ブルーアーカイブ Last on Kivotos   作:ヴィーナス

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第8話:大人たちの戦場

アビドス解放作戦――先生がそう名付けた計画は、生徒たちの猛反発を押し切る形で開始された。

 

作戦の骨子は二つ。

 

一つは、先生が率いる別動隊が、黒服の情報に基づき、カイザーの補給路となっている工業地帯の工場を強襲、これを破壊すること。

 

もう一つは、アビドSの生徒たちが、陽動部隊の襲撃によって手薄になった本拠地からの攻撃に備え、要塞の防衛に専念すること。

 

夜陰に乗じて、先生と、シラヌイ、アザゼルの三人はアビドス要塞を後にした。

黒服は、いつものように少し離れた場所で、音もなく彼らに付き纏っている。

 

バイクのエンジン音だけが、静寂な砂漠に響き渡る。

 

「……本当に、この作戦でいいのか」

 

バイクを走らせながら、シラヌイが吐き捨てるように言った。

 

「あのガキどもだけで、本当に要塞を守り切れると?」

 

「ああ。彼女たちは、俺たちが思っているよりずっと強い」

 

先生は、迷いなく答えた。

それは、何の根拠もない信頼だったが、彼の言葉には奇妙な確信がこもっていた。

 

シラヌイは、それ以上何も言わなかった。

 

(……強い、だと?)

 

脳裏に、アビドスの司令部の光景が焼き付いて離れない。

ランプの明かりの下、眉間に皺を寄せて在庫リストを睨みつけていた、あの黒猫のような女。

民の声に耳を澄まし、静かに瞳を伏せていた、狼の少女。

そして、全てを諦めたような虚ろな目で、それでも銃を手放さなかった、ピンク髪の少女。

 

どいつもこいつも、ボロボロじゃないか。

必死に虚勢を張って、自分たちの無力さと戦っているだけだ。

 

その姿が、鏡のように自分を映し出す。

守るべき娘を、安全なはずのこのキヴォトスに送り出したのは、自分だ。

その結果、イズナは消えた。

俺は、守るべき時に、何もできなかった。

 

だというのに、あの子供たちは、今も戦い続けている。

胸の奥が、焼け付くように痛んだ。

 

アザゼルもまた、黙って前を見据えていた。

 

(……静かで、平和な世界、か)

 

アビドスで見た光景は、地獄だった。

だが、それは自分がかつて作り出した地獄とは、また質の違う、陰湿な地獄。

神秘が消えても、銃声は止まなかった。

争いはなくならなかった。

ただ、ヘイローの輝きが消え、血の匂いだけが生々しくなっただけ。

 

俺の理想は、こんなものだったのか?

 

この作戦が成功したところで、何かが変わるとは思えない。

どうせ、また別の地獄が生まれるだけだ。

 

だが、このまま何もしなければ?

あの子供たちは、俺が夢見た世界の、歪んだ残骸の中で、ただ意味もなくすり潰されていくだけだ。

 

それは、あまりにも、気分が悪い。

 

二人とも、先生に心酔したわけではない。

だが、あの子供たちの姿が、そして彼女たちを守ろうとするこの記憶喪失の男の無謀な姿が、彼らの心を動かしていた。

それは、贖罪か、気まぐれか、あるいは、大人としての最低限の責任感か。

彼ら自身にも、まだ分からなかった。

 

「見えてきたぞ」

 

アザゼルの冷静な声が、それぞれの思考を遮った。

彼らの目の前に、巨大な工場のシルエットが浮かび上がる。

 

「さて、どう攻める? 正面から行けば、蜂の巣にされるのがオチだぞ」

シラヌイが、先生の手腕を試すように尋ねる。

 

先生は、タブレットに表示された工場の見取り図を指さした。

 

「シラヌイさん、あなたは潜入のプロだ。北側の排気ダクトから内部に侵入し、警備システムの配置と、敵の兵力規模を報告してほしい」

 

「……ふん。お安い御用だ」

シラヌイは、音もなくバイクから降りると、闇に溶けるように消えていった。

 

「アザゼル」

 

「はいはい、分かっていますよ。この工場の動力源と、化学物質の貯蔵タンクの位置を特定すればいいのでしょう?」

 

「頼む。破壊するなら、最も効果的な場所を叩きたい」

 

「やれやれ。人使いが荒いですねぇ」

アザゼルはそう言いながらも、手製の解析デバイスを取り出し、工場のエネルギー反応のスキャンを開始した。

その目は、虚無ではなく、科学者としての探求心に輝いていた。

 

数分後、シラヌイから通信が入る。

『――敵の数は、およそ3個小隊。ドローンが主戦力だが、新型の自動迎撃タレットが厄介だ。中央制御室を叩けば、一時的に機能を停止させられるだろう』

 

続いて、アザゼルが報告する。

『解析完了です。最も効率的な破壊ポイントは、地下の冷却水循環システム。あそこを暴走させれば、連鎖反応で工場全体が機能不全に陥ります。ただし、そこに至る通路は、例のタレットの集中砲火網のど真ん中ですよ』

 

全ての情報が、先生の元に集約される。

彼は、一瞬の逡巡もなく、的確な指示を飛ばした。

 

「シラヌイさんは、そのまま中央制御室へ。タレットの機能を3分間だけ停止させてくれ」

 

『3分だと? 無茶を言う』

 

「あなたならできるはずだ」

 

『……チッ。やってやる』

 

「アザゼル、俺と来い。冷却システムを破壊する。3分が、俺たちのタイムリミットだ」

 

「正気ですか? 生きて帰れる保証はありませんよ」

 

「それでも、やるしかない」

 

先生の覚悟に満ちた声に、アザゼルは肩をすくめた。

「やれやれ…あなたという人は、本当に…」

 

作戦が、開始された。

シラヌイが引き起こした爆発音を合図に、先生とアザゼルは工場の内部へと突入する。

警報が鳴り響き、カイザーのドローン部隊が二人を迎え撃つ。

 

「右だ!」

「左から来るぞ!」

 

銃弾が飛び交う中、先生は叫ぶ。

彼には戦闘能力はない。

だが、彼には「指揮」があった。

 

リンから渡されたタブレットには、この世界の基本的な戦術データがインストールされていた。

彼は、その知識と、自らの思考を組み合わせ、ドローンの動きを予測し、アザゼルに最適な射線と回避ルートを指示していく。

 

「くっ…!数が多すぎる!」

アザゼルが、遮蔽物に隠れながら叫ぶ。

 

その時、通路の奥に設置されていた自動迎撃タレットが一斉に沈黙した。

シラヌイが、中央制御室の制圧に成功したのだ。

 

「今だ! 行くぞ、アザゼル!」

 

「言われなくとも!」

 

二人は、タレットが沈黙している僅かな時間を利用して、一気に地下へと続く通路を駆け抜ける。

そして、ついに冷却水循環システムの制御室へとたどり着いた。

 

「アザゼル、頼む!」

 

「任せなさい!」

 

アザゼルが、驚異的な速さで制御パネルを操作し、システムをオーバーロードさせていく。

その間、先生は背後を警戒し、迫りくるドローン部隊の情報をアザゼルに伝え続ける。

 

「あと30秒で、タレットが再起動する!」

シラヌイからの、焦ったような通信。

 

「アザゼル、まだか!」

 

「もう少しです! この数式さえ解ければ…!」

 

残り10秒。

タレットが、再び起動音を立て始める。

 

「――完了です!」

 

アザゼルが叫ぶと同時に、制御室全体が激しく揺れ、赤い警告灯が明滅を始めた。

 

「逃げますよ、先生! この工場は、もうすぐ大爆発だ!」

 

二人は、崩れ落ちる瓦礫を避けながら、必死に出口へと向かう。

合流したシラヌイと共に、三人は間一髪で工場から脱出した。

 

その直後、彼らの背後で、巨大な工場が轟音と共に爆炎に包まれた。

 

夜空を焦がす炎を背に、三人は、ただ黙ってその光景を見つめていた。

 

「……ふん。まあまあだな」

シラヌイが、ぶっきらぼうに言った。

 

「当然の結果です。誰のおかげだと思っているんですか」

アザゼルが、悪態をつきながらも、その口元には満足げな笑みが浮かんでいた。

 

彼らは、まだ先生を心から信頼したわけではない。

だが、あの子供たちのために、自分たちの「力」を使うことに、今は奇妙な納得感を覚えていた。

 

工業地帯の炎は、遠く離れたアビドス要塞からも、はっきりと見えていた。

そして、その様子を、黒服はただ静かに、そして満足げに「観測」していた。

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