ランナーズハイ 作:どんとろりんと言葉が溶けていく
なぜ、一番キャラが立ってる秋川理事長が…?
気付くには遅すぎた…よくある悲劇の一つである
「憂慮ッ!…変革には痛みが伴うとはよく言うが、学園に大きな波紋を呼ぶことになってしまったな」
俺は歩ける程度まで回復した後、秋川理事長に呼び出されていた。たづなさんは所用で外している…二人きりの状態だ。俺のせいで大変な迷惑を掛けてしまったと自覚はしている。それ以上に浮き彫りになった問題の対応もしているのだろう。
その幼い
「申し訳ありません。秋川理事長」
「不要ッ!…私の責任でもある」
「いえ、それは」
「不要ッ!…確かに君は私の見込んだ通りのことをしてくれた。…シリウスシンボリ君はね。伸び悩む兆候があった。今すぐではない、もっと先の話。…しかしいずれ直面する話でもある。天井へとぶつかり苦悩し、挫折する。ただ彼女は再起するだろう。そういう子だ。…でも」
「
手を組み、思案する姿は子供のそれではなかった。冷たい針の如く言葉が突き刺さる。それは、誰もが気づいてなお目を背けていた事であり、平等に齎されるものについて
時間について、触れていた。
「悲劇ッ!彼女はそれでもと目指すかもしれない。きっと無理も無茶も通すだろう。一瞬、ほんの一瞬奇跡を踏むかもしれない。でも…それだけだ」
「一瞬の栄光ではダメなんだよ。たった一歩の奇跡を通したところでこれは『レース』だ。“奇跡を踏むなら踏み続けなければならない”」
「彼女は二度目、三度目の挫折を迎えるかもしれない。それは彼女を決定的に変えてしまうかもしれない」
「時間は誰しもに与えられた権利だ。だからこそ、やり直しは効かないし尊ばれる。後悔しないように生きなさい、手垢の付いた言葉で、だからこそ真理だ」
「彼女は立ち上がれない。立ち上がったとしても、何もかもが遅過ぎる。賢い子だから、それに気付いて絶望するかもしれない」
神妙な面持ち、少女の顔に似つかわしくない老練な口ぶり。正しく、『傑物』…幼いながらにトレセン学園を創立したその才覚はあらゆるウマ娘の為に振るわれる。それはシリウスシンボリも例外ではない。知らず知らずに息を飲んだ。気圧されたのもあるが、その言葉はシリウスシンボリの的を得ていた。
時間、それは等価値で無価値だ。1=1の真理は変えられず、交換しても意味がない。赤子の1時間と老人の1時間は等しく、違いがなければ価値は生まれない。
誰しもに与えられるからこそ、平等に人生を食いつぶす。
それは生きているなら至極当たり前のことだった。
シリウスシンボリが今気づけなかったら、全盛期を過ぎて気づいたのなら、挫折してから気付いたのなら……それは理事長の言う通り悲劇だ。見つめ直すにはあまりに遅い。やり直しが効かない。なにせ、
ただでさえ、ウマ娘は3年の猶予しかない。肉体の全盛期を過ぎてなお勝てるほどレースは甘くない。
もう後には引けない。
俺と同じように、辞めるには時間をかけ過ぎた。消費し過ぎた。後戻りは許されない。シリウスシンボリは、死ぬしかない。自らの信じたものの為に、滅びの道を進むしかない。他でもない自分自身が殺すのだ。積み上げてきた
ぱちん
乾いた拍手の音、それは理事長から発せられたものであり、空気を変えた。いままでのことはあくまで仮定…イフの話だからと。
現実、そうはならなかった。だから、この話はやめようというように。
それは優しい結果論だった。次がそうとは限らない、しかし、今がよかったのだから良いのだという酷く甘いもの。
心底嬉しいというように、いくつかの紙を渡してくる。それは海外からウマ娘を招待する計画書のようだった。
「歓喜ッ!もし、君が気づかせられなかったら…少々強引な手を使うつもりだった。海外からウマ娘を招致しての模擬レースも検討した。けど、そうはならなかった。そうならなかったんだ!…その事実が、今は何よりもうれしい」
「彼女はとっても頑固だからね。自分自身を何よりも誇る。それは彼女が自分自身に恥じない生き方をした故でもある」
「そこに部外者がどれだけ口出ししようと受け入れない…いや、受け入れたとしても“力にならない”。だから、外部刺激は必要こそ、自分自身で気づく環境を…と考えていた」
目線の先には違う書類がある。端から見えたソレはどうやらシンボリ家からのものであった。
「改めて言おう。これは君の責任ではなく私の責任でもある」
手を翻し、書類をこちらに指しだす。そこにはシンボリ家からの苦情…とも言えない嘆願書であり、自分のことについて詳細な記録を要求するものだった。それは、きっと可愛い娘の未来を思ってのことだろう。
「諦観ッ!…これはコピーだよ。元本はシリウス君に破られた」
「シンボリ家は兎も角、シリウス君には好かれている。それ自体は喜ばしいことなんだ。彼女はとても気性が荒い。数多のトレーナーが担当しようとしたがその悉くを断った。そんな彼女が他でもない君を選んだ。色々あるが、君がトレセン学園に呼ぶ事が出来て良かったと、心の底からそう思っている」
俺は改めて頭を下げる。ニコニコと人好きのする笑顔から目を逸らしたかった。年相応な面とウマ娘を思う理事長としての面、飴と鞭というべきか…しかし後者は間違いなくミス出来ない。
俺は俺で走る為に就職したようなものだが、それでも認められたという事はその姿勢がウマ娘達にメリットがあると判断されたからだ。評価は未だ続いている…そう考えた方が良い。
「処分は、如何様にも」
「無用ッ!君は中央トレセンに新しい気風を示した。君の教え方は所謂『スポーツマン』のもの…対して中央トレーナーが行ってきたのは『ウマ娘』のものだ。前者はそのスポーツ一本に絞っているが、後者はライブに勉学に就職に…将来に幅を持たせた教え方になる。一概にどちらが優れているかは言えない以上、“学生”を預かる者としては後者の教え方が強くなるのは当たり前だ。保護者の目もあるからね…」
眉間をもみ込みながらファイルを取り出す。開かれたそこにはウマ娘の一覧があった。逃げ、先行、差し、追込…バラバラだ。一貫性が無いように見える。ふと、一枚の書類に目が付いた。それは、サイレンススズカの書類だった。
「提案ッ!これは進路を聞いた時に卒業後もレースを求める者達の一覧だ。きっと彼女らは『スポーツマン』の教えを望んでいる。彼女達の才能や姿勢は目を見張るが、それ以外で足りない部分も多い。冷たいことを言うけれど、レースは才能だけで勝てるものではないし、努力すれば勝てるものではない」
「
「秋川理事長…貴女は」
言葉を遮るようにやんわりと手を出された。独り言をつぶやくような口調だった。
「君に対する意見はウマ娘でもトレーナーでも賛否両論だ。それでも、シリウス君があそこまで伸びを見せたという事実は変えられない。トレーナー達はメイクデビュー戦まで静観する姿勢を見せている。大なり小なり、興味があるんだろう…。いや、そこがボーダーと見ているのかな。メイクデビューで勝たせることが出来なかったら、干渉があると思ってもらっていい」
「君は現状、ウマ娘を三人担当している。成り行きもあるだろうが、これ以上を担当させるには新人トレーナーには負担が大きいと思われる。だから実績を積むしかない。それこそ
「君が他のウマ娘を担当し、チームを作るのなら今後もトラックを任せられる。設備の追加も検討しよう。もちろん、
「此処は中央トレセン学園。すべてのウマ娘が自身の成したいことの為、支える事が我が校の理念だ。君は私達では手を差し出せなかったシリウス君に手を伸ばし気づきを与えた。その事実は、なによりも君を信頼する理由になる」
それは恐ろしいまでの提案であり、レースの冷たい事にも触れていた。即ち、勝てばいいのだ。勝つことが出来るなら、実績を出すことが出来るなら、他の意見は黙殺しようという冷徹な言葉。俺を中央トレセンに雇った理由、その一端が見えた気がした。いわば試金石なのだ。新しい気風として取り込むに値するかどうか。シリウスが立て直した時点で理事長の評価は勝ち得た。ならば次は学園全体が納得できるかどうか……
「追加担当の件、検討しておいてくれ」
「………拝命、致します」
声が震えていないだろうか。冷や汗が背中を流れる。俺は目の前の秋川理事長を舐めていたつもりはないが、それでも気を引き締めなければいけないと悟った。
秋川理事長は笑顔で言った。
「ハハハっ!まだ検討の段階だよ。そうと決まったわけじゃない。まずはメイクデビュー、気を抜かないよう粉骨砕身で…あ、物理的にしなくていいんだぞ?君はちょっと…就いてから怪我が多すぎるからな!」
再度、深く頭を下げる。すぐさま退室しようとした折に、秋川理事長から声が掛かる。
「あ、あと君がいつかウマ娘に殺されるんじゃないか…という噂もある。研修でも言われただろうが、ウマ娘は“熱を入れやすい”から、くれぐれも気を付けるよーに。心配なら私やたづなも話を聞こう!」
「……ありがとうございます」
「うむっ!……もし不安があるなら学園には専用のコールセンターがある。そちらも頼ってくれ!」
「わかりました。それでは…失礼いたします」
理事長室を出て、一歩、二歩。俺は知らず止まっていた息を吐き出した。
「恐ろしいな…メイクデビューか」
サイレンススズカは中京ジュニアステークス、ミスターシービーは芙蓉ステークス、シリウスシンボリはサウジアラビアRC…これらを大差で勝てという。
俺は走ること以外に興味はない。この環境はそこそこ気に入っている。スズカは一勝一敗で、シリウスはまだ焚きつけたばかり、シービーは未だ答えを探している。ここで手放すなんて無責任なことはしない。
まぁ俺のやることなんて変わらない。
「走り方を、教えてやればいいだけだ」
このくらい秋川理事長なら…!(感覚的に心中の一心や心中の義父と同じ)
というか二字熟語を文頭に置く喋りが難しい…から話の始めに乗せて喋らせたらとんでもなくなった。
師匠!これはいったい…?