ランナーズハイ 作:どんとろりんと言葉が溶けていく
そこに見出したものを後生大事に抱え続けることになる
「シリウス」
部屋を出て、一息ついていたところに声を掛けてきたのは皇帝サマだった。お爺様もといご当主とお話してきた後のことで、正直に言えば疲れもあった。だから断ってすぐに部屋に戻りたかった。
それをしなかったのは皇帝サマがいやに真剣な顔をしていたからだった。
「ンだよ皇帝サマ。ここに居て良いのか?フツーに学校あっただろ。色々仕事も溜まってんだろうに…」
「君がケガをしたと聞いて居ても立ってもいられなくなってな。エアグルーヴには申し訳なかったが背中を押してもらったよ」
「そーかい、ソイツは何とも…別に気にしなくてもいいのに心配性なこって。ウマ娘がケガするなんてよくあることだろ」
「君のケガの理由を知るまではな」
…何が言いたい?対して感情も込めずに目を向けたはずなのに、微かに皇帝サマはたじろいだ。それだけ威圧感が籠っていたのか、それとも……
いや、良いか。
少しだけ気分が上がったから答えてやることにした。皇帝サマはどうやら私の
「私にもトレーナーが見つかった。それだけの話だぜ?まぁ色々、そう、色々とあったが」
「調べたさ。早瀬 歩。トレーナー試験に首席合格。教員資格やスポーツトレーナーの資格等、トレーナーの実力だけを見れば申し分ないだろう」
「だろ?良い拾い物したよ。他に取られずに済んでよかったとも。生憎、取る前に二人ほど手を伸ばされたが」
「実力だけを見るならば…な」
「それ以外に問題がある…と?」
空気が冷えた、こんなもん肌感でわかる。どうやら皇帝サマは耳を少し絞っていた。何がそこまで不満なんだか、思わず肩をすくめる。
言った。
「別に言葉を選ぶ必要ねぇハズだ。アイツのことを悪く言われてもそれだけのことをアイツはしてる。だろうなとしか思わねぇよ」
「それなら言うが…」
珍しく言葉を選び、それでも目は心配げな色を保っていた。空気に場違いな言葉が響く。
「君が、心配だ」
「はぁ?」
「シリウス。君はいつか死ぬかもしれない」
目を丸くしたよ。全然、予想もしてない方向から言われたもんだから言葉を失ったし、どう返せばいいかわからなかった。まるで真剣に空が落ちてくるかもしれないって言われたみたいだ。
くつくつと湧き上がる笑みを押さえながら聞いた。聞きたくなった。
「勉強のし過ぎなんじゃないか?それとも、根の詰めすぎか?私が言うのもなんだが休んだ方が良いぜ。なんだってそんなことを言う?」
「いや、シリウス。私は断じてふざけているわけでも、ましてや冗談で言っているわけでもない。君は、いつか死ぬかもしれない」
「理由は?それだけの理由があるんだろう?そんなことを言うくらい御大層なモンが」
「うまくは言えないが…」
「それなら理由なんてないに等しいじゃねぇか」
「いや、これだけは言えるんだ」
「きっと、君は満足しない。世界のトップを目指すことは否定しないし、その目標は素晴らしいものだと思う。だが、だが…
あのトレーナーと目指すべきではない……とそう思うんだ」
「……」
「認められるものじゃないというのはわかっている!確かに主席という実績はあるし、優秀なトレーナーになるだろう!だが…君とは致命的に相性が良い。良すぎるんだ」
「トレーナーと担当は二人三脚だ。片方が倒れかければもう片方が支え、片方が行き過ぎればもう片方がブレーキを踏む必要がある。そうしなければ倒れるからだ」
「だが、君達の場合、それがない。」
「倒れても起き上がり続け、どちらもブレーキを踏まないから致命的な
「君の走りを見た。あれほど走り方を変えてなお磨き上げた技術やキレは冴えわたっていた。それは賞賛すべきものだ」
「だが、君がそこに至るまではどうだ。寝る間も惜しんで情報を読み漁り、オーバーワークが基本、それ以上に無理をするのが当たり前。それを強いたのは誰だ?」
「シリウス。君は」
「皇帝サマ、アンタがそれを言うのかい?」
随分と言いたい放題言ってくれたな。おかげでさっきの上がったテンションもどこへやら。過保護なのかなんなのか。心配も過ぎれば毒になるってのがわからねぇかな。
心が冷たくなるのを感じる。苛立ちと言ってること自体は理解できるものだったから余計にムカついた。確かにアイツと私は相性が良いんだろう。アイツは私に足りないものを教えてくれて、私はアイツに目標を見出した。
世界のトップ、それを取るにはここまでしなければならない、そういう明確な形を得たのだ。
「アンタは高尚な夢を掲げている。『すべてのウマ娘を幸福に導く』だったか?無理難題を掲げて自分自身すら犠牲にしようとするアンタがそれを言うのか?」
「確かに私は無理をした。それは認める。期限が1週間しかなかったからな。やるしかなかった。だから、契約を結んだ以上締めるときぁキッチリ締めるだろ。アイツはそう言う奴だ」
「それに、だ」
言いたいことはもっと山ほどあったがそれら全てを飲み込んで、たった一つの言葉を吐く。これだけは伝えておきたかったし、なにより、それをアンタが言うのかと思ったから。
酷く冷たい、けれど譲りたくないものだったから、それはまるで氷塊のような重さを伴って突き出された。
「アンタは“皇帝”だろ」
「…っ」
止めようとも思ったが言っちまえば止まらなかった。とめどなく言葉が口から溢れ出そうとするから、せめて取捨選択はしようと結構必死だったのを覚えている。
「きっと、アンタはアンタにしか見えない何かを見てそう言ったんだろう。それはきっと皇帝たるアンタにしか言えないものだ。忠告は受け取っておく。だがよ」
「私はアンタを乗り越えたい。そのためにもトップを目指そうと必死になってる。それこそ、血を吐くほどに、必死にな」
「どうすりゃあ良いんだって考えた。何度も、幾度となく考えて、そんで、アイツと出会った。運命と言ってもいい」
「アイツはずっと積み重ねていた。それこそ、走ることに関係するすべてを。知ってるだろうが、本格化前のウマ娘とアイツは競り合えてたんだぜ?賞賛ものだよ。本格化前とはいえ、ウマ娘と張り合えたんだ」
「だが」
「言っちまえばそこまでだったんだよ」
「可笑しいだろ。たかだか数度見ただけの私でもわかるほどに積み重ねたものがあった。肉体、技術、経験、色々なものの果てにアイツがいた。それが、本格化前のウマ娘と一瞬互角に張り合えるだけだぜ?」
「それほどか?それほどなのか?私らウマ娘とアイツ…ヒトとの差はそんだけ大きいものなのか?違うだろ。違うはずだ。じゃねぇとあまりにもあんまりだ。残酷過ぎる。哀れ過ぎる。それ以上に」
「私は私自身を許せなくなる」
アイツがいるだけですべての奴がしている努力は陳腐なものになる。他が霞むほどに積み重ね続けたんだ。それなのに
「私は今までの自分が甘いと思った。アイツに比べればあんなの努力ですらねぇ」
「私は今までの自分が憎いと思った。そんな努力とも言えないものであの場に立てちまっていたから」
「私は…」
…いや、良いか。
一息吸った。知らぬうちに絞っていた耳を解いて、肩の力を抜いた。言い過ぎって自覚はある。でも言わねぇとずっと付き纏われちゃあ迷惑だ。
「アンタは皇帝だ。すべてのウマ娘を幸福に導くなんて大層な夢を掲げて、そのために日々を頑張ってるんだろう」
「その中に、アイツは入っていない。そりゃあそうだ。ウマ娘じゃないからな」
「………たったそれだけの違いで、すべてはない物になるのかよ。ちっ、らしくねぇこと言ってるな。なんでもねぇ。聞かなかったことにしてくれ」
「兎に角だ。アンタがすべてのウマ娘の為に走るなら、私は私の為、ひいては私が譲れねぇってモンの為に走る。私はアイツに自分にはない物を見た。きっとそれは私が目指す世界のトップの為に必要なモンだ。だから選んだ。それだけの話だ。それをどうこう言われる筋合いはない」
「シリウス…いや、済まない。踏み込み過ぎ、なんだろうな。お爺様はなんと?」
「別に。色々言いたいことあるから連れてこいって言われたが、私が決めたことにグチグチ言うんじゃねぇで一蹴した」
「そうか…わかった。お爺様については私が何とかしておこう。」
「そうかよ。ま、頼むわ」
そう言って、立ち去ろうとすると、か細く声が響いた。
「シリ……君は………」
微かに零れたその言葉に、聞く耳は持たなかった。
ライバルです。
すべてのウマ娘を幸福に導くがゆえに、そこにトレーナーは入っていない(同志としての認識)シンボリルドルフ
世界のトップに立つために飢えを知り、飢えを満たすものこそを最上とするシリウスシンボリ。
同志として横に立つか、経験として共に連れていくか。