ランナーズハイ   作:どんとろりんと言葉が溶けていく

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ミスターシービーの芯の強さがキモだと思っています。




風が吹き始める。


:そよ風

「ほら、なんとかなったでしょ?」

「結果的に、だろ」

 

 憮然とした物言いのエースは…まぁわかるよ。

 シリウスに大した怪我はなかったし、結果だけを見れば焚き付けることに成功したわけだからね。でも、過程を見るとまぁ酷い。

 

 早瀬先生は生徒に無理なトレーニングを強要している

 

 そんな噂まで耳に入るんだから、契約を結んだ身としては…面白くない。その一言に限る。

 

 エースは正直、まだいい方だ。

 なんせ、事情を知っているというか、どういう経緯でこうなっているかってのは理解してるから。問題なのは、何も知らないで結果だけを見て騒ぐ外野。というか、結果だけを抜き出すと先生にも問題あるからタチが悪い。

 そして、それは別にアタシ達ウマ娘だけの話ではない。

 

 やはり、主席とはいえ新人トレーナーにトラックの管理やウマ娘を任せるべきではない。

 

 さらに此処にトレーナー達のやっかみ…って言えたらいいんだけどなぁ。

 

 はぁと溜息。こればっかりは私達の問題でもあるので頭が痛い。

 

 トレーナー方は優秀で、そしてウマ娘というのを良く知っている。もちろん、ウマ娘に熱を上げ過ぎたトレーナーがどうなったのか、実際に見聞きしたこともあるのだろう。

 それに、ウマ娘に熱を入れたトレーナーとその担当バが私の両親なわけで…、まぁつまりは、そういうことだ。

 

 新人がウマ娘3人を担当するべきではない

 

 そういう声は幾度となく上がっているし、上がってる声自体心配の色が多いからどうにも言えない。

 

 そして、アタシ達三人とも、先生を手放す気が毛頭ないというのも問題だろう。

 

 先生はシリウスに襲われた(自業自得)ことで入院することになったのだが…

 

 まず、シリウスは厳重注意が下った。それはそうだ。先生が頑丈だったからよかったものの、一歩間違えれば大怪我じゃすまないだろう。

 謹慎等の処分が下らなかったのは経緯が経緯だからだ。アタシ等から経緯を知った学園長は頭を抱えて、たづなさんも思わず手に持っていたバインダーを額に当てるから多分相当だと思う。

 

 次にスズカちゃん。シリウスの走りを見てる時から少し様子がおかしいな~とちょっと心配で、多分、不安になっているんだと思う。

 他トレーナー方からやんわりトレーナーを変える誘いがあった時

 

『ダメ…!ダ、ダメ…なんです。その、申し訳、ありません』

 

 そう言ったらしい。嫌でもなく無理でもなく、ダメ、なのが何かあるというかなんというか…

 

 あぁそう、シリウスはなんかフルシカトしてたし、シンボリ家の方でも注意があったらしいんだけど、『全部黙らせた。私が選んだ道の邪魔するんじゃねェ』って言ってた。いつものだ。

 

 そして、アタシ、ミスターシービー。

 

 はい、結構言われたけど、まぁアタシはアタシの自由にやると決めているわけで…

 

 担当しているウマ娘全員、我が強いというかなんというか…そんなもんだから、事情を知らないウマ娘達は、先生を。事情を知らないトレーナー方は、ウマ娘を。双方に心配の声を上げているという状態だ。

 

 正直に言おう。とっっってもメンドクサイ!

 

 アタシ等が納得してて、先生についてもまぁそういうヒトと認識してるワケで…それをこう…外野がどうのこうの言われても困る。

 

 顔見知りの子の心配の声とか、アタシ達がハードワークさせられてないか見に来るトレーナー方にちょっとうんざりしてるというのもあって、最近はずっと調子が上がらない。

 

 もちろん、そんなこと先生にばっちり知られている。というか、お見舞いに行ったとき邂逅一番

 

『一人で走れるイイ場所を知っている』

 

 と言われた時は、いくらなんでもエスパーじゃないかと思ったけど…まぁそのおススメされた場所は、アタシの中でもランキングTOP10に入るほどイイ場所だったので、ギリ絶不調にならずに済んだ。

 

 今現在は各々指示されたトレーニングをこなしながら好きなようにやっている。今?休憩中~

 

「シリウスは…まぁシリウスのせいってのもあるんだろうさ。んでも、シービー。お前もあぁなっちまうかもって思うとだな…」

「へぇ、心配してくれるんだ」

「当たり前だろ…。正直なことを言うと、早瀬先生は…怖い」

「怖い?怖気ついたの?エースが?」

「ちげぇよ!いや、違わねぇかもしれねぇけど…なんつーか」

 

 いつもみたいな明朗快活な様子じゃない、神妙な面持ちのエースは絞り出すように言った。

 

「早瀬先生がウマ娘だったら…って思うと、背筋がゾクっとする」

 

 その言葉に、いやいや、そんなこと…と何か言おうとして、そして何も声が出なかった。思わず喉を触る。急に声帯が壊れたワケじゃないらしい。なら…

 

 アタシは恐怖した?

 

 唐突に現れた曇りがアタシの中に考えを巡らせた。

 

 もし、先生がウマ娘だったら、どうなっていたか。

 それはもちろん、中央トレセンに来ていただろう。これは絶対とか必ずとかそういうチャチなもんじゃない。来るのが当たり前という考えがあった。あの人が来ないはずがない。来るのは前提条件として…だ。

 

 どうなっていたか。そう考えて、考えて、考えてから、アタシは思わず口を塞ぐ。馬鹿げてる。そんな荒唐無稽な話あるはずないと思った。でも、もし、そのもしがあるとしたら…

 

「多分、みんな絶望する」

 

 思わず零れた。零れてからぎょっとした。自分自身に驚いた。本当にそうか?と思ったけれど、間違いなくそうと言える自身が心の奥底に一片だけあった。

 先生の身体とか、経験とか、技術とか。たかだか1か月にも満たない時間ですら『このヒト、一体どれだけ努力したんだろ』って思うほどだった。それは、多分、時間が経てば経つほどわかる。

 

 もし、もしもだ。ウマ娘だったとしたら。きっと、多くのウマ娘が自分を見失う…と思う。心の強い者しか立ち上がる事が出来ない劇薬だ。同じ種族で、同じ時を過ごすにはあまりにも劇物過ぎる。

 

 ヒトとして生まれたから今の先生があるかもしれない。だけど、ウマ娘として生まれたから今よりもマシになるとは到底思えない。誰よりも早く、速く、トップになるだろう。いや、トップになる事すら通過点だ。一位を独走し続ける。それは勝ちたいからとか、負けたくないからとかそういう次元じゃない。

 

 ただ、誰よりも多く、誰よりも速く、走りたいから走るのだ。

 

 そんなのを前にして、立ち上がれるウマ娘が一体どれだけいるだろうか。

 

 ウマ娘は元来闘争心が強い種族だ。レースなんて大なり小なり、勝ちたいという想いがないと勝てない。いわば種族全員負けず嫌い。

 それでも、自身の才能に胡坐をかかず、自分の出来得る限りの事をこなし、そのために時間を惜しまない。ストイックの塊のようなウマ娘を前に…

 

 と、ふとそう考えてから一人、そう言うウマ娘が居たなと思った。

 

「シービー頼む。自分で決めたことだからってのはわかってる。でも、無理だけはしないでくれ。早瀬先生は努力の鬼だ。出来ないことを出来るようにしたヒトだと…思う。そうじゃなかったら、シリウスをあんな風に焚き付けないハズだ」

 

 エースの心配の声。でも、ごめん。今は少し、後にして。

 

 サイレンススズカ。走りにストイックで先頭の景色が好きなのだと言っていたウマ娘。

 すこし、というか結構違いはあるけれど、多分下地は変わらない。

 もし、先生の仮想ウマ娘がスズカちゃんだとしたら…だ。

 

 才能はある。ウマ娘に生まれた時点でヒトよりも速い。それ以上に本格化前でも模擬レースで勝てるほどの才能。

 努力が出来る。どうすれば一番速く走れるのかを考え、それの為に時間を幾らでも費やす事が出来る。

 モチベーションがある。尽きぬ渇望。貪欲に走ることに執着し、それ以外に興味がない。

 

「シービー…だから、…シービー?シービー!」

 

 もし、もしも。スズカちゃんがそうだとしたら。スズカちゃんが先生と同類であるとしたら。今は本格化初め。きっと、これから脂がのってくる。どんどん強くなっていく。そして、同じ先生に教えを乞うている。

 

 アドバンテージなんてあるわけない。同じ環境なんだから、あとはアタシの積み重ねと才能次第。でも、絶対に努力は上回られる。考え方からして違うから。

 

 アタシは自由に走りたい。スズカちゃんは一番を走りたい。

 

 この違いは、大きな差になってくる。

 

「おーい…シービー!聞いてるのか!?」

 

「ごめん。ちょっと待って」

 

 だからといって変えるのか?なわけない。アタシはアタシ。ミスターシービーだ。

 先生から勝者の自由を教えてもらったからとはいえ…アタシはアタシらしく走る。負けた時は負けた時。自由こそがアタシだ。

 

 でも

 

「じゃあ負けてあげるのかってそんなワケない…!」

 

「えっ?」

 

 本気でやって負けるのと、負けることを頭に入れて負けるのとじゃ大違い。前者はまだ立てる。後者は勝負の前から挫けてる。

 

 ウマ娘は大なり小なり闘争心がある。勝ちたいという意欲がある。

 

 それはもちろん、アタシにだってある。

 

 面白い、面白くなってきた。すごい、ワクワクする…!

 

 ちょっとスズカちゃんのメンタルが不安だけど、だからといって手を抜くようなことはしないだろう。いや、出来ない…かな。先生と同じならそういう器用なことは出来ないはずだ。

 

 シリウスだってギアが入った。本気だけじゃない。必死のシリウスになった。先生的な言い方するなら、気高く餓えたのだ。きっと、いろんなものを吸収して自分の武器にして、向かってくる。トップになろうとする。

 

 そんな二人と勝負が出来る。勝負が出来る世代に生まれたって、それってなんか、すごくイイ事じゃない?

 

 頬が吊り上がるのを何とかごまかしながら、肩を掴んで揺らしまくるエースに声をかける。

 

「とりあえず、さ。アタシはアタシだから、心配しないでもいいって。それより、エース。練習しない?今、とっても

 

 走りたい気分なんだ」

 

 ニマっと笑ったアタシを、エースは特大のため息を吐いてから、人差し指でこつこつと下を指した。

 

 おっと

 

 すぐにペンを持ち上げて問題を見る。いつの間にか終わっていたのか、エースはノートを閉まっていた。

 

 そういえば、今、課題やってるんだった。

 

「見せてもらえたり~…」

「自分でやれ」

「はい…」

 

 しぶしぶ、課題に手を付けるのだった。




感想評価よろしくお願いします。誤字脱字報告いつも助かっています。

業務連絡ですが、最近お仕事が忙しくなっているので、更新頻度は週一程度になるかと思います。なるべく更新出来る時はしますが、よろしくお願いします。



 ウマ娘は、そのレースの練習風景といった特殊性に目を向けがちですが、やっぱり学生であるということを意識したいなと思います。学生なんて、課題から逃げるために雑談し始めるくらいがちょうどいい。
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