ランナーズハイ   作:どんとろりんと言葉が溶けていく

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ライバル戦、最初はスズカです。ようやくフォーカスを当てます。

タイトルはサイバーパンク2077のパークから。字面だけ取っても好き過ぎる




タングステン神経―サイバーパンク2077より
『……ヘッドショット及び弱点攻撃が必ずクリティカルヒットになる。また距離が遠いほど与ダメージ増加』


タングステン神経

「アグネスタキオンさん…ですか」

「あぁ、勝負を挑まれたという形だ。スズカの位置を狙っている…らしい。正直走りを見ないことには何とも言えないんだが……」

 

 私はアグネスタキオンさんと勝負をするそうです。

 それは普段の並走や模擬レース、授業でのレースとは全く違う本物の舞台で走る勝負です。勝てば幸先のいいスタートを切り、負ければ今後のレースに汚点が付くような、そんなだれもが真剣にトップを目指すレースで、勝負を挑まれました。

 

 一位であることは大前提として、どちらが先にゴールするか。先生が理事長に言われたことを加味すればそういうことになると、教えてくれました。

 

 先生はアグネスタキオンさんのデータを詳しく見ていましたが、難しい表情をしていました。聞けば『どう転ぶかわからない』だそうです。

 

 アグネスタキオンさんは足に先天性のものを持っていて、とても脆いようです。しかし、それを加味しても才能やカバーできるよう練習を積んでいるらしく、酷く歪な足をしているとのことでした。

 

『自身の脆さを前提に走るから、踏み込みが浅いのに速い』

 

 足に極力負担を掛けないよう踏み込みを浅くする代わりに、回転力を上げて対応しようとするからターフの表面を高速で蹴りつける走りになっている。

 

 これは転倒や重馬場といったアクシデントや道悪に酷く弱い走り方らしく、これでまかり通ってしまうのは才能があるせい…とも言っていました。

 

「正直に言えばだ。スズカが7割勝つだろう。逆に言えばスズカでも3割負ける可能性がある。それに、奴が自分の足を踏みつぶすような走りをすれば全体に波及して大変なことになる。ブラックホールみたいなものだ。そうしないと勝てないと周りに錯覚させ、他のウマ娘を巻き込んで死に向かうような走りをする。それができる熱量がある。だから…」

 

「俺は、スズカがそれにあてられて足を壊すかもしれないという不安がある」

 

 そういって、困ったように頭を搔く先生を漫然と見ていました。見ていただけ。私はただ、見ていることしかできなかったんです。

 

 

 私は、何も言えませんでした。

 

 

 初めに私の位置を狙っていると言われて昏い気持ちになりました。『嫌だ』だとか『頑張ります』だとか『捨てないでください』なんて言えれば、きっと先生は最後の言葉を言えば聞き入れてくれると思います。裾を掴んで、不安であることを伝えれば、先生は私を捨てることはしないと、そう思います。

 

 『嫌だ』でも、いつも先生から言われたことを受け入れていて私から言う事はほとんどなかったのでやっぱり聞き入れてくれると、そう思います。

 

 『頑張ります』でも、緊張していることが声色に出るでしょうからそれを察してくれるかもしれません。希望的観測ですが先生の洞察力をみれば相違はないと思います。

 

 たった一言でも、いう事が出来れば、一歩踏み出すことが出来れば、私はまだ私で居られる。ハズなのに、そうなハズなのに。

 

 

 私は、何も言えませんでした。

 

 

 タキオンさんの話を聞いて、少なからず納得がありました。

 私は、きっとタキオンさんの熱を拒むことはできないと思ったんです。なぜなら、私だってそうだからです。立場が逆だとして、もし、相手に勝つことが出来なくても、先生は本気を見せればきっと受け入れてくれるから。たとえ、自分が、ましてや他が犠牲になろうが担当してくれるというのであれば、やる価値はあると思います。

 

 きっと、タキオンさんは現状出来る限りの本気で向かってくる。

 

 私はそれに勝つことができるんだろうか? いいや、きっと勝つために走る。でも、その走りにあてられて無理をしないかと聞かれれば、何も言えなかった。ただでさえ本格化している最中で、転倒したりしてしまえば取り返しのつかないことになるのは目に見えていた。

 

 言い知れぬ不安感だけがずっと胸を支配していた。

 

 

「……不安か?」

 

 

 あ、あぁ。聞いて、聞いてくれるんですね。言わなくても、心配してくれるんですね。あぁ、なのに、私は。私は何で。

 

 正直に言えば、不安です。私は先生が担当してくれた現状に満足している。でも、タキオンさんは現状に不満や不安しかなくてそれを解決するために先生を求めている。その違いが、きっとレースに確固たる違いとして現れる。

 

 先生は教えてくれました。シリウスさんは餓えが足りなかったのだと。

 それに則るなら、私は現状に満足しているから、タキオンさんのように餓えがない。向上心はあるけれど、それはレースで一番が良いという酷く単純だけど具体性がないもので…。

 

 それに、負けたくないという気持ちもありますが、負けてもいいんじゃないかとすら思ってしまって。

 だってタキオンさんがもし先生の担当にならなかったら、どうなるんだろうって。もし、それが私だったら、先生に担当してもらえなくて、ずっと一人のままで

 

 

 あの時の、孤独が今でも続いていたら、私は。

 

 

 だから、心のどこかで、負けてもいいんじゃないかと。譲って上げた方が良いんじゃないかと、そんな気持ちさえあって。

 

 弱音が吐き出され「スズカ、俺のことは気にするな」あっ 

 

「別に秋川理事長から言われたことだが必ずやらなきゃいけないことじゃあない。確かに、色々言われるだろうが、生徒を守るのも先生の務めだし、それに担当を外れたとしても、俺はお前の指導を続けるだろう。どうせ、朝の並走で会うわけだしな」

 

「でも私」

 

「良いんだ。不安でも。それは当たり前の感情で逆に俺は安心した。普段と変わらずに挑む方が不安だ。適度に緊張した方がいいこともある」

 

「その不安は解消するんじゃなく、向き合うべきのものなんだ。初心忘るべからず…なんて固く言うわけじゃないがな」

 

「不安に思ったら最初を思いだせ。俺と勝負した日でもいい。スタート地点を思い出せば、きっとそこに原点がある」

 

 最初。私はそういわれて先生と勝負した()()()()()を思い出しました。何でもないいつも通りの並走で、先生との関係が変わったあの日。あの日、私は。

 

『きっと、仲良くはなれなさそうだから……』

 

 なんて、そう思ったりもして。でも、私は我慢できずに手を伸ばして、その結果が先生に勝負を挑んで自分勝手に傷つけて、でも先生は受け入れてくれて、その結果が今の私で……

 

 なんだ、じゃあ私、自業自得だ。今を苦しんでるのも、私自身が招いたことで、これは解消すべきものじゃない。向き合い続けなきゃいけないものなんだ。

 

 

 あの日、あの時、手を伸ばした代償を、私が私の為に変えてしまった先生の為にも。私は、私は。

 

 

 心配そうな先生の顔を見上げました。きっと、酷い笑みを浮かべていると思います。それでも、私は不器用で、最前を走ることしかできないから。やることは変わらないから。心配いらないんです。今、今だけは、先生が私を見てくれる。ただそれだけで、私は一位が取れると思うんです。

 

 何か、言葉を紡ごうとしてやめました。今に喋りだせばきっと止まらない。止められない。せり上がった何かを押し込められない。

 

 喉からせり上がった言葉()を飲み込みました。あつくて、はきだしてしまいそうなソレを必死に飲み込みました。ソレは鋭く尖っていて、神経を穿ちました。酷く飲み込みづらくて、嗚咽しそうになりました。

 

 

 私は、何も言いませんでした。




(心の距離が)遠いせいでよりダメージが上がっちゃったね…。発言全部、クリティカルヒットになっちゃったね…。

 こういうすれ違い大好き。先生は自分に想いの力を教えてくれた勝負のことを言ってるのにねぇ!想いの力で乗り越えろなのに『そうだ、お前の罪だ』に変換されるの(先生の言葉が足りないのも含めて)どっちもどっちだと思うよ。
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