ランナーズハイ   作:どんとろりんと言葉が溶けていく

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似てるようでちょっとズレている。


似た者同士

「なーんでこんなことになってんだか…」

 

柔軟ストレッチを入念に行いながら独り言ちる。目の前に広がるはレーストラック…新設されたターフとのこと。管理は俺一任。嘘だと思うがお上の言葉は絶対だ。何をどうして新人に…

 

シンプルに言えば、トレセン学園はどうやら人手不足らしい。

 

初出勤日、俺は割り当てられたデスクに自分の荷物を置いてひとしきり挨拶周りを行った。トレーナーとしての業務もだが、高等部の体育教師を兼任するらしい。まさかの二足の草鞋だった。

ちょうど、前任の体育教師がウマ娘と寿退社した為に持ち回りの教員で対応していたところに俺が入ったから渡りに船とのこと。一応バッジ持ち…トレーナー試験合格者は体育教師とほぼ同じことができるらしいが…それも実技だけだ。俺はそれに加えて座学等もやらんきゃいけんと。人材不足はどこの業界でも変わらんこって。

 

トレーナー試験が不合格だったとしても良いように教員免許を持っていたことがここで役立つとはって感じだが、此処まで来ると逆に面倒なくらいだ。俺はただ仕事しながら走れるならそれでいいんだけどな。

 

兎角、今日は挨拶回りと担当する学年の書類、それとトレーナーの必要業務を速攻で終わらせた。担当契約はパス。書類だけ見て決められたら苦労しねぇ。

 

…朝の栗毛色のウマ娘はサイレンススズカと言い、何の因果か高等部でワンチャン授業で会うかもしれねぇ。が、前から関係があったとなりゃクビまっしぐらだ。知らぬ存ぜぬで通すしかない。

 

それよりも

 

明日から授業で暇な時間なんてあまりねぇだろうから、うだうだダルいことは考えず今日は存分に…

 

「走るか」

 

ターフなんざ走ったことねぇ。いつもアスファルトか土だからな。芝は多少だが…それでもほぼ初めての場所だ。慣らしは必要だろう。

 

ちみっこい理事長と妙な威圧感があった秘書さんから任されたレーストラックの鍵をポケットに入れつつ、俺は走り出した。

 

踏みしめる芝の感触、振り上げる手は勢いよく、風が目を叩く、細めて、それでも

 

脳裏に過るはサイレンススズカという少女…いや、怪物。

 

俺はヒトでウマ娘に勝てるわけねぇ。それでさんざんバ鹿にされた。それでも

 

俺は走っていたい。走り続けていたい。

 

足の踏み込みは?俺に合っているか?恐らく前に行くという渇望が強い。初動が早いのはそのせいだ。エンジンが初っ端フルスロットルになる。俺には合わねぇ。

 

腕の振り上げは?手は俺と同じく握っていたが緩く見えた。強く握り締めるのは俺のクセだ。それが原因か?緩く握るのを意識して全体から少し力を抜いてみる。

 

俺はあの時意識してしまった。きっとそれが悪手だったのだろう。なるべく走っているときは他のことを考えないように、ただ走る事だけを考えるように。

 

参考にしろ。目に焼き付けろ。思い出せ。自分に取り入れろ。いらないものは切り捨てろ。

 

化け物(サイレンススズカ)を羨み嫉妬することもあるだろうが、それでも俺は俺だ。

 

走ることを止める理由にゃならねぇ。

 

ただ、走れ

 

―――――

 

「お~!ここが新しいターフですか!器具も全部新しいですよ!スズカさん!」

 

「えぇ、そうね。確か体育の授業もここで出来るように設計されてるらしいですよ」

 

放課後、新設されたというレーストラックを見に来ていました。

授業で使いもしますが、基本的に申請さえ済ませてしまえば、自由に練習場として使用していいというのがトレセン学園の良い所で…もし、出来るなら今すぐ申請して、一番走りを味わいたいと思っていたんです。

 

そんな、楽しい想像は、レーストラックを走る一人の男性を視界に入れたことで砕け散りました。

 

「ほぇ~!あ、見てくださいあそこ!走ってますよ!えーっと…ん?ヒト?」

 

「…あっ」

 

「ヒトが走ってますね。トレーナーさんかな…でもなんで…ってス、スズカさん!?」

 

ふらふらと、私は歩を進めていました。誘蛾灯に吸い寄せられるように。

 

そこには、朝、私が殺しかけた人がそこに居る。

 

いつも会って、走って、最後に未練を残す人が走っている。

 

誰なのだろうとか、新しいトレーナーさんなのだろうかとか、そういう考えは一切吹き飛んで、私は歩き、歩調を早め、小走りで、最後には走り始めた。

 

なぜなら、私がそこに居る。微かに残った私が居る。

 

走るときのクセ、足のあげ方、腕、姿勢、なにより

 

走る事しか頭にないという獰猛な笑顔

 

ずるい

 

ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるい

 

悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい

 

私が殺してしまったかもしれないなんて動揺していたのに、そんなのお構いなしに走っていたなんて。独り占めしていたなんて。ずるい。そんなのずるい。

 

私の景色を味わってる人が居る。

 

私だけの景色を味わってる人が居る。

 

頭の中で何かが切れました。堪忍袋だとか血管だとかそういうのではありません。

 

もっと、純粋で、もっと、シンプルな

 

はち切れんばかりの足を踏み込ませる。凄い音が鳴った。足の奥で響くような音。

 

前に居たスぺちゃんのびっくりした顔が流れていく。ごめんね、もう止められないから。

 

走る、走る、走る。足が、腕が、全身が、たった一つの命令で動く、駆動する。胸が熱い。肺が踊っていく。高鳴る鼓動は間違いなく。

 

 

 

口の端から漏れる息が熱い。熱い。熱い。私は!

 

 




脳みそ、焼かれちゃったねぇ…
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