茂山影男   作:ピンチャンよ永遠なれ………

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22話

 エクボは夏油や五条から、一応問題ないだろうと判断された。術式が人間の肉体に憑依するものであるため夏油夫妻を殺した容疑がかけられたが、六眼で見た呪力の特徴とは違った。特級術師二人に囲まれた時はまぁ死んだと思った。

 

 真依の件も改めて加味され、悪さこそできないが、ある程度の自由は保障された。ただうっかり出歩いて呪術師に祓われるのは避けたいようで、エクボは基本的に影男の側にいる。

 

『ところでシゲオ、お前って好きな女子はいんのか?』

 

「シゲオ?」

 

『お前の名前の最初と最後をくっ付けたあだ名だよ、あだ名』

 

 で、どうなんだよ、と聞かれる。

 影男の初恋はアカネちゃんだったが、それも過去の思い出になってしまった。小学校でも中学校に入った今も恋した覚えがない。

 

『じゃあどんな女の子がタイプだ?』

 

「えっと…髪が長くて、笑顔が素敵で……やさしい女の子かな」

 

『ホォー……』

 

 

 髪が長い──クリア。笑顔が素敵──まぁクリア。やさしい────スリーアウトチェンジ!! 

 

 真依の意中の相手がこの少年であることをエクボは知っている。仮に影男に教えたら、エクボは真依に布団たたきの刑にされ、コンクリートに詰められて東京湾に沈められるだろう。

 

『内面は悪くねぇが、外見がな…』

 

「何ブツブツ言ってるの、エクボ? 電気消すからね」

 

 パチッと電気が消える。暗闇の中に緑の人魂がふよふよと浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 夏だ! どうして! 宿題が多いんだァ!! 

 

 夏季休暇真っ只中。いつにも増して暑苦しい肉体改造部は燃えていた。勉強や筋トレに夏油の仕事の手伝いと、影男は毎日充実した中学生ライフを送っている。

 

 8月には部活の合宿もある。また「夏のお笑い祭り」と称し、高専に『祓ったれ本舗』の二人や『アルちゅっ❤︎シスターズ』がやって来るらしい。影男は夏油と五条がデカデカと印刷されたチラシを五度見した。そこには酒瓶を持つ家入と歌姫の姿もあった。

 

「夏油さん、このチラシはいったい……」

 

「見ての通りだよ」

 

「今の仕事は辞めちゃうんですか…?」

 

「おっと、そう来たか」

 

 辞めないよ、と苦笑しながら夏油は言う。影男は胸を撫で下ろした。正直保護者がいきなりお笑い芸人になる、と言われたらそりゃあ困惑する。

 開催場所は呪術高専の体育館だ。一般は3000円で、御神酒付きが5000円。

 影男は早速真希と真依に誘いの連絡をした。二人とも最初はやはり驚いていた。

 

『まぁ面白そうではあるな』

 

『特級術師二人がお笑いをするなんて世も末よ……。っていうか、歌姫さんたちも参加するの!? 何よアル……シスターズって!』

 

『「ちゅっ」の部分だけぼかしちゃって〜うりうりぃ。真依ちゃんは反抗期かぁ?』

 

『真希には一生反抗期よ』

 

『えっ』

 

 返事はOKだった。エクボの件で一悶着はあったが、姉妹の仲は良好そうだ。影男は「僕にも兄弟がいたらな…」と少し羨ましく思った。

 

 

 

 そして夏のお笑い祭り当日。高専の体育館にまぁまぁな人数が集まった。

 エクボについては「魔の巣窟になんて行けるかよぉ!!」とお留守番している。

 

「モブくん、パンダに会えるって知ってずっとソワソワしてるわね」

 

「むしろ途中からパンダと会うことが目的になってたからな」

 

「あっ、パンダ!!!」

 

 影男は野に放たれているジャイアントパンダを見つけ、脱兎の勢いで駆けていった。そして抱きつくと思う存分ふもふもし始める。幸せそうな表情(カオ)だった。

 ミミナナと久しぶりに会った真希と真依はそれぞれ軽く会話を交わす。

 

 それから体育館に移動し、受付にチケットを見せて中に入った。パイプ椅子がずらっと並んでいる。大人以外にもちらほらと子供の姿が見受けられた。影男はちゃっかりパンダの隣に座る。

 

「体育館って冷房利かないからマジ暑い……」

 

 菜々子が手で仰ぎながらそう言う。それに美々子も頷いて同意する。

 

「なら僕がジュースを買って来ようか?」

 

「えっ、いいのモブ?」

 

「うん。みんなの分も買って来るよ」

 

 それぞれリクエストを聞いた影男は頭の中で反芻しながら体育館を出た。自販機に着くと同年代ほどの少年がいた。小銭を下に落としてしまったらしい。相手が困っていた様子なので呪力を使い拾ってあげ、自分も頼まれた物を買っていく。ジュースを先に買った少年は何か言いたげな顔で影男を見つめている。

 

「夏なのにネックウォーマーって暑そうだね」

 

「………」

 

 少年はスマホを操作し、その画面を見せた。メモ帳に『うん』と書かれている。

 

『さっきはありがとう』

 

「う、うん。どういたしまして……」

 

 もしや喋れないのか、と影男は思った。気まずい沈黙が降りる。少年はまた文字を打ち、『話せないわけじゃない』と語った。ネックウォーマーを下ろした口元には何かのマークがある。

 

「………もしかして、呪言師?」

 

『そう。だから不用意に話せない』

 

「そっか……あ、僕は茂山影男って言うんだ。君は?」

 

『狗巻棘』

 

「……まき……」

 

『いぬまきとげ』

 

「いぬ…狗巻くんか。よろしくね」

 

 差し出した影男の手を、狗巻はためらいがちに握りかえす。それから質問のうちにお互いが同年代ということも分かり、一気に距離が縮まった。気が緩んだ狗巻はうっかりおにぎり語を話してしまい、とっさに口を押さえる。普段知り合い以外の前では出さないようにしていた。初対面の人間だと、たいてい奇異の目で見られるからだ。

 

「しゃけか…。そういえば朝、しゃけのふりかけをご飯にかけたよ」

 

「………ツナマヨ?」

 

「ツナマヨも好きだよ」

 

 話が平行線で交わらない。しかし引かれていないことが分かった狗巻は、意図せず呪わないためにおにぎり語を話すことを伝えた。無表情な影男のリアクションに一瞬ヒヤリとする。

 

 

「聞いてたらすぐにお腹が空きそう……」

 

 

 ズコッと、狗巻は見事なリアクションをした。

 

 

 

 二人はその後も話を続け、気づいた時にはお笑いショーがもうすぐ始まる時間になっており、急いで体育館に戻った。お礼として狗巻は飲み物を運ぶのを手伝った。中に入ると、影男は小さく手を振って狗巻と別れる。

 席に戻った彼は皆に飲み物を渡し、パイプ椅子に座ってプルタブに手をかけた。

 

「影男くん、遅かったじゃない! 道に迷ってるんじゃないかと思って心配したのよ!?」

 

「ちょうど今、真依と探しに行こうか話してたところだよ」

 

「ごめん。ちょっと仲良くなった子と話し込んじゃって…」

 

「影男……お前って俺たち以外に友達がいたんだな」

 

「パンダは僕をなんだと思って……わっ!」

 

 ちょうど「プシュッ」と音を立てた炭酸が、影男の顔に直撃した。

 

「モブくん!?」

 

「あーあ。さては炭酸持って走ったな、影男」

 

「………顔洗ってくる」

 

 炭酸を飲みながら、影男は受付の人に聞いて外にある水道の場所へ向かった。

 

 

 炭酸の甘ったるい香りが鼻腔に入る。中学校よりも水道の位置は少し高かった。ちょうど水道に着いたタイミングで体育館からは笑い声が聞こえてきた。ショーが始まったらしい。急いで戻らないと、と影男は蛇口を回した。

 

 顔を水でバシャバシャと洗い、ハンカチで適当に拭う。さすがに濡れた髪まではすぐに乾かない。走って玄関に戻ると、まだ夏油たちの出番は来ていなかった。出る演者は『祓ったれ本舗』の他にも複数組いる。その中で夏油と五条が大トリを務める。

 

 この日のため、夏油はお笑いの研究をしていた。何事にも努力を惜しまないクソ真面目なところが夏油らしいと言える。まぁ、そのクソ真面目さは短所でもある。

 

 靴を入れようと思ったところで、影男はふと、中扉に体を隠すようにして立っている男を見つけた。ステージを見つめながら辛口な評価をしている。帽子をかぶり、さらにサングラスとマスクを付けた姿は、完全に不審者のそれだった。

 

 影男は少しの息苦しさを覚え、無意識に一歩下がる。すっかり忘れていたあの頃の記憶が蘇って来る。この男を彼は知っている。

 

 

「禪院………誰だっけ?」

 

「ハ?」

 

 

 真希がよく愚痴っているため、後もう少しで名前が出てきそうなのだ。禪院家当主の息子で、次期当主と言われている。

 

 切れ長の目が影男を捉えるなり大きく見開かれた。

 

 

「小ちゃい……甚爾くん?」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 あの五条悟が親友と漫才をやる。その噂を聞いた時、禪院直哉は耳を疑った。あの最強がお笑いをやる? あり得……なくはない。

 

 調べると話はどうやら本当のようだった。そうとなれば観に行くしかない。直哉は周りの禪院家にバレないよう内密に動き、当日変装して呪術高専の東京校に訪れた。

 最強はいったいどんな笑いを()せてくれるのか。

 

 

「禪院…………誰だっけ?」

 

 

 禪院、と聞こえて、直哉は思わず振り返ってしまった。何かしらリアクションを取ってしまったなら、適当な誤魔化しを入れるべきだった。しかしできなかった。なぜなら小ちゃい甚爾君がいたからだ。

 

(いや、甚爾君なわけないやろ。鬼籍に入っとるんやから)

 

 ならば甚爾とそっくりな恵かとも思ったが、アレはウニ頭だ。顔も恵が100パーセントとするなら、この少年は95パーセントくらいだ。

 隠し子。クソつよDNA。必殺遊び人。そんな言葉が思い浮かぶ。

 

「誰やお前」

 

「えっ……僕のこと覚えてないんですか?」

 

「知らんわ。そもそも俺の名前を覚えとらん奴に言われとうない」

 

 少年は『茂山影男』と名乗った。直哉の「ハァ!?」という声は観客の笑い声にかき消される。

 そんなわけがない。茂山影男はもっとmob(モブ)っぽい顔だった。断じて甚爾のような美形ではない。ただ、変声期前のその声に聞き覚えがあるのもまた事実。

 さらに保護者の夏油が出るため、この場に茂山影男が来ていてもおかしくはない。

 

「……禪院さんはここに何しに来たんですか?」

 

 影男の拳に力が入ったことに直哉は気づいた。

 

「何しに来たと思う? 影男君は」

 

「…真希ちゃんたちをいじめに来たんですか?」

 

「へぇ、真希ちゃんたちも来とったんや」

 

 意識していなかった客席に目を向けると、確かに真希と真依がいた。来て早々直哉が「は…?」となった例のパンダもすぐ近くにいる。客寄せパンダならぬ、視線寄せパンダで二人の霊圧に気づかなかったようだ。

 

「そろそろ立っとるのも疲れてきたやろ。席に戻ったらどうなん?」

 

「………」

 

「そない睨まんでも、何もせぇへんよ」

 

 直哉は肩を竦めてみせた。視線だけ逸らさないまま、影男は直哉の隣を通りすぎる。そこでふと過去のことを思い出した。そう言えばあの時、影男は謝っていなかった。

 

「あの………足の件はすみませんでした」

 

 一瞬呆けた直哉はその言葉の意図を理解し、ニッコリと服の皺を引き延ばすように笑う。

 

 そして、おおきに、と言った。

 

 

 ステージではアル中娘たちが降壇し、大トリの出番が来る。

 爽快な音楽とともに体育館が拍手で包まれる中、黒スーツでビシッと決めた男二人が現れた。

 

 これが『祓ったれ本舗』の伝説のはじまりになるとは、まだ誰も知らなかった。

 

 


 

 ・『祓ったれ本舗』

 のちに伝説になる。色んな意味で。

 

 ・『アルちゅっ❤︎シスターズ』

 この女たち、キケン。

 

 ・直哉

 怒った直哉! 許さない直哉! 禪院な〜おや! (って書きたかっただけ)

 茂山影男=甚爾の隠し子の説を調べ始める。恵よりもよっぽど甚爾に似ていると感じてる。アイツはあっち側っていうか、そっち側やねん。

 

 ・影男

 狗巻と連絡先を交換し忘れて落ち込んだ。

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