茂山影男   作:ピンチャンよ永遠なれ………

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中学生時代
19話


 茂山影男はいたって平凡な少年だ。勉強は中の下か下の上で、運動は体力はそこそこついてきたが、運動のセンスはないので成績はあまりよろしくない。

 スマホデビュウを果たした彼は、春休みに更なる進化を果たそうとしていた。

 

『中学生デビュウ』である。

 

 なぜそのような思考になったかというと、卒業祝いで会った双子コンビが大人びて見えたからだ。影男より一回りは背が高く、真希以外は軽い化粧までしていた。

 一人だけ取り残された感覚を味わい、そこから中学生デビュウを考え始めた。

 

 彼が先生に選んだのは夏油……ではなく、五条だった。身近な人間に頼るのは気恥ずかしかったのだ。

 というわけで夏油がいない隙を見計らい、先生を家にお呼びした。背鏡の前に椅子を用意し、そこに影男が座る。その後ろにティーチャーが立った。

 

「まずその髪型がダメだね〜!! 超だっさい! あと服のセンスも壊滅的。無表情がデフォなのも印象が悪く映るよ?」

 

「(容赦ないなこの人…)」

 

 五条はカチューシャで影男の前髪を上げた。するとおでこが露わになる。その顔を見た五条がフレーメン反応を起こした。

 

「うっわ……さらに似てきてんじゃん」

 

「誰にですか?」

 

「…あぁいや、ムキムキマッチョのおじさんにね」

 

「ムキムキマッチョ……!?」

 

 鏡に映る少年が腕を曲げて二の腕を眺める。真希のような力こぶはできないが、小さな山はできている。

 デリカシーがない(夏油がよく言っている)大人なりに、影男をフォローしてくれているのかもしれない。彼はほんの少しだけ五条の認識を改めた。

 

「前髪を上げるのは無しだな。じゃあ部分的にピンで……いや、モブ顔のままだわ。ワンチャン縛っ………ダメだ。何で余計にダサくなんだよ…!?」

 

 あの手この手を尽くした先生。結果として、前髪を上げなければ、どんなに着飾ってもmob(モブ)な雰囲気から脱せないことがわかった。

 上げるとしかし、恵以上の表情筋が死んだ伏黒甚爾にそっくりな少年ができあがる。これは間違いなく特級任務より厄介な案件だった。

 

 

「ただいまー、影男く……」

 

「あっ。お帰りなさい、夏油さん」

 

 

 帰ってきた夏油を出迎えたのは、『中学生デビュウ』の格好をした影男だった。

 シャツの上に灰原のような丈の短い学ランを着て、下はボンタンである。靴下は黒のくるぶしソックスだ。髪はカチューシャで上げ、「夜露死苦!!」と赤文字で書かれたマスクを付けている。

 

「………モブくんだよね?」

 

「そうですけど? …あのですね。僕、この格好で中学校に通おうと思うんです」

 

「うん? うーん………そうだね。一旦この件は、玄関にある靴の持ち主と話し合ってからでいいかな?」

 

「わかりました」

 

 ヤンキー姿に影男がそこまで抵抗がないのは、お手本となる不良二人の姿を見てきたからだ。夏油のお説教タイムが始まったのを聞きながら、影男は土産の箱をのぞいた。中には美味しそうなシュークリームがある。

 

 結局中学デビュウは禁止になった。「ありのままの君が一番格好いいから! だからカチューシャは絶対にやめよう!!」と夏油が必死に説得したからだ。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 塩中学校。略して『塩中』。そこが影男が入学した学校の名前である。塩顔な保護者の顔を思い浮かべた彼は、何か運命的なものを感じた。

 

 クラスは一組である。一年全体の人数は影男が通っていた小学校のひと学年の約2.5倍。事前のクラス分けで仲の良かった生徒と一緒になるよう割り振られている。少年とは同じクラスになった。

 

 

「部活かぁ…何にしようかな」

 

 

 これといって入りたい部活はない。何にしようかと悩んでいた矢先、影男は部活説明会で『肉体改造部』に出会った。

 野球部やサッカー部が爽やかなプレーを見せる中、肉体改造部の皆さまはTシャツに赤いジャージ姿で現れた。ステージ上に立つと、熱気が伝わる様を見せつける。ある者は「フンッ! フンッ!!」と言いながらダンベルを持ち、ある者はうさぎ跳びをする。中央に立つ彼らの中でも特に厳つい部長はポージングをして白い歯を輝かせた。

 

 異色の光景に引く者が続出する。そんな中で影男の目は誰よりも輝いていた。

 

 

「に、肉体改造部に入った茂山影男です。よろしくお願いします!」

 

 

 彼はすぐに入部届を出し、肉体改造部に入った。影男の他に数名の男子生徒もいる。ヒョロガリなメガネの少年や、それなりに鍛えていると思しき少年。新入生を見つめた部長はニカッと笑い、「よろしくなァ!!!」と拡声器いらずの爆音で叫んだ。ビリビリと新入生たちの鼓膜が揺れた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 変化──と言えば、一つ大きく変わったことがある。

 

 

「肉体改造部のマネージャーになった禪院真依よ。よろしくしてあげるわ」

 

 

 そう、真依が影男と同じ中学校に入ったのだ。そのことを入学式まで隠していた彼女はいきなりセーラー服姿で現れ、影男を驚かせた。彼女の髪は伸び、腰ほどの長さになっている。真希よりも長い。

 

 初日からその美少女っぷりで、彼女の元には連日告白の列が並んだ。それを「あなた如きが私に釣り合うと本気で思っているの?」と見事な毒舌でフリ、次々と少年たちをMの沼へ落としていった。すでに真依ファンクラブなるものができあがっている。

 

「影男くん。はい、ドリンク」

 

「ありがとう、真依ちゃん」

 

「禪院、俺にも頼む」

 

「ご自分で取ったらどうですか、部長。何のためにその無駄に発達した筋肉をお持ちなんです?」

 

「俺たちと茂山とで扱いが全く違う……!!」

 

 と言いつつも、真依はドリンクを取り、皆に向かって投げた。戸惑う部長に対して、部員の大半は「……こういうのもいいよな」と新しい扉を開いていた。

 

 真依の入部で肉体改造部への入部希望が殺到したが、元々トレーニング器具の数や部室の大きさもあり、数人加えたところで満員になった。

 

 

「ではまず、ランニングから開始するゥ!!!」

 

「「「はい!!」」」

 

「肉体〜……」

 

「「「ファイッ! オーッ!!」」」

 

 

 走り始めた部員の後を追うように、真依は自転車を漕いで「暑苦しい連中ね…」と呟きながら、後方にいる新入生をメガホンで応援する(罵る)。ブヒブヒ言いそうな様子で彼らは走った。ご褒美をもらうと、不思議と元気が湧いてくるんだ。

 

「モブくん! 頑張って!!」

 

「ふぁひ……おー…!!」

 

 側から見ると真依の影男贔屓は露骨で、あからさまに好きと言っているようなものだ。

 

 しかし鈍感EXの影男はまったく気づいていない。人の恋路に口出すほど部長らは野暮な男ではなかったし、それ以外も羨ましさと悔しさのあまり影男に教えることはなかった。

 

 強いて言えば女子の噂か。「幼なじみって聞いたけど、三組の真依ちゃんって絶対に茂山くんのこと好きだよね!?」と聞かれても、鈍感少年は「うん。(真依ちゃんは僕のこと)友達として好きだよ」と鉄壁の防御を見せる。

 

 

 

「途中まで一緒に帰りましょ、影男くん」

 

「いいよ」

 

 帰りは二人で並んで帰るのが日課になった。160センチを越えた真依の身長は、あともう少しで150センチになる影男と比べると差が歴然だ。歳は彼の方が上ではあったが、真依も真希も弟のように感じている。

 

 時折寄り道をしながら、学校から10分ほど歩いて駅の付近で別れる。真依が徒歩なのに対し、影男は自転車だ。荷台に乗せて行こうかと彼が打診したこともあったが、真依は少しでも長い時間一緒にいたかったのと、後ろに乗って体重がバレたくなかったので断った。

 

「そう言えば真依ちゃんって、どうして僕と同じ中学校に入ったの? 真希ちゃんと同じ方が家からだって近いのに…」

 

「きっ……気分よ! 気分!! それにほら、私と真希って結構ケンカするじゃない? だから別々の中学校がいいと思ったの!!」

 

「なるほど。…いやでも、それを考えても塩中より通学時間がかからない中学校があったと思うんだけど……」

 

「えっ、あ………。制服が可愛かったからよ!! このセーラー服、すごくかわいいじゃない!」

 

「うん。確かにすごく真依ちゃんに似合ってる」

 

「ふぇっ!!?」

 

 顔を真っ赤にした真依は口をパクパクさせて、次の瞬間には「また明日ね!!!」と駆けて行った。

 

 茂山影男はこういう、不意打ちを食らわせてくることが多いものだから、真依の心臓は保たない。これで今の可愛らしさが無くなって雄々しくなったら、もう堪ったものではない。

 

 電車に乗り込んだ彼女は、バッグに顔を埋めて長嘆息をこぼした。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

「今日は影男くんと一緒に帰れないのか…」

 

 影男は時折部活を休み、夏油の仕事の手伝いに行く。一方で姉の真希は変わらず鍛錬に励んでいる。自慢ではないが、真依は肉体改造部より姉の筋肉の方が鍛え上げられていると思っている。

 

 そんなわけで今日の真依は一人の帰宅。部活で新入生の豚どもをブヒブヒ言わせ、いつもの道を歩く。

 

「……私だけ、このままでいいのかな」

 

 彼女は悩んでいた。真希や影男と違い、真依には夢がない。華のJKは必ず謳歌する予定だが、それ以降の人生の目標は決まっていない。周りにはそれっぽいことを、それっぽく言ったに過ぎない。

 禪院家で暮らしていた時も真依は姉の後ろに隠れているしかなかった。あのまま、あの家で成長していたらと考えるとゾッとする。当主の直畏人と……あともう一人は別として、その他の連中はクズだ。女でろくな力を持たない真依たちはただの雑用係。ルンバの方がよっぽどいい生活を送れる。

 

 特に父親は二人が家に帰ると、暴力を振るえない分、暴言を吐く。家に呼んだのは禪院家(そちら)だろうに。まぁ真希が「そんなピリピリしてると禿げ………アッ(察し)」と抜群の煽りスキルを発揮するので、真依はそこまでダメージを負わない。

 

 真依と真希が自由になれたのは、影男のおかげだった。禪院家に完全に縛られる前に、少年は木に絡まっていた紐を解き、二つの風船を空へ飛ばした。

 

 

 真依の想いはずっと変わらない。モブのことが好きだ。好きで好きで好きで、大好きだ。だから一緒の中学校を選んだ。同じ部活に入った。来年は教師を呪ってでも必ず同じクラスになる。

 

「呪術師か……」

 

 影男は三年後には呪術高専に通う。これはほぼ確定事項だ。彼女も呪術師の道を応援することに決めたのだ。

 それでもやはり、命を危険に晒す職に就いてほしくない。中学の後も一緒がいい。

 

「………」

 

 呪術師に自分もなることと、影男への感情。この測りに乗った二つが彼女の中で揺らぎ合っている。

 

 

 

「お悩みのようですね?」

 

「……何? アナタ」

 

 

 そんな彼女に声をかけてきたのは、謎のマスクをかぶった女性だった。顔の部分には三日月が三つ。笑う形に並んでいる。真依は自然な動作でポケットに手を入れ、いつでもスマホで通報できるようにする。

 

「あなた、とても悩んでいますね? 分かりますよ。笑顔がありませんから!」

 

「私このあと用事があるの。失礼するわ」

 

「まっ、ちょちょっ…! っね、3分だけ、3分だけ私にお時間をいただけませんか!?」

 

「しつこいと警察を呼ぶわよ」

 

「じゃあ1分だけ! 1分だけお願いします!!」

 

 あまりに必死なその様子に真依はため息を吐き、「しょうがないわね…」と言いながら通り過ぎた。

 

「あれ!? 今待ってくれる流れじゃありませんでした!!?」

 

「私の1分はあなたが汗水流して働いた月給より価値があるの。こんなふざけた勧誘まがいのこと、辞めておきなさい」

 

「………ふざけたことですって?」

 

 マスクをかぶった人物の空気が変わった。じっと笑顔の顔が真依を見つめる。気味が悪い。

 

 

「教祖様のお言葉を聞けば、あなたも今の悩みから解放され、必ずや心から笑えるようになりますよ。────ふふ、ふふ」

 

 

 その人物は真依に『(笑)(カッコワライ)』と表に書かれた名刺を託し去って行った。裏には教団があると思しき住所が書かれている。

 バカバカしい、と真依は思った。こんないかにも怪しい場所に赴くわけがない。中学生だからと言って、本当に警察に通報しないと思っているのだろうか? この名刺は物的な証拠になる。

 

「………」

 

 最後にマスクを取った女は、心底楽しそうに笑っていた。不気味なまでに。

 

 

「……バッカじゃないの」

 

 

 彼女はその名刺をポケットに入れ、足早に駆けて行った。

 

 


 

【飛べない鳥】

 

 忌み子を産んだから、恨まれているのではないかとさえ思っていた。しかし、二人は思い出した。温かく、優しい母の体温に包まれながら、もっと幼い頃の記憶が蘇る。

 

 花の香りに包まれて笑った。地獄に咲いた一輪の────いっときの幸せ。その幸せは長くは続かない。禪院家の人間である以上、女は男に首を垂れなければならない。親子であるのに、母と娘の手は離さざるを得なかった。

 それでも最後の見送りにその人は来た。こっそりと、人目につかないように。

 

 真希も真依も一緒に来てほしいと願った。しかしそれは叶わなかった。

 

 

「私は禪院扇の妻です。…どうか、あなたたちだけでも自由に生きて」

 

 

 二人の涙は花の匂いがする着物に吸い込まれた。

 彼女たちは影男にこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないと、この事を二人だけの秘密にした。

 

 真希はいっそう当主になることを望み、

 真依は弱い自分を呪った。

 

 


 

 ・塩中学校(略して「塩中」)

 不良の割合が多い。

 

 ・部長(cv:関◯彦)

 部員思いの人格者。現時点で東堂並の筋肉。

 

 ・肉体改造部

 

「僕、頑張って筋肉を育てあげます!」

 

 頭抱え込んだ夏油。ドウシテ…。

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