茂山影男   作:ピンチャンよ永遠なれ………

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21話

 悪霊に分類されるその呪霊──エクボにはある野望があった。

 

 それは万物の中でも最上位の存在。全人類から信仰される“神”になることである。

 

 神になるためにはまず何が必要か? 無論、まず力である。呪霊が早く力を付けるなら、呪力を多く持つ人間を食らうのが手っ取り早い。エクボはしかし、より効率的な方法で力を蓄えた。

 

 それこそ、『共食い』である。

 

 人間を食らうよりも呪力の塊である呪霊を食らった方がいい。この方法を選ぶ呪霊は、特に知性のある者なら普通はいない。人間が人間を食らうことをタブーとしているように、呪霊も呪霊を食らうことをタブーとしている。

 

 知性を持つがゆえに仲間意識が生まれ、同族殺しを忌避する。それこそ呪霊を食らうのは知性のない低級呪霊で、コイツらも本能的に同族殺しは避けるため、共食いは滅多に起きない。

 

 

 エクボは呪術師に目をつけられないようひっそりと、着実に力を付けた。特級相当になると人間についても学び始めた。マインドコントロールや、集団心理などエトセトラ。そうして設立したのが『(笑)』である。

 

 また、エクボは術式で人間の体に「ヒューン、ひょい!」と憑依することができる。この際、縛りとして取り憑かれた人間にはエクボと同じ頬紅の模様が浮かぶ。

 

 ただし憑依は誰にでもできるわけではない。非術師なら簡単だが、術師は強弱の差はあるが、皆精神プロテクトがかっている。それでも2級以下だったら軽く精神破壊できる。

 今回乗っ取ったのは非術師の教祖の姿が似合うおっさんだ。

 

 そんなエクボの前に、「禪院」の苗字を持つ少女が現れた。彼女はスマイルマスクのトリックを見破り抵抗した。教祖が「呪詛師」だと考えたのだ。

 取り憑いた人間が非術師でも、呪力はエクボのものを使う。気配なども変わるため、術師に取り憑くのは仲間にバレるリスクが高まる。そのためエクボは基本的に非術師にしか憑依しない。

 

 

(禪院()ったら、御三家の『禪院家』じゃねぇか……!!)

 

 

 幸い少女は弱い力しかない。エクボなら簡単に殺せる。だが相手は御三家。ここで少女を殺したら後々厄介なことになるかもしれない。内心冷や汗をかきながら、その日の教祖様は真依にスマイルマスクをかぶせず、さっさと集会を終わらせた。そのあと小部屋に彼女を連れて行き、実力行使に出た。

 

 

『このとおりだから見逃してくれよぉ…!!』

 

 

 そう。泣き落としだ。おっさんの姿で泣いても仕方がないので、体から抜け出て人魂のかわゆい姿でさめざめと泣いた。この少女が見逃してくれるとは思えない。だが苦労して作った教団を捨てるには惜しい。ならばお話しかない。

 

 

「アンタ呪霊だったの!!? いや、えっ? 本当に呪霊……??」

 

 

 人間に土下座する呪霊なんて見たことがない。

 真依では秒殺される力を持っているというのに、何だというのだこの呪霊は。異常だった。恐怖の震えは、やたらとぷるぷる震える相手の姿を見て止まった。

 

「……私をどうして殺さないのよ」

 

『あ? だってお前、あの禪院家なんだろ?』

 

「………!」

 

 真依はここで、エクボと名乗った呪霊が自分を殺さないのではなく、()()()()のだと理解した。これなら何とかこの場を切り抜け、夏油や五条を呼び出すチャンスができるかも──いや、そう簡単にはいかないだろう。この呪霊がわざわざここへ連れて来たということは、真依がこの件を他言しないように口止めする意図がある。ここで対応を間違えれば、禪院家だとしても殺される。

 

(まだ、私が禪院家の不用品だとは気づかれていない……なら)

 

 あくまで気丈な態度を崩してはならない。真依は心を決めた。

 

 

「アンタの望みは大体分かったわ。私もこんなところで死ぬわけにはいかない。“取り引き”をしようじゃない」

 

『へへっ…話の通じる女は嫌いじゃないぜ』

 

 

 真依はエクボと縛りを結んだ。

 真依はエクボのことや、この教団のことを他者に他言してはならない。これは口頭以外での方法も含む。

 対して、エクボは真依や彼女の周囲の人間を殺さないことを約束した。

 

(でも、そうしたら教団の人たちは…。私がいなくなった後もコイツは信者を密かに集め、殺していくかもしれない……)

 

 知らないフリをして、誰かが死んでいくのを放っておく。自分だけ助かるつもりなのか? 

 本当にそれでいいのだろうか? いや、他人よりも自分のことだ。

 

 真依はなぜなら、弱い。真希や影男のようにはなれない。二人のように真っ直ぐに進むこともできない。

 二人の背を見ていると、いつも辛くなる。言い訳をして進もうとしない自分に腹が立つ。

 

 

 禪院真依は、そんな自分が嫌いだ。

 

 

「ふっ、……うぅ……」

 

『エッ?』

 

 

 ボロボロ泣き出した真依にエクボは驚いた。まるでこれじゃあエクボが泣かしたみたいではないか。

 

『な、何で泣いてんだよオマエ…』

 

「ふええっ……!!」

 

『泣くなよ! 泣く……』

 

「うぅ、ぐすっ……」

 

『……………あぁ、めんどくせぇ!!』

 

 エクボはふよふよと飛び、部屋にあった信者の貢物である高級なお菓子を持ってきた。それを真依に突き出す。

 美少女はしかしお菓子に見向きもせず泣く。エクボの気まずいメーターがどんどん上がっていく。

 

『分かった。アレだろ? 俺様が信者どもを殺していくと思って、その罪悪感で苦しんでんだろ?』

 

「………」

 

『その顔は当たらずとも遠からずって感じだな。仕方ねぇ…』

 

 エクボは縛りの追加で、『身の危険が生じない以上は人間を殺さない』ことを提案した。生存は優先したいため、「身の危険が生じない以上は」の部分は譲れない。

 真依は口を開けてポカンとした。

 

『俺様は()()()()()呪霊だからな。人間を食わなくても平気なのよ』

 

「嘘よ! 人間を食わない呪霊がいるわけが……」

 

『このエクボ様は呪霊を食うんだ』

 

「は……?」

 

『動物や虫でも生存戦略として「共食い」は行われんだろ?』

 

 エクボはまた、自分の野望について話した。真依はさらに混乱した。こんな呪霊これまでいなかったに違いない。いや、野望の部分は嘘を言っているのかもしれない。

 彼女の考えを見透かしたエクボは「真実しか話せないと縛った上で同じ話をしてやってもいいぜ?」と宣ってきた。口角を上げた絶妙にムカつく顔で。

 

「………あり得ない」

 

『俺様はまぁ、色々とイレギュラーだからな。話はこれで終わりだ。暗くなる前に早く帰るんだな』

 

 結果として、真依はもう一度集会に向かった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

『ここはメンタルクリニックじゃねぇんだぞ!!』

 

 再び現れた少女にエクボは頭を抱えた。「来るんじゃねぇ!」と怒ってもまた来る。

 あえてこの怪しい場所に来ることで、身近の人間にこの団体の存在を知らせようとしているのかもしれない。少女には双子の姉もいる事を聞いている。本当に勘弁願いたい。

 

 ただ真依の過去を聞くうちに、可哀想なやつだな、とも思うようになった。双子の少女で、内情が概ねわかった禪院家で生まれた役満だ。

 もちろん同情なんてしていない。お菓子を出して話を聞いてやっているが、これはまぁ、泣かれたら面倒だから仕方なく出しているだけだ。

 

「私も強くなりたいの…。お姉ちゃんや好きな人に置いていかれたくない……」

 

『でもお前、ゴミみてぇな呪力し……おぶぁッ!!』

 

 頭の先っぽをつかまれたエクボはテーブルに叩きつけられた。なんて恐ろしいことをしやがるのだろう。

 

「……ねぇ、アンタの力って、取り憑いた人間の力を最大限に引き出せるんでしょ?」

 

『まぁな。人間で言う“馬鹿力”を引き出すことができる』

 

「………」

 

 真依は考え込み、ひとつ頼みごとをした。

 

「私に憑依して、力の使い方を教えることってできない?」

 

『体の意識を残して憑依することもできるが……やだね。何で俺様がそこまでしなくちゃならねぇんだ』

 

「………ふえっ」

 

『ケッ、嘘泣きが俺様に利くと思うなよ。

 

 

 

 …………一回だけだからなァ!!』

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 方や呪霊で、方や禪院家の出来損ない。奇妙な関係は本人たちも奇妙に思うまま、弟子と師匠な関係で続いた。

 真依にとっては禪院家にいるよりよっぽどその場所は居心地が良かった。相手は呪霊なのにおかしい話だ。ふと「父親が()()だったらこんな感じなのかな?」と思った。

 

 部分だけの憑依を縛りとし、真依は自身の構築術式を使った。呪力の少なさと才能のなさも相まって、普段はキンケシ一個作るだけで限界がくる。

 

 エクボが取り憑いた状態だと、普段の感覚とは大きく違った。呪力量が増え、物体を作る際の呪力の込め方も違う。

 はじめに作ったのは500mlサイズのペットボトルだった。

 

『さすが才能がないだけに無駄が多いな。もっと最適化できるぜ?』

 

「……喜んでたのに、そんな言い方しないでよっ…」

 

『毒舌のくせにメンタルが弱ェ嬢ちゃんだな……』

 

 例えるなら真依は「1×9」とできるところを、「1+1+1……」とやっているようなものらしい。この呪力のアウトプットを最適化し、ついでにエクボのバフで呪力量の最大値を上げればもっと大きなものを作れるようになるとのこと。

 

「………」

 

『そんな見つめたってもう手伝ってやらねぇからな。俺様は野望実現のために忙しいんだ』

 

「………」

 

『………チッ!』

 

 この呪霊が元来の世話焼きなんだろうと、真依はすでに気づいていた。

 

 そして、呪霊にもイイやつがいるのかもしれないと、思うようになった。

 

 彼女は考えた末、拳銃──は用意できなかったので、BB弾用のモデルガンを使い射撃と構築術式の練習をするようになった。銃の才能はあったようで、みるみるうちに上達した。構築術式の方はゆっくりとだが、少しずつ弾の数が増やせるようになっていった。

 

 

 

 

 

 集会のあったその日も、彼女は練習をしていた。まだ姉や影男には呪術師を目指すことを話していなかった。影男はわからないが、姉はきっと止めるだろうと思ったからだ。真依の実力を真希は知っているからこそ、危険に晒したくないと考える。

 

 だからある程度力をつけてから打ち明けようと思った。

 

 

「ッ……何!?」

 

 

 轟音とともに聞こえたのは、体が震えるほどの呪力の気配。この圧を真依は感じたことがある。影男だ。

 彼女は慌てて集会場に向かった。同時に「どうしてここに通ってることがバレないと思ってたのよ、私…!!」と自分を殴りたくなった。

 

 真依は部屋の扉を開け、少年の圧にゾクリっとしたものを感じながら足を踏み出す。そして、エクボの前に立った。

 

「おい真依、何してんだッ! そいつから離れろ!!」

 

「……やっぱり真希も来てたのね」

 

「真依ちゃん、どいて」

 

「…ごめんなさい、影男くん。それに真希も」

 

 真依はこれまでのことを話そうとした。しかしそれは不敵に笑う声によって遮られる。

 

 

『まさかコイツがお前らの知り合いだったとはなァ…!!』

 

 

 呪霊らしい呪いに満ちた笑みだった。「顔が似てるが双子か? 俺様に利用されて可哀想になぁ…」と、エクボは真希に向けて語る。ギリ、と唇を噛んだ真希が激昂した。最近は互いに思春期ですれ違っていた──というか、お姉ちゃんぶる姿が嫌で避けていた真依は、拳を強く握る。どれほど真希に大切にされているかなんて、腹いっぱいになるほど知っている。

 

 影男は今、どう思っているのだろう? 『夜露死苦!!』のマスクのせいで表情は分かりにくい。なぜ不良の格好をしているのか色々と気になるが、それはあとだ。

 

 このままだとエクボが影男に殺される。この緑いのがわざと悪役を演じていることはお見通しである。

 

「私はコイツに利用され……!!」

 

『おっと、それ以上動くなよ? この人間が殺されたくなきゃな』

 

 人魂の姿になったエクボは真依の口を塞ぐ。真希は今にも食ってかかりそうな様子だが、天井に磔にされているせいで動けない。モブに自分だけ力を解くよう叫んでいる。

 

 

(ッ……!!)

 

 

 じわっと真依の瞳に涙が滲む。違う。こんなことにするつもりではなかった。真希や影男を巻き込みたいわけではなかった。

 そして、このお人好しの呪霊を危険に晒したいわけでもなかった。

 

 ただ、姉に置いていかれるのが嫌で。

 

 ただ、影男のそばにいたくて。

 

 ただ、自分で真っ直ぐに歩いていける力が欲しくて。

 

 

(私はどこまでも、()()()()()よ……)

 

 

 父親の『呪い』の言葉が、彼女の脳裏によぎった。

 

 

「真依ちゃん」

 

「ッ!!」

 

 

 あぁ、影男は真依のことを失望してしまったのかもしれない。

 弱くて、ダメな自分を────。

 

 

 

「その呪霊、真依ちゃんが飼い慣らしたの?」

 

 

 

「えっ?」と三人の声がハモった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 夏油がよく使う呪霊で『格納呪霊』というものがいる。ドラえもんの四次元ポケットのような便利な呪霊に影男は興味を示し、色々と質問したことがあった。

 

 詳しい入手経路は不明だが、これは元々主従関係を持っていたらしい。夏油のように術式で取り込んだわけではない。物理的な手段で飼い慣らしたんだろう──と話していた。

 

 ちなみに「意外とかわいい…」と格納呪霊を影男が持つと、体に巻きついた。その姿を見た夏油はなぜか吐きそうになっていた。

 

 

 この下地が彼にはあったことをまず明記する。

 

 

 エクボと真依の力の差はしかし歴然で、物理的な力では真依は絶対に勝てない。ただ呪力が見える影男の目には、他の人間のように真依が操られていないことは分かっていた。

 

 その末、学校の男子たちが喜んで真依の足ふきマットになろうとしているシーンや、椅子になろうとしている光景を思い出した。ついでにそれを見た真依が「キッモ…」と一蹴していた姿も。

 

 真依は言葉ひとつで少年たちを飼い慣らす。だからこそ、呪霊も言葉で飼い慣らされたのではないかと思った。

 

 影男の一言で場が白けた。「コイツまさか空気読めないアレじゃ…」と思ったエクボは真依を見る。彼女は決心した様子で、エクボの頭を握って地面にぶつける。

 

 

「そうよ! コイツは私のペットにしたの!! 人のことを手が出せないように縛りだって結んであるんだから!!」

 

『イデッ! ちょ…。ひでぶっ!!』

 

「そっか…。でも消した方がいいよ」

 

「こ、コイツは結構役に立つの!! だから殺すのは……」

 

「うーん…」

 

「……全部、ちゃんと話すから…。お願い、影男くん…」

 

 友達にそこまで言われては仕方ない。影男は信者たちを下ろす。真希以外は彼の呪力に当てられ気絶していた。

 

「ど、どどっ、どうしよう……」

 

「気絶してるだけだ。そんなに心配すんな。とりあえず帰ろうぜ? その緑のやつはモブが持っとけよ」

 

「うん…」

 

 影男にぶちのめされたエクボは急激に弱くなっていた。それこそ真希が頑張れば祓えるかもしれないほどに。当のエクボはぐったりしている。事情を知っていれば可哀想まである姿だ。

 

 何があったのかは真依たちの家で聞くことになった。縛りの内容やそれが有効かも確認し、その上で「一応エクボは害にならない」ということになった。何より真依の力を強くする上で、これほどの適任な師匠はいない。

 

『俺はシゲちゃんと帰らなきゃいけねぇのか…』

 

 エクボは影男が連れていくことになった。「だってお前おっさんだろ」と真希が言ったからだ。呪霊に性別はないが、三人から見てエクボはまぁ、おっさんだ。

 

「いい? 能力は勝手に使っちゃダメだよ? あと僕から勝手に離れていくのもダメだ」

 

『へいへい。分かってますよ』

 

 縛った以上は好き勝手できない。ただこれしきのことで神になる夢を諦めたエクボではない。むしろエクボは強大な力を持った影男を利用し、神に近づく算段を考える図太さをみせる。呪霊の呪生(じゅせい)も七転び八起きである。

 

 

「やぁ遅かったね、モブ………ん?」

 

「ただい………あ゛っ」

 

 

 影男はすっかり忘れていた。この件を夏油に黙っていたことに。そして当然このまま黙っているわけにはいかず、今日の一件を話さなければならない。

 エクボもエクボで、ラスボスと思った影男とどっこいなラスボスが出てきて白目を剥いた。名前は知っている。特級呪術師で、呪霊操術使いの夏油傑。

 

 

「うん。まぁ、その格好も呪霊も気になるが……ひとまず一から全部聞こうか」

 

 

 笑顔になった男に影男は、今回も長いお説教タイムになることを予感した。

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