ランナーズハイ 作:どんとろりんと言葉が溶けていく
シリウス、スズカとトレーナーのやりとりが書きやすくて文章量が多くなりました。頭スズカ二人に対してシリウスの安定感よ…
今日も一話だけです。
「体育の授業を始める…前に自己紹介か」
「保健体育を担当することになった速瀬 歩だ。以上」
「以上…?」
「えっ、これだけ…?」
「えぇ?」
ざわついている。まぁ此処じゃ体育を女性が担当するだろうに男がやってるわけだから無理もない。ほぼ女子高だし
一声、快活な色が生徒のざわめきを裂いた。見れば周りより身長が高い生徒…名簿を見るとミスターシービーというらしい。
「先生ー!昨日サイレンススズカと並走したってホント?」
「短距離の直線だけな」
「ホントだったんだ…。えっ、先生ウマ娘?」
「耳を見ろ。ヒト耳がある。あと男だ」
「じゃあ先生化け物?」
「本格化を済ませてないウマ娘相手に少々
「ふーん…」
意味深な顔で手を降ろす。なんだ。そのなにか言いたげな顔は。事実だ。
昨日のアレは正直なところ、勝負に勝てたとはいえ“ない”と思っている。いや、あまり好きじゃない勝ち方というか…。振り返ると、まだ何も知らない相手にフェイントのようなことをしたのだ。サイレンススズカはレースをしていた。だから、あの時曲がると思うのは当たり前だ。その当たり前に付け入ったのは…何というか…
「好きじゃねぇ…。まぁ勝てた勝負だから勝ち方にこだわりたいとでも思えば良い。負けたヤツは勝ち方すらこだわれないからな」
「へぇ…」
背筋が凍るような視線がミスターシービーから向けられるが、何が刺さったのか…目線で受け流す。すると近くでまた声が上がった。
「せんせー!先生も走るの好きなのか?」
えぇと…カツラギエースか。うん、覚えた。
「あぁ。正直この仕事も走ることに関われるから就いたしな」
「へぇ!この仕事じゃなかったから何してたんだ?」
「スポーツトレーナー、メディカルトレーナーとか」
「…競技選手とかにはならねぇのか?」
競技選手。まぁ自前で走れるならそっちもあるか。寧ろ向いているといっていいだろう。ウマ娘と少しといえど並走出来るならな。自覚はしている。だが…
「勝つために走るのは好きじゃない。邪念がある」
「じゃ、邪念?」
「あぁ。きっと競技として走るならそこには勝ちたいとか、負けないとか、競技としての考えが浮かぶ。俺はそれを邪念だと思っている」
「えぇ…?」
「俺は走るのが好きだ。走ること以外を考えるのは走りに失礼だろ」
俺は走ることに真摯でいたい。俺は俺だけの走りをするために走っている。勝負としての走りも良いが、やはり一番はあの疲労感とその先にある多幸感と、前へ前へと進んでいく感覚。命をすり減らしても前へ進むという覚悟。アレこそが俺のすべてといって良い。
先の言葉でざわめいていた生徒達はいつの間にかシンとなった。他に質問はないか?ないな。
「準備運動、次にランニング10周。それから授業に入る。レースでも重要になる基礎体力を付けるとこから始めるぞ」
まばらに上がる返事を聞きながら、ふっと笑みがこぼれる。仕事しながら走れる。そう考えると自然と笑ってしまう。天気も良いし、昨日試走した感じだがとてもいい環境だ。目算だが50周は固いだろう。時計を見る。時間はまだある。精一杯走るとしよう。
「なんか…ヤバい先生来たな…」
「アタシは好きだよ?闘争心を邪念って切るのはびっくりだけど」
「シービーはそうだろ。というかシービーと気が合いそうというか…」
「エースは苦手?」
「苦手ってか…アタシ達からすりゃな。勝つことが仕事だろ?」
「まぁね~。でもさ」
「きっと、自分らしく走れそうじゃん。あの先生の下なら」
「シービーはそれでいいだろうけどさぁ…」
「良いじゃーん。これから体育の授業サボるのやめよっと。面白そうだし」
―――――
「オイ、
「ん、あぁシリウスか。探していたところだ…契約書類だ、ペンはこれを」
「どーも…ってアレはなんだよ」
「アレとは?」
「授業だよ授業。自己紹介もそうだが、ガイダンスの回だとしても、自由にしていいつって自分だけ走り続けるのは教師としてどうなんだよ…」
「説明はしたし、遊びを許可したつもりはない。いくつかのスポーツを提示してそれを選ばせただけだ」
「ほぼ遊びだっただろうが…。お前もお前でシービーと死にそうな顔したエース含めた数人でずっと走ってたしな…」
「ミスターシービー…あぁ、あの元気な子か。確かに、俺と同じ波長を感じた。カツラギエースは…後半しんどそうにしてたな」
「そりゃ当たり前だ。シービーは行けんだろうが、エースは長距離ってより中距離だ。てかお前のアレは超長距離とかそんなだろ…何周したんだ?」
「50は確実に超えたな…そういえば、なぜ参加しなかった?担当になるんだろう?」
「テニスしながら観察してたに決まってんだろ。体力付けるにしても、変なフォームで覚えたら矯正だってしなくちゃいけねぇ。逆に聞くが担当なんだろ?基礎体力を鍛えるメニューは決まってんのか?」
「その前にシリウスの走りを見てからだな。俺はシリウスの走りを知らない。それを見ないことには始まらない。放課後、一周走ってもらう。全力でだ。距離は2000、芝」
「適性は把握済みかよ…良いぜ、アンタの予想を超えてやる…!」
「あの…!」
「ん?」
「あ?」
声を掛けられた方を向くとそこに居たのはサイレンススズカだった。何事だろうと疑問符を浮かべている俺と呆れた表情でこちらを見るシリウス…なんだ。なにかあるか?
「あの…昨日は本当に申し訳ありません…!」
「…何がだ?」
「ホントお前…、昨日サイレンススズカかばって怪我してただろ」
「あぁ、それか。別に大丈夫だ。怪我はもう治っている」
「それもあるのですが…えっ、治って…?」
驚いているようだが、現に治っている。背中は見せられないので庇うときに擦り上げた腕を見せる。昨日はちゃんと赤くなっていたが今は赤みすらない。
「治っているな。あの程度で引きずるような鍛え方をしていない」
「どうやったら真正面から全力のウマ娘を受け止めて一日で怪我治せんだよ…」
「日頃から
「…もしかしてその死ぬほどってマジの死ぬほどか?」
「…?そうだが。死ぬギリギリまで走れば出来る。コツは脚の筋肉が嫌な音を立てても2段階目までは走りを止めないことだ。ギチギチが1段階、ブチっとした音が2段階、バツッという破裂音に近い音がしたら3段階だ。3段階目は治すのに時間がかかる。2段階目で抑えるのがポイントだ」
「テメェそれ靭帯とか切れてねぇか?」
「切れた。部分断裂だから2か月ほど安静にしなくちゃいけなかったのが辛かった」
「切れてんじゃねぇか!」
靭帯が完全に切れたわけじゃないなら簡単に治せる…と思ったがウマ娘だ。ヒトよりも頑丈とはいえ負担は俺よりも強いのだろう。俺のメニューをウマ娘用に変える必要があるか。
「えぇっと…昨日は乱入してしまって申し訳ありませんでした。貴方…先生の走りを見てしまったら止められなくて…」
「いや、気にしないでくれ。逆に俺が謝りたい。朝、情けない走りを見せた」
「いえ…!私もずっと勝っていたので驕っていたんだと思います…次は、負けません」
「本気になられると負けるんだがな…アレは大人のズルイ勝ち方だったと思っている。正々堂々は…勝てないだろう」
「違います!私が未熟だったからで…」
やはり、サイレンススズカは俺と同じ…いや近いウマ娘のようだ。噛み合うというか、話がトントン拍子に進む。
ふと、怪訝そうなシリウスが口を挟んだ。
「なぁ」
「なんだ?」
「は、はい」
「二人とも知り合いか?」
知り合いといえば知り合いだな…そんな表情で二人顔を見合わせる。
「朝、ランニングコースで競争する関係だ」
「月曜日の朝に、いつも勝負する関係ですが…あっ、知らない人と走るって学生的に…」
「今は先生と生徒だが」
「でも先生と生徒が外で関係って…」
「トレーナーと担当ウマ娘の例もある。特に問題ないだろう」
「そ、そうですか…でも前は名前すら知りませんでした…よね?」
「そうだな。お互い、特に聞くこともなかった」
「名前も知らずに並走してた…のか?」
「別に走るときに必要か?」
「走ってたら気にしません…ですよね」
「嘘だろ…私がマイノリティになるのか…?」
頭を抱えて苦しげな声を上げるシリウスを横目にサイレンススズカが恐る恐る聞いてくる。
「その…少し話が聞こえてしまって…トレーナーさんでもある…と」
「そうだな、先ほどシリウスのトレーナーとなった」
「…私もトレーナー契約を結びたいのですが…」
「いいぞ」
「え、良いんですか…?」
「オイ、私が居んだろ。新人トレーナー様は掛け持ち余裕ってか?」
シリウスが不機嫌そうに言うが、何を言う。
「トレーナーは基本的に複数の担当を持つし、毎回朝に会ってるしな。どういう走りをするのか知っている。俺のメニューに付いて行けるだろう。そもそもサイレンススズカに教えることは少ないしな」
「少ないだぁ?」
「私、少ないんですか?」
ぱちくりと、サイレンススズカ。なにせ
「俺と同類なら言わなくても走っていれば勝手に吸収する。俺から教えるのはフェイントの対処の仕方や出だしで前を防がれた時の避け方…そういう技術的な問題だ。昨日の勝負もそこを突いたが、その部分をどうにかすれば俺は万に一つも勝てなくなる」
「チッ、そうかよ……オイ、私はどうだ?勝てるか?」
「妙な対抗心を持てるところ悪いが勝てないな」
「ンだって勝…あぁ?」
「当たり前だ。俺と同類でかつ技術的に未熟だから勝てた。お前にフェイントは通じないどころかわかったうえで動くだろう」
「…走ったところ見てねぇのに知った口を利くじゃねぇか」
「だってそうだろう。じゃないとその身体にならない」
「からっはぁ!?」
ひどく驚いているがそうだろう。じゃないとそんな肉はつくわけがない。
「身体って…」
「俺はそのヒトの筋肉の付き方でなんとなくどんな走りをするかわかる。どこを重視しているのか。どこに力を入れているのか。なんとなくだがな」
「それって私もわかるようになるのでしょうか…?」
「片鱗はある。もう少し走り込めば相手が走るときどこの筋肉に力を入れているかぐらいはわかるだろう」
「…はい!頑張ります!」
「わかってどうすんだよ…!てかなんでわかるんだよ…!」
「走ればわかる」
「わかるようになれば、何か生かせるかなと…」
「相手の走りだしの初動が見極められる。ようはどこで勝負を仕掛けるかがわかるからな。ウマ娘として便利だぞ」
「すごい…!」
「テメェ……後でその見極めを教えろ。どうせやりゃ分析して口頭で言えんだろ」
「走った方がわかりやすいんだがな」
「私は走って覚えます…!」
「チッ…マジで私がどうにかすんのか…?」
不機嫌になったり、機嫌がよくなったと思えば頭を抱えたりと忙しいシリウスシンボリがうんざりしたように口を開く。
「私との契約を蔑ろにしてるわけじゃねぇんだな?」
「当たり前だ。どこに担当を蔑ろにするトレーナーが居る」
「お前」
「なぜだ?」
「自覚ねェのか?」
「俺は走りに対して真摯でありたいと思っている」
「昨日、シリウスの言葉には嘘がなかった、真剣そのものだった。すべてを利用して目標を達成するという気概を感じた。勝つために走るというのは邪念だと思っているが、何が何でもやるんだろう?」
「死ぬ気で走ると決めたヤツを切って捨てるほど落ちぶれていない。やるからには全力だ。」
「ケッ、そうかよ」
どうやら納得してくれたらしい。変におとなしくなったシリウスの頭を試しに撫でてみると、撫でんじゃねぇと叩かれる。あぁセクハラになるのか。失敬。
「えぇっと…」
「あぁ、トレーナー契約か。ちょうどシリウスの契約書類の予備が何枚かある。良ければ書いていってくれ。提出しておく」
「は、はい!わかりました!」
そうして、俺は勤務二日目にして二人目のウマ娘、サイレンススズカを担当することになった。…本格化が始まってからだが。
感想見てます。ありがとうございます。
感想にあったので一つ…
アホがススズに勝てたのは、本格化前&準備運動してない&ススズ:レース、アホ:勝負 の認識の違い&クソフェイントのデバフガン積みだったからです。
後は本人がランナーズハイ(タイトルではない)で今回でいうブチッて音を脳内麻薬でごまかしてるからです。マジで死ぬ気で走ってます。
それでも、人生のほとんどを走りに捧げたのでウマ娘と並走できてかつ、ウマ娘のタックル(転倒事故)や蹴り(前話参照)を受けても平然としてる超絶フィジカルを手に入れてます。つよい
それはそれとして、自由な走りが好きなミスターシービーに対して「負けたやつは勝ち方すらこだわれない」と言うアホが好きです。自由な走りで負けて納得するのか?と言外に叩きつけるアホ。まぁ相性はサイレンススズカレベルで良さそうですが
次話、曇らせタグの見せ場さん(なお)