茂山影男   作:ピンチャンよ永遠なれ………

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17話

 高学年になれば、真希たちの家へ一人で行くのも許されるようになった。影男は休日、自転車をヒィヒィ漕ぎながら駅に行き、電車に乗って真希・真依姉妹の家に向かった。

 

 最寄駅から徒歩10分もしない場所に和風の一軒家がある。周囲は平成らしい住宅街が並び、その一角だけ昭和に戻った錯覚を受ける。

 

 バックパックには土日分の着替えや勉強道具が詰まっていた。遠くの景色がジリジリと歪んでいる。影男は汗を拭い、肩に提がった水筒で喉を潤した。水分補給はしっかり取るように夏油から念を押されている。キャップ帽も暑さ対策でかぶっている。

 

 影男は白い枠線からはみ出ないように側溝のふたの上を歩いた。

 

 宿泊学習の件は一か月前のことで、あの後たっぷりと夏油から叱られた。影男も反省している。「助けたい」という気持ちが先行して、あの時は向こう見ずになっていた。呪術師になるにはもっと客観的に状況を見て、冷静に判断する力が必要だ。それでも少女を助けたことを後悔はしていない。

 

 考え事をしていれば、グルッと家を囲む生垣が見えてきた。石畳が敷かれた短い庭を通り、インターフォンを鳴らす。腕時計の指す時間は10時だ。トタトタと駆けてくる音が聞こえる。ガラッと戸が開いて、出てきたのは真依だった。

 

 

「おはよう真依ちゃん」

 

「おはよう、影男くん!」

 

 

 今日真希は不在だった。いない日は釣りに行っているか、夏油の手伝いをしている。影男が時折呪霊退治に同伴している話を聞き、「お前だけずりぃぞ!」となったのだ。

 ちなみに釣りに行くのは、魚を待つ感覚が精神統一の修行になるかららしい。

 

「その…真希は明日帰って来る予定なの」

 

「じゃあ二人きりってこと?」

 

「そ、そうなるわ……」

 

 影男は悩んだ。夏油は仕事で数日家を空けている。これまで泊まる時は三人一緒だった。彼らが小学校低学年だったころは、同じ部屋で真希を挟むように川の字になって寝ていて、影男はよく真希の蹴りを食らって夜中に起きていた。

 それから客間で一人で寝るようになり、最近は真希と真依も別々の部屋で寝るようになった。

 

 以前の影男だったら、二人だけでも特になんとも思わなかっただろう。ただ彼は宿泊学習を経験した。普段の学校とは違うその特殊な空間が少年少女の思春期心を引きずり出した。

 

「僕が真依ちゃんだけの家に寝泊まりしていいのかなぁ……」

 

「えっ?」

 

「でも、家に帰っても僕も一人になっちゃうし…」

 

「だ、大丈夫よ! 全然泊まっていって!!」

 

「…うん、じゃあそれなら。おじゃまします」

 

 靴を脱いで家の中に入る影男の後ろ姿を、真依はじっと見つめた。心臓がバクバクしている。影男の変化を彼女は目の当たりにしてしまった。これは確実にただの“友だち”ではなく、“()()()友だち”として認識されている。

 

(うわぁ〜〜っ……!!)

 

 顔を覆ってうずくまった真依に、客間から「あれ、真依ちゃん?」と声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 影男は真依を師匠にし、料理を習うようになった。四年生の頃から師事を仰いでいる。これには夏油の負担を少しは減らしてあげられたらな──という思いと、もう一つの意図がある。

 

 二人きりの夕食に並んだのは味噌汁や鮭、ご飯やおひたしなど。健康的な食事だった。手を合わせて二人は食べはじめる。

 味噌汁の担当は影男で、真依先生の評価は「ビミョー」だった。影男はガックリと肩を落とす。

 

「最初の頃と比べたら俄然美味しくなってるわよ。包丁で切るのだって早くなってきたし」

 

「料理って難しいなぁ…」

 

「モブくんの言う“コツ”は得られそう?」

 

「うーん……あともう少しな気はするんだよね」

 

 影男が料理を始めたのは呪霊玉が理由だ。クソまずい味を変えられないかと思い、夏油から一つ借りて呪力を込めた。しかし味は変えられず、最初は失敗に終わった。

 

 影男なりにどうすれば味を変化させられるか考え、たどり着いたのが料理だ。このスキルを活かし、呪霊玉を“料理”する。

 五条ティーチャー(影男はこの男が先生なのか未だに疑っている)曰く、影男の力の理論で考えれば可能らしい。

 

 ゆえにコツコツと料理スキルを磨いている。その成果は少しずつ出ており、呪霊玉の味が「超クソまずい」から、「クソまずい」に変わった。

 

 

 夕食が終わったらお風呂に入り、就寝の時間である。ガーッと響くドライヤーの音を聞きながら、影男はテレビで明日の天気を見た。午後から雨が降るようだ。こんなこともあろうかと、事前に雨合羽と折りたたみ傘を夏油が持たせている。

 

「おやすみ、影男くん」

 

「うん、おやすみ真依ちゃん」

 

 影男は客間に移動し、明日の分の服をリュックの上に乗せて電気を消した。部屋の中を照らすのは豆電球の薄オレンジの光だけ。チクタクと時計の音が聞こえる。ひつじが30匹になった辺りで頭の中が下へ沈んでいった。

 

 

「…ん?」

 

 

 何か物音がして、影男は目を覚ました。黒い塊が自分を覗き込むようにして立っている。呪霊かと思い呪力で吹き飛ばそうとしたが、見慣れた呪力の色に「あれ?」と首を傾げた。

 

「真依ちゃん?」

 

 明かりを点けると枕を持ったパジャマ姿の真依が立っていた。時間は寝てから一時間ほど経っている。部屋の襖は中途半端に開いたままだった。

 

「その………眠れ、なくて」

 

「そうなの?」

 

「……………い、一緒に寝てもいい?」

 

「うーん…真依ちゃんが気にしないならいいよ」

 

「本当?」

 

「うん」

 

 影男にもたまに眠れない夜がある。あるいは夜中に汗をびっしょりとかいて飛び起きることがある。

 そういう夜は寝ようとしても眠れず、一人でいると体が震えて涙が止まらなくなる。今では落ち着いたが、三年生くらいまではそんな事がよくあった。

 どうしようもなくなり、泣きながら夏油の部屋に行くと、ベッドの中に入れてくれた。そして腹をポンポンと叩いてくれた。優しい手つきだった。

 

 真依もそんな気持ちなのかもしれない。そう思った影男は、自分の布団をめくった。彼の行動に真依はきょとんとする。

 

「いいよ、真依ちゃん」

 

「えっ、え?」

 

「…? 一緒に寝ないの?」

 

「ええっ!!?」

 

 後ろに下がり、襖に背中をつけた真依は口をパクパクと開く。蛍光灯に白く照らされた顔は真っ赤になっていた。「熱なのかな?」と影男は疑う。

 

「………」

 

 真依は意を決した様子で影男の布団の中に入った。彼女は額に触れた影男の手に肩を跳ねさせる。

 

「……熱はなさそうだね。よかった」

 

「………」

 

「真依ちゃん?」

 

「オ、オヤスミ、モブクン」

 

「うん、おやすみ」

 

 明かりを消してから、二人で並ぶようにして寝る。影男は瞳を閉じてひつじを数え始めた。シャンプーのいい匂いがする。柵を飛び越えたひつじがフレグランスな匂いを残して去っていく。

 

「……モブくんって、横になっても前髪が不思議と崩れないわね」

 

「そうなの?」

 

「…うん」

 

 真依のものであろう手が、影男の額に触れる。前髪を後ろに流しているらしい。その動作が頭を撫でているように感じられ、彼の意識は遠くなっていく。最後に手が握られた感触がした。

 

「スゥ……ピィー…」

 

 吐息が聞こえ始めた部屋で、体ごと横に向けた真依は影男の寝顔をじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 第二次性徴期は女子の方が早く訪れる。四年生あたりから影男と真希たちの身長は少しずつ開き始め、六年生になった今は10センチ近い差ができてしまった。並ぶと姉と弟にしか見えない。気にしないようにしても、やはり一緒にいると気になってしまうものだ。影男は夕食の時、夏油に相談した。

 

「まぁ、身長の伸びは個人差があるからね。中学生になったら影男くんも一気に伸びるよ」

 

「僕は……夏油さんの身長だって抜きたいんですっ…!!」

 

「とりあえず身長の伸びにいい食べ物を使って料理してみるよ」

 

「五条さんのことだって抜かしたいんだ……!!!」

 

 確か子どもの身長にいいのはカルシウムやタンパク質だったはずだ。夏油はスマホで検索する。

 ぐるぐる先生曰く、ししゃもやしらすがいいようだ。さらに調べるとアルギニンや亜鉛、オルニチンもいいらしい。それとビタミンDも。

 

「ビタミンって「C」以外にもあるんですね」

 

「ビタミンDはかつお節などに含まれる──ってあるよ」

 

「……! たこ焼きにいっぱいかけましょう!!」

 

 たこ焼きが好きな影男のために、自宅にはたこ焼き器がある。たまにタコパと称して子供はジュース、大人はお酒をお供に楽しむ。

 

 他にも運動や睡眠が背を伸ばすポイントと聞いた影男は、より一層食べて運動して、寝ようと決めた。

 

 キッチンの隅に取り付けられた壁掛けの身長計には、1年ごとの影男の成長が記録してある。皿洗い中にふとそれを目にした夏油は、ポツリと「大きくなったなぁ」と呟いた。はじめ会った頃は彼の腰ほどしかなかったのに、今や胸板の少し下くらいまで伸びた。身長はまだまだ伸びるだろう。あるいは本当に夏油の背を越す日が来るかもしれない。

 

 今日もまた音痴な歌が風呂場から聞こえてくる。夏油はシャツの袖で目尻を拭った。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 春が来て、夏が来て、秋が来る。冬はいつものメンバー(影男、夏油、真希・真依姉妹と、準レギュラーの五条)に家入に誘われた庵歌姫という人物が加わり、大人数で雪国にやって来た。自前のスノー用品を持参した者もいた。影男たちは現地でレンタル品を借りる。

 

 まずはスキーとスノボーでやる人を分ける。影男は揚々とスキーを選んだ。

 

「えっ……?」

 

 スキーの方にいるのは影男と歌姫だけだ。二人は顔を見合わせる。しかしすぐにもう一人が飛び込み参加した。

 

「やっぱり私もスキーをやるわ!!」

 

 雪を踏みつけながら真依がスキーの方へ移動した。それぞれ保護者になる人間もいるため、スノボー四人、スキー三人でそれぞれ分かれることになった。スノボーの方は家入が初心者の真希に教えながら始め、夏油と五条は高専時代に戻って楽しんでいる。

 

「えっと……真依ちゃんも影男くんもスキーははじめてなのよね?」

 

「はい」

 

「まぁね」

 

 歌姫は子ども二人との距離感に悩みながら、なるべく優しくスキーの滑り方を教えた。真依は真希と同様に飲みこみが早く、一時間も経てば右へ左へ華麗にカーブを決めて滑るようになっていた。

 問題は影男で、未だ震える子鹿のままである。途中で転けるたびに歌姫の肝が冷えた。

 

「モブくん、危なかったらちゃんと力を使ってね!」

 

「わかった。真依ちゃん…」

 

「力って?」

 

 影男の術式のことだろうか? ──と歌姫は首を捻った。この少年について彼女は禪院家の件と、夏油が預かって育てていることしか知らない。

 

「えぇ……例えばこんな感じで…」

 

 影男の体が後ろへと登っていく。斜面のこの場所で、しかも滑る体勢で起きた現象に歌姫は目を瞬かせた。そのままどんどん影男の姿が遠ざかっていく。そこから滑ろうとした彼は、スキー板の先同士がぶつかりゴロゴロと転がった。

 歌姫は慌てて駆け寄る。すでにわかったことだが、この少年は凄まじくどんくさい。

 

「大丈夫!? 怪我はない?」

 

「はい…大丈夫です」

 

「まったく、気をつけなさいよ…」

 

 途中で昼休憩を挟み、慣れたメンバーは山に登って滑ることになった。一方で影男は歌姫とともに残って練習する。真依も残ろうとしたが、滑りたい気持ちと影男に「僕のことは気にしなくていいよ」と言われたため、悩んで真希と家入に着いて行った。

 

「庵さんはいいんですか? 家入さんたちと一緒に行かなくて…」

 

「バカね、子どもを一人で置いていけるわけないじゃない」

 

「でも僕はもう六年生ですよ?」

 

「雪で大はしゃぎできるうちはまだまだ子どもよ」

 

 それで言うと、滑る合間にハイテンションで雪像を作っていた五条も子どもということにならないだろうか? 

 何やら長い棒を真ん中に立て、その両サイドに二つの大きな雪玉を並べようとしていたが、これは夏油によって破壊された。そのあと五条は雪の上で正座させられていた。夏油はあの時かなり怒っていた。

 

 

「……あっ!」

 

 

 二人で練習するうちに、影男は数メートルであれば何とか滑れるようになった。直線でしか進めないが、それでも大きな進歩だ。歌姫はストックを脇に挟んで拍手する。厚い手袋をしているためポスポスッと音が鳴った。

 

「やったじゃない、影男くん!!」

 

「庵さんのおかげです…!」

 

「私はただ教えただけ。影男くんが一生懸命頑張ったからよ」

 

 ゴーグルを外して笑う影男の顔は、歌姫が最初見た無表情と違い嬉しさを滲ませている。

 指導中の態度といい、夏油傑のもとで育てられているのが信じられないほどいい子なのだ。「ありがとうございます」とちゃんとお礼を言うし、何より可愛げがある。高専時代のクズコンビに散々バカにされていたことを思い出し、治安の悪くなっていた心が急速に癒やされていく。

 

「アンタ本当にいい子ね…! もし家出したら、いつでもうちに来ていいからねぇ…!!」

 

「わわわ」

 

「影男くんの指の垢を煎じてアイツらに飲ましてやりたいわ、本当!」

 

 抱きしめられた影男は顔を真っ赤にする。目を回しながら後ろに数歩下がり、尻もちをついた。ごめんね、と歌姫が苦笑する。

 

 

「「どいてどいて〜〜っ!!」」

 

 

 その時、吹雪く白い隙間からにゅっと現れた二つの影が歌姫を轢いた。悲鳴を上げながら彼女は吹っ飛ばされ、地面に転がる。

 途中で止まった五条はゴーグルを外し、「メンゴメンゴー」と両手を合わせてウインクした。夏油も謝り、「だからどいてって言ったのにねぇ」と話す。影男は慌てて歌姫の元に向かう。起き上がった彼女はプルプルと震えていた。

 

「コロス……」

 

 ストックを握りしめ、歌姫は逃げる二人を追いかけ始めた。さすがは呪術師、あれくらいは怪我のうちに入らないようだ。

 この追いかけっこはやがて雪合戦に変わり、男二人から遅れて降りてきた家入たちも加わった。影男はせっせと雪玉を作り、真希たちに当てようとして逆に顔面に当てられ、目を回して倒れた。

 

 


 

 ・雪像

 名前は「ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲」。夏油が蹴り飛ばして破壊した。五条は「俺のネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲がぁ……!!」と叫んだ。

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