ランナーズハイ   作:どんとろりんと言葉が溶けていく

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何よりも愛し、何よりも真摯に向き合った故に、その事実を認めることはできない



感想で見かけるので
想いパゥワーはアレです。固有スキルとか勝負服の概念を落とし込んだらこうなりました。ウマ娘は言うなれば想いを力に変えやすい種族って感じで、勝負服や特定条件(通常ゴルシのレース中盤に下位だったら固有スキル発動みたいな)でリミッター外して力を引き出しやすくしてるんじゃないかなと。縛りと方向性を持たせて出力を上げる的な。

ヒト?そんな便利な構造してませんがなにか?


同病相憐

鳴り響くスマホの合図、身体は十二分に温まっていた。初動、先に反応したのは俺だが、一瞬の半分ほど、遅れて怪物が動き出す。

 

脚に万感の想いを詰める。焦燥、怒り、無念、諦めきれないという未練がましい希望さえ、そのすべてを足に乗せて踏み下ろす。

 

風を切る。加速は常人のそれではない。そうじゃないと隣の怪物に勝てるわけがない。文字通り死ぬ気で走るしか勝機はない。

 

もう同じ手は通用しない。それに今回は直線だ。ただフィジカル、自分達が持てるすべてをぶつけるだけの殴り合い。

 

腕を振る。我慢しきれず声が息と合わせて吐き出される。無為に叫んだ。無駄な体力なんてどこにもないというのに。

 

 

「あああぁぁぁぁぁぁぁっっっっ

 

 

          怪物ゥゥゥゥ!!!!!」

 

 

ただ、前へ。前へ、前へ、前へ前へ前へ前へ!

脚にたまりゆく疲労を噛み潰し、爆発しそうな心臓に酸素を送り続ける。血管はとっくのとうにはち切れそうで、脳みそ迄ロクに酸素が回ってないのか視界が一瞬明滅する。

 

知らず知らずに首が上がる。これはいけない、顎を引く。呼吸経路をしっかりと作る。

鼻も合わせて息をする。より多く、より大量の酸素が必要だからだ。

腰を意識する。バネ、捻じり、どれだけ本気でも姿勢良く、でないと空気抵抗が発生する。正しいフォームを意識しろ。

 

脚と腕が徐々に徐々に死んでいく。笑えるほどに苦しいと感じる。ランナーズハイはたったの一瞬で使い切った。それほど、一歩が長く、命を燃やしていた。

 

だが

 

走る、走る。横から影がまろび出る。半歩後ろの影は横へ、そして

 

前へ

 

許せるものかよ。許してなるものかよ。それを許してしまったら、今までの俺は…それは…!

 

喉から上がりゆくものを口から垂らす。紅く、紅く、人の命そのものだった。

 

腕も足も嫌な音が響き続ける。激痛、苦しくて、泣きたくて、それでもすべてをねじ伏せて

 

嫌な気配、足が終わる感覚がじわじわと足先から足首、膝へと染め上げていく。

 

腕はとうになにもなく。ただ振り上げる感触だけが残っていた。勢いだけで動かしていた。

 

それでも

 

歯をむき出しにする。噛みしめる。がりり、音がした。

心臓を爆発させる。血を、命を身体に巡らせる。ふと、一瞬見えた手は、血が滴っていた。やはり、クセは治せなかった。

 

走れ、走れ、死んでも走れ、死に続けても走れ。文字通り、命を燃やせ、最後まで。血走る目と荒い息、壊れかけの身体を必死に駆動させる。

 

それでも

 

たったの爪先分の差、それはやがて半歩へ、一歩へ、開いていく。

ゴールは目前、それなのに、俺はまだ出来る。行けるから。

 

動いてくれ。頼む動いて。お願いだ。

 

それをゴミにしていいわけがない。それをしょうがないものとして扱っていいわけがない。

 

動け、動けよ。もっと早く、もっと強く、足を踏みしめろ。腕を振れ。だから、早く、早くしてくれ。

 

走って

 

走っ

 

 

 

怪物がゴール地点を踏んだ時、1バ身ほどの差があった。

 

 

そのままゴールに転がり込む。力が抜けてしまい、全くもって一昨日の勝負のように転がるしかなかった。

 

手も、やはり足も、口からさえ血を垂れ流して、喘ぐ息で酸素を取り込む。朝焼けが眩しい。片腕を辛うじて動かして目を覆った。

正しく死にかけだった。今わの際さえ走ることを喜べばいいのだろうか。漠然とそんなことを思った。

 

意識が朦朧とする。死ぬのだろうか。

 

視界の端の端、微かにサイレンススズカが傍に足を降ろすのを見た。投げ出されたもう片方の手をゆっくりとマッサージするように開かせ、握りすぎて出血した手を丁寧に拭いている。持っていたハンカチは赤に染まった。

 

「先生、申し訳ありません。恨まれても到底文句は言えないでしょう」

「俺が……お前を恨む……わけが…ない」

 

恨んでしまえば、俺はもう立ち上がれない。立つことすらままならない。

 

純然たる事実、ヒトはウマ娘に勝てなかった。それだけだ。

 

どれだけ積み重ねてきたものがあっても、容易にそれは崩される。努力をした凡人は、努力をした天才に勝てるわけがない。それが種族に起因するものなら、なおさら

 

俺はよくやったのか?俺はこれでよかったのか?

 

俺のすべては此処で負けてしまうものだったのかよ。

 

走るのが好きだ。走ることが好きだ。自分で走るのも好きだが、ひとの走りも興味を持った。

種族差なんて最初から分かっていた。わかっていたはずだろう。それでも必死に、必死に

 

今まで積み重ねたものが過る。どれもこれも大切で、到底捨てられるものではない。

 

これほどやっても埋められないのか。ヒトとウマ娘の差というものは。

 

それがもし許されるなら、俺はさっさと自殺していた。来世に期待して世を儚んだ。

それをしなかったのは、それに気づくのが遅すぎて死ぬに死ねないところに来たから。だから、俺は勝ち負けなんてどうでもいいと、気持ちよく走れるなら、それでいいと決めた。決めたはずだ。割り切ったと、思っていた。

 

それなのに

 

俺は、なんで泣いてるのだろう

 

「先生、後生です。どうか今日の勝負を引きずらないでください」

「これはただの生徒の我儘なのです」

「理解しています。私は理解していますから…。先生と私は同類、同じ立場なら私は自死さえ選ぶでしょう」

「ふざけた…ことを…言うな。死ぬのは、いけない」

「私は私の走りを信じられなくなったなら、死を選びます」

 

「それでも、今日、勝負を挑んだのは先生に先生自身の走りを信じられなくするためではなく、その逆、もっと誇ってほしいと思ったからです」

「誇……る………?」

「はい、私は以前よりずっと見てきました。私ならヒトとウマ娘の差異に気づけば絶望して死を選ぶ。それなのに、先生はずっと、欠かさず私との勝負を、並走を受けてくれました」

「先生は、その事実に気づいたとしてもそれを払拭しようとした。自分がただ実力が足りないだけだと磨き続けた。到底私には真似できるものではありません。それをしょうがないと切って捨ててほしくないのです」

「それしか、なかった。俺にはそれしか…なかったからだ」

 

「それでもです。それでも、私は先生に誇ってほしいと思ったんです。先生がシリウスさんの気持ちを否定するのは、先生自身が誰よりもその想いが強かったから。真摯に向き合い続けて、敵に立ち向かい続けた今の先生がいるから」

「だから、どうかお願いします。シリウスさんの気持ちを、先生がそれでもと走り続ける気持ちを、否定しないであげてください」

 

「確かにウマ娘は想いを力に変えることはできます。でも、それはヒトでも出来ることだと教えてくれたのは先生です」

「ほんの少し、積み重ねて積み重ねて、果てまで行こうとするヒトが、ほんの少しだけ才や努力、技術すら想いの力で凌駕する。それはウマ娘にもヒトにも備わる“頑張った人”の機能だと思います」

 

「私は今日も含めて、先生の想いの力を感じていたんです」

 

「慰めは、いらない」

「慰めなんてありません。先生の言葉を借りるなら()()()()()()()()()()()

 

「どうか、どうかお願いします。先生、先生自身の想いを、シリウスさんの気持ちを受け止めてあげてください」

 

「そして、もう一度、また来週の月曜、走りましょう。いつものように、いつもの公園で」

 

「俺は負けた、心が折れたかもしれないんだぞ」

「いえ、そんなことはありません。だって」

 

「私と先生は()()なんですから」

 

楽しげな声色が耳を打つ。少しだけ楽になった身体に力を入れて、腕をどかした。情けねぇ。生徒に救われるとは。抱えてるモンがなくなったわけでも、この絶望感がなくなったわけでもねぇ。ボロボロで、無様に転がってる。心身共に死にかけだ。

 

 

でも、まだ立てる

 

 

まっすぐ顔を見据えた。自嘲しながら言ってやる。言わなきゃならないと、そう思った。

 

「今日は負けた、次は勝つ」

「次も、負けません」




同病相憐れむ
同じ病に罹るものはその者同士で同情し、理解し合う。
ヒトとウマ娘、その違いは道を分けるには十分だった。
それでも、もし私/俺なら、そうしただろうと言える二人は間違いなく同類だろう


凡そ先生が生徒にぶつけていい感情ではない
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