茂山影男   作:ピンチャンよ永遠なれ………

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26話

 進級の時期になった。それと同時にクラス替えもある。

 生徒の希望に応じて、仲の良い友だちと同じクラスになることができる。また反対に苦手な子の名前を出して、クラスを避けることもできる。これらの希望は必ずしもすべて通るわけじゃない。

 

 僕は希望する用紙に真依ちゃんなど、数人の名前を書いた。三枠にピッタリと埋まった僕の交友関係。虚しいな。

 

「ねぇ影男くん、クラス希望の話なんだけど…」

 

 部活の時間になったら、真依ちゃんが早速用紙の件を尋ねてきた。彼女の名前をちゃんと書いたことを話すと、真依ちゃんは嬉しそうに笑った。

 

「私も影男くんの名前を書いたのよ、三つ」

 

「そっか、真依ちゃんも……えっ?」

 

「三つ」

 

 三本指が目の前で強調される。

 確かに『同じクラスになりたい生徒の名前をこの欄に記入』ってあったけど、全部僕の名前で埋めたんだ…。

 

「私は絶ッ対にモブくんと同じクラスになるんだから! 先生たちを呪ってでも!!」

 

「呪うのはダメだよ…」

 

 ちょうどその時、真依ちゃんのクラスの先生がグラウンドにやってきて、彼女を職員室に連れて行った。先生は一瞬準備運動をする僕を見て、「禪院、お前ってやつは………」とため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 二年生になった。縁結び神社にまで行った真依ちゃんの努力(のろい)は実らず、僕らは別のクラスになった。

 

 同じクラスになれなかったのは寂しいけれど、それぞれの希望を最低限反映しなければならないから、仕方ないとも思う。記入した生徒の一人は必ず同じになれるよう配慮されているんだ。

 

 部活にも新入生が入ってきた。肉体改造部は実は一昨年に新設されたばかりで、去年に引き続き部長が部長をしている。新入生のため、定員の数も増えた。

 僕も先輩になったんだ。後輩たちに負けていられない。一年前と比べれば筋肉もかなり付いた。ランニングも途中でバテずに最後まで走れる。

 

 ただ、自分の成長を嬉しく思う反面、身長は伸び悩んでいた。

 真依ちゃんも真希ちゃんもここ一年でまたさらに伸びて、もう少しで170センチになるらしい。170センチって言ったら、男子の平均身長くらいだ。

 

 僕はまだ160センチも超えていない。このまま真依ちゃんに「可愛い」と言われるわけにはいかない。

 僕は夏油さんみたいな、高身長の“カッコいい”男になるんだ…!! 

 

 

 

 そんなある日のこと。『霊とか相談所』に夏油さんの知り合いだという人が菓子折りを持ってやってきた。ちょうどその時夏油さんはスーパーへ事務所の備品を買いに行っていたから、僕が対応した。

 

「ま、マイネーム、イズ……」

 

「日本語で結構ですよ」

 

「ワ、ワァ………!」

 

 外国人のひとと話したことなんてALTの先生としかなかったから、はじめは焦ってしまった。けれどいざ話すと日本語がペラペラだったし、そもそも聞いた名前も苗字ともに日本人だった。

 僕がお茶を出している間に夏油さんも戻ってきて、「数年見ない間に一気に老けたね、七海」と五条さん並みのデリケートに欠けた発言を初手からかました。

 それに七海さんは少し眉を寄せる。

 

「悟から聞いていたけど、呪術師に復帰するんだってね」

 

「えぇ……夏油さんも復帰していらしたんですね」

 

「まぁね」

 

 茶碗をテーブルに一つ置いて、夏油さんの分も持って来ようとしたら手で制された。その代わりエコバックを受け取って奥へ入っていく。

 

 

「……あ、僕の好きなお菓子が買ってある」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 夏油は長らくぶりに後輩の男の顔を見た。夏油が長旅から戻ってきた頃にはすでに呪術界を去っていた七海建人。当時から老け気味だった顔はこけた頬や目元のくまが相まって、より老けてみえる。

 

 七海が事務所に来たのは、呪術界に復帰する旨を夏油に直接会って伝えるためだ。少々行き違いになってしまったが。

 

「とりあえず仕事用の連絡先も教えておくよ」

 

 そう言い夏油は名刺を渡した。反射的に七海も名刺を取り出そうとして、すでに脱サラしていたことを思い出す。社畜が染み付いてしまっている。

 

「……ところで、あの子どもの件なんですが」

 

「影男くんのことかい?」

 

「………」

 

「そんな睨まれるようなことをしたかい、私?」

 

「……五条さんの言うことなので、話半分に聞いていたのですが…」

 

 重々しい空気で七海は「子ども、いたんですね」と話す。

 一瞬きょとんとした夏油は少しの間を置き、口角を上げる。

 

「あぁ。影男くんのことは彼が小学二年生になる前に引き取ったんだ」

 

「……そうですか」

 

「まぁ、私も()()()()()()というものだよ」

 

「………」

 

 軽蔑の色が七海の目に浮かぶ。

 五条からどんな話を七海が聞かされたかはだいたい想像がつく。だてに高専時代、五条の悪ノリに付き合ってきた夏油ではない。

 

 影男はいま私服姿で、十分小学生に見えるだろう。雰囲気も中学生にしては幼い。

 つい最近まで呪術界と関わりを断っていた七海は、この界隈だとそれなりに有名な特級術師夏油が養子をもらった話を知らない。

 

 備品を片した影男が戻ってきたところで、夏油は七海に自己紹介するよう促した。

 

 

「ぼ、僕は茂山影男です」

 

「……茂山?」

 

 

 影男の苗字が夏油と違うとわかったところで、七海はいろいろと察したらしい。眉間の皺を揉む。

 

「本当に、あの人は……」

 

「後輩をからかうにしても、ネタにしていいことと悪いことがあるよねぇ」

 

 夏油はニッコリと笑った。横でその笑みを見た影男は、それがかなり怒っている時のものだとすぐに気づいた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 菓子折りの中身は和菓子だった。影男でもそれが高いものだとわかるパッケージだ。

 それをつまんでお茶を飲む。この組み合わせはチーズバーガーとコーラのような、完璧な味覚のコラボレーションだ。

 

「七海さんは夏油さんのいくつ下なんですか?」

 

「一つ下だよ」

 

 労働はクソです、と言った男は社会の荒波にすっかり呑まれてしまったようだ。あの七海でさえ社会に馴染めないのだから、呪術師は社不のつどいなのかもしれない。

 夏油も自分が社会で生きるのはむつかしいと思う。何せ檻に収容されていない野蛮な猿が社会という中に紛れ込んでいるのだ。無理だ無理。解散。

 

 影男や真希、真依に当てはめても、社会に出たらどこか綻びが出そうだ。夏油が思いついた中で社会に一番馴染めそうなのが緑色のやつというのもおかしな話である。

 

「呪術師を諦めて補助監督になった例は聞いたことがあったけど、呪術師に復帰するパターンもあるんですね」

 

「いや、脱サラ復帰はアイツが初じゃないかな」

 

「そ、うなんですか…」

 

 万年人手不足のブラック世界。そこに一度離れてなお戻ってくるのは、やはり()かれている証拠か。戻ってきた理由こそ、尊いものだったが。

 

 

(あと二年か)

 

 

 夕食を終えて皿を洗う夏油の脳裏にはさまざまな考えがよぎった。思考がまわる着火剤になったのが七海の来訪である。

 

 再来年に茂山影男は呪術高専に入る。今のところ東京校と京都校のどちらに入るのかは未定になっている。影男の知り合いは軒並み東京校に入りそうだった。夏油的には伏黒恵の存在があるので、やはり京都校の方がいいと思っている。あとふつうに影男の担任に五条がなったら嫌だった。それだったら自分が先生になった方がいい。

 

「………」

 

 鮮烈に残る生気を失った死体。上半身しかないその体。可愛がっていた後輩の死。

 その死にもっとも精神的なダメージを負ったのが七海で、夏油もまた深い傷を負った。灰原雄の死は夏油が闇へ堕ちかけたピースの一つでもある。

 

 もし同じように影男が死んだら? 少年の死のリアリティはなまじ一度昏睡状態の姿を見ているため、より身近に感じられる。

 

 想像してしまう。とても、恐ろしい想像を。

 

 

「……夏油さん?」

 

 

 その時後ろから声がかかった。夏油が振り返ると濡れた髪をタオルでぬぐう影男の姿があった。今、あの男を思い起こさせる少年の顔を見るのはよろしくない。

 

「顔色が悪いですけど、大丈夫ですか?」

 

「少し立ちくらみがしてね。夏風邪かもしれないな」

 

「……食器は僕が洗いますから、今日は早く寝てください」

 

「…すまないね、モブくん」

 

 パジャマの袖をめくり、影男は皿を洗いはじめた。腕には一年前と比べて成長した筋肉があり、動きに合わせてつぶれたり盛り上がったりする。

 

「考えすぎも大概だな…」

 

 浴室に向かった夏油は、キッチンから聞こえた『パリィン』という音を聞いてすぐさま戻った。

 そこには呪力で割れた皿を直して、証拠隠滅を図ろうとする影男の姿があった。

 

「……やっぱり私が洗うよ」

 

「ごめんなさい…」

 

 

 割れた皿は直る。

 しかし、失われた命は戻らない。

 

 両親や灰原雄。そして、天内理子のように。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 鬱な五月に、ジメジメとした梅雨。そして新生活に慣れた夏あたりにやってくる見えざるストレスの刺客。

 緩やかに、しかし確実に夏油のメンタルが死んでいったので、相談所はしばらくお休みになった。まぁそれも、夏のうちにほぼ元通りになった。

 このようにして、相談所は過去に何度か同じ理由で臨時休業している。

 

 影男にとっては真依とカップルになってからはじめての夏。保護者のメンタルが回復してきたのを見ながら、こりゃあもう楽しむしかない。早速、海に二人でデートへ行く話をしていたら、最終的に大人数になっていた。真希やミミナナに狗巻。それと五条に連れて来られた恵と、彼らの保護者な津美紀。さらに「特級術師二人が楽しむなら私もいいだろ!」と家入も参戦した。

 

 夏は楽しいね。こんな時でも伊地知くんは五条に押しつけられた仕事をしているよ。

 

 

「……シテ……ドウシテ…」

 

 

 真依は影男の隣で頭を抱えた。二人で楽しむはずのデートが、いつの間にかみんなで血みどろ(スイカ割り)になるゲームをしている。無駄に五条の準備が良かった。かく言う真依も影男とペアを組み、かなり白熱してしまった。

 

 今影男たちはそんなメンバーから少し離れた場所の浜辺に座っている。

 

「僕はすごく楽しいよ?」

 

「私も楽しいわよ! でも……ハァ」

 

 知り合いの目があっては手をつなぐのもかなり恥ずかしい。というか、茶化してくる奴らが多いので下手にいちゃつけない。

 

 チラ、と真依は横目で影男を見た。その視線に気づいた影男はこてんと首を傾げる。

 

「くっ、あざといわ……!!」

 

「ムッ………僕はカッコいい男になりたいんだよ」

 

「カッコいい男?」

 

 むすっとした少年の顔はハンサムというより、やはり愛らしさが勝つ。真依はクスクス笑って「モブくんは可愛いわよ」と話した。

 

「………………絶対カッコいい男になる」

 

「ふふ、楽しみにしてるわ」

 

 真依はそっと砂浜に置かれていた影男の手に自分の手を乗せ、からめた。それに隣の肩が一瞬跳ねる。その仕草もいまの「かわいい」のツボにハマっている彼女には可愛く見えてしまい、また小さく笑った。

 

 

「あ」

 

 

 だが重ねた手の大きさは同じくらいで。

 その事実に気づいた真依は、気恥ずかしさで声なき声をあげた。

 

 


 

 

【縁結び】

 

「影男くんと今年こそは同じクラスになれますように…!!!」

 

『ケッ、神頼みで願いが叶うなら、今ごろ世界は平和になってるだろうよ』

 

「……影男くんに頼んで、アンタの色をチョコレート色に変えてもらおうかしら」

 

『俺様も祈ってやるぜ!!だから平和にいこうぜ、なっ?

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