茂山影男   作:ピンチャンよ永遠なれ………

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20話

 最近、真依が明るくなった。

 

「影男くん、おはよう!」

 

「おはよう真依ちゃん」

 

 影男は「何かいい事でもあったのかなぁ?」と思った。

 ただ同時に、笑う真依に違和感も感じていた。これは影男以上に真希も感じており、「お前最近どうしたんだよ」と言っても、「そんなことないけど?」と返されるのだそうだ。

 

 

『お前、何か理由知らねぇか?』

 

 

 真希は原因を探るため、妹と同じ学校に通う影男に連絡した。影男も真依の変化が気になっていたところだ。

 

『例えば真依がお前と……』

 

「真依ちゃんが僕と?」

 

『……いや、お前の反応を聞いてこの線はねぇって分かったわ』

 

 嫌な予感は二人とも感じていた。

 

 ──ということで早速。彼らはバディを組み、真依の近辺を調べることにした。

 

 

 

 それから分かったのは、真依が用事を理由に自転車で定期的にどこかへ向かっているということだった。この様子をあやしく思った真希は変装して後をつけることにした。

 

 すると真依はとあるビルの中へ入っていった。そのビルには他にも複数の大人が集まっているようだった。

 

 この件を真希は影男に報告した。彼女は途中で同様のマスクを付けた大人から「君、何かお悩みのようですねぇ」と声をかけられたらしい。その時はすぐに逃げた。変装をしているとはいえ、彼女は真依と双子。バレてはまずいと思った。

 

 

 

 そして土曜日。真希は影男のマンションに訪れた。作戦会議である。

 

「私が思うに、あれは宗教だな」

 

「宗教…。何で真依ちゃんはそんなものに入ったんだろうね」

 

「アイツも色々と悩んでたからな。私も相談に乗ってやろうとはしたんだけど、こう…上手くいかなかったんだよ。互いに思春期っつーか………ハァ…」

 

 横目で真希は影男を見た。思春期なんて知らなさそうなボケっとした顔をしている。この歳ごろの少年だったら、普通は絶賛反抗期だろう。

 

「傑サンはこの件についてなんて言ってた?」

 

「……実は話してないんだ」

 

「え゛っ」

 

 夏油は非術師を嫌っている。それは彼の仕事の手伝いをしている二人ならよく見るから知っている。彼らに対応した後の夏油はあからさまに機嫌が悪くなる。なら非術師並みの呪力しかない真希は…と思うが、彼女のことは袂の内に入れている。

 

「普通の人が真依ちゃんを巻き込んだって知ったら、夏油さんはもっと一般人を嫌いになっちゃうんじゃないかと思って…」

 

「………じゃあ、私たちで解決するしかねぇか」

 

 ハァー、と真希は息を吐いた。お互いに顔を見合わせる。二人ともその目には強い意志があった。

 

 決行日は真依の()()がある明日の午後。一応変装していくことになった。

 

 真希は高校の学生服に袖を通し、ギターケースを背負っている。髪は毛先がゆるく巻いた茶髪のウィッグで、普段のメガネをかけている。テーマはバンドをやっている少女だ。ギターケースには武器が入っている。その隣に『中学デビュウ』姿の少年が並んだ。

 

 

「……お前、「変装」の意味って知ってるか?」

 

「これなら僕だとバレないと思って」

 

「…あぁうん。同中の奴らは誰もモブだって気づかねぇと思うわ」

 

 

 幸先が不安なスタートである。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 ビルに侵入するのに手っ取り早いのは勧誘されることだ。声をかけられる人間に一致しているのは“悩み”を持っていること。

「真希ちゃんって悩みが無さそうな顔してるよね」と言ったモブの横腹を殴り、真希は二手に分かれた。影男は腹を押さえながらビルの近くを歩く。するとすぐに声をかけられた。

 

「君、人生に悩んでいるでしょう? 不良の自分の将来が、不安で不安で仕方ない…」

 

「いえまったく」

 

「そうよね。人生に悩んでいるわけじゃないわよね」

 

 影男はそこでハッとした。教団に潜入するために来たというのに、いつもの調子で答えてしまった。ここから一発逆転さよならホームランを……と懸命に頭を働かす。彼の悩みと言えば、恋についてである。

 

 

「女の子にモテたいのよね!」

 

「なんで分かったんですか…!!?」

 

 

 かくして影男はビルに潜入することができた。中には何百人もの信者たちがいる。その誰もがスマイルを浮かべたマスクをかぶっている。うげ、と真希は顔を顰めた。

 この教団の名は『(笑)(カッコワライ)』。設立してからまだ一か月ほどしか経っていない。それでこの信者の数。異常だ。信者たちの見た目が派手なため、すでに高専も小耳に挟んでいるかもしれない。

 

 真希もまた潜入できたようで、彼女と影男、それとヒゲが伸び放題の中年の男が壇上に立たされた。

 

 

「エクボ様!!」

 

「今日も素敵な笑顔ですー!!」

 

 

 歓声が部屋の中に飽和し、天井にまで達する。ステージの裏から現れた教祖の男は皆に笑いかける。

 

 

「皆さん、笑ってますかー!!」

 

 

 どっとビル全体を揺らさんばかりの笑いが起きる。異常な光景に真希の変顔が進む一方、影男は無表情だった。真っ黒な目をさまよわせ、スマイルマスクの人々を見つめている。

 

 マスクを外した教祖は“笑うこと”の重要性を語る。一様に信者たちもマスクを外した。

 

 

 ──苦しくとも、笑っていれば心が豊かになる。そして豊かな心は幸せの栄養となる。

 

 ──つまり笑顔でいれば、人は幸福になることができる。

 

 

 以上が『カッコワライ』の教えである。

 

 

 ではまず…と、教祖は信者たちに中年の男を囲ませ、皆がつけていたものと同じ『スマイルマスク』を付けさせる。最初こそ抵抗していた男は途中からおとなしくなった。

 

「ふ、ふひ」

 

 マスクを外された男は笑っていた。素敵な笑顔だと周りから言われるうちに、その笑い声は大きくなっていく。

 

「わ、悪くねぇ…ひひっ! 笑うのも……あっはっはっは!!」

 

「キッショ……」

 

 真希は鳥肌の立った肘をさする。この空間は何かおかしい。それにフィジカルギフテッドの視力をもってして、隅から隅まで妹の顔を探してみたが、真依はどこにもいない。苛立ちが募る中、真希は影男に視線を送って──。

 

 

(お前までマスクをかぶせられてんのかよッ!!!)

 

 

 もっと抵抗するだろう、普通。影男は笑う信者たちに囲まれ棒立ちになっている。このマスクに何か仕掛けがあるのは中年男の様子を見て分かったはずだ。だというのに、本当に受動的過ぎてお姉ちゃんは困る。………いや、真希は影男のお姉ちゃんではなかった。

 

「では次は、この夢に悩めし少女の出番です!!」

 

「ッ……!」

 

 真希はギターケースの肩紐を握りしめる。信者たちが笑顔を浮かべながら迫って来ていた。中に武器はあるが、非術師に使うわけにはいかない。ならば全員の意識を奪う? そんな芸当できない。

 その隙にウィッグの頭にマスクを付けられた。内側から歪められていくような感覚。口角が強制的に上がっていく中、真希は理解する。

 

 

(────このマスクに呪力が込められてやがる!!)

 

 

 この教団の中心いるのは教祖エクボ。ならば自ずとこの呪力の持ち主が誰か分かるだろう。

 怒りが込み上げてくるのに笑ってしまうその表情は、ホラー映画の殺人鬼の如き顔だった。そんな真希を見た周りは一瞬素に戻って悲鳴をあげる。

 

 その時、影男がマスクを取った。

 

 

「見つけたよ、真希ちゃん。呪力が少ないせいで探すのに時間がかかったけど、真依ちゃんはやっぱりこのビルにいるよ」

 

「本…ふふっ、とか!?」

 

「うん。…うわ、真希ちゃんの顔怖ッ!!」

 

「お前後でタイキックな」

 

 影男を中心に呪力の風が起こる。その瞬間、部屋にいた信者たちが突如白けた。みな首を傾げ、笑っていた自分に疑問を抱き始める。

 

「……!! 小僧…! 貴様まさか呪術師か…ッ!?」

 

「違う。()()呪術師じゃない」

 

 静寂になったその一瞬、まるで嵐の前触れかのように影男から呪力が噴き出た。頭についていたカチューシャは落ち、髪の毛が逆立つ。真っ赤に染まったその目を、真希は久しぶりに見た。「真希ちゃん、ちょっとごめんね」と言われた直後、彼女の体が持ち上がる。それだけでなくこの部屋にいる数百人もの信者たちが天井に磔になった。

 床に立つ者は少年と教祖の二人だけ。影男の目を見た教祖エクボは冷や汗を流す。

 

「なっ、何なんだお前…! そのイかれた呪力量は!!」

 

 肌をビリビリと振動させるほどの呪力。それを真希も感じた。

 

 

「マスクはお前の呪力と繋がっていた。それが術式なのかはわからないけど…関係ない。()()()()()

 

 

 チッ、と舌打ちした教祖から出て来たのは緑のムキムキした人型の呪霊。顔の部分には教祖の男と同じ赤い頬紅がある。呪霊が抜け出ると教祖の頬紅が消えた。

 

「ヤロウ…! 呪霊が人に取り憑いてやがったのか!!」

 

 真希は冷や汗を流す。影男から感じる圧もそうだが、この呪霊には人間社会に紛れ込む知性がある。なぜ宗教団体を作っていたのかはわからないが、相手は所詮呪霊。集まった人間をこっそり食らっていたのだろう。

 真依は普通の人間と比べれば呪力が多い。格好のエサだ。

 

(相手はおそらく特級相当。だが、あの状態のモブなら……)

 

 手の払う動作ひとつで呪霊の片腕がもげた。その次は別の腕、両足と吹き飛ばされる。攻撃する間もない。

 

 

「消えろ」

 

 

 指先に呪力が集まっていく。一点に凝縮されるエネルギーが呪霊の頭に放たれようとした。

 反射的に真希は叫ぶ。あの威力は────まずい。放たれれば、周囲の建物も巻き添えにしかねない。

 

 

「待て、モ──「影男くん!!」……真依ッ!?」

 

 

 開け放たれたその扉に、銃を持った真依が立っていた。

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