ちょっと暗い話になるかも。
軍医には、ライバルがいた。そのライバルは軍医の特殊な実験を知り憤慨した。クローンを作り、圧倒的な勢力を作り上げようとしていた。プライドの高い彼には、そのようなものは到底許せるものではなかった。
ここまで聞いただけならば、非人道的な研究に憤慨する優秀な心優しい人間に見えるであろう。だが安心してほしい、彼も立派に人の屑である。
彼は、『手柄を挙げようとしている』ように見えるという点に憤慨したのであって、決して人道的意識などは持ち合わせてはいない。だが彼はクローンを大量生産するような資金力も、残念ながら持ち合わせていない。そこで彼は考えた。
『圧倒的な群』に対抗するならば、最早それは『絶望的な個』以外になしえない。それも、とびきりに暴力的なもの。
素体はその辺の孤児を。
武装には広範囲を殲滅出来るハルバードを使用。
身体とエーテル適正は、シリオンの身体能力とドーピングで補強。
陸海空様々な状況下に於いても対抗する為の『兵器』である。
また身体の節々にエーテル貯蔵タンクを設置。外付けの身体に流す事で強い力を発揮出来る。
しかし、強いストレスに耐えかねて素体が倒れてしまった。すぐに目を覚ますであろう、と寝台に横にしておく。
旧都陥落が起こったのは、その翌日であった。
旧都陥落から10年ほど経った研究室。
侵食に耐えきれなくなったコールドスリープ装置が変な音を立てて軋み、中から少女が現れた。
低身長、白髪に赤い目、整った容姿。たったそれだけ(それでも十分特徴的ではあるのだが。)ならばただの幸薄系儚げ美少女であるのだが、目を身体全体に向けて見ると異質さが良く分かるようになっている。
頭上の猫耳、こめかみから前に伸びる四足歩行型エーテリアスのような角、肩の内側から伸びる背丈の2倍はある猛禽類の羽、鱗に包まれた足、蠍のような尾。羽や足、尾は身体の中心に近い部分は動物的要素が強く現れているが、末端は機械が殆どを占め、また研究者の趣味なのかは分からないが、髪の毛の他に羽や鱗に至るまで透き通った純白で構成されている。
少女に得にこれといった目的はない。少女にあるのは、命令を聞ける程度の知能と精神、人と混ざってギリギリ浮かない位の知識常識だけだ。ただ一つ言うのであれば、このホロウから抜け出して、久々にご飯を食べたい。少女の要求は酷く生理的欲求に従ったものだった。
しかし問題があった、服が無いのだ。このままでは治安局に捕まるぞ、と常識の部分が声を上げている。すると外から何やら声がするので、壁に耳(人耳は角の関係上当たらないので猫耳の方である)を当てると、どうやら外には、今人がいるようで、何やら独り言のようなものがブツブツブツブツと聞こえて来る。
丁度いい、服を
機械的な、ナイフのような形状の尻尾が真ん中からぱっくりと割れて、中から木の枝のような太さの注射器が顔を出す。器用に壁の隙間から尻尾を外に出し、目で覗いて確認しながら気づかれないように後ろに尻尾を近づける。そして首筋に針を当て液体を注入する。強力な眠剤だ。
「なんだ、いきなり、眠気、が……」
対エーテル浸食装備を付けている辺り
近くにはハルバードが置いてあった。ゴテゴテとした測定機器がつき、振り回しても羽や尾に当たらないよう身の丈の倍以上の長さを誇る、SFやなろう系でも見ないような頭の悪い筋肉兵装である。普通の人であれば持ち上げるどころか引きずって運ぶことすら難しいようなものだが、生憎と少女は普通の人ではない。枯葉を拾うかのように軽々と担ぐと、少女はエリー都に向かって歩き出した。
残念!そこは裂け目であった!
だが、何も悪い事ではない。どうやら小さい生まれたばかりの共生ホロウにワープできたようだ。ビルなどが多いことから、都市に近い事もうかがえる。地図もないので、運よく脱出できることを願ってあてもなくさまようことになった。
すると、エーテル結晶があった。量、質ともに十分そうなので、貯めておくことにする。
先ほどと同じように尻尾を割り注射器を突き刺すが、外に排出するのではなく中に吸収する。すると、みるみるうちにそこそこの大きさのエーテル結晶は消え去り、その代わり角に赤色のラインが入るのが見える。体中に埋め込まれているエーテルタンクが埋まるのが感じる。たっぷりたまったところで再び行動を再開する。
しかし、強制ホロウが生まれた且つそれが都市内、ということは……
『GRRAAAA!』
そう、エーテリアスである。もともとどういう姿だったのかは知らないが多くのエーテリアスが襲い掛かってくる。普通の少女であれば、ガタガタ震えて来世に期待するような状況だが……
「面倒くさい」
少女の産声はひどく辛辣であった!だが事実として、彼女からすればコンビニで買い物をするぐらい簡単なことである。ハルバードを両手で握って強く踏み込むと、一瞬でエーテリアスは腰から分断され、チリになって消えてしまった。計測機器がビリビリとがなり、電気を吐き出す。
エーテリアスがいるのだから誰か人がいるのかも知れないと先へ進んだが、結局誰とも会うことはなくエーテリアスをちぎっては投げちぎっては投げを繰り返してホロウから出ることになった。
所変わって治安局、特務捜査班。
先程のホロウ災害も、迅速な行動かつエーテリアスが少なかった為に被害は少なく、またエーテル濃度が急激に低下したため長い時間は経たずにホロウ自体が消滅するだろう。
「セス・ローウェル、ただいま戻りました!」
「お疲れ様です」
「セス君、今回の民間人の避難誘導、優秀でした。次回もお願いします」
「はい、ありがとうございます!」
ホロウが発生したことを除けば、特にこれといった通報や犯罪が入る訳でもなく、これからは束の間の休息となる予定だった。
「朱鳶班長!どうやら来客の様です!」
「どなたですか?」
「それが、全然話が通じなくて……服装も、その……」
「えぇ?……分かりました、ひとまず話を聞いてみましょう」
そして休息は終わりを迎えることになる。
朱鳶がロビーに向かうと、男がぐるぐる巻きになっていた。密売されている対エーテル侵食装備を付けていることから、ホロウレイダーであると分かる。
「この方が来客ですか?」
「いえ、その、彼は荷物だそうで…来客はこちらの」
「呼んだ?」
声がした方を向くと、そこには少女がいた。白く華奢な体格に似合わないバッファローのような大きな頭部の角が特徴的である。しかし服がダボダボヨレヨレで、もう少し角度を変えただけで胸が見えてしまいそうだ。よく見ると尻尾が伸びていて、男をぐるぐる巻きにしている縄は尻尾であることがわかる。
予想が外れた。てっきり抜き打ちの監査でやって来た上官の男性だと思っていた。完全無欠のエリートである朱鳶も来客がまさか少女である(しかも変な服を着ている!)とは思いもしなかったようだった。
朱鳶、フリーズするもすぐに戻り、子供向けの話し方を心掛ける。
「私は朱鳶。君はどんな用事で来たのかな?」
「これの換金、できる?」
「え、っと?この人は誰かな?」
「ホロウにいたから、多分悪い人。捕まえてきたから、お小遣いにしたい」
「あー…えっと、ちょっと待ってね?」
朱鳶、さらに爆発。もはや目の部分はボンプと大差がないのでは?
ぐるぐる巻きの男の身元を一応確認すると、どうやら最近指名手配された銃器密売人のようだった。被害を間接的に増やしていたのだから、懸賞金もかなりの額だ。
だが、そうなると尚更の事この少女が気になる。何故ホロウの中に居たホロウレイダーを捕まえられたのか、そもそもどうしてホロウレイダーはこんなに無抵抗なのか、どうやって捕まえたのか。見たところ荒事に精通しているようにも見えない(見かけは少女でも中身はゴリラであるのだが)し、一体何が起こったか知りたいのだ。
「少し話を聞かせてね。まず名前は?」
「えっと、多分アイン。アイン・エニグマ」
「多分……?じゃあなんでホロウに居たのかな?」
「わかんない。起きたらホロウだった」
「(じゃあホロウ災害に巻き込まれたのか?)お父さんやお母さんは?」
「いない」
「そっか……なんでこの人はどうやって運んできたの?」
「(睡眠薬刺したら寝て)倒れたから運んできた」
「(災害に巻き込まれて)倒れてたのね…ありがとう」
朱鳶は今までの(ごりっごりに脚色された)情報から推測をする。
突然ホロウ災害が寝ている間に起こり、両親は死亡またはエーテリアス化。倒れてる人が居るから運んで外に出てきた。言動が若干不安定なのはエーテルの影響で記憶が曖昧になっているからで、服がこれなのは急いで逃げてきたから。
そうならば話は早い。避難民手続きをして住居や支援金を与えた後、出来た口座に懸賞金を入れればいい。
「避難民申請と住民票の再発行。口座と懸賞金の用意もお願いします」
「わかりました。その間その子の面倒は誰が?」
「治安局に取り合って出来る限り速く認可出来ないか取り合ってみます」
「では書類の用意を」
「お願いします」
「服は?」
「青衣先輩の服が大体適正サイズでしょう。彼女に予備を持ってきてくれないか言ってみてください」
滞りなく着々と準備は進んでいる。あともう少しすれば彼女は無事、お金を手に入れておなか一杯食べることが出来る。尚もそれは、何事もなければ、の話なのだが。
『ルミナスクエア付近に突発的なホロウ災害発生!総員第一配備に移れ!繰り返す、ルミナスクエア付近に…』
それを聞いて職員や治安官は慌ただしく動き出し、あっという間に待機組を残してホロウに向かってしまった。
いきなりほっぽり出された少女はしばらくの間、壁にかけられたTVに移る番組(ボンプのアタック25みたいなやつだ)を見て暇をつぶしていたが、いくらたっても換金されないのを見て機嫌が悪くなり、尻尾を床にビッタンビッタン叩きつけながら受付の職員に話しかけた。
「ねぇ、まだ?」
「ごめんよ、今急な用事で皆手が離せないんだ。服だけ着替えて、待っていて」
「わかった」
その後、青衣の露出の多い(それでもさっきよりはましになっているが)服に着替えその上に治安官のコートを羽織って律儀に待っていたが、とうとう堪忍袋の緒が切れて再び職員に話しかける。
「まだ?朱鳶は今どこにいるの?」
「今ルミナスクエアのホロウでエーテリアスを倒してる。まだかかるよ」
「エーテリアスを全部倒せば戻ってくる?」
「まぁ、そうだな」
「わかった。手伝いに行ってくる」
「え?」
すると少女はコートを脱ぐと、Tシャツやコートで隠れていた翼があらわになる。てっきりウシ科のシリオンの類だと思っていたのに、突然翼があらわれて職員はあんぐりとしている。
そして蓄積していたエーテルを角に集めて、エネルギーに変換。角から火花が飛び散り始める。生成されたエネルギーは体内のコードを通って羽に集まり、次の瞬間。
何を言っているかわからないと思うが、職員は予想を裏切り続けられもはや見ていることしかできない。少女はそのまま、床を盛大に焦がしながら飛び立ってしまった。
しばらくして、ようやく再起動を果たした職員は、急いでホロウ内の上司に連絡をかけた後、床磨きを始めたのであった。
「民間人の誘導終わりました!」
「私達で殿を務めます!エーテリアスの撃破を!」
ルミナスクエア付近。
人通りの多いところかつ、帰宅アワーであったこともあり民間人の避難誘導に手間取り、今でこそ被害は少ないものの持久戦になるのは必至だった。そのせいか治安官達の顔には焦りが生まれ始める。それは戦場において致命的で命取りだった。
車が両断された爆発。その煙を切り裂いて現れた
しかし治安官が待てども待てども衝撃はやってこない。震えながら恐る恐る目を開く。
氷山の一角のような、頂上のような氷の塊に閉ざされていた。その上に天使のような、悪魔のような姿かたちの少女が足から青い煙を出しながら佇んでいる。
そして氷を翼でかち割り、中にいるエーテリアスも粉々にしてしまった。
周りに倒れたりしている治安官の中から、手頃そうなやつを選んで話しかける。
「朱鳶はどこ?」
「は、班長はもっと先だ!」
「どっち?」
震えた指で方向を指すと、少女はそのまま駆け出して行った。
少女が走り出してから1分と経たないうちに朱鳶は見つかった。特務捜査班の愉快な仲間たちも一緒だが、少女はそんな事どうでもいい。必要なのはお金で、それを発生させる朱鳶が暫定的に必要なだけだ。
電柱をへし折って紛失したハルバードの代わりにすると、驚異的な脚力で跳び上がり、重力と翼ブースト(とんでもないGがかかっているが誤差程度である)で急降下。勢いと全体重を乗せて大型エーテリアスに電柱を叩きつける。エーテリアスのコアが砕け散ると同時に、電柱も根元からへし折れて粉々になってしまった。隙を狩ろうと集まってくる雑魚エーテリアスを翼で一掃し、遠くの残ったエーテリアスにはドロップキックをカマしておく。
「ちょっと!?」
「ん?どうかしたの?」
「どうしてここに?」
「早くお金欲しかったから助けに来た」
「そうじゃなくて!許可のないホロウ侵入は犯罪だって分かってる!?」
「あ、そういえばそうだった。でも今はいいでしょ?助けたんだし。帰って早くお金頂戴」
とんでもねぇなこいつ。
朱鳶は頭を痛くして帰ることになった。
結論として、お金こそ出たものの一人暮らしは叶わなかった。
まず、朱鳶がこの馬鹿げた報告書と申請書諸々を上に提出。しかしすんなり通る訳もなく、どこからか防衛軍とホワイトスター学会に流出。「ご飯をあげる」という如何にも誘拐の常套句そうな台詞にあっさりと釣られて学会の研究室に連れ込まれるも、嘘をつかれたことに腹を立て研究室で暴れ回り、結果として研究所は崩壊。一連の騒動を知った上層部は「理性あるけど機嫌損ねたらやべーじゃん(意訳)」ということで、申し出は受け入れるものの一人暮らしは許さず、監視の元共同生活ということになったのである。
で、肝心の同居人なのだが……
「水がグツグツしてる」
「じゃあパスタ入れて、あと塩も」
「わかった、えと……(漢字が読めない……)、これかな?」
「それは砂糖……塩はこっちね」
朱鳶だった。
元々一番(相対的に)話が出来ていたし、朱鳶を助けに来たのもあって(理由は全然違うが)、実力もあり、知っている人となら暴れもしないだろうということで白羽の矢が立ったわけである。
そして現在夕飯の時間であることもありトマト缶でパスタを作っていたわけだが、少女アインにはそんな能力はない。端的に言ってしまうと、彼女の調理力はメシマズのそれなのだ。
「トマトソースが焦げる!」
「強火でやれば早く終わる、完璧」
「もっと慎重に、ゆっくり……そう!」
「(不服)」
大丈夫だろうか?
トマトパスタは美味しかった。アインの学習能力は意外に高く、一回教えたところでミスするところは無かった。味、食感、見た目。どれをとっても上出来と言える。
パスタを食べながら朱鳶は考えた。とても面倒な案件に巻き込まれた気がする、と。どのシリオンなのか理解ができないぐらい遺伝子が改造された身体的特徴。とんでもない常識知らず。反比例するかのような戦闘能力。しかし、現在朱鳶に彼女の行う破壊行為の責任があるのも事実である。
しかし、愚痴を言ってもしょせんは一治安官。しぶしぶでも上官には従う他はなかった。結果として、この不思議な状況が出来上がった、という訳だ。そんなわけだから、朱鳶も仕方ないとして割り切っている部分はある。
ところで、これはどうやってお風呂に入れるんだ?(素朴な疑問)