ブルーアーカイブ Last on Kivotos   作:ヴィーナス

37 / 37
第37話:夜明けの誓い

祭りの喧騒が、遠い潮騒のように退いていく。

夜明け前の、最も深く、そして澄んだ静寂が、百鬼夜行の街を包んでいた。

空にはまだ星が瞬き、その下では復興の槌音が、新しい時代の産声のように、途切れ途切れに響いている。

焦げ付いた匂いと、祭りで焚かれた香の残り香が混じり合った独特の空気が、この街が死と再生の狭間にいることを物語っていた。

 

先生は、旅立ちの準備を終えた装甲車両のそばで、一人、夜明けを待っていた。

彼らが乗る車両には、「新生キヴォトス連合」からの最初の援助として、食料、水、そして真新しい医療キットが満載されている。

車体も、百鬼夜行の機械整備が得意な生徒たちが、徹夜で完璧にメンテナンスを施してくれた。

その頑丈な装甲に触れながら、先生は、この短い期間に築かれた絆の重みを、改めて感じていた。

 

「主君! このイズナ、準備万端であります! これからは、どこまでもお供しますぞ! ニンニン!」

 

背後から聞こえた弾むような声に、先生は微笑んで振り返った。

そこには、過去の呪縛から完全に解放され、忍装束を誇らしげに着こなしたイズナが立っていた。

その瞳は、夜明け前の星々よりも強く、希望に輝いている。

 

彼女の隣では、父であるシラヌイが、寡黙ながらも穏やかな表情で頷いていた。

正直に言えば、彼は、娘を救出した後のことなど、何も考えていなかった。ただ、二人でどこまでも逃げ続ける、そんな未来しか描けなかった。

だが、先生は、自分の犯した罪や憎悪を、ただ黙って受け止め、そして、娘を救うために、共に戦ってくれた。

自分一人では、決して、娘のあの笑顔を取り戻すことはできなかっただろう。

その恩義、娘の望み、そして、先生が描く新しい未来への期待。

彼ならば、きっとやり遂げる。その確信が、シラヌイを、先生と共に歩む道へと導いていた。

 

「やれやれ。手間のかかる先生の面倒は、やはり私が見るしかなさそうですねぇ」

 

真っ新な白衣に身を包んだアザゼルが、相変わらずの皮肉を口にしながら合流した。

だが、その声には、もう、かつてのような虚無の色はない。

彼は、セリナとハナエという後継者を育てることで、自らの魂を、蘇らせたのだ。

これから、どこで、何を言われようと、もう気にしない。

彼のプライドは、化学者として、そして、本来の姿である『医者』としての、確かな根拠を取り戻したのだから。

 

「その白衣、よく似合っているよ、アザゼル」

先生の言葉に、アザゼルは一瞬虚を突かれた顔をしたが、すぐに鼻を鳴らした。

「当然です。誰が着ていると思っているのですか」

 

黒服は、少し離れた場所で、黙ってその様子を眺めている。

彼の目的は、相変わらず先生の観察だ。だが、その興味の対象は、少しだけ変化していた。

理事長、カード、そして、サンクトゥムタワー。

かつて、生徒会のネットワークにウイルスを仕掛けた時も、先生の復活や、理事長の動向に関する記録は、一切見つからなかった。

理事長は、クズノハのように、通常の物理法則の外側にいる存在なのかもしれない。

その謎が、彼の知的好奇心を、強く刺激していた。

 

先生は、集まった仲間たちの顔を見回した。

イズナ、シラヌイ、アザゼル、そして黒服。

誰もが傷を負い、歪みを抱えている。だが、だからこそ信頼できる、かけがえのない仲間たち。

 

「ありがとう、みんな。行こうか」

 

先生がそう言って、車両に乗り込もうとした、その時だった。

 

「――お待ちください、先生」

 

静かで、しかし凛とした声に呼び止められ、一行は振り返った。

そこには、ナグサをはじめとする百花繚乱の主要メンバーと、桑上カホ、そしてホシノたちアビドス対策委員会が、見送りのために集まっていた。

盛大な見送りはない。百鬼夜行も、アビドスも、今は、復興と、大結界の完全解除という、目の前の仕事で手一杯だ。

それでも、彼らは、この夜明け前のわずかな時間に、駆けつけてくれたのだ。

 

ナグサが一歩前に進み出ると、百花繚乱のメンバーたちが、一糸乱れぬ動きで、先生に対して敬礼を捧げた。

 

「指揮官殿。我々の、そして百鬼夜行の未来を、あなたに託します。ご武運を」

 

その瞳には、もう嫉妬や疑念の色はない。

ただ、共に戦った指揮官への、揺るぎない信頼だけが宿っていた。

 

「うへぇ~、先生、もう行っちゃうんだぁ」

ホシノが、眠そうな目をこすりながら言う。

 

「先生、またすぐ会えるよね? アビドスにも、ちゃんと顔、出してよね!」

セリカが、少しだけ寂しそうに、しかし力強く言った。

 

先生は、彼女たちの前に膝をつき、視線を合わせる。

 

「ああ、約束だ。新生キヴォトス連合は、始まったばかりなんだから。これからは、いつでも会える」

 

その言葉に、生徒たちは安堵の笑顔を見せた。

一行は、改めて仲間たちに別れを告げ、静かに装甲車両に乗り込んだ。

運転席にはシラヌイが座り、慣れた手つきでエンジンを始動させる。

重低音の響きが、夜明けの静寂を破った。

 

先生は、助手席から、もう一度、仲間たちの顔を見回した。

その顔には、もう、かつてのような憂いはない。

 

「行こう」

 

先生の静かな合図で、装甲車両はゆっくりと走り出す。

バックミラーに映る、手を振る仲間たちの姿が、少しずつ、小さくなっていく。

やがて、朝日が地平線を黄金色に染め上げ、その光が、瓦礫の街を、そして走り去る車両を、優しく照らし出した。

 

車内は、しばらく静寂に包まれていた。

やがて、先生が、胸元で微かな光を放つカードに触れながら、静かに口を開いた。

 

「黒服。君は、『理事長』について、何か心当たりは?」

「ククク…残念ながら。ですが、実に興味深い謎ではありますねぇ。先生、あなた自身の謎と、深く関わっている」

 

先生は、頷いた。

自分の失われた記憶。

そして、自分をこの世界に蘇らせた、黒幕の存在。

 

旅は、まだ、始まったばかりだ。

いや、ここからが、本当の始まりなのだ。

自分の意志で、確かなビジョンを持ち、本当の意味での『チーム』となった仲間たちと、共に。

 

新生キヴォトス連合。

その、まだ誰も見たことのない、新しい物語を紡ぐために。

先生と、その仲間たちの、夜明けへの誓いの旅が、今、静かに、そして力強く、始まった。




いつもご愛読いただきありがとうございます。お気に入り、感想、評価は作品執筆の何よりの励みになります。よろしくお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。