リリウムは部屋の中で、やる事も無しに虚空を見つめていた。
普段なら何らかの会議であるとか、上位ランカー達との交流だとか、ランク2に相応しい忙しさが彼女を襲っているのだが、今この時に限っては、全くやる事がない、言わば予定の隙間に出来た空白期間が作り出されていた。
普通の人間は、ここで何か趣味だとか、娯楽だとかそう言った物を楽しむのだろうが、彼女はここ最近、大量の業務追われていた影響で、普段休日に何をしていたのか忘れる程にまで疲労していた。
最も、疲労していなかった所で、彼女には趣味も無ければ、暇潰しの為の、何か時間を忘れられる物も持ち合わせていないのだが。
唯一例外があるとするならば、彼女の想い人であるレイン・ヘイズの動向を覗き見ることくらいだった。
このただ天井を見つめる時間に、何ら価値を見出せなくなっていた頃、突如端末から着信音が鳴り響いた。
端末に表示された名前はウィン・D・ファンション。
本来なら、敵対企業所属のリンクスである彼女と交流するのは余りよろしい事では無いのだが、数少ない女性リンクス、尚且つ上位ランクの殆どの女性リンクスとは違い、彼女は比較的交友関係が結びやすい性格をしていた為、こうして偶にメッセージや通話で話をしているのだ。
それにリンクスにとって、前日まで仲が良かった相手と殺し合いをすると言うのは、そう珍しい事でも無い。
彼女達も、いざ戦場で出会ったら、お互いの事情を抜きにして、冷徹に銃口を向け合う事だろう。
端末を手に取った少女は、それを耳にあて、楽しそうに話し出した。
王小龍のお気に入りである彼女は、打算を抜きにした関係をBFF内に作れていなかった。
皆彼女を通し、その背後に居る王小龍を恐れるか、取り次いで貰おうと画策しているか、もしくは彼女の美貌と身体を手にしようと欲望の視線を向けていた。
昔からそう言った視線に敏感だった彼女にとって、会社内に友人を作るのは実質不可能に近かったのだろう。
その結果、交友関係を結んだのが敵対企業所属のリンクスだと言うのが皮肉な事だ。
近況報告と愚痴を暫く言い合った後、ウィンは思い出したように告げた。
「そうだ、レイン・ヘイズの事なんだが、『今日』退院したらしいな、朝に病院の前でリムジンに乗り込むのを見たぞ。随分高級なお迎えじゃないか、ええ?」
「は、え?」
その言葉に、少女は端末も握りしめたままピシッと効果音が聞こえそうなほどに硬直した。
「なんだ、気付いていなかったのか?ここ最近レイン様レイン様と、まるで恋する乙女の様だったじゃないか、リムジンなんて持ってるのBFF位だろう?てっきり私は「今日、と仰いました?」……は?」
途中まで、友人の恋路を盛大に揶揄ってやろうとしていたウィンは、割り込まれた言葉に違和感を覚えた。そして一つ浮かんだ嫌な予感を口に出した。
「まさか、お前今日レイン・ヘイズが来る事を忘れ「失礼しますっ!」……あ、おい!」
電話を叩き切った彼女は時計を見た。5時、朝カラードから出発したと言うのなら、もう既にこの屋敷に到達しているであろう時間だ。
「ああもう、何やってるんですか私は!」
少女は慌てて洋服タンスに顔を突っ込んだ。
前日にレインが来る事を王小龍は伝えていたのだが、余りの疲労にその言葉は綺麗に右から左に抜けており、そのまま普段着のままベッドに直行した彼女は、シワシワの服にボサボサの髪、それはもう酷い状態だった。
目に付いた洋服を手に取り部屋に備え付けてあるシャワー室に飛び込む。
その姿に普段の冷徹な女王の姿は無く、ただ焦りで目を回した少女の姿があるのみだった。
※ ※ ※
部屋の前に来た少年と老人は、部屋から聞こえてくる騒音にノックをする事すら躊躇っていた。
触らぬ神になんとやら、老人はノックをしようと上げた手を額に当て、少年は気まずそうにそっぽを向きながら後頭部をぽりぽりと掻いていた。
暫くして騒音が収まり、老人が控えめにドアをノックする。
「……どうぞ」
心なしか疲れを宿した声が返ってきた事を確認し、老人がドアを開く。
部屋は一見綺麗に整えられていたが、タンスからはみ出た布を見るに、その中は悲惨な状況になっている事が伺えた。
「リリウム、最近忙しかったのは分かっているし、余りこの様なことは言いたくないが……」
相当焦ったのだろう、少し息が上がっている少女は、老人の視線から逃れる様にそっと目を逸らした。
「リリウムっ!」
瞬間、老人の横をすり抜け、黒い影が少女を抱きしめ、その勢いのままベッドに押し倒した。
少女は一瞬目を瞬かせたが、抱きついてきた相手を見ると、優しい笑みを浮かべ、ゆっくりと抱きしめ返した。
「会いたかった…やっとだ、やっと会えた……ねえ、僕の事忘れてないよね……?」
「リリウムも、ずっと会いたかったですよ。忘れるなんて出来ません、ずっと、貴方は私の光だったのですから……」
嗚咽を漏らしながら肩に縋り付く正面を抱きしめながら、少女もまた、目の端に光るものがあった。
どれだけ抱きしめ合っていただろうか、老人の咳払いで、ようやく二人は二人きりの世界から帰ってきた。
「あ…王大人、これは、その……」
少年との関係を隠していたつもりだった少女は、どう言い訳したものかと思考を巡らせようとしたが、それより前に、老人から言葉を投げかけられた。
「お前達の関係を聞くつもりは無いし、私にはその権利もない。もうお前はBFF所属でも無ければ、私の物でも無い。お前の身柄は、既にそこの小僧の物だ」
その言葉に、少女は目を見開き、少年の方を振り返った。
「その、色々条件を出して、リリウムの事を……あー、その、言い方は悪いけど、売って貰ったんだ、その、迷惑なら…」
「迷惑なんてとんでもない!レイン様と一緒に暮らして良いのですか!?…あ、ごめんなさい、急に大きな声を出して」
大きな声に驚いたのか、少年の肩がビクリと跳ね、少女は慌てて謝る。
そして少女は恐る恐る老人に問いかけた。
「でも、宜しいのですか?自惚れでは無いですが、私は…」
「構わん、そこも交渉内容に含まれている。それに、断って此奴と敵対する位ならば、要求を呑み、お前と此奴を同時に戦力に組み込めた方が、メリットが大きい」
そこで一瞬言葉を切り、老人はそれまでの雰囲気に似合わない優しげな笑みを浮かべた。
「それに、お前はそろそろ独り立ちをする時期だ。その時に預ける者が幼少期からの知り合いで、信頼できる者が監督しているなら、なお良い」
二人はその雰囲気に一瞬面食らったが、少女はその言葉の一部に違和感を覚えた。
「幼少期からの知り合い?何故それを……」
「ん?まさか隠しているつもりだったのか?まさか、あんなとんでもない要求をしてきた者を調べない訳が無いだろう」
老人は、本心を隠しながらその問いに答えた。
老人にとっては、少年は未知のイレギュラー。セレンからの情報ログの事もあり、大まかな予測を立ててはいるものの、殆ど何も分からない。
ただ唯一分かったのは、目の前の少年が、凄まじい戦闘能力を秘めている事のみであった。
後はセレンがどれだけ調べられるか、もしくは情報を出すかに掛かっている。
老人の感覚だったが、恐らくセレンは何かを隠している。しかしそれが何であれ、ここ最近のAF襲撃の事もある。企業の狸共は煩いだろうが、レインを味方に出来るなら、その位はなんて事はない。
老人の中で、目の前の少年はそれだけ評価が高かった。
「乳繰り合うのもそこまでにしておけ、数日後にお前の住所にリリウムを届ける。今日の所はもう帰れ。お前のオペレーターも応接室で待ち惚けている頃だろうよ」
そう言って老人は部屋を出た。
残された二人も名残惜しそうに別れ、少年は応接室に向かって歩いて行った。
「お待たせ、セレン」
「随分のんびりだったな、ちょっと待ってろ、……チェックだ」
「む、また難しい手を」
応接室では、執事とセレンがチェスの盤面を睨んでいた。
盤面を覗いてみると、お互いに駒は殆ど無く、随分接戦だった事が伺えた。しかしセレンにはルークとクイーンが残されており、執事のキングを追い立てていた。
「……お、これは危ない、見逃しかけた」
「よくお気づきになられましたな」
執事はスティルメイトを狙い、セレンはそれを避けながらチェックメイトを狙っていた。
「……よし、チェックメイトだ」
「お見事です、先手を譲って貰いながら負けるとは、お恥ずかしい限りです」
「いや、良い暇つぶしになったしな、そこそこ楽しかった」
数手打った後、チェックメイトとなり、執事と握手したセレンは席を立って玄関に向かって歩き出した。
少年もそれに続き、執事は玄関まで見送りに来ていた。
「チェス、得意だったんだね」
「……まあな」
二人は会話をしながら車に乗り込み、そして薄暗くなった道を車は走り出した。
「……」
それをリリウムは静かに見ていた。
抱きしめた感触を、その余韻を、再会の感動と共に記憶に刻み付けながら。
今回の文章に違和感とか前の方が良かったなどありましたらお知らせ下さい。
そしてどんどんウォルター化して行く王小龍、お前リリウムを囮にして尻尾巻いて逃げたゲスやろ、なんでこうなった……まあ良いか。
それと感想や評価、本当にありがとうございます。
感想が来るとやっぱり筆が進みます。
どしどし送りつけてください、ぶっちゃけ評価よりも感想の方が嬉しいかも。