茂山影男   作:ピンチャンよ永遠なれ………

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27話

 二学期が始まり、影男のクラスに転校生がやってきた。転校生の少女は黒板に自分の名前を書き自己紹介する。

 

 

浅桐(あさぎり)みのりです。家の都合で転校してきました。ヨロシクおねがいします」

 

 

 転校生あるあるで、浅桐の席の周りには女子が集まった。彼女の端麗な容姿に惹かれた男子は、少し離れた場所でチラチラと話しかける機会をうかがっている。一方で影男はボケッと空を眺めていた。

 

「浅桐さんのお父さんって社長なの!? すごーい!」

 

「お金持ちなんだ。いいなぁ〜」

 

「ねぇねぇ、家ってどのくらい大きいの?」

 

 終始話題はつきず、入るタイミングを間違えた男子が横から割って入ったことで、浅桐と話していた女子が怪訝な顔をする。

 それから男子の提案で、浅桐さんの歓迎会をしよう、という話になった。

 

 

「じゃあパパに頼んでおくから、うちで歓迎会する?」

 

「えっ、いいの浅桐さん!?」

 

「ちょっとー、男子も来るのぉ?」

 

 アハハ、と盛り上がる教室内。幻のシックスマン影男はその間、トイレに立っていた。

 影男がハンカチで手を拭きながら戻ってくると、彼にも出欠確認の是非が聞かれた。男子の反応はあまりよくない。

 

「茂山はいいだろ。カノジョがいるんだから」

 

「え? あ、いや…」

 

「その言い方はないでしょ。クラスのほとんどが来るんだし、茂山くんももちろん来るでしょ? ××の予定なんだけど…」

 

「あっ……その日僕は予定があって…」

 

 真依様とのデートに違いない! ──と踏んだ男たちはキッと影男を睨む。その日彼は夏油の仕事の手伝いで、遠出する予定だ。

 責める男子を「まぁまぁ」となだめた浅桐は、謝り席へ戻る少年の背を見つめた。

 

 

「茂山、影男くんか」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 影男は体力こそついたが、運動センスはない。だから例えば球技ではまったく活躍できないし、単純に体を使うにしても、そこに技術を求められると途端に苦手になる。実は未だに泳げず、カナヅチだった。影男が運動で光るのは持久走くらいだろう。

 勉強もまた苦手で、最近は真依先生が家庭教師になっているが、それでも成績は中間だ。

 

 鈍くさいところがクラスメイトの目につき笑われることもある。学校生活の中で茂山影男は“主人公”にはなれない日陰者だ。

 

 デート中に待ち合わせしていた真依が高校生に絡まれていた時も、止めに入った結果、返り討ちにあったこともある。「あんな奴らモブくんの力で…」と真依はその時言いかけて言葉を濁した。一般人に力は使わない。影男は優しい少年だった。

 

 

 そして浅桐の歓迎会が終わった翌週の月曜。移動教室の時、影男の視界に紫の髪が入った。浅桐の髪の色だ。

 

「ねぇ茂山くん。いっしょに移動しない?」

 

「えっと…僕とですか?」

 

「なに? アタシとは嫌?」

 

「いや、そういうわけじゃなくて…」

 

 歓迎会が終わってからより一層浅桐の人気は高まったようで、転校して間もないにも関わらず、すでにクラスの中心的存在になっている。そんな彼女が自分と? 一瞬「僕ってモテ期かも」と影男は思った。

 

「茂山くんと話す機会なかったしさ。それにアタシ転校してきたばかりだから、まだ教室の場所に自信がないんだよね」

 

「まぁ、僕でいいなら…」

 

 授業の用意をして、二人並んで廊下を歩く。しかし途中で浅桐がノートを忘れたことに気づき、戻る彼女を一人にするのもどうかと思った影男は自分も教室に戻った。中には二人しかいない。

 

「あったあった。ごめんね茂山くん」

 

「いいよ。僕が忘れ物をしたから…ってことにしてもいいし」

 

「マッジで優しいじゃん」

 

 二人で歩きながら、軽く雑談する。内容はお互いの自己紹介だ。

 

 

「そう言えば茂山くんって、彼女いるんだっけ?」

 

「え!? ウ、ウン…」

 

「アハッ、何固くなっちゃってんの?」

 

 これは、これはもしや……マジでモテ期なんじゃなかろうか? 真依がいるのに心臓がドキドキしてしまうなんて罪深いぞ、茂山影男。「僕には真依ちゃんがいるんだ…」と影男は一度深呼吸した。

 

「美人な彼女がいるなんて、茂山くんは見かけによらずモテるんだねぇ」

 

「見かけによらず…………」

 

「茂山くんのことが気になってクラスメイトに聞いた時は、“mob(モブ)っぽい”って印象しかなかったからさ」

 

「ぼ、僕のことが気になって……!?」

 

「っそ。気になったの」

 

「……………」

 

「でも、茂山くんは違うかな」

 

「……違う?」

 

「んー…こっちの話。気にしないで」

 

 タタッ、と数歩前を浅桐が駆ける。振り返った彼女は窓から差し込んだ光がちょうど逆光になって、影男からだとその顔が見えない。

 

 

「彼女がいなかったら、アタシ茂山くんのこと狙ってたかも」

 

「………ッ!!!??」

 

「っと、早く教室行こかなきゃね」

 

 駆けていった浅桐に対し、影男は呆然とそこに立ち尽くした。もしかしなくともこれはモテ期。下駄箱にラブレターが何枚も入っていたことがあるという夏油のような、ラブフィーバーの確変が起こっているのかもしれない。

 

 こんなことで浮き足立ってしまう彼はやはり、心はいたって普通の少年だった。

 

 

 

 それから間もなくして、浅桐によるクラスメイトのいじめが始まった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 ねらわれたのは影男のように地味な帰宅部の少年だった。みんなが京都へ修学旅行に行っている中、一人だけ北極でぽつねんとしているようなTHE・世間から隔離された影男ははじめ、そのいじめに気づかなかった。誰かをからかい笑う、というのは良くも悪くもありがちな光景だったからだ。

 

 しかしいじめがエスカレートし、浅桐が「スパゲッティー好きなんでしょ?」とその生徒の頭にかけ、それをクラスのみなが笑い、一部始終を見ていたはずの先生が見て見ぬふりをした光景を見て、影男はいじめの事実にようやく気づいた。

 

 泣く男子生徒に近づき、影男は散らばったスパゲッティーを雑巾で片づけはじめる。すると笑い声が徐々におさまっていった。

「何してるの? 茂山くん」と、浅桐が言う。

 

「だって……彼が泣いてるじゃないか」

 

「こんなのジョークよ、ジョーク。ねっ、みんな?」

 

 同意する周囲。このクラスはすでに浅桐をトップとしたヒエラルキーが出来上がっている。その最下層にいるのがいじめられている少年で、影男はただ、()()()()()()()だけだ。浅桐みのりが、自分を主体とした社会を作り出す上で作られる“犠牲”に。

 

「違う。これはいじめだよ」

 

「いじめじゃないって。アンタもそう思うでしょ?」

 

「っ……」

 

 ビクリと、いじめられている少年の肩が震える。

 

 

「ねぇ、茂山くん。()()()()()()

 

 

 みなの視線が一身に影男に注がれた。重いその空気に影男のこめかみから汗が流れる。

 同調圧力。これに従わなければ次はお前がターゲットになるという見えざる圧。

 ごくりと影男ののどが動いた。それでも間違ったことは「NO」と言わねばならない。

 

 言わなければならないのに。

 

 

 無数の目。無数の目が、ジッと影男を見ている。

 

 彼は闇を知っている。呪術界の禪院家のような闇を。

 だがもっと身近な悪意は知らない。というより、気づいてこなかった。

 夏油と近づきたいがために彼を利用した六年生の少女たちのような。

 影男は夏油や禪院姉妹を筆頭として、ひとの“縁”に恵まれている。

 この鈍さと、これまで培ってきた縁が身の回りの悪意から彼を遠ざけ、そして守ってきた。

 

 だからこそ影男は知らなかった。

 

 呪術界とは違う、七海建人が体験したような、()()()()()()()

 

 その中では影男のような存在はとても生きづらいのだと、彼はその日自覚した。

 

 今まで静かだった水面も、石を投じられれば波紋が立つ。その石になったのが浅桐で、クラスは大きく変化した。

 

 

「………ッ」

 

「なに黙ってんだよ茂山。ヒーロー気取りもおしまいか?」

 

「よくそれで禪院さんと付き合ってるよなぁ」

 

 

 男子諸君の鬱憤はすでに溜まっており、それが発露する格好の機会となった。

 男子生徒の一人に肩を押された影男は壁に背をぶつけ、そのままそれ以上何も話すことができなかった。

 

 茂山影男はその日部活を休み、部屋に引きこもった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

「ドアを開けて〜♩」

 

「悟ッ、おい悟」

 

「影男くん、どうして出てこないの〜♫」

 

 影男の自室の前でひとりアナ雪をかます五条を引きずり、夏油はリビングに戻った。

 

 

 影男が引きこもってから数日。真依の情報共有もあり、夏油は養い子に何があったのか大まかに知った。

 影男の性格上いじめられる可能性もあるとは思っていたが、実際に起こるといたたまれない気持ちになる。どうしたものかと悩んでいたときに遊びに来たのが親友で、事情を話したらアナ雪劇場が始まったわけだ。勘弁してくれ。

 

「一応教職の君に話した私が間違っていたよ…」

 

「一応じゃねぇよ。正真正銘のグレイトティーチャーだっつうの」

 

「グレイトティーチャー(笑)」

 

「鼻で笑うな、鼻で」

 

 クラスでいじめが起きている原因の浅桐みのり(禍根)を絶てば、いじめはなくなる。それこそ、夏油が呪霊でちょちょいと浅桐を精神的に追い込めばいい。

 

 だがそれで、影男は本当に元どおりの生活に戻れるのだろうか? 

 

 

「ハァ……」

 

 

 夏油は額に手を当て、ため息をついた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 影男の不登校は二週間ほどで終わった。解決したのは真依で、朝マンション前に来たりと、甲斐甲斐しく彼女が接したことで影男はまた学校に通えるようになった。

 それと、今度は逆に浅桐が不登校になったらしい。

 

「理由はわからないけど、一週間前から休んでるみたいよ」

 

「……そっか」

 

 真依は「やっぱり先生を呪ってでも私が影男くんと同じクラスになっていれば…」と後悔している。

 その気持ちだけで影男は十分だった。同時に浅桐にモテていると思い込んでしまったことに対し、引け目を感じている。その件を正直に話した影男に、真依は一瞬ぽかんとする。そして、顔を近づけこう言う。

 

 

「ほかの女の子が影男くんを好きになったとしても、この世で一番影男くんを愛してるのは私なんだから」

 

 

 そんな熱い告白を受けてしまえば、純情少年はうつむいて顔を真っ赤にするしかない。

 それを見た真依は「かわいい」と内心でつぶやいた。

 

 

 

 浅桐がいない教室は驚くほど前と同じようで、いじめられていた少年にちょっかいをかける者は誰もいない。そこにいようとも気にせず、各々の時間を過ごしている。時折「浅桐さんさ、どうしたんだろうねー」という会話が聞こえてくる。出席確認を取った先生曰く、「今日も浅桐は家の都合で休みだ」とのこと。

 

「………」

 

 今はつかの間の平穏なのかもしれない。浅桐みのりが学校に来たら、きっとまたいじめが始まるのだろう。今度ターゲットになるのは影男かもしれない。だが他人がいじめられるよりは、自分が犠牲になった方がいいのかもしれない。いじめられるのは嫌だが。

 

 

 それから一か月ほどたったある日のこと。霊とか相談所に一本の電話が入った。

 

 

「娘が何かに取り憑かれている?」

 

 

 依頼主の名前は(株)アサギリホールディングスの代表である浅桐正志(あさぎりまさし)

 

 その娘の名前は、浅桐みのりだった。

 

 


 

・浅桐みのり

 いじめる上で、動物を殺すことができるタイプの外道。

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