……お願い……………。
自分の目には、
……私達は……もう……助からないから………。
呆然として座り込んでいる、自分の足下から、か細い声が聞こえてくる。
……だから…………。
震えた手で、足元に居た子供を抱き上げる。
……逃げて…………!
血塗れで、息も絶え絶えな、その子の言葉を聞き取ろうと、耳を口元に寄せる。
……生きて…………………!
それは、昨日まで何事もなく笑っていたはずの、最愛の家族で……。
「──ン!!────レイン!!起きろ!!」
「────っ!!」
肩を強く揺すぶられ、レインは薄く目を開いた。
部屋のカーテンの隙間からは朝日が差し込み、涙に濡れたレインの頬を照らしていた。
「レイン、どうした、大丈夫か?」
「…ゆ…め………?」
うまく動かない体を起こし、レインはベッドから起き上がった。
ベッドの傍らにはセレンが座っており、レインの顔を、普段からは想像できない、心配そうな顔で覗き込んでいる。
壁の時計を見ると、いつも起きている時間はとうに過ぎており、すでに時刻は朝を過ぎ、昼に差し掛かろうとしていた。
「……ごめん……寝坊した……」
「いや、そんなことはどうでもいい。随分うなされていたが……悪夢でも見ていたのか…?」
水が入ったコップを手渡しながらセレンが尋ねると、レインはこくりと頷いた。
「孤児院が燃えてて……家族が皆殺されてた……そんな事……あるはずがないのに……」
「……!」
セレンは目を一瞬見開いたが、すぐにいつもの顔に戻ると、レインの肩に手を置いた。
「あまり気に病むな……忘れてしまえ……孤児院の子たちは別々に引き取られていったんだろう……?少なくとも1人くらいは生きているさ……」
「……そうだね……」
レインはベッドから降り、汗でグシャグシャになった服を洗濯機に放り込んで、シャワールームの扉を開けた。
冷たいシャワーの水が、レインの体を伝って流れていく。
暫く黙って水を浴びていると、悪夢を見た後の嫌な後味が、水と一緒に流されていくような感覚がした。
数世紀前の人は、風呂は命の洗濯だ、といったらしいが、あながち間違いでは無いのかもしれない。
レインは鏡に写った、男らしからぬ自分の身体を見た。
すべすべしたたまご肌に、わずかに膨らんだ胸。
十人中十人が女であると判断するであろうその身体は、生まれつき女性ホルモンが多かった影響だと、妙に自分に優しく、会うたびに飴やクッキーをくれる医者に言われていた。
洗面所で体を拭き、胸にサラシを巻いて、その上から服を着る。
リビングに入ると、セレンがレインに、レーションとコートを投げ渡した。
「悪夢で気分が最悪なのはわかるが、仕事だ。僚機はランク1、あいつは時間に遅れると拗ねるぞ、急げ」
「うん、行ってきます」
レインは家を飛び出して無人タクシーを呼び、カラードの機体格納庫の前で降りると、自分の機体が置いてあるガレージに向かって走り出した。
「おっと……」
「すいません!」
走っている途中、レインは角から出てきた誰かにぶつかりそうになったが、なんとか避けて格納庫に辿り着いた。
「………あれがレイン・ヘイズ……なるほど、いい目をしている、テルミドールが見極めるらしいが……メルツェルには注意するよう伝えておくか……」
レインにぶつかりそうになった男、ランク10、ハリは、レインが去った方向を一度振り返ると、意味深な笑みを浮かべ、何処かに連絡しながらその場を立ち去った。
※ ※ ※
旧チャイニーズ・上海海域。
半世紀ほど前までは栄えていた土地だったらしいが、地球温暖化と、国家解体戦争における、企業側の破壊活動の影響で、かつての面影は消え失せていた。
建物が立ち並んでいたであろう場所には、鈍く光を反射している海が流れ込み、今となっては、高層ビル群が海から顔を覗かせているのみ。
いくつかの高層ビルの屋上には、前面のシールドを待機状態にしたノーマルが警戒を行っており、その奥、ビル郡の中心部には、拠点型AF『ギガベース』が停泊していた。
ミッション「旧チャイニーズ・上海海域掃討」
「ミッション開始、作戦エリア内の敵艦艇、及びAFを全て排除する。味方機をうまく利用しろよ、そのために連れてきたんだ。」
「準備できているな?貴様。まあ、せいぜい気張ることだな。尻拭いなど、あまり趣味じゃない」
「よろしくお願いしま……はい?」
戦闘モードを起動し、通信を繋いだ瞬間に飛んできた毒舌に、レインは思わず間抜けな声を出した。
しかしその声に反応することなく、ブルーに彩られたそのネクストは、敵に向かって飛び出していった。
ランク1、オッツダルヴァ。旧レイレナード出身とも言われているが、真偽は不明。
生え抜きのエース達とは異なり、常に戦場とともにある、実戦派の天才。
乗機ステイシスは、近距離での高機動が売りのはずのライールフレームで、何故か中距離射撃型の武装を使うという、なんともちぐはぐな機体構成をしている。
しかし、実際その機体で高い戦果を挙げており、オッツダルヴァ本人も、ランク1に恥じない実力を持っている事が伺える。
「来たぞ!!識別は……ランク1!?嘘だろ!?」
ビルの上に陣取っていた、砲台型のノーマルがシールドを展開し、ステイシスに射撃を加える。
「………前面のみのシールドとはな……」
ステイシスは射撃を掻い潜りながらビルの隙間を突破し、クイックターンで旋回。
両手に持っていた、レーザーバズーカと突撃型ライフルを向けて発砲し、ノーマルを海に叩き落としていく。
ノーマルたちが慌てて方向を変え、ステイシスに一斉射撃しようと構えたが、それを許すレインではなかった。
撃つ前に足場のビルにグレネードが撃ち込まれ、足場を失ったノーマルは、為す術なく海へ落下していった。
「フン、余計なことを」
オッツダルヴァは鼻を鳴らし、ビルの群れを突き破ってきた砲撃を、クイックブーストで避け、手前の位置に居た艦艇を、レインと共に破壊し始めた。
「敵反応、残り半数。……出たな……AF、ギガベースを確認。拠点型とはいえAFだ、侮るなよ」
「……了解」
残るはギガベースと、その周辺にいる艦船のみ。
レインはオーバードブーストを吹かし、ギガベースの主砲の死角である、超近距離まで接近して行った。
主砲に向けて引き金を引き、銃撃によって主砲が崩落していくのを確認しながら、司令塔、動力部、副砲の順に破壊していく。
「ほう……中々いい動きをする……」
瞬く間にギガベースを無力化した、レインの手際の良さに、オッツダルヴァは感嘆の息を漏らした。
カラードランクはまだ低ランクだが、トップランカーにも引けを取らないその強さは、オッツダルヴァの興味を引くのには十分だったのだ。
レインがギガベースの動力部と司令塔を仕留めるのを横目に見ながら、オッツダルヴァは周辺の艦船を次々に撃ち抜いて行く。
「敵反応、残り僅か……っと、もう終わっていたか、流石だな」
セレンが声を掛ける前に、レインとオッツダルヴァは最後の敵を撃破していた。
「作戦終了……か……まあ、ありじゃないか……?貴様……次会うときまでに、腕に見合う位には、カラードランクを上げておけ……」
「あ……はい……ありがとうございました………?」
「……フン………」
困惑しているレインを置いて、オッツダルヴァはさっさと回収地点に向かってオーバードブーストを吹かしていた。
「お前もさっさと帰ってこい」
セレンの慣れた様子を見るに、普段からあんな感じなのだろう。
「……なんか普段より疲れた……」
レインはヘリに揺られながら、痛む頭を抑えた。
※ ※ ※
次の日、レインはオーダーマッチをするためにカラード本部まで来ていた。
相手はランク20、エイ・プール。
インテリオル・ユニオンに所属しており、支援特化型のネクスト『ヴェーロノーク』を駆る女性リンクスである。
ヴェーロノークの機体構成は、武装全てがASミサイルという、凄まじい機体構成をしている。
インテリオルからの依頼では、僚機としても雇うことができるのだが、彼女を雇ったリンクスたちは、皆口を揃えてこう言う。
「金を稼ぎたいなら奴は雇うな」
このような悪評が出回っているのにはちゃんとした理由がある。
彼女のスタイルは、前線を任せ、後方からASミサイルの高火力で支援する、というものだが、ASミサイルというのはその高火力と引き換えに一発一発の値段が非常に高い。
それを気前よくポンポンと撃つものだから、ミッションが終わった後、弾薬費がとんでもないことになっているのである。
雀の涙ほどしか報酬がもらえないのはまだ良い方で、最悪の場合、ミッションは成功したはずなのに、報酬が赤字になるという悲劇が発生する。
カラード本部の門を潜り、ロビーにたむろしているリンクス達を眺めながら、受付に向かおうとしたレインだったが、後ろから頭をがしがしと撫でられ、そちらを振り返った。
「よ、レイン。今日もオーダーマッチか?精が出るねえ……ちゃんと休んでるか?」
レインが見上げた先には、20代後半の……中々……個性的なファッションをしている男が立っていた。
ランク28、ダン・モロ。
GA寄りの独立傭兵で、普段から気前のいい発言を繰り返す男だが、その実、戦闘能力はそれほど高くなく、良くも悪くもランク通りという評価が付けられている。
乗機セレブリティ・アッシュはGAパーツが目立つものの、他企業のパーツも取り入れており、全体的にバランスよくまとまっている機体である。
ただしレーザーブレードに関しては、機体構成的に火力が出せないにも関わらず、ダンの意思で搭載されている。
レインが本人に聞いたところ、「ほら、ブレードってかっこいいだろ?」との返答が帰ってきていた。
「こんにちは、ダンさん。ちゃんと休んでますよ、昨日も6時間は寝ましたし」
「子供はもっと寝るもんだよ、10時間は寝とけ」
レインは自分の頭に添えられている手を払い、不満そうに頬を膨らませた。
「子供扱いしないでください。もう15ですよ?」
「そう言っている内はまだまだ子供だな、ま、頑張れよ、俺は今日もお前に賭けてるんだからな」
ダンがチラリと見せた手の中には、賭け券と思われるものが握られていた。
「ギャンカスめ……」
レインがジト目で呟くと、ダンはがっはっはと笑いながら去っていった。
ダンは偶にヘタレとも取れる言動が飛び出すものの、基本的にはいい友人である。
…………ミッションに連れて行きたくはないが……。
※ ※ ※
『これより、オーダーマッチを開始します。対戦者は、ランク20、エイ・プール様、ランク21、レイン・ヘイズ様です』
レインはシミュレーターに座り、心を落ち着かせていた。
今回のフィールドは、太陽光が照りつける砂漠地帯。
障害物が少ないことから、正面戦闘しか選択肢が無く、技量がはっきり出やすいという理由で、オーダーマッチではよく選ばれている。
画面の中では、同じように試合開始を待っている、ヴェーロノークが映っていた。
『両者準備はよろしいですね……?では、オーダーマッチ、試合開始です』
試合開始の合図が出た瞬間、レインはストレイドを動かし、
対するヴェーロノークは上昇しながらミサイルをロックして、一斉射出。
大量のASミサイルは、一斉にロック対象のストレイドに向かって飛んで行く。
ストレイドは一部のミサイルを撃墜しながら、数発被弾しながらも、ミサイルの群れをすり抜けるように強引に接近し、張り付き射撃の体制に入った。
「……くっ……」
エイは苦しそうな声を漏らしたが、距離を離すために、ストレイドのクイックブーストとクロスさせるように、オーバードブーストを吹かした。
「逃がすか……」
レインはその動きにすぐさま反応し、追随するようにオーバードブーストを吹かしたが、直後にエイが取った行動に、目を見開いた。
エイはヴェーロノークのオーバードブーストを突然中断すると、クイックターンでストレイドの方に振り返り、ロックしていないミサイルを放射状に打ち出したのだ。
「なぁっ!」
突然のその動きにレインは対応できず、ミサイルの群れの中に自分から突っ込んでいってしまった。
『AP、残り60%』
放射状に撃ち出されていたおかげで命中数は少なかったが、しかし、ミサイルが命中した衝撃で止まったその一瞬の隙をついて、エイは距離を引き離すことに成功していた。
「これで仕切り直し……」
エイは、後ろにクイックブーストを吹かして距離を保ちながら、再度ミサイルロックを完了させ、大量のミサイルを撃ち出した。
「……やってみるか……」
レインはそれに対し、わざと後ろに下がりながらミサイルを誘導し、大きく旋回するような機動を取り、ミサイルを引き連れたまま、オーバードブーストでヴェーロノークに接近していった。
周りの観客は、何をしているのかと訝しんだ直後、レインがやった曲芸じみた行為に唖然とした。
レインはストレイドをヴェーローノークに擦り付けるようにしながら後ろに回り込み、ANNAをパージ。
そして腕をガッチリと掴み、自分に追従して来ていたASミサイルにヴェーロノークをぶつけたのだ。
そして残り僅かになったヴェーロノークのAPを近距離からMARVEの斉射で削り取り、勝負を決めた。
「…………し……試合終了……勝者は、レイン・ヘイズ……」
試合終了を告げた職員も、一瞬声が出ず、アリーナの観客席も静まり返っていた。
「…………おい、まじかよ………まじかよやべえって!!何だよあれ!!!」
「痛っ!」
それを見ていたダンは、暫く口をあんぐり開けて驚愕していたが、レインがやったことを理解し始めると、大興奮で隣にいた男の肩を叩きはじめた。
それにつられ、周囲も段々と状況を認識すると、失われた活気を取り戻していった。
シミュレーターから出たレインは、同じくシミュレーターから出てきた、理知的な女性が自分の方に来るのをぼんやり見ていた。
「完敗です、まさかあのような戦法を取るとは、信じられませんね」
その女性、エイ・プールからまず出てきたのは称賛の言葉だった。
「あ、ああ……ありがとうございます……」
レインは少し戸惑ったように返したが、その後の言葉が続くことは無かった。
「レイン!!やったな、大儲けだ!!」
「え?うわ、あう……」
ダンが大喜びで走ってきたかと思うと、レインを抱きかかえて撫でくりまわしだしたのだ。
レインはダンの腕の中でじたばたと暴れていたが、そのささやかな抵抗も、傍から見れば微笑ましいものだっただろう。
抱きかかえているのが、
「ぷはっ………そんなに喜ぶって………一体何コーム賭けたんですか………?」
ダンの腕の中からどうにか抜け出したレインは、ダンがいつもと妙に喜び方が違うのに違和感を抱いた。
「……え〜っと……
「ええ!?」
いい笑顔でサムズアップするダンに、隣で聞いていたエイは驚愕した。
賭けるにしたってあんまりにもあんまりな額だろう、この男は頭がおかしいのか?服の通りなのか?などと失礼な考えがエイの頭を支配する中、レインは大きくため息をつき、ボソリと呟いた。
「このギャンカスめ……」
遅れてすいません……ランクマしてました……