茂山影男 作:ピンチャンよ永遠なれ………
運動会が終わり十月に入ったばかりのある朝、学校に登校した影男はお道具箱の中に一枚の封筒を発見した。水色の封筒に何かのキャラクターらしいシールが貼ってある。指で押すとプニプニとやわこい感触がする。裏表に名前は書かれていなかった。
これは、まさか。
(ラブレター……!?)
影男は机の下に封筒を隠し、辺りを見回す。幸い誰も彼の方は見ていない。中身をじっくりと見ようと思った影男は服の中に封筒を潜り込ませ、呪力で裏側に引っ付けた。ランドセルから教科書を取り出すことも忘れ、急いでトイレに向かう。個室に潜り込み鍵をかけ、便器に腰かけた。心臓がドキドキしている。
(僕がラブレターをもらう日が来るなんて…)
運動会の後、影男は一緒に走った少年に誘われ同年代の子供たちと遊んだ。楽しい気持ちをそのまま100パーセント表現することのできない彼は、しばらくしてまた一人で遊ぶようになった。
空気が読めない。ノリが悪い。つまらない。そんな理由で省かれてしまったのだ。それでもあの男の子とは時折遊んでいる。
一方で女子からは何のアクションもなかった。友情に満ちたゴールよりも、彼女たちが見ていたのは速い男の子だ。
運動会の帰りに真希から「影男は来週からモテモテになっちまうかもなぁ」と言われたので、ちょっと…いや、かなり期待していた結果が、漂流する薄氷に一匹取り残されたベイビーアザラシの如き有様だった。
手紙には、指定された日時にここから近くの公園で待っている旨が書かれていた。とてもきれいな字で、全部ひらがなで振ってある。
「……よし」
当日の放課後、影男は電話で少しだけ公園に寄り道してから帰ることを伝え、目的の場所に向かった。夏油は心配していたが、人通りが多いし暗くならないうちに絶対に帰る、と話すと悩んだ末に了承してくれた。
まぁ影男なら爆破テロが起きても無傷で帰って来れる。
ランドセルの肩ひもを掴む手はかたく握られていた。何度か立ち止まっては深呼吸して、高鳴る鼓動を鎮めようとする。
公園では数羽のハトが首振りダンスを披露しながら歩いていた。中には小さな子どもを遊ばせる奥様方や、犬の散歩をする老人がいる。
影男は鉄棒で待った。ランドセルを隅に置き、時間が来るまでそこで遊ぶ。以前よりも少しだけ体力がついた。まぁ、真希のように連続大車輪からの数メートル離れた場所にヒーロー着地はさすがにできない。
一回まわっては着地し、一回まわっては着地する、を繰り返す。途中で幼稚園の年長ほどの少女が駆けてきた時は一番低いそこを譲った。──と思ったら、その子どもは影男の隣の鉄棒でぐるぐると回り始めた。
「………」
これが格差社会。つらい現実を影男少年は学んでしまった。
「あなたが茂山くん?」
影男が公園に着いてから30分ほどして、ランドセルを背負った女子グループがやってきた。思わず彼は固まる。第二次性徴期真っ只中の高い身長に、おしゃれな服装。モブと対極に住まう住人が話しかけてきた。
「そ、そう…です。僕が茂山影男です……」
「ごめんね、急に呼び出しちゃって。私たち運動会で影男くんが一生懸命走ってた姿を見て、「仲良くなりたいな〜!」って思ったの」
「そ、そそっ、そうなんですか」
「二年生ってさぁ〜小っちゃくてぇ、可愛いよねぇ」
「はわわっ…」
良かったら一緒に遊ばない? ──と誘われ、影男はお姉さんたちに手を握られ遊ぶことになった。
ブランコを押してもらったり、シーソーで遊んだり。後ろにお姉さんが乗った時、飛び出した心臓がそのまま地面に転がり落ちるんじゃないかとさえ思った。
これが、モテ期か……!!
影男の脳内は人生史上一番のお花畑を迎えている。
時間は流れるように過ぎ、いつの間にか五時を知らせるメロディーが鳴っていた。そろそろ帰ろうかと、それぞれ置きっぱなしにしていたランドセルを背負う。
影男はそこで、落として壊したらいけないからと、ランドセルの上に置いていた携帯が光っていることに気づく。楽し過ぎて忘れていた。最後に電話をしてから一時半も経ち、辺りはすでにうっすらと暗くなり始めている。
一応折り返しで電話をかけてみたが繋がらない。顔を真っ青にした影男に女子の一人が声をかけてきた。
「ごめんね、すっかり遅くなっちゃって! 迷惑かけちゃったし、家まで送ってあげるよ」
「で、でもっ…」
「大丈夫。ウチらもう六年生だし、もうちょっと帰るのが遅くなっても怒られないから」
「そーそー。気にすんなって」
「ありがとうございます…」
30センチも身長の違うお姉さんたちに囲まれ、影男は道を歩いた。少女たちは気を遣ってか、影男にも会話を振る。
「影男くんって帰国子女なんだよね?」や、「もしかして英語を話せるの?」など。
夏油のことも聞かれた。「親戚のお兄さんなんだ」と影男が答えると、「へぇ〜」と一同声をそろえる。
「あのパン食い王子も影男くんの親戚なの? 一緒にいたって話があるけど」
「五条さんは夏油さんのお友だちなんだ」
「「「へぇー………」」」
影男がお姉さんたちと話す時は顔を上げなければならないため、前方への注意力が散漫になる。石ころの存在に気づかず影男は転び、イテテ、と声を漏らした。
「大丈夫〜?」とかけられたその声に笑いが混じっていることに、彼は気づかない。
「影男くん!!」
ちょうどその時、反対方向から通行する自転車を抜き去って誰かが走ってくる。夏油だった。長い髪が生き物のようにうねっている。
「あっ……ごめんなさい、夏油さん。電話したんですけど、繋がらなくて…」
「え? …あぁ、慌てて来たから家に忘れてしまったみたいだ。五時になっても帰ってこないから心配したよ」
帰るのが遅くなったことを謝ると、夏油は「気をつけてね」と頭に手を置く。
ところで、と夏油の目が少女たちに向く。みな一様に顔を赤くしていた。
「彼女たちは誰だい、モブくん?」
「今日、公園で一緒に遊んでくれたお姉さんたちです」
「影男くんから一緒に遊ぼう、って誘ったのかい?」
「いえ、実は──」
影男の説明を聞き終わると、夏油はニコリと笑い少女たちを見た。「そっか、影男くんと遊んでくれてありがとうね」と彼が言うと、彼女たちは忙しない様子で「わ、私たちも楽しかったです!」と話す。ポンポンと頭に手を置かれる影男はバスケットボールの気持ちになった。
「じゃあそろそろ帰ろうか、私たちも」
「はい」
歩き出す二人。しかし途中で夏油が立ち止まる。首を傾げた影男は「伝え忘れたことがあったから先に行ってて」と言われたので、電灯が照らすアスファルトの道を歩く。
群がる虫を見ていると、紫の天上に一番星を発見した。じっと見ているとかすかに揺れ動いているように感じてくる。影男は観察に夢中になり、足を止めた。
「ごめん、待たせたね」
「……えっ? あ、はい」
何を見てたんだい、と尋ねた夏油に影男は人差し指を出した。
微笑む二人のはるか背後で、少女たちは震えた。冷や汗がびっしょりと服を濡らし、吹いた風で体が震える。歯がガチガチと音を立てた。
夏油は笑顔でこう言った。
私利私欲に身を委ねると、呪われるよ────と。
◇
真希・真依姉妹が暮らす家でハロウィン会が行われた。これにはミミナナ姉妹も参加し、とんがり帽子な魔女の格好で夏油に菓子をねだりに行った。
真希はドラキュラで、真依は黒猫を連れた某見習い魔女の格好である。赤いリボンが動くたびにぴょこぴょこと揺れる。
影男は自作のシーツに穴を空けただけのお化け姿だった。周囲とのクオリティーの差が歴然である。真希はツボってしまったらしく、畳に転がってヒィヒィ笑った。
「モブッ、ふふっ、モ………んふふっ!」
「真希、それを言ったら大仏マスクをかぶってる夏油さんの方がヤバいわよ」
「だっはっはっはっ!!!」
お菓子をあげてワル魔女さんにイタズラされてしまった無念の男。真希は足をジタバタさせ、「笑い死ぬぅ……」と昇天した。
「じゃ、そろそろパーティーを始めましょうか!」
パンプキンケーキやオードブルに、炭酸飲料。カロリーの暴君がテーブルに所狭しと並べられる。
どんどん料理スキルが上がる真依に、すごいねぇ、と夏油は呟く。彼もかれこれ半年以上は料理をしているが、敵いそうにない。影男はまぁ、何でも美味しそうに食べてくれるのだが。
この夏油の発言に、少女二人の耳がピクピクッと動いた。
「夏油さんは料理ができる女性が好きなの?」
「ん? まぁ、毎日美味しい料理を食べられたら幸せだろうね」
「そっかぁ…」
「頑張らなくちゃね」
首を傾げた夏油に、美々子と菜々子は「何でもなーい」と返す。少女二人に挟まれている男の光景を目の当たりにした真依は、そっと胸を撫で下ろした。
しかし影男が先日年上の少女たちと遊んだことを聞いた彼女は、一気に冷水へとバンジージャンプした。影男はなぜ楽しそうに話しているのだろうか? その話を。
「それどういうこと、モブくん?」
「それが朝、お道具箱に封筒があってね…」
影男はしばらく、真依に口を聞いてもらえなくなった。
◇
冬はイベントが盛りだくさんだ。
まずクリスマスやお正月がある。ご馳走をたらふく食べるチャンスがあり、子供たちは臨時収入をゲットできる。ポチ袋から大金をかき集めて、それを一枚一枚数える姿はきっと悪人のようだろう。もちろん親に没収される者もいる。言うべくして言おう。「人の心とかないんか?」
これに加え、月ごとに身内や知り合いの誕生日が重なる。12月は五条で、1月は真希・真依姉妹。そして2月が夏油。
11月は家入の誕生日もあり、能力のせいで夏油たちに中々混ざれない彼女は同級生と元同級生からプレゼントをもらった。ついでに夏油から封筒も渡された。中には数枚の紙が。それぞれ子供と思しき字で『家入さんへ きんえんしてください』とあった。彼女はずっこけた。
影男は少し寂しかった。自分だけ誕生日が5月で、周囲と離れているからだ。この考えに夏油はこう答える。
「影男くんは私たちの中で、誕生日の一等賞なんだね」
鍋がグツグツと煮えている。白い煙がもうもうと立った。温かい空気がさらに蒸気と混ざって温度を上げる。影男は鼻を探査犬のように動かしながら、鍋をじっと見つめた。最近さらに冷え込んで来たため、本日はシチューである。
影男も皮剥きを手伝った。ピーラーでカンナ削りの職人になった気持ちで野菜から皮を剥ぎ取っていく。子供用のピーラーは小さく、万が一刃が指に当たっても切れにくい作りになっている。
丸裸にされた野菜たちは断頭台に立ち、最後の審判を受けていく。処刑されていった彼らはボウルの中に落とされた。初期は厚さがバラバラだったが、今は均一で揃うようになった。
色とりどりの野菜はバラバラになったジグソーパズルのようにも見える。それを鍋に投入し、グツグツと具材が柔らかくなるのを待つこと少し。
「夏油さん、ルーを入れていいですか?」
「いいよ」
影男は背伸びをして、火が止まった鍋にルーを入れた。シチューの完成まではもうすぐだ。
夏油が鍋の番人になっている間に、影男は食器の用意をする。彼の仕事量もだんだんと増えてきた。
できあがったら席に着き、両手を合わす。命のスープが二人の血と肉になる。
「あふっ!」
「猫舌なんだから気をつけなよ、モブくん」
「はい……」
パク…パク…と食べる影男に、夏油は苦笑して自分も食べ始めた。
・家入
試しに某飴で誤魔化してたら結構よく、以降常備するようになった。将来白衣の裏にずらっと装備してあるかもしれない。肺がんのリスクが減る代わりに糖尿病のリスクが上がる。