茂山影男 作:ピンチャンよ永遠なれ………
────少し、考える時間をくれないかな。
影男のそのひと言の後、二人は別れた。遠ざかっていく襟詰めの制服を真依はぼんやりと見つめた。彼女の心と体は今分離している。右翼派と左翼派だ。
これまでのフラットな関係を続けようとする右翼と、恋の革命を起こそうとしている左翼。
恋の爆弾は彼女の理性を吹き飛ばし、超行動的にさせた。
「私のばかぁ〜〜〜!!!」
真依は頭を抱えながら帰路についた。
◇
「お、おはよう……影男くん」
「…………おはよう、真依ちゃん」
昨晩帰るなり、自分の部屋に直行した影男少年。夕食どきになっても部屋から出てこず、心配に思った夏油が部屋をノックしたが、影男は結局夕食を食べなかった。
そのことがあり、学校での様子をそれとなく探るよう夏油に言われたエクボが今朝から付いている。
(ははん、そういうことか)
真依と影男の様子を見て、エクボは二人の間に何があったのか概ね理解した。この妙な距離感は喧嘩ではない。思春期の匂いがプンプンしてくる。
エクボはしかし空気の読める呪霊だ。どこかの誰かさんのように、あからさまな好意を向けられて気づかない鈍感ではない。
エクボから報告を受けた夏油はその日、深酒をした。反抗期とは別の思春期で影男は成長しているようだ。夏油の青春もまだ青青しい色が脳裏に焼きついているほど身近に感じられるというのに、あっという間に今度は影男や真依たちの番が来た。感慨深さはひとしおだった。
一方で真希の方も、二人の状況がどうなのか妹に聞こうと思いながらも聞けずにいる。
当の影男は真依の気持ちを真剣に考えていた。
影男自身の気持ちが真依と同じ「好き」なのかはわからない。
もし他の女子に告白されていたら、その場でOKしていたかもしれない。相手が真依だからこそここまで悩んでいる。
禪院真依は大切な友人。────友人?
『おはよっ! 影男くん!』
いつも嬉しそうに笑っていたその笑顔は、果たして
真依はいつから自分のことを好きになったのだろうか? もしかして罰ゲームで告白された可能性もあるんじゃないか? ベッドの上で頭を抱える影男に、見かねたエクボが言う。
『もし真依が他のやつを好きになったらどうするよ』
「そ、れは……」
『第一、数多のイケメンを押しのけてお前が選ばれたんだぞ! もうちっとは喜んだらどうなんだ』
「………」
考えれば考えるほど、影男は真依が自分のどこを好きなのかわからなくなっていく。
だが、彼のうちにはしっかりと火種が生まれていた。
翌日、真依におそるおそるその件を聞いた影男は「好き」の笑顔を向けられた。
「………や、優しいから。それに…」
顔を真っ赤にしながらも真依は話し、影男の顔も見事に赤くなる。
今年の冬はきっと、暖冬に違いなかった。
◇
『オタクに優しいギャル』は現実に存在しないと、ネットを嗜む
例えば禪院真依のような少女が、自分たちに優しくしてくれることはないだろう。
そんなツンドラの少女が唯一優しくする少年がいる。茂山影男である。オタクではないが、青春の主人公にはなれない日陰者。どこまでもモブの域を出れないはずの少年だが、なぜか美少女と仲が良い。この事実に嫉妬する男たちは数知れず。そのため影男は元来のぼっち属性が相まって、中学に入ってから新しい男友だちがまったくできなかった。
「もしやお前たち、付き合い始めたのか?」
二人の以前とは違う距離感に気づいた部長がそう言った。
脳みそにも筋肉が詰まった者と真依に下心がある者とで反応が分かれる中、真依は「そうですよ」と返す。
「そうか! 茂山にも青春が舞い込んだというわけだな!」
「そんな、俺たちの真依様が……」
「マジか……………でも、真依様が幸せなら、OKです!」
「よしっ! 記念に茂山の胴上げをするぞ!!」
部長の一言で影男の胴上げが始まった。すでにランニングでヘトヘトだった影男はそのあと酔って地面に吐き、胴上げをした面々はマネージャーに鬼の形相で怒られた。
して、休日。二人は初デートに行くことになった。前日デートの服を悩み、選んだそれをエクボに「あたま正気か?」と言われた影男は、どうにか無難なものを選んだ。
デートとはそもそも何をするのか、影男は知らない。情報社会の恩恵を受けて色々と調べてもみたが、今度はその情報量の多さに目を回すことになった。結局どうすればいいのやら。
悩んだ末に保護者にヘルプを出すと、「それぞれが行きたい場所に行ってみたらどうだい?」とアドバイスをもらった。女慣れしてそうな男の言うことは違うな、と影男はだいぶ失礼なことを思った。
この夏油の案が採用され、当日はショッピングとゲーセンに行くことになった。ショッピングは真依の提案で、ゲーセンはこれといった望みがなかった影男が、歯磨き粉の残りを必死になって絞り出すようにして考えた案だ。
ショッピングは真依の服を選んだり、影男の服を選んだ。事あるごとに「これどう?」と聞いてくる真依はどれを着ても美少女で、影男は同じ言葉ばかり言う。それに真依の機嫌が次第に悪くなった。
「モブくんってば、「似合ってるよ」しか言わないじゃない!」
「で、でも…真依ちゃんは何を着ても可愛いから……」
「………」
試着室に戻った真依は、数分してからまた出てきた。春服の、ティーンにしては大人っぽいシックなワンピースのコーデ。じとっとした真依の視線に影男は同じ発言はダメなのだと理解する。
そして悩むこと数分。
「す、すごくキレイ………です」
最後の方は尻すぼみになった影男。
ちょっとしたイジワルのつもりだった真依は、思わず顔を真っ赤にした。
昼食は最近できたばかりのカフェで、おすすめメニューだという焼いたトーストにふんわりとしたたまごやハムが挟まったサンドイッチを食べた。
ボリューミーなたまごがはみ出て皿にまで広がっている。サクサク感とたまごやハムの食感がやみつきになる味で、ここにお供のコーヒーを飲むと革命が起きる。しかして影男の味覚にはコーヒーよりもホットミルクの方が合った。
「影男くん、ずっとフーフーしてたら冷めちゃうわよ?」
「だって、熱いんだもん…」
「前に真希たちとタコパした時はパクパク食べてたじゃない」
「たこ焼きは熱いうちが勝負どきなんだよ」
なおも息を吹きかける影男の姿を、真依は微笑んで見つめた。
◇
デートを楽しむ二人の裏に、怪しい者たちの影があった。
あるいはショッピングモールの片隅で。あるいはカフェの隅の席で。そして現在はゲーセンの端っこで。
その一。女子高生っぽい雰囲気のウィッグをかぶった禪院真希。
そのニ。真希に無理やり連れて来られながらも、「面倒くせぇ」と言いつつ内心は二人を心配しているエクボ。
その三。芸能人のオフのような、漂う
以上、保護者三銃士。ここに都合が合ったら四銃士になっていた可能性もあった。僕最強だから、の人は出張中でいなかった。
夏油は仕事。そして真希はその手伝いだと事前に影男たちに知らせてある。中学生のデートを尾行するなど野暮中の野暮っちゅうモンだが、やはりそれぞれ心配なのだ。
真希は真依を。夏油は影男を(夏油の場合、経験則でこういう時こそ影男が事件に巻き込まれることを知っているせいもある)。
尾行は二人にバレることなく筒がなく進んだ。現在は真依が射撃ゲーで無双している。他にも二人でエアーホッケーをしたり、クレーンゲームをしたりと仲睦まじい様子である。
「真依ちゃんはどのゲームも上手だね…」
「こういう場所来たのはじめてだけど、結構楽しいわね! 今度真希とも来てみようかしら」
「ボウリング施設もあったし、みんなでやったら楽しそうだね」
「いいアイディアね! モブくん!」
影男たちの会話は誰がどのゲームを得意そうか、という話に移り、特級二人が術式無しのエアーホッケーで戦ったらどちらが勝つか、という話になる。
そうして遊んでいるうちに、時刻は暗くなり始めていた。
「……帰ろっか、真依ちゃん」
「…うん。そうね」
手を繋いで歩く少年少女。空気を察して夏油は物陰からひょっこり真希の肩を叩き、首を振る。
「……真依は本当にモブのやつが好きだからさ」
「心配なのはわかるけれどね」
「…真依のこと泣かせたら、影男でもマジで、絶対に許さねぇから」
真希に手を引かれていた妹はいつの間にか隣を歩くようになって、今は別の人に手を引かれている。
喪失感、と言うのだろうか。ここ最近の真希の感情は彼女が驚くほどに揺さぶられている。それほど真依のことを彼女は愛している。同時に、影男のことも大切な友人だと思っている。
願わくば二人が幸せになってほしい。しかしやはり、そこに自分がいないのは寂しいものなのだ。
これまで真希と真依はすっと一緒だったから、ことさら。
「そう簡単に繋がりは切れないものだよ。双子なら尚更ね」
「………」
「真希ちゃんにもいい人が見つかるといいね」
『お前も案外シゲオみてぇな男がタイプなんじゃねぇの?』
「……おい、それどういう意味だ!」
『双子なんだから十分にあり得るだろ』
エクボに詰め寄る真希の表情は先ほどよりは和らいでいた。
「……子供ってあっという間に大きくなるなぁ」
夏油は白い息を吐き、ネオンの光の頭上にある空を見上げる。
座する一番星。冬がもうすぐ去っていく。