ランナーズハイ   作:どんとろりんと言葉が溶けていく

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息抜き回でもあり…


自由の身体

 

「先生ー、ちょっといい?」

「どうしたミスターシービー、何か用か?」

 

放課後、いつものトラックでサイレンススズカのトレーニング資料を捲る。ふむ、本格化前にある程度基礎部分を揃える必要があるか。脚は十分にやっているから引き続き続けさせればいい。あとは、肺活量、コース取り、バ場不良の慣れ…まずは肺活量だな。

 

ミスターシービーは悩みながらも言葉を発した。

 

「いやぁ。担当契約…とはいかなくても先生のトレーニング見てみたいなぁって」

「トレーナーは…いなかったな」

「あはは…興味があってね。トレーナーって結構秘匿主義というか…あんまりお試しで入るってのなくてね」

「だろうな。受け持つ担当と競う可能性もあるなら下手なことはできないし…トレーニングは大なり小なりウマ娘に慣れを作るものだ。前のトレーニングの感覚は良い方向へ働くことも悪い方向へ働くこともある。だからといって手抜きのトレーニングも…」

「難しい…よ「いいぞ」

「えっ?」

 

「別にいいぞ。スズカが来たらトレーニングを始める」

 

「えぇ、いやまぁ先生がいいならいいけどさ…。え、アタシも走ったりする?」

 

ふむ。全身を見る。

 

「えっ、あー…いやなんもないんだよなこの人」

 

身体のラインを隠そうとするが途中でやめ、ぐるりと全身を見せるように回る。

 

「足を曲げたり、伸ばしたりしてくれ」

「はーい、どう?一応女子高生の足ですけど」

「頭腐ってんのか。未成年に手を出すわけないだろう」

「口悪くない!?」

 

当たり前だ。一部のトレーナーがウマ娘の足に執着して縋り付いたり、半ばナンパ染みたスカウトが問題になっている。なまじそのトレーナーが優秀だから飛ばすに飛ばせず、本人も土下座してなんとか残留の御目こぼしが貰えてる状態だぞ。ウマ娘本人が納得していても、親御さんが納得するとは限らないだろう。わかるか?スカウトの話を聞いた親御さんの鬼電話を。トレーナー、ひいては教師陣でも血の気が引いたあの事件を。

 

「聞きたいか?話を聞く誰もが死んだ目をし、理事長秘書が目を伏せ、理事長が悲しい顔をしてぽつぽつと話し始めたあの事件を」

 

ウマ娘への熱意が起こした悲しい事件を。なまじ親御さん…特に父親が繊細な方だったからか。対応に苦労したという苦労話しかでない事件を。最後はお母さんが全面に止めてなんとかなったらしいが…

 

「ごめん、前半はまぁ聞いて耐えられるけど後者の秋川理事長のエピソードは心にキそうだからやめとく」

「賢明な判断だ。コンプライアンス研修がより厳しくなった原因でもあるから、間違っても他のトレーナーに言うなよ?皆神経尖らせている」

「マジかぁ。え、じゃあ契約してる子達がなんかトレーナーが一歩踏み込むと一歩離れて距離取るとかって愚痴るのは」

「コンプライアンスだな。契約ウマ娘が良くても親御さんが頷くわけではない。尤も、そこまで信頼関係を築けているなら問題ないだろうが…それでも可能性はある」

「それだけ…っていうのもか」

「あぁ、一部のトレーナーの風評が全体に響いてしまう。当時は変な目を向けられることさえあったそうだ。そう考えるとな」

「うわぁ…なんというか大変だね」

 

「そういうことだ。話を戻そう。走ることはしなくていい。今日は基礎的な部分を鍛えるものだ。シリウスの件はアイツの走りに合わせたトレーニングを組むために要求したこと。基礎練習なら別にいい」

 

「そっか、…あ、で。アタシの足ってどう?」

「…聞きたいのか?」

「シリウスにあんだけ分析出来てたんだからそりゃ気になるよ」

「わかった…話す前に一応、脚質と適性を言ってくれ」

「アタシ?んとね。脚質は差し、追込。距離は中、長距離だね」

 

「ふむ。まず足の安定感に目が付いた。基本走るときは身体の軸がブレるとそれだけ消耗しやすかったり負担が掛かったりする。体幹が強いのか…なにかやってたか?」

「うーん、放浪?」

「放浪…」

「色んな所行ってるからさ。休日は山とか遠い町に足伸ばしたりとか。体幹強いのは悪路ばっか歩いてるからかな?長時間だから無駄な体力削りたくないし」

「言葉通りだ。長時間の運動においてネックになるのが体力だ。肉体は鍛えれば鍛えた分限界値は増えていくが、消耗する体力をどれだけ減らせるかも大切になる。その点、体幹が強く、ブレがないから体力消費を軽度に抑えやすいだろう」

 

「あとは…そうだな。……不自由な身体をしていると」

「ふ、不自由な身体?」

 

目をぱちくりとする。言ってもいいか迷うが、今後誰も指摘しないならそれも問題になる。ならば泥をかぶるのは俺でいいだろう。

 

「あぁ。脚質にあった肉体だといえる。力を溜めやすい脚、自分ペースで走る為の広い視野がクセになっているとみる。身体のブレのなさを生かして他のウマ娘を避けながら加速することもだろう」

 

それはまるで風のよう。だが

 

「ミスターシービーの走りは確かに自由で風のようだと聞く。授業で改めて見た時も同様に思った。だが、その走り方は“避ける”走りだ。風のように掴み処はないが、逆に言えば遮るものは避けようとする。もし、徒党を組まれて前でも防がれたらそれを突破するには時間が掛かるとも」

 

「ミスターシービー。お前は自由にしか走れない身体だ」

 

「それって…なんか悪い…ことかな?」

「いや、寧ろお前の気質に合ったものだと思っている。身体というのは今まで生きてきた経験の結晶だ。その身体になったということはそれだけお前がその走りを継続してきたからだ」

 

「ただ…」

「ただ?」

 

「自由に囚われているとも…いや、忘れてくれ」

「………、先生はさ。自由ってなんだと思う?」

 

「…俺か?そうだな」

 

「納得できるかどうかだろう」




ミスターシービー、自由を愛する天衣無縫のウマ娘よ。君は君の自由に納得しているだろうか?
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