茂山影男   作:ピンチャンよ永遠なれ………

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13話

 精密検査の結果、特に異常もなく、影男はもうしばらく入院してから退院することになった。自分がまさか四か月近くも眠っていたとは。9歳の誕生日は病室で迎えることになる。

 

 足のケガも家入が手を尽くしてくれたこともあり、スムーズに動かすことができる。歩くのはしかしまだ難しく、支えがないと倒れてしまう。筋力が衰えてしまったのだ。

 

 影男が目を覚ましたと聞き、真っ先に駆けつけたのは真希と真依だった。二人ともランドセルを背負ったまま、病室の扉が開くなり赤い残像を残して消える。

 真依は影男に飛びつき思いきり泣いた。真希も背中を思いきり叩こうとして夏油に止められる。

 

「心配じだんだがらあ゛ぁぁ……!!」

 

「真依、乙女が出していい声じゃねぇぞ」

 

「ご…ごめんね、二人とも」

 

「お前が謝る必要はねぇだろ……ん?」

 

 真希は影男の左頬に貼られたガーゼの存在に気づいた。指摘された影男はやたらと口ごもる。そして、それ以上に夏油の様子がおかしくなった。空港の荷物検査に現れた挙動不審な観光客(自称)のようである。

 

 これは何かあると感じた真希は夏油に事情を尋ねる。彼が影男の頬を叩いてしまったことを知ると、真依は30センチ定規をスッ…とランドセルから取り出す。素材はステンレスだ。

 

「待て待て、真依。一旦話を聞こうぜ?」

 

「どうぶつの森のハチに刺された顔みたいにしてやる…」

 

「それはちょっと見てーかも!」

 

 夏油が椅子に座って真っ白に燃え尽きてしまったため、真希は事情聴取を影男に変える。曰く、彼の夢の中が現実とリンクしていて、夢で言った言葉を夏油が聞いてしまったと。

「僕なんか、死んじゃえばいいんだ」という言葉を。

 

 

「「ハァ?」」

 

 

 真希も真依も怒った。叩いてしまった夏油は悪い。しかし他人の気持ちをぶち壊すような発言をした影男も悪い。

 

「お前なぁ、私たちの中で一番心配してたのが誰だと思ってるんだよ」

 

「夏油さんは毎日病院に来て、影男くんが早く目を覚ますように──って、お話ししてたんだからね?」

 

「先月はお前が涙を流したから、寝てても話は通じてるのかもしれないって、喜んで」

 

「みんなでしょっちゅう遊びに来て、色んなことお話ししたんだから!」

 

 息をピッタリと合わせ、双子はそれぞれの思いを吐露する。自分を大切にしないのもいい加減にしてほしかった。

 

「私や真依はお前のことが好きなんだよ。…っあ、勘違いすなよ? 私の好きは真依のとは「わああああっ!!」………けど、一番お前のことを大切に思ってるのはこの人だからな」

 

 真希は夏油の椅子を動かし、影男の方に向ける。夏油は顔を手で覆い下を向いている。ごめんね、とかすれた声が聞こえた。

 目覚めたその日、影男は何度も謝った。ただ、それ以上に夏油から一生分謝られた。いつもの少しスカした雰囲気などどこにもなく、情けない大人の姿を見せていた。

 

 

「……夏油さん」

 

「子供に手を出したなんて、保護者失格だ…」

 

「ならよ、殴り返してトントンにしようぜ?」

 

 真希の提案に真依も少し考えて頷く。その方が後腐れないだろう、と。

 問題は影男で、殴り合って解決する方法があるのは知っているが、誰かを傷つけることはしたくない。

 

「じゃあ代わりに私が殴ってやるよ」

 

「で、でも真希ちゃ…」

 

「モブ、お前だってこのままうだうだしてんのは嫌だろ?」

 

「そうだけど……」

 

「っし! じゃあ決まりだな」

 

 ゴキゴキと少女の手から北斗の拳で出てきそうな音が鳴る。心なしか絵のタッチも変わった。筋肉隆々の大漢にはさすがに見え……いや、見えてくる。真依は思わず目をこすった。

 

 立たされた夏油は、萎れたままだ。

 

 

(天の声「夏油、タイキック!」)

 

 

「オラァ!!」

 

 

 真希は長い髪を尻尾のように振り回し、華麗な蹴りを決め、一つの屍が病室にできあがった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 誕生日、影男は病室で誕生日を祝ってもらった。五条は忙しいため不在で、昔の少数民族が儀式に使っていたというお面をプレゼントにもらった。

 

「家入おねっ……家入さん、僕の足を治してくれてありがとうございました」

 

「いいよいいよ。意識も戻ってよかった」

 

 影男は露骨に顔を赤くしており、一回りも年上な女性に照れている。「相変わらず可愛いなこの子〜」と思っていた硝子は、今にも背後から撃ってきそうな少女の気配に苦笑した。この少年ぐらい当時のクズコンビも可愛げがあればよかった。

 

 家入のプレゼントはお菓子だった。子供って何をプレゼントしたらいいか分からないから、というチョイスらしい。

 

 対して夏油は腕時計だった。ベルトカラーはブラックで、文字盤がオフホワイトになっている。太いベルトとこのでっぷりとした文字盤。まさしく大人が付けているものだ。数字表記ではないが、中央にデジタル表示もあるので子どもでも時間がわかりやすい。ほっぺたを真っ赤にして喜ぶ影男に、夏油は頬をかいた。

 

 ミミナナからも文房具のプレゼントをもらった。真希からはタイをもらった。今日が「めで()()」から、らしい。

 

 もしかしたら、西の方角から風に乗って聞こえてくるかもしれない。「しょーもないダジャレとかつまらんで? 真希ちゃん」という声が。

 

 

「……わ、私からはこれ」

 

 

 真依が渡したのはべっ甲の細いピン留めだ。すっかり伸びて眉の少し上にかかる影男の前髪にそれをつける。真依は耳元に近づいて、「学校には付けていっちゃダメだからね」と言う。

 

「うん、わかった」

 

 少年少女二人に微笑ましい視線が向けられていることに、当の彼らは気づいていなかった。まぁ、真依はすぐに気づき、顔を真っ赤にした。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 退院した影男は六月から学校に復帰した。追いつきかけていた勉強は数か月分離れてしまい、毎日必死に勉強している。体育もすっかりビリに戻った。

 

 今回の担任は男で、厳つい感じが影男は苦手だ。少なくとも、できない子どもに付きっきりで教えるタイプではない。

 

 人の関係もクラスが変わって変化した。新しい顔だったり、同じ顔だったり。去年の運動会で仲良くなった男の子とは離れてしまった。

 

 子供の無邪気さは相変わらずで、最初は「事故に遭ったんだって?」「入院している間って何やってたの? ゲーム?」と次々と質問が飛び交う。

 彼らは影男が植物状態だったことを知らない。知っているのは先生たちだけ。足も一切傷痕が無いのはおかしいため、そこも都合よく伝えられている。

 

 連日机の周りで群れをなしていた子供たちも、次第に飽きて影男は一人になった。

 

 

 メダカの金ちゃんはもういない。影男はわからない授業に頭が疲れた時、空に浮かぶ雲を眺めるようになった。あの空以外、世界が灰色に映る。

 

 日常には戻ったが、まだ心が地面から離れている。夏油夫妻が亡くなったショックは、それだけ影男少年にとって大きいものだった。ふとした時に、「どうして僕は助けられなかったんだろう」と考えてしまう。

 

 力があったにも関わらず、それを正しく使えなかった。影男はいち早く危険を察知して、車を呪力で守るべきだった。なのに気づかず、気づいた時には二人は潰れ、治しても遅かった。

 

「………」

 

 影男は自分の手を見つめた。小さな手だ。転べばすり傷だらけになり、簡単にボロボロになる。

 

 この手はとても無力だ。強く握りしめ、暗い考えを吹っ切るように彼は走り出す。肺が不愉快な音を立てても、体じゅう汗でびっしょりになり、当たる風に冷やされていっても──、がむしゃらに走る。

 

 ぶつかりそうになった自転車が威嚇するようにベルを鳴らし、レジ袋を持った中年の男は飛んでくる魚雷を気にも止めず、明日のお馬様に両手をこすり合わせる。

 

 

 家に着く頃にはヘトヘトだった。ドアを開けて「ただいまー」と言う。いつもは返事があるが、今日は静かだった。それに少し疑問に思いつつ、影男は靴を脱いで、まず洗面所に向かう。手を洗って、うがいをして。次は今日のお便りの配布だ。

 

 リビングのテーブルには大学の教科書やノートが広がっていた。家主はシャーペンを持ち、カーペットの上に座っている。

 

「夏油さん、ただいま」

 

「………」

 

「夏油さん?」

 

 壁を見つめていた夏油は、そこで影男に気づき「あぁ、お帰り」と言う。少し様子が変だった。熱かもしれないと思い、影男は長い前髪をどかしておでこに触れる。自分の体温と比べてみたが、自分の方が熱いくらいだった。

 

「お腹が痛いんですか?」

 

「いや、何ともないよ。少しぼんやりしていただけさ。影男くんみたいに」

 

「僕はただぼんやりしているわけじゃなくて、色々と考えてるんです」

 

「ははっ、そうだったね」

 

 いつもはリビングで勉強をするが、今日は先客がいるので影男は自室で勉強した。終わったらいつものように二人で買い物に行く。それから今日の夕食を作って、食べたらお風呂だ。濡れた髪をタオルで拭いながら風呂から出た影男は、シンクの前で立ったままの夏油を見つける。手についていたはずの泡はほとんど消えかかっていた。水が出しっぱなしだ。

 

「……夏油さん?」

 

 黒いエプロンの裾を引くと、フクロウのように首だけ動く。「ん? どうしたんだい?」と笑った夏油の顔は、別の人間が笑った目と口を切って貼りつけたような、拭いきれない違和感がある。

 

 何か変だ。しかし何が変なのか、影男は上手く表現できない。

 

 

 

 そんな“異変”が次第に増え、七月に入る前。あぁこれはまずいな、という事件が起こる。

 

 夜中、トイレに起きた影男は、用を足してから手を洗いに行った。暗闇の中では転ぶと教訓を得ており、電気をつける。時間は三時だった。

 

「えっ」

 

 黒い人影が一瞬見え手を構えたが、それは呪霊ではなくソファーに座っていた夏油だった。シャツに短パン姿で、首にタオルが巻いてある。髪は海藻のごとく、途中からうねっていた。うつむき気味の顔は見えない。

 

 影男が声をかけても反応はない。「寝ているのかな?」とベッドまで運ぼうと思ったが、三白眼気味の目は開いていた。その目元にはずっと消えないくまがある。

 

 肩を揺すられても夏油は反応せず、パニックになった影男は何とかしてくれそうな知り合いの大人に電話をかけた。最初にかけた五条は夜中ということもありキレ気味だったが、状況を察するとすぐに来てくれることになった。

 

 そして、本当にすぐに来て、夏油を病院に連れて行くことになった。

 

 

 病院での診断は、鬱だった。

 

 


 

 ・タイキック

 天与呪縛のフィジカルを活かした禪院真希の必殺技である。

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