茂山影男 作:ピンチャンよ永遠なれ………
冬休みが始まって、数えること数日。朝から落ち着かない僕を夏油さんは笑いながら見ていた。
部屋にはクリスマスツリーがある。散りばめられた電球が点いたり消えたりを繰り返す。テレビでしか見たことのない蛍が無数に集まったら、きっとこんな感じなのだろう。ツリーには他にもベルや星、リースが飾ってある。
「モブくんは新しいゲームが欲しいって言ってたね。君はいい子だから必ずプレゼントをもらえるよ」
「はい!」
去年はサンタさんが来なかった。一昨年や、そのもっと前はちゃんと来ていたのに。やっぱりサンタさんでも叶えられない願いはあるんだ。
夜寝る前に毎日「父さんと母さんが帰ってきますように」と祈っても無理だった。あの日のクリスマスの朝はすごく寒かったのを覚えている。冷気が肺から入って、どんどん体が凍っていくようだった。涙は目から出る前に中で凍って出てこなかった。
いきなり俯いてしまった僕に、夏油さんは「どうしたんだい?」と尋ねた。僕があまりにも意固地なダンゴムシのように動かないから、肩を叩かれて今度はさっきよりも柔らかく「どうしたの?」と聞かれる。
「君はまさか……サンタの秘密を知ってしまったのかい?」
「ううん、知らない」
「じゃあ、いったい何が…」
「僕が去年欲張り過ぎちゃったから、サンタさんが呆れて来てくれないかもしれない」
「えっ?」
僕の話を聞いた夏油さんは、一瞬真顔になった後にニッコリと笑って、絶対に来るよ、と言った。もし禪院家が潰れても僕のところには来るらしい。真希ちゃんや真依ちゃんたちのところにも。
もし来れなくても夏油さんがサンタさんの代わりにプレゼントをくれると知った僕は、すぐに機嫌が直った。
ちなみにサンタさんの秘密とは、ソリの呪具を使って空を飛んでるんだって。僕もいつか自分の呪力で真似してみよう。
◇
午前中は落ち着かない時間が過ぎて、午後は真依ちゃんたちの家にクリスマス会に行った。パーティーではケーキを食べたり、プレゼント交換をする。僕は買った手袋を箱に入れている。
交換方法はビンゴゲームで、先にビンゴした人が好きなプレゼントを取る。三人とも事前に箱を夏油さんに預けたから、自分以外のものがどれかはわからない。数が三個以上あるのは夏油さんが追加したからだ。一個だけ剥き出しの大きな発泡スチロールがあるんだけど、あれは何なんだろう。
「私が一番っ!」
真依ちゃんが選んだのはチェック柄の箱で、開けた瞬間「きゃっ!」と悲鳴を上げる。畳に虫やヘビのおもちゃが落ちていた。バネの先についたおもちゃが舌を出し、五条さんの声で『ざぁ〜んねん!』と音が流れる。
「それ、悟からのプレゼント」
「五条ォ悟ゥ〜〜!!!」
次当たったのは真希ちゃん。彼女はベージュの大きめなプレゼントを選んだ。中はお菓子の詰め合わせが入っていて、家入さんかららしい。
その後僕も当たって、黒い箱を選んだ。開けると中にさらに箱があり、それを何回も繰り返して出てきたのは小さな長方形の箱。中身はサングラスだった。
「それも悟」
「だと思ったよ。プレゼントからプレゼントが出てきたタイミングで」
付けたら視界が薄暗くなった。でもちゃんと先は見える。僕は今日大人の階段を登ってしまったんだ。昨日の僕があんな下にポツンと佇んでいる。
「影男くん、家の中で付けるのはやめようね」
「はぁい…」
それからプレゼントが当たっていき、夏油さんのお菓子の詰め合わせを真希ちゃんが当てた。家入さんのが洋菓子なら、夏油さんのは和菓子だ。
僕のプレゼントは真依ちゃんが当てた。開けた瞬間にすぐに僕のものだとわかったらしい。センスがダサいから……。
「まぁ、仕方ないから付けてあげるわよ」
そう言って真依ちゃんは手袋をつけた。手をグーパーさせている。
そして、中々当たりのこなかった僕にも二回目のチャンスが訪れる。残ったプレゼントは二つ。これまで当たったものを消去法で考えたら、真依ちゃんと真希ちゃんのものが残っていることになる。
緑の箱と、発泡スチロールの巨大な箱。僕が選ぶのは……。
「おいモブ、何の躊躇もなく緑の方に行くな」
「真希、あんた何用意したのよ」
開けると中に緑のマフラーが入っていた。首に巻くと温かい。真依ちゃんは僕を見ると嬉しそうに笑った。
「ところで、この特級呪物を…」
「特級呪物って言うんじゃねぇよ、傑サン。しばくぞ」
「中にいったい何が入ってるの?」
真希ちゃんは盛大にため息をつき、発泡スチロールの蓋を開けた。中には氷が敷き詰められていて、かき分けるとギョロリとした目玉がのぞく。僕はびっくりして、尻もちをついた。
「マグロだぜ。釣ってきた」
真希ちゃんは禪院家の当主じゃなくて、本当は漁師を目指しているのかもしれない。
◇
大晦日。僕は帰省する夏油さんについて行き、おじさんとおばさんに会うことになった。おばさんは孫ができたみたいで嬉しい、と言っていた。
おじさんは夏油さんと雰囲気が似ていて、口数が少ないけど優しい人だった。一緒にお風呂に入ったり、庭で鬼ごっこをした。
ごちそうが並ぶ食卓は思わずよだれが出る。おばさんは顎に手を当てて、「孫かしら……いや、やっぱり息子…?」とずっと悩んでいた。
夜寝る時はおじさんとおばさんの間で寝るか、夏油さんの部屋に布団を運んで寝るかの二択になった。
悩んでいた僕は夏油さんに背中を押され、おばさんたちと寝ることになった。川の字で布団。昼間にバシバシ叩かれていた布団は少し身じろぎするとお日様の匂いが香る。
いつもはベッドだし、落ち着かなくてモゾモゾしていたら隣から小さな笑い声が聞こえた。おばさんが目尻に皺を作って微笑んでいる。伸ばされた手が僕の髪に触れた。髪をとかすようにゆっくりと頭を撫でられる。
「おやすみ、影男くん」
なぜか目尻から、涙がこぼれた。
元旦の朝はおじさんに肩車をしてもらって、初日の出を見た。地平線から黄身の色をした先っちょが建物の隙間からゆっくりと顔をのぞかす。半分まで体が出た頃、サンダルでスウェット姿のボサボサ頭な夏油さんが来た。そのあくびは僕にはうつらない。
「もしかして、夜更かししたの?」
「年越しは空中で迎えるって決まりなんだ。若者の間で」
夏油さんは少しだけ初日の出を見て、すぐに「寒っ」と言い家に戻った。僕とおじさんも白い息を吐きながら中に入る。夏油さんは二度寝をしに行ったようで、リビングにはいない。朝のテレビを見ているうちにおばさんが朝食を運んで来てくれた。
そして、なんとお年玉をもらった。子供なら誰もが知っているキャラクターのポチ袋。虫眼鏡でじっくり観察するように裏表を見る。空白のところに『かげおくんへ』と書いてある。これが、『しげ山かげ男』と書かれていても、僕はちゃんと読むことができる。
中には“ふくざわ”さんが入っていた。このお金は使わないで大切に取っておこう。
夏油さんの分もあるみたいだ。同じポチ袋に『すぐるくんへ』と書いてあった。
午前中はおばさんと買い物に出かけた。子供用の服売り場を軽快なステップで歩き回るおばさんは楽しそうだ。次々と着せ替えられていく僕は大変だったけど。おばさんは両手に紙袋をいくつも持ち、僕も一つを両手に抱えて帰った。
お昼を食べたら次は初詣に行く。おじさんが車を運転して、少し遠くの神社に行った。夏油さんはまだ少し眠そうにしている。
なんだろう。普段よりスイッチが切れている気がする。これが“実家に帰った”ってことなのかもしれない。僕が大きくなったらあのマンションが実家になるのかな?
着いた神社は人で混雑している。呪いもちらほら見受けられた。と言っても、蚊みたいな弱いやつらだ。自分を中心に円を広げるイメージで一気に消した。
おばさんが「風かしら?」と首を傾げる。僕の風はちょうどいい目覚ましになったようで、夏油さんは目をパチパチさせていた。
祈り方をおばさんに教えてもらい、手を合わせる。願いを何にしようか考えた。健康とか、テストでいい点数を取りたいとか。色々な欲が頭の中を回る。その中で釣り上がったのは、「みんなが幸せに暮らせますように」だった。
そのあと帰る前におみくじを引きに行く。夏油さんの後ろについて行って、何を願ったのか聞いてみた。
「影男くんが健康でいられますように…かな」
「自分はいいんですか?」
「じゃあ私と両親と、影男くんにするよ」
「五条さんはいいんですか?」
「アイツは毎分毎秒元気だからいいよ」
確かに五条さんはいつも元気だ。毎日頭を変えて元気100倍にしているのかもしれない。
おみくじはおばさんが大吉。僕が吉で、夏油さんが末吉。おじさんが大凶だった。心なしか車を運転するおじさんの背は萎れていた。
◇
冬休みも最後。宿題はしっかりと終わらせた。今日は成人式の日。来週には真希ちゃんと真依ちゃんの誕生日もある。プレゼントは文房具にした。色違いの鉛筆で、12本入りが二つ。喜んでもらえたら嬉しい。さらに来月は夏油さんの誕生日もある。
ただ何をプレゼントすればいいかわからない。こういう時は後で真依ちゃんたちに相談しようと思う。
「なんだか、何度も実家と家を往復させてすまないね」
「大丈夫です」
夏油さんは地元の成人式に参加した。僕はおばさんたちと一緒に見る。成人式用の服は武士のような人もいるし、スーツの人もいるし、着物を着ている人もいる。夏油さんは武士だった。お腹のとこに白いわた毛みたいなものがある。新種のマッシロシロスケかな?
地元だからか、夏油さんに話しかけてくる人も多い。僕は小さく手を振り、おばさんたちの元に向かった。
……大丈夫かな、アレ。女の人が砂糖に群がるアリみたいにどんどん集まってくるけど。
それから成人式が終わって、帰ることになった。夏油さんを除いて。
帰ろうとした夏油さんは中学の同級生らしき人や女性たちに捕まり、写真大会に巻き込まれている。あの笑顔が引くついているのはさすがの僕でもわかる。おばさんは「昔からあの子はモテモテでね」と語っていた。
帰りも考えて一時間だけ会場に残ることになった夏油さんを残し、僕とおばさんたちは家に戻った。
行きは二人だった後部座席が今は一人。随分広々としている。車内では会話が絶えなかった。でもだんだんとおばさんの声が涙声になる。本当に大きくなったわ、と呟いた。
夏油さんももっと昔の頃は赤ちゃんで、おばさんの腕にすっぽりと埋まるほど小さかったんだ。それが少しずつ大きくなって、今の夏油さんになった。
ふと思い出す。「自分の両親をきっと殺していた」っていうあの時の言葉。高専時代にあの人はたくさん嫌なものを見た。どれほど辛いものだったかは、僕にはわからない。
でも今の夏油さんは違う。人のことは嫌いみたいだけど、全員が嫌いなわけじゃなくて、好きな人もいる。
「傑のこと、これからもよろしくね。影男くん」
「……はい!」
後ろを向いて僕を見るおばさん。それがグシャッと歪んだ。