ランナーズハイ 作:どんとろりんと言葉が溶けていく
エドガー・アラン・ポーの『大鴉』は人の訳によって「nevermore」の言い方が違うのが好きです。
二度とない。二度はない。
「そう──いいわ……。約束だもの。アルダンの経過は──えぇ、よろしく」
翳りのない月が夜を優しく見守っている。
零れる月光が淡く彼女を照らしていた。
一人のウマ娘が居た。
窓の外を遠く眺めながら、誰かと会話していた。声色はそのウマ娘を知る者ならば酷く驚くことだろう。優しい月明りのような声色をしていた。
「貴方、担当を持ったそうね。えぇ、そう──そのこと。酷いわ、私の御誘いは断るのに……。」
「────そんなことないわ。だって、貴方が誑かしたのよ?」
揶揄うような物言いは電話越しの相手が気の置けない仲なのであろう事が伺えた。あるいは、とても波長が合うからだろうか。
彼女の目線が下に落ちた。手に何かを握っていて、それを転がしているようだった。それを月光に透かした。それは男物のネクタイピンであった。
「酷いヒト。あれだけ私達の心を解いたというのに………、釣った魚に餌は上げないのかしら?」
「でもそうね……」
不意に、言葉が途切れる。今までがまるで演技であるかのように冷たい色が声に乗る。
「───どうするおつもり? 小耳に挟んだわ、秋川理事長の事。──そう、そのこと。無理難題を言われたものね…………私を選ばなかった罰よ」
「貴方が選んでくれたら私は………」
拗ねたような色はしかし、窓の外を見つめる目の冷やかさによって演技ということがわかる。隠しきれなかった本心が、弄んでいた手に力を込めた。握りしめられたネクタイピンが微かに軋む。
「───いえ、そうね。敗者が言うべき事じゃないわ。でも、良いのかしら? …芙蓉ステークスのことよ」
「えぇ、私も出バするわ。だって、見てみたくなったんですもの。貴方に選ばれた娘が本当に相応しいかどうか…。なんでって…そうね、自覚がないのね。貴方らしいわ」
酷く艶やかに笑った。笑みは本来威嚇の為にあるというが、正しくそうであったように。電話越しの何某かを通してまだ見ぬウマ娘に対して威嚇を、怖気が走るほどのナニカを抱えて笑っていた。
「貴方、
「えぇ、そう。その娘には申し訳ないけれど……考えておいて? いえ、私のトレーニング、用意しておきなさい。そう…良い子ね。普段もそうならいいのに」
その後、二度三度ほど言葉を交わした後に、囁くようにつぶやいた。
「奇跡は二度も起こらないから奇跡なのよ。能々、覚えておきなさい」
声が途切れるまで名残惜しいというように耳を離してから、知らずのうちに籠っていた力に気づいたのか、ゆっくり手を開いた。ネクタイピンはわずかに歪んでいた。
丁寧に、丁寧にピンを伸ばしてから、そっと口の先へと持っていく。
小さく小さく、痕を付けるように彼女は、
「二度目はないのよ。私達には」
月は翳り、暗い影を落としていた。
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美しい花は短命故に。
美しいがゆえにヒトの手で摘み取られる。
美しいヒトは短命故に。
美しいがゆえに神と謳うナニカの手に摘み取られる。
私達が花を摘むように、神もまたヒトを摘むのだろう。そこに違いらしい違いもないように見えた。
だから
きっと、妹は手折られる運命だったのだろうと思った。
小さく可憐で、だけれど実を付けない仇花。美しく、才もあるがゆえに、摘み取られるべき運命の子。
それは持って生まれた宿痾であり、定められたもの。そう思っていた。
誰もが嘆き悲しんだ。それを一歩離れたところから見つめていた。同情こそすれ、手を差し伸べなかった。いや、救い出せなかったヒト達を冷たく見つめていた。
まるで『十字架降架』を見ているようだった。救世主の死を嘆き悲しむ人々を、外から絵画のようだと思って鑑賞していた。
妹の事は格別嫌っているわけではなかった。病床に臥せ、弱っている身体でも姉と慕ってくれた妹の事は嫌いになれなかった。
嫌うことも出来ず、救う手立てもないままに、夢をあきらめ朽ちていく様を見せられるのだと諦観していた。
運命なのだと、そう思っていた。
だから
『持って生まれたものを理由にするなら、最初から選ばなければいい。その道を選んだのなら、その道と決めたのなら、それはやめる理由ではなく、解決すべき問題だ』
それは劇毒だった。決して天の恵み等というものではなく、中毒症状を起こす毒花だった。
毒の杯を置かれた。楽に死ぬ為のものではない。苦しんで、苦しみ抜いて、しかし生き永らえる事が出来る地獄の苦痛が続く毒。それを飲むかどうかだけを選ばせる。悪魔の所業だった。夢を見せるよりも残酷で、現実を見せるにはあまりにも眩しかった。
それは希望だった。
私の妹は飲むことを選んだ。奇跡が起きるならと。飲んで、飲んでから…
奇跡と呼ぶにはあまりにも惨たらしい過程を得て、妹は。
メジロアルダンはターフを踏みしめた。
本人が望んだからとはいえそれは看過できない事で。メジロ家は可愛い娘を、大切に鳥籠にしまった鳥の為に動こうとした。
私はそれを止めた。私が出来る限りの手を尽くして彼を守った。
理由なんてそう大したものではない。救えなかった者に救い出したヒトを糾弾する権利などあるハズないのだ。………なんて、救えなかった者が言うのだから滑稽そのものだけれど。
『ねぇ、貴方は私も救ってくださるのかしら?』
『救う? 君をか…? 俺には、そんな助けを求める風には見えないな。君は助からないなら勝手に助かる性分だろう。誰も手を差し伸べないなら自分で這いあがる気性だろう。他の誰を頼るでもなく、自分自身で助かる事が出来るだろう』
『自分の心の中に灯った『火』以外に興味がない』
『──酷いことを言うのね』
『同類だからな。それに、俺も走り以外に興味はない。』
帰ろうとするヒトを呼び止め、声をかけた。問うてみれば、酷い言葉。でも事実、私は本質的にレース以外に興味はないことはわかりきっていた。
ふと、そのヒトが顔を上げた。なんとなく、そうだったらいいという風にこぼした言葉。
『この世は……走る以外に煩わしいことが多すぎる。そう思わないか?』
『そう───深く同意するわ』
沈黙、けれど私達は等しく同じ感情に支配されていた。例えばという理想、もしもという夢、一切合切のしがらみがなければというたらればの幻想。言葉少なげに呟いた。
『貴方、面白い人ね』
『奇遇だな。俺もそう思っていた』
試しに問うた諦観は、すがすがしい程に打ち壊された。
あぁ、そう。そうだ。このヒトだ。きっと、このヒトなのだ。吐いた息が酷く熱かった。間違っていなかった。運命だと思った。
そのヒトは静かに立ち去った。私も沈黙でもって見送った。どうせまた会えるのだという確信があったから。言葉なんていらないとも思った。
そう思っていた。思っていたのだけれど。
あぁ、この時に、摘んでしまえばよかったのに。
Q:メジロアルダンに何をしたの?
A:人力スクラップ&ビルド連打。
持って生まれたものによって走れないと苦しんでいるのを見捨てられなかった為に、若干二名の脳を焼いた。
友人のラモーヌガチ勢に脅されたので書きました。持ってないって言ったらイベント見せられました。自分で見たかった…!