茂山影男 作:ピンチャンよ永遠なれ………
夏のお笑い祭りが終わった。しかし家に帰った影男は元気がなかった。心配した夏油はやはり現場に来ていた禪院直哉と何かあったのではないか、と尋ねる。
「仲良くなれた男の子の電話番号を聞くのを忘れたんです………」
影男にとっては貴重な男友だちだった。数えたら、運動会の件で仲良くなった友だち。それとパンダと、今日仲良くなった狗巻。合わせて三人しかいない。中学生になった現在は真依の気持ちを独占しているせいで、まったく男友だちができない状況。影男としては「どうして僕を避けるんだろ…」と思っているが。
「なら、会える機会を私が作ってあげるよ」
「いいんですか…?」
「あぁ。それに、せっかくの夏だしね」
たちまち破顔した少年に、夏油の表情も柔らかくなった。
その後、影男は狗巻とバーベキューで再会した。そこにはいつものメンバーとミミナナやパンダも来ており、みんなで盛大にキャンプを楽しんだ。
ちなみに夜はパンダの上を独占する影男少年の姿があった。テントはパンダでも入れるビッグサイズである。
「ツナツナ!」
寝袋から顔だけ出している狗巻につられ、影男とパンダは外に顔を出した。
「わぁ、たしかに綺麗な夜空だね」
「しゃけ、ツナマヨ」
「パンダ座ってあんのかなぁ〜」
頭上には夜空のシャンデリアがあった。不意にそのとき、一つの流れ星がキラリと光った。
◇
影男は自分と似ている(らしい)『トウジ』という人物が気になっていた。
直哉が「小ちゃいトウジ君」と影男を見て言ったため、本物のトウジくんはもっと身長が高く、大人だと考えられる。
「どこかで聞いたことがあったような…ないような」
『昼間から何悩んでんだよ、シゲオ』
台所で即席のラーメンをすする影男の隣でエクボはチャンネルを回す。お昼と言えば、な『笑ってエエとも!』は最近終わってしまった。つまらねぇな、と悪霊が呟く。
これまたご長寿番組に変わったテレビを見ていた影男は、ビックバンを起こしてできたような髪型を見てふと思った。
────お前は
トウジ。甚爾。禪院甚爾。
その名前を、禪院家にいたときに聞いたことがあった。
箸を洗ってから影男は真依に連絡した。禪院甚爾という人を知っているかと。
「禪院家の、髪が金髪の人に言われたんだ。僕がそのトウジって人に似てるって」
『直哉さんに? ……珍しいわね。モブくんが他人に興味を持つなんて』
「なんとなく知りたくなったんだ」
少なくとも、禪院直哉は「出来損ない」と言われる人間に好意的な感情は持たない。
影男は鈍いが、同時に他人の感情の機微に敏い一面も持つ。
あのとき、トウジを思い出していた直哉の目には、驚きと、少年のようなきらめきがあった。
『うーん…私も詳しくは知らないんだけど、真希と同じ天与呪縛持ちだったことは知ってるわ。ただ違うのは、向こうは
真依たちが物心ついたころにはすでに、甚爾は出奔していた。どのような人物かは彼女たちもあまり知らない。
それでも、星漿体の殺害に関与した事や、その息子が売られそうになったことは知っている。それを五条悟が防いだことで少年は売られずに済み、代わりに一人の少年が犠牲になった。
この件もあり、普段は表に出さないようにしているが、真依は五条やまだ会ったことのない伏黒恵に良い感情を持っていない。彼らが悪くはないと分かっていても、受け入れることができないのだ。
しかし影男が禪院家に目を付けられなければ、真依と彼の未来が交わることはなかった。
あり得たかもしれないその未来が、真依にとっては一番想像したくない未来だった。
「真依ちゃん?」
影男の声に真依はハッとする。スマホを持つ手が震えた。
『……ごめん、影男くん』
「どうして真依ちゃんが謝るの?」
『………』
「もしかして、また真希ちゃんと喧嘩したの?」
『喧嘩はしてるけど、影男くんが心配するほどじゃないわ』
「…何かあるなら僕でも、夏油さんでも、いつでも相談に乗るからね」
『……うん』
ひとまず、甚爾のことをそのまま伝えるわけにはいかない。この件は影男に教えないよう夏油から頼まれているし、彼女も真希も無闇に掘り返す気はない。
まぁだからこそ、余計なことを絶対に話しそうな直哉が影男に関わったと分かった時、夏油がモンスターペアレントになった経緯がある。
『……とりあえず、今度帰省するから調べてみるわ。写真が見つかったら送ってあげる』
「ありがとう、真依ちゃん」
断る、という選択肢はなかった。好きな人に「おねがい、真依ちゃん…(少女漫画のように美化された影男少年の姿)」と言われたら、NOと言えるわけがない。
それから帰省した真依は、早速絡んできた直哉に真希が口で応酬する横を通り過ぎ、コソコソと探った。
甚爾は口元に傷があったという。もしかしたら写真すらないかもしれないと思ったが、それらしき人物のものが見つかった。歳はおそらく真依とそう変わらない。たまたま写真に映り込んでしまったようで、視線もあさっての方を向いている。
「…………モブくん?」
傷と髪型以外はほとんど瓜二つ。おまけに、真依は帰省している間に厨房で女中たちが「甚爾に隠し子がいたらしい」という噂まで聞いてしまった。真希にも見せたが、ヤンキー姿の影男(マスクは外している)の画像と何度も見比べた。
「モブって本当に禪院家の血が流れてたんだな…」
「遺伝ってどうなるかわからないものね」
写真を送るか否か、二人はしばし悩む。
「これに似てるって知ったら、モブのやつ調子に乗るんじゃないか?」
「でも影男くんて、髪が上がってる時の自分の顔を見てるはずなのに、モテないと思ってるじゃない」
「いやぁ…客観的に見たらどうなるかわからないぜ?」
「何見とるん?」
「「わっ!!」」
いつの間にかそこにいる黒くて素早いやつのように、直哉が二人の隣にいた。
真希は無意識に妹を自分の後ろに隠す。帰ってきてからというもの、こいつはニコニコと笑って近づいてくる。
この男はどうやら茂山影男に興味を持ったようで、何かと真希や真依に尋ねてくる。
「お前には関係ねぇよ。どっか行け」
「
「客観的に見て、成人済みの男がJCに絡んでくる光景を想像した方がいいぞ」
「真希ちゃんのお口はさぶいお笑い芸人より滑るようになったなぁ」
片方は笑顔で、片方は無表情。間に挟まれる真依は「勘弁してよ…」と思った。
「……あれ、その写真に映ってるのって甚爾君やん」
直哉の甚爾君センサーが反応した。彼は顎に手を当て、二人の行動の意図を悟った。
甚爾の顔を知らないだろう真希たちが、わざわざその写真を探した理由。誰かに言われなければきっと探さないだろう。甚爾に興味を持ったのはおそらく茂山影男だ。
「…どうして、モブくんのことを聞いてくるんですか?」
恐る恐る真依が聞いた。影男が『禪院影男』だった時は、直哉は一切関わろうとしなかった。二人は彼が影男に近づかなかった理由を知らない。事件の真相を知るのは直畏人くらいだ。
「……さぁ、何でやろ」
甚爾に似ているから──という理由で気になっているなら、恵に好意的な感情を抱くはずだ。しかし実際はバチクソに嫌っている。理由は直哉の地雷を踏みまくっているからだ。
一方で茂山影男は違った。
甚爾にあって、直哉になかったもの。伏黒恵には
甚爾とそっくりなあっち側…というか、そっち側…というか。茂山影男は誰をも食い殺す牙を持っている(ただし五条は除く)。
「真希ちゃんは頑張って鍛えれるようやけど、弱いままやね」
直哉の手が真希の顎をつかんでいた。フィジカルギフテッド持ちの真希でも視認できないその速度。禪院直哉の術式が成せる早技。そこに攻撃の意図はない。ただ顔を上げさせるだけの接触。しかし真希は動けない。力の違いを一瞬のうちに見せつけられた。
「真依ちゃんはえらい呪力が上がった感じがするわ。でも真希ちゃんには敵わん」
パッと直哉の手が離れる。
「この世は弱肉強食や。自分たちが影男君のお荷物になってること、いい加減自覚した方がええんとちゃうん?」
一瞬の間を置き、双子のまっすぐな視線が直哉に向けられる。
「「
握りしめられた真希の拳に、真依の手が重なった。
「私と真依は」
「影男くんの友だちだもの」
支えて、支えられて。そうして二人は成長してきた。
「現代最強の術師だって、親友と喧嘩してへこんでたんだ。弱いとか、強いとかは関係ねぇよ」
「誰だって支えてもらえないと立てない時があるんです。私はだから……影男くんが転んだ時に、支えてあげられる人間でいたい」
「
「違うわよ……!!」
まっすぐな目に見つめられた直哉は、舌打ちをこぼし部屋を出て行った。
「…ッハ、何が支えて、支えられて……や。金八先生か!!」
隠し子の線を洗っていた直哉は、その線がないことを知った。それどころか、甚爾が本気で心を許した女は一人だけだった。その女との間にできたのが恵。
あっち側に立つ人間は孤高と同時に孤独である。だからこそ心の縁を必要とするのだろう。
「………」
禪院直哉は改めて気づいた。その人間性で禪院家の内部でも嫌われている彼は、そう。
ぼっちだった。
◇
「写真は見つからなかったんだ…」
真依たちから連絡が来たのはちょうど彼岸の時。影男は夏油と夫妻の墓参りに来ていた。墓の手入れをして、線香に火をつけ手を合わせる。実家についてはすでになかった。色々と思い出して辛くなってしまうため、影男が入院していた時期に夏油が売り払ったのだ。
帰りの道は長い。車窓を眺めていた影男はぼんやりと考えた。
自分と似た禪院甚爾。その存在が、これまで気になりながらもわからないままだった一つ一つのピースを埋めて、大きなパズルを作り上げる。
「夏油さんは、禪院甚爾って人を知ってますよね?」
寄ったパーキングエリアでたこ焼きを食べていた影男は、夏油に思いきって聞いた。ゲホッ、と吐き出されたたこ焼きは地面に落ちず、空中で止まり夏油の口の中に戻る。
「僕に似てるそうなんです、その人が」
「……誰からその話を聞いたんだい?」
「禪院………関西弁を話す人が」
直哉と遭遇したとき影男は何もされなかったと話していたし、直哉も何もしていないと話した。影男少年はそれよりも狗巻と連絡先を交換できなかったことに嘆いていたので、本当に何もなかったのか…と夏油も思った。が、めちゃくちゃあった。
「多分その人のこと、夏油さんは嫌いなんですよね」
「……まぁ、そうだね」
「………」
影男は下を向き、黙り込んでしまう。
「………影男くんは影男くんじゃないか。誰かと似てるかどうかなんて気にしなくていいよ」
「でも、ドッペルゲンガーを三人見たら死ぬって言うし…」
「…ん?」
「僕と瓜二つだったら、もしも出会った場合、あと二人見たら死ぬことになるんです……」
夏油は『一卵性 四つ子』で調べ、写真を見せた。瓜二つの外国の少女たちが並んでいる。
「所詮は迷信だよ」
「そうだったんだ。よかった……」
「そもそもあの男はすでに故人だから」
淡々と事実を話した夏油の顔を見て、影男のホッとした気持ちは引っ込んだ。
夏油はたまに、怖い顔をする。
「ねぇモブくん、これは私からの提案なんだが…」
京都校に行かないかい? ──と夏油は続けた。
「京都校ですか?」
「そう。京都校だ」
「……京都」
「東京校は悟が教師を務めているからね。君のひとつ下に伏黒恵が入ってくる」
「!」
ついでに、禪院甚爾が婿に入って伏黒甚爾となったことを影男は知った。
長い沈黙が帳をおろす。
答えはパーキングエリアを発っても出なかった。
少年の心はミキサーにかけられたように煩雑として、影男の手からこぼれ落ちてしまいそうなほどに膨らんでいく。
その日の夜、影男はなかなか寝付けなかった。