茂山影男   作:ピンチャンよ永遠なれ………

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小学生時代
2話


 影男ことモブは、あれよあれよという間に夏油と暮らすことになった。

 

 段ボール箱に詰めた影男の持ち物は数着の服など、二箱で十分に足りる量だった。何なら猫が喜んで入りそうなスペースが空いている。その隙間が影男にとっては自分の心の中のように感じられた。埋めようにも、中々埋められない穴。

 

 真依と真希に別れの挨拶をして、段ボール箱を軽々と持つ夏油の後に続く。そのとき後ろから「影男くん!」と声がした。

 

 

「どうしたの、真依さん?」

 

「……あの、そのっ…」

 

 

 影男の隣では夏油が。真依の隣では真希が「ニヤ…」という顔をしている。視線をさまよわせていた真依は結局、「私たちがいなくても、ちゃんとご飯を食べなさいよ!!」と叫んだ。

 

「うん、わかった。真依さんが作る料理、すごく美味しかったよ」

 

「…ッ、そう! それは良かったわね!!」

 

「おいモブ、私が作った時もあっただろうが」

 

「…………オイシカッタヨ」

 

 真希に殴られた影男は叩かれた部分を押さえ半泣きになりつつ、手を振ってタクシーに乗り込んだ。夏油も最後に二人に会釈する。真依と真希も頭を下げ、元気よく手を振った。タクシーの姿が遠くなるまで続けて、だんだんとその勢いも小さくなる。ズビッと鼻を啜る真依に、真希は「天邪鬼なやつ…」と思った。

 

「頑張れよ、応援してっからさ」

 

「べ、別にッ、私はモブくんのこと!!」

 

「おっ? 私は影男だなんて一言も言ってねぇけどな〜?」

 

「………〜〜ッ!!!」

 

 逃げるように家の中に入っていく真希を、真依は顔を真っ赤にして追いかけた。

 あの家では送れなかった平穏の日々が、今の二人にはある。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 夏油が現在住んでいるのは高層マンションの最上階である。あれ、この人まだ未成年じゃなかったっけ…?」と影男は疑問に思った。特級呪術師だった夏油の懐は潤っている。

 

 管理の行き届いたエントランスは、夏油のシャツにしがみつく少年には何か恐ろしいものに感じられる。俯くとピカピカの床に自分の顔が映った。

 

「学校への手続きとか、そういったものは私がしておくから心配しなくていいよ」

 

「学校……ですか」

 

 影男はもうすぐで小学二年生になる。ということは、教育が他の子供より一年分遅れていることになる。そこは帰国子女(ただし日本語しか喋れない)という体で誤魔化すらしい。

 

 影男は両親が亡くなって、日本に住む親戚の夏油に引き取られたという設定だ。「夏油影男になるのかな?」と影男は思ったが、苗字はそのままだそうだ。

 

 

「『茂山』は、君の大切な名前だからね」

 

 

 ぽんと、頭に大きな手が置かれる。影男の目にはもう何度目かわからない感情の波が訪れた。父や母はもういない。彼の心に空いた隙間に埋まっていたはずのそれは、もう二度と帰ってこない。

 

 どうして、帰って来ないのだろうか。どうして、奪われてしまったのだろうか。影男が呪力暴走さえ起こさなければ、禪院家は彼のことに気づかず、今も家族三人で暮らせていただろう。あの真っ黒なランドセルを背負って、母親に「行ってきます!」と言っていただろう。

 

「影男くん?」

 

「う、ゔうぅ……!!」

 

「………影男くん」

 

 段ボール箱を床に置いた夏油は、長袖で顔を拭うその手を優しくつかみ、止めさせる。呪霊にティッシュの箱ごと持って来させると、鼻水と涙でぐしゃぐしゃの顔を拭ってやった。

 

「私では力不足かもしれない……けれどもし君が良ければ、私が君の「家族」になってもいいかい?」

 

「いいっ、でずよ゛っ……!!」

 

「……ほら、男前な顔が台無しになってしまうよ。一回顔を洗おうか」

 

「はい゛っ…」

 

 渡されたティッシュで思いきり鼻をかむ影男の姿を視界に入れた後、夏油は顔を逸らして堪えきれないように「ハァ…」と息を吐く。

 

 

(禪院家……)

 

 

 腐った猿どもが夏油は嫌いだ。しかしそれに比肩するレベルで禪院家の連中のことも嫌いになった。

 

 彼らのことを夏油が許すことはないだろう。真依・真希姉妹の件も然り。伏黒甚爾が天内理子を殺すことになった原因も、元を辿ればこの家の歪な在り方のせいだ。

 

「ズビッ……夏油さん?」

 

「……ん? 何だい、モ──ん゛んっ」

 

 人殺しの目になっていた夏油は、その表情を一切悟らせないスマイルに変えて影男の方を向く。目元や顔全体が腫れぼったくなり、少々面白い顔になっている少年の顔を見た彼は、思わず吹き出しかけた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 服や勉強道具など、ひとしきりの物をそろえた。影男の部屋の爆誕である。

 

 ベッドに座って弾み心地を確かめたり、勉強机に座ったり、部屋のパトロールに勤しむ影男。リビングでメガネをかけ、眉間に皺を作りながらいくつもの書類に目を通していた夏油は、新品のランドセルを背負って駆けてきた影男を見て微笑む。

 

 やわこい頬を赤くして、「夏油さん夏油さん!」と話す少年の姿は小型犬のそれだった。

 

「嬉しそうなのはいいけど、私が出した宿題はちゃんと進めているかい?」

 

「………」

 

「平仮名とカタカナ、それに漢字も日本語にはあるんだよ、影男くん」

 

「………」

 

「足し算と引き算もあるよぉ…」

 

 まるで怪談話を聞かせるように、夏油の静かな圧が影男を襲う。買ってもらったノートにはまだ一文字も練習していなかった。書こうと思っても、目に入ったブラックなギャングが「俺を背負いたまえよ、おかっぱボーイ」と誘惑してくるのだ。

 

 

「まぁ、焦る必要もないか。影男くんのペースで頑張って行こう」

 

 

 夏油傑は甘かった。それはもう身の内に入れた者には甘かった。

 

 久しぶりに美々子と菜々子と出会い、何でも買ってあげるお兄さんになっていた時も、「お前は甘やかし過ぎだ」と夜蛾に怒られた。パンダに抱きついて眠っていた少女二人の写真は、携帯のフォルダにしっかりと保存されている。盗撮だと思ったそこのアナタ────正しい判断です。

 

 

 そしていよいよ、影男の学校生活が始まった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 勉強ははじめ大変だったが、事前に勉強していたのと、学校の先生が懇切丁寧に教えてくれたこともあり、順調にひらがなとカタカナを攻略していっている。

 

 家に帰ってきたら、まず宿題だ。夏油も夏油で何やら小難しい勉強をしている。高専時代の先生に色々と相談した結果、通信で大学の資格を取ることにしたようだ。夏油はこの際に()()をし、22歳で卒業できるように調整した。

 

「うわぁ、何が書いてあるのか全然わからないや」

 

「私もかなり苦戦しているよ…」

 

 髪を下ろし、スウェット姿の男はだらしない格好でもイケメンだった。

 

 影男は友達を作らないとな…と思いつつも、結局作れていない。最初は帰国子女ということで揉まれに揉まれていたが、日本語しか話せない上に陰キャ属性が相まって、転校生の箔は一週間も経てば綺麗さっぱり落ちた。

 

「仲のいい子はできたかい?」

 

「……水槽にね、メダカがいて、金魚じゃないのに『キンちゃん』って言うんだけど」

 

「やめてくれ、やめてくれモブくん」

 

「僕があげた餌を美味しそうに食べるんだ」

 

「モブくん…!!」

 

 安らかな顔で、影男は灰になるように目を瞑った。

 

 

 

 まぁそんな茶番はさておき、音読の前に影男はランドセルから連絡袋を取り出す。中には保護者用のお手紙が入っており、帰ってきたらこれを夏油に渡すのが影男のファーストミッションになっている。その一枚を見た夏油は、片眉を上げた。

 

 

「授業参観?」

 

「う、うん……」

 

 

 連絡帳にも丸の中に「れ」が書かれたその下に、『◯がつ×にちにじゅぎょうさんかん』とある。

 

 連絡帳も確認した夏油は、先生の直しが入った赤ペンの部分を見つける。影男は最初『じゅぎゅう』と書いたらしい。先生からのコメントには、ボールペンの綺麗な字で『影男くんは生きものがかりで、最近熱心にメダカに餌をあげています』とあった。フッと笑った夏油は、影男の頭に手を置く。

 

「老けて見える格好で行かないとね」

 

「…心配だなぁ」

 

「何がだい?」

 

「………いや」

 

 影男のママをフラフラさせていたこの男だ。教室に入って来たら先生含めて保護者のママたちは次々とフラフラするかもしれない。

 

 不安を感じていた影男に、夏油は「やっぱり本当の両親に来てもらいたかったよな…」と、別の方向に思考を進めていた。

 

 


 

 ・夏油

 無職→学生

 

 ・ミミナナ

 夏油を「様」付けして一緒に買い物してたら夏油が職質された。違うんです、親戚の子なんです……。

 二人は以降「夏油さん」と呼ぶようになる。

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