ランナーズハイ   作:どんとろりんと言葉が溶けていく

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今日は一話だけ。代わりに文章が多めです。


行く道違えども

コーナーに差し掛かる。

 

ことウマ娘同士のレースにおいては、基本的に内ラチに入った方が有利になる。インコースを取りやすく、スムーズに前に行くことができる。内枠のウマ娘が有利と言われるのはそれが由縁だ。だから、内枠のウマ娘にインコースを取られないように、熾烈なポジション争いが成される。

 

今回、俺の方が先に走っていたこともあり、サイレンススズカは外から追い抜くことになる。外から追い抜くには相応のパワーが必要だ。だがそれでも横にいるサイレンスズカは必ず前に行くだろう。闘争心がそれ以外を許さない。

 

俺は1時間程走っていて、怪物(サイレンススズカ)はおそらく走っていない体力が満タンの状態。その点でいえば負けている。

 

俺は入念なストレッチをして走っているが、怪物(サイレンススズカ)はそれをしているように見えない。朝よりも走りにこわばりがある。急な運動を始めた時に起こるものだ。まだ、エンジンがかかり切っていない。

 

脳みそ、俺は冷静に思考を回せている。意識は朝よりも走りに向けているが、それでも横の怪物(サイレンススズカ)を分析し続けている。一方、相手はただ前に走ることしか考えてないように見える。

 

勝てる。細い、とても細い線だが、まだ切れていない。

 

俺は走ることが好きだ。誰かと競争するとか、速さを競うよりも、ただひたすらに走り続けることが好きだった。走って、走って、命を削る感覚を味わいながら、前に進み続けることが好きだ。

 

だが勝負心がないわけじゃねぇ。負ければそりゃ悔しいし、勝負には勝ちたいのは当たり前だ。それになにより

 

(あんなクソみたいなことで負けたまんまでこれから先気持ちよく走れるわけねぇだろうがよ…!)

 

俺はヒトだ。ヒトなんだ。ウマ娘じゃねぇ。そんなの子供のころからずっとわかってて、それでも走ることが好きだから走ってんだ。それなのに、朝の俺はウマ娘になれたらなんて未練をつぶやいた。そんなの走りに真摯じゃねぇ。だから、勝つ。勝って、今後も真っ直ぐ走り続ける。

 

俺が俺であるために。

 

俺はコーナーを曲がる直前、内に入っていた身体を一気に正面へと向けた。コーナーから外れるように。それと同時に並走にしているサイレンススズカと体が近づく。

 

もし、通常のウマ娘なら一旦速度を落とし、後ろからウチに入ろうとするか横に逸れるように避けようとするだろう。

 

だが

 

横にいるのがサイレンススズカなら

 

横に居るのが俺に近い感性を持ち、かつ一番に固執するなら

 

乗るはずだ。

 

ギアを上げる。脳みそをフル回転に。喉元からせりあがるナニカは間違いなく血だ。ウマ娘との勝負で体はとっくのとうに限界だ。脳内麻薬でなんとか身体を動かしてるにすぎねぇ。もうすぐガス欠。だから、今しかない。

 

サイレンススズカは近づいてくる俺の身体を察知した瞬間、速度を一気に上げた。だよな、信じてたぜ。絶対に()()()()()から曲がるってな。

 

踏み込む足、振り上げる腕、全身のばねが伸び切る瞬間

 

俺は間違いなく悪人顔と言われる笑みを浮かべて全力で前へと走った。

身体に掛かる加速と負担、それらをねじ伏せ、俺は全力の一歩を踏む。一歩後ろへ流れていくサイレンスズカの顔には困惑の色が浮かんでいた。

 

勝った。情けねぇ勝負はこれでチャラだ。

 

「…っ!」

 

声にならない声と同時に、横に居たはずのサイレンスズカの身体が硬直する。きっとそれは朝の俺と同じように。曲がると思っていたヤツが曲がらなかった。生憎俺は曲がるつもりはねぇ。やるなら直線、それだけだ。

 

そして、全力で走ってる最中にそんな考えを巡らせれば起こることはただ一つ。

 

伸びきった身体が停止する。踏み込む力は別方向へ。足に掛かる負担は一気に全身へと回ったはずだ。すぐさまバランスを取ろうと身体を前のめりにする。しかし、あんだけ入っていた力を逃がすには足りないだろう。

 

身体はそのままターフに投げ出される。足が浮く。全身がこわばって来たる衝撃に動けずいる。顔に浮かぶは恐怖。

 

すんで、俺はようやく理解した。

 

俺の今の立場。トレーナーであり学校職員だ。配属一日目にして生徒に怪我させれば大問題だ。俺は体をひねり、今踏み出そうとしていた足をそのまま上に蹴り上げるようにして跳んだ。幸い、俺の身体はデカイ。ウマ娘一人を抱え込んで地面から守ることなど容易い。

 

倒れ込むサイレンススズカの下敷きになるように背中からターフへと落ちる。走る衝撃に挟まれて、身体の奥で溜まっていた血が少し漏れた。

 

エゲつねぇ衝撃に意識が飛びかける。びっくりしたような顔がこちらを見つめている。どうやら怪我はないらしい。死ぬほど痛ェ。とりあえず、怪我をさせるといった事はないようだ。クビセーフ。

 

全身の力が抜ける。落ちかけの太陽が眩しい。もうこんな時間かよ。手を上げようとして、全然力が入らねぇから諦めた。

 

眩しい。だが

 

「良い走りだ」

 

夕焼けが視界を覆う。逆光で影を落とすサイレンススズカの顔を見ながら、俺は満足して意識を落とした。

 

―――――

 

「良い走りだ」

 

ドクンと胸が鳴る。それが私に向けられたものではないとすぐにわかりました。きっと、自分自身の走りに向けたものなのでしょう。

 

私は転倒しかけ、それを受け止められた。そう認識するのに数秒と掛かりました。

 

口から零れる血、ボロボロの姿、助けを呼ばないといけないはずなのに、私は動けずにいました。疲れたからとか負傷したからとかではありません。

 

羨ましいと、思ってしまったんです。

 

彼はヒトです。私と同じく走るのが好きで、ウマ娘に生まれたかったのだと思いました。朝、こぼした言葉は嘘とは思えなかった。嘘と言うにはあまりにも恋焦がれるような声色が脳裏に張り付いています。

 

だけど、彼はそれを払拭するために私の勝負に乗った。唐突に入ってきた乱入者()との勝負に乗り、そして、勝った。

 

甘かったんです。私はレースをしていて、彼は勝負をしていたんです。あの時、あの瞬間、曲がると思っていた彼が曲がらなかったことで思考が止まってしまった。意識が走りから離れてしまった。そこを突かれたんです。

 

私は抱きこまれたまま、見つめ続けていました。彼は、彼だけの走りを求めている。私が先頭の景色が好きだとしたら、彼は自分だけの景色が好きなのだと。それに納得できなかったのが朝の勝負で、それを拭い去る為に勝負に乗ったと。

 

肺が裏返るような感覚、上がる息、振り上げるのが億劫になるような疲労感が腕を襲い、踏み込むたびに響くような足への負担

 

そして

 

走り続けたことで到達できるあの圧倒的な幸福感

 

あの感覚は私達にしかわからない。並走してる私達しかわかりあえないものだった。

 

私と彼はきっとズレている。彼の本質はマラソンで、私の本質はレースだから。

それでも、今日、この勝負できたことがとてもうれしく思います。そして、彼はきっと、これからも勝負に乗ってくれることでしょう。いつもの月曜日の朝のように。

 

私はようやく見つけることができたんです。道は違えど理解してくれる人を見つけたんです。同じ気持ちを共有できる人を。

 

息が上がる。もう一歩も動けない。全身の力が抜けて、彼に投げ出す。不意に、耳が彼の胸へと当たる。

 

ドク、ドク、ドク、ドク

 

爆発寸前のような鼓動が耳を叩いて、それが私との勝負によるもので

 

落ちる瞼、微かに聞こえる足音はきっとスぺちゃんのもので。ふっと意識が遠のいた。ごめんね、スぺちゃん。迷惑かけちゃった。

 

鼓動に耳を傾けながら最後、私は満足してつぶやいた。

 

「良い走りでした」

 

今日は、負けました。でも次は




やったね()理解ある人を見つけたよ()
こう、目的は若干ズレてるけど、気持ちは共有できるってやつ、なんか良くないですか?(語彙力)
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