイブ Last on Kivotos   作:ヴィーナス

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第35話:未来への盟約

百鬼夜行を覆っていた炎は、夜明けと共に、その勢いを失っていった。

街には、まだ焦げ臭い匂いと黒煙が立ち込め、瓦礫の山が、昨夜の惨劇を物語っている。

しかし、昇り始めた太陽の光を浴びる住民たちの表情には、恐怖よりも、安堵と、そして力強い希望の光が宿っていた。

先生の的確な指揮のもと、彼らは、自分たちの手で、この街を守り抜いたのだ。

 

動物族の生徒たちは、早速、慣れた手つきで、倒壊した家屋の再建に取り掛かっていた。

彼女たちは、かつて『色彩』の気まぐれで、幾度となく理不尽な厄災に見舞われてきた。その度に、自らの手で家を建て直し、生活を再建してきた歴史がある。

彼らにとって、先生への無条件の信頼が、被害を最小限に抑えるという形で報われたことは、何よりの喜びだった。

 

アザゼルが率いる野戦病院は、今もまさに戦場だった。

種族も、貧富も、立場も関係なく、次々と運び込まれてくる負傷者たち。

アザゼル、セリナ、ハナエ、そして自発的に集まった元医療従事者たちが、眠る間も惜しんで、手早く、しかし的確に応急処置を施していく。

 

百花繚乱の各部隊もまた、死力を尽くしていた。

ガス漏れを無理やり止め、破裂した水道管を塞ぐ。本来の管轄とは違う仕事であっても、専門家の指示を聞きながら、インフラの復旧に全力を注いでいた。

一部の部隊は、シュロからバックアップテロの有無を聞き出すため、専門家による慎重な尋問を行っている。

また、発見された不発弾の解体作業も、命懸けで続けられていた。

その、華々しくはないが、献身的な姿は、住民たちの目に、確かに焼き付いていた。

百花繚乱は、ただ暴力的で威圧的なだけの組織ではない。その認識が、少しずつ、街に広まり始めていた。

 

そんな喧騒の中、シラヌイは、陰陽部の詰め所で、桑上カホと七稜アヤメの話し合いが終わるのを、静かに待っていた。

カホが、疲れた表情で一人になったタイミングを見計らい、彼はその前に進み出た。

 

「…桑上カホ殿、だな。俺は、久田イズナの父親、シラヌイだ」

 

彼は、娘が非正規のスパイとして、汚い仕事に手を染めさせられていたこと、そして、その決定的な証拠となるデータ一式と、実際に送り込まれてきた暗殺者たちの身柄を、カホに引き渡した。

 

「娘に、二度とあのような真似をさせないと、約束してほしい」

 

カホは、その情報を見て、息をのんだ。

これは、長年対立してきた政敵の派閥を、根こそぎ潰せる、またとない機会だ。

 

「…分かりました。イズナさんが、証言台に立つことを約束してくださるなら、この件は、私が責任を持って処理します」

 

テロ鎮圧から数時間後。

先生は、野戦指揮所に戻り、通信機を手に取った。

遠く離れた砂漠の学園、アビドス対策委員会へと通信を入れる。

 

「――もしもし、ホシノ? 戦いは終わった。そして、ここからが、本当の始まりだ。みんな、百鬼夜行に来てほしい。歴史的な瞬間を、共に見届けるために」

 

その日の午後。百鬼夜行の上空に、巨大な影が現れた。

ネフティス・コーポレーション製の、最新鋭大型輸送機だ。

 

その少し前、シロコ*テラーは、アビドスから離れた場所で活動していたノノミの元へ、空間を転移して現れていた。

 

「ノノミ先輩。交渉の時間です」

 

シロコ*テラーは、他学園との交渉には、ノノミのような高度な交渉術を持つ専門家が不可欠だと考えていた。

ネフティスCEOとして多忙な日々を送るノノミだったが、先生が関わるこの大きな動きに、自らも関与する必要性を感じていた。

アビドスと百鬼夜行の交易が実現すれば、自社の工場をアビドスの広大な土地に建設し、大規模な雇用を生み出すことができる。

それは、アビドスへの、そしてキヴォトス全体への、より大きな支援に繋がる。

彼女もまた、アビドスと、そして自らの企業を背負って、戦っているのだ。

 

輸送機のハッチが開き、ホシノ、シロコ、セリカ、そしてノノミ自身が、百鬼夜行の地に降り立った。

彼女たちの背後には、山と積まれた食料、医薬品、そして復興資材が見える。

 

「先生!」

セリカが駆け寄り、ホシノとシロコもその後に続く。

 

「みんな、来てくれてありがとう」

先生は、安堵したように微笑んだ。

 

その頃、百鬼夜行の最奥、怪談や幻影が生まれる形而上学的な領域、『黄昏』に繋がる寺院。

大規模テロを鎮圧し、街を救った英雄として、先生はついに「丁重に」案内されていた。

寺院の中央には、古めかしい装束をまとったクズノハが、静かに座していた。

 

「よくぞ参られた、先生。百鬼夜行の危機を救ってくださり、感謝いたします」

 

その後、寺院にはアビドス対策委員会の代表も同席することになった。

先生は、一歩前に進み出ると、深々と頭を下げた。

 

「この度は、お招きいただき、ありがとうございます。そして、この場をお借りして、皆様にご提案があります」

 

先生は、先ほどシュロに見せた「設計図」を取り出し、広げた。

 

「私は、アビドスと百鬼夜行が手を組み、『新生キヴォトス連合』を創設することを提案します。互いの弱点を補い、共に生き残るための、新しい枠組みです」

 

クズノハは、その設計図を静かに見つめていた。

かつて、自分が古い混迷の時代に、様々な部族をまとめ上げ、この百鬼夜行連合学院を創設した時のように。

この男もまた、混沌の中から、新たな秩序を生み出そうとしている。そのことを、彼女は即座に理解した。

 

「アビドスは、この連合に、地下鉱脈から産出される様々な鉱物資源を提供します」

ホシノが、アビドス側の取引材料を提示する。

 

「そして、百鬼夜行からは、この土地に自生する、豊富な薬草を」

先生が続ける。

 

「緊急時には互いに支援し合い、『色彩』のような超常的な脅威に対しては、両者の神性や、クズノハ様の黄昏の力、そして強大な戦力を持つ者たちによる軍事同盟で対抗します」

 

ノノミが、一歩前に出た。

 

「ネフティス・コーポレーションは、今回の支援物資だけでなく、今後も定期的な物資支援をお約束します。その代わり、百鬼夜行とアビドスは、対等な関係を結ぶことを求めます」

 

「ほう。その根拠は?」

クズノハが、鋭い視線をノノミに向ける。物資で生命線を握られるのは、新たな停滞を生むだけだ。

 

「この支援は、私の企業が主体ではありません」

ノノミは、臆することなく答えた。

「百鬼夜行の卒業生や、結界ができる前に外の学園にいた生徒たちが中心となって設立した、支援財団によるものです。その中心メンバーは、かつてこの学院に在籍した、和楽チセさんです。彼女が集めた資金を元手に、投資で得た利益から支援を行うため、私やネフティスの意思で、支援が止まることはありません」

 

「ただし」とノノミは付け加える。「物資を運べるのは、現状、我が社だけです。道路の整備や、輸送車両の提供。それが、ネフティスの具体的な支援となります。また、財団側からは、一つ強い要望が。保護者と生徒、両者が望む場合、外の世界への帰還を認めていただきたい、と」

 

クズノハは、静かに頷いた。

 

「…当然の要求じゃな。良かろう。かなりの生徒が、この地を去ることになるじゃろうが、それでも、今のこの生きづらい世界よりは、遥かにマシじゃ。何より、守ることを名目に、この息苦しい檻を産んだのは、わらわの責任じゃからのう」

 

クズノハが、連合の創設を承認した、その瞬間だった。

先生の胸元に下げられたカードが、強く、まばゆい光を放ち始めた。

クズノハは、その光景を興味深そうに眺め、やがて静かに口を開いた。

 

「なるほど。そのカードは、他者からの信頼を力に変える触媒か。興味深いアーティファクトじゃのう。じゃが、先生よ。そのカードの製造者――すなわち、理事長と呼ばれる者は、お主を利用しようと企んでおるぞ」

 

その言葉に、音もなく現れた黒服が、不敵な笑みを深める。

 

「ククク…同意見ですねぇ。力の一部がどこかへ送信されている。私もそう感じていました」

 

先生は、自身のカードに秘められた謎と、その裏に潜む「理事長」の意図に、改めて向き合うことになった。

 

その夜。

クズノハが一人になったのを見計らって、シロコ*テラーは、彼女の異空間へと転移していた。

 

「理事長って、何者?」

「その実態まではわらわにも分からぬ。じゃが、お主が追う『先生を蘇らせた黒幕』は、十中八九、その理事長であろう。…これ以上を知ろうとするな。その先は、たとえ神の権能を持つお主であろうと、死に繋がる道じゃ」

 

シロコ*テラーは、その警告を胸に、しかし、より一層、探求への覚悟を固めて、その場を去っていった。

 

歴史的な同盟と「停滞の時代の終わり」を記念し、百鬼夜行では十年ぶりに大規模な「祭り」が開催されることになった。

街は、復興の槌音と、祭りの準備に沸き立っていた。

その様子を、先生は、九つの尾を持つ狐族の長老と共に、丘の上から眺めていた。

 

「先生。この百鬼夜行における『祭り』とは、ただの催し物ではございません」

長老は、杖にすがりながら、静かに語り始めた。

「我ら動物族は、古来より、様々な厄災に見舞われ、その度に多くのものを失ってまいりました。その悲しみを乗り越え、団結し、前を向いて歩き続けるために、先人たちが生み出した知恵。それが、この『祭り』の、本当の意味なのでございます」

 

長老の言葉に、先生は、深く頷いた。

この祭りは、ただの祝祭ではない。

破壊からの再生、そして、未来への誓いの儀式なのだと。

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