ランナーズハイ 作:どんとろりんと言葉が溶けていく
(後書きのやつとサブタイ迷ったけど悩んだ末に)
「先生」
サイレンススズカを寮へ送る道中、掛けられた声に顔を向ければミスターシービーが居た。
ふむ…
「カツラギエースは良かったのか?」
「アタシが何とかなだめて帰らせたよ。寮の門限も近かったし」
「その口ぶり的にミスターシービーは…」
「一人暮らし。まぁ家の諸々があるからアタシもすぐ帰るけど…ちょっとね」
ミスターシービーは両の指を絡めていた。言葉を選んでいるのか、あるいは自分の中で纏まりきっていないのか。それとも……
サイレンススズカに目線を送る。
「夜駆けを」
「三周までだ」
「わかりました」
やはり同類、考えてることがすぐわかる。対価としては…まぁ俺が少し怒られるくらいか。許容範囲内だ。
サイレンススズカが走り去っていくのを見送ると、苦笑したシービーが口を開く。
「ごめん、そんなつもりじゃ…いや、少しあったかな。個人的なものでもあるし…」
「良い。言葉は選べたか?」
「一応…かな」
一拍
「どうして、先生はシリウスに八つ当たりしたの?」
「…何がだ?」
「いや、だって先生はシリウスと契約をした。逆スカウトってね。ならシリウスの目的だって知ってると思う。確かに、シリウスはあの時、自分の走りを見せるべきで、先生の走りを真似したのは悪手だった。それでも、シリウスの目的を知っていたなら納得してもよかったんじゃないかなって」
「まだ授業とさっきのやり取りしか見ていない。けど先生が走ることに真摯であるのは十分理解できた。先生は、自分なりの走法や技術を真摯に磨き上げてきたんだって」
「そんな、自分だけの走りに理解がある先生が、目的のために貪欲に技術を吸収するシリウスの走りを認めないのはおかしいって」
「違う…かな?」
最後まで聞き、ふぅと息を吐いた。色々と言いたいことはある。が、それを言うのは筋違いだ。だから、訂正とその理由だけを
「一つ、間違いがある」
「間違い…というと?」
「俺はシリウスに八つ当たりをしたわけじゃない。焚き付けた…の方が正しい」
「確かに、俺は自分だけの走りを模索しひたすらに磨き上げてきた。
俺の走りが今のものになるためにどれだけの労力が掛かったのか知っている。
だから、俺の技術を真似たところで背景を知らなければ…血肉にしなければ意味がない。シリウスはその点、影が出来ていた。あとは骨と神経、血肉を揃えればいい」
「…結構足りないのあるね」
「当たり前だ。だからあぁ言ったのだ。猿真似だと。シリウスはあの走りが必要になる場面と思索、過程が足りない。そんな中身がない技術を見せられても困る」
俺はあの走り方になったのには理由がある。シリウスはそれを真似ただけで、その必要な機会を知らない。それが技術に現れる。ただ有用性だけを理解した道具と、有用性に限らず必要性と試行錯誤の末に編み出された道具では、扱いに熱量の違いが生じる。
何よりもっと根本的な問題がある。
「それにだ」
「アイツは本物の飢えを知らない」
「本物の…飢え?」
「あぁ。シリウスシンボリ。どんな幼少期を送ったかしらないが、シンボリ家だ。きっとある程度必要なものは手に入れられる環境に居たのだろう」
「それは悪いことではない。いつだって初めは誰かの真似から始めるものだ。真似できる環境に居るというのは恵まれたことだ」
「だが、シリウスの目標を加味すればそれらはすべて足枷となる」
才能、努力、環境、それらが揃ってしまったことが問題だと考えている。どれか一つでも欠けていれば、アイツは俺の助けがなくてももっと上に行っていた。足りない物を補うための試行錯誤があった。
シリウスは言っていた。足りない物が山ほどあると。
正しくはこうだ。
何が足りないのかわからないと。
才能もある。努力もしている。環境だって十二分だ。なのに、届かない。足りないものが何かわからない。だから我武者羅に技術を求めていた。それが足りないものだと思っている。
こんなの皮肉だ。俺が自分の生まれを恨んだ時があるように
シリウスはその生まれが足を引っ張っている。
「アイツが目標を達成するために、一番の環境は弱者の立場だ。周りには何もなく、自分以外はすべて格上であり、自分自身を理解しなくてはいけない環境」
「泥を啜り、苦汁を嘗め、相手の技術すら自分だけのものに染め上げようとする飢えが足りない。ウマ娘もヒトも、本当に必要なものに直面した時、なりふり構わず求めるものだ。シリウスにはそれがない。
シリウスシンボリは、本気になることはあっても、必死になることはなかったのだろう。だから焚き付けた。飢えを理解させるために」
「…それってシリウスなのかな?」
「どういうことだ?」
「シリウスはさ。口は悪いし乱暴だけど、それでもなんだかんだ優しいしちゃんと相手を理解できるんだよね。だから…」
「それでアイツが納得するか?」
「納得って…」
「重要だ。シリウスはシリウスのままでいい。だから負けたって仕方がないと慰めるか?それはきっとシリウスが最も嫌うものだろう」
「…でも、背後からナイフを刺して勝ったことを誇るよりは良いんじゃないかな」
「確かに、俺の言う事はなりふり構わない、いわば今のシリウスを否定するものだ」
「だがアイツが勝つために必要なことだ」
何か言いたげのミスターシービー、だがそれを言うのはお門違いだと思っているのだろう。
「ミスターシービー、授業で俺は言ったはずだ。『負けたヤツは勝ち方すらこだわれない』と。大前提、勝たなくては意味がないのが勝負の世界だ」
「…うん、わかってる。アタシのがただの我儘くらい…でも」
「それに、俺が言うのもなんだがシリウスが変わる事はない」
「…えっ?」
急にぽかんとした顔でこちらを見るミスターシービー、その顔に笑いを誘われるがぐっと我慢し言葉を続ける。あくまで予想の話だが…
「シリウス…星の名前であり、別名天狼星。名は体を表す通り、アイツは狼だ。賢く、強く、群れを守り、その根本は気高くある。どれだけ飢えてもその本質が変わることはないだろう」
知ったような口をと笑われるかもしれない。だが、それは俺自身が理解しているものだ。
俺はどれだけ変えようとしても俺だった。どれだけ走りから離れようとも、出来なかった。俺はどこまでいっても俺だったのだ。
なら
「狼はどれだけ飢えても狼だ。ヒトもウマ娘も生まれを選べないように、シリウスはシリウスシンボリでいることをやめられない」
アイツはきっと、誰かに施しを貰うならと、飢餓で死ぬことができる。自らの選択を最上とし、そのために死ぬことができる。
だから俺は契約を受けた。出会った時に理解したから。あの身体に積み重ねたものを。シリウスシンボリという歴史を。その選択は生半可な覚悟ではないと。
「信じてやれ、ミスターシービー。そして、自らの
知らず知らずのうちに笑っていた。きっと悪人顔と呼ばれるような笑みを浮かべてるのだろう。
アイツと俺は近い。俺がそうであるように、アイツももっと貪欲になることができる。そうすれば、もっと良い走りができる。もっとシリウスシンボリらしく走れる。
会って数日の俺が言うのも変なことだ。今更ながらに思いつつ、その言葉をシービーに送った。
「それがシリウスシンボリというウマ娘だろう」
「はははっ、やっぱり先生、ちょっと頭おかしいよ」
引き気味に笑うミスターシービーにちょっと傷ついた。
気高く飢えろよ シリウスシンボリ