茂山影男   作:ピンチャンよ永遠なれ………

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28話

 一か月ほど前からみのりの様子が急変したのだと、父の浅桐正志は語った。まるで別人のように暴れるようになったのだという。

 

 さまざまな精神科医に見せても原因は不明で、正志はついに霊能力者の力を頼ることにした。それなりに実績を持つ霊能力者たちに声がかけられ、その一人が夏油だったというわけだ。あくまで霊能力者は呪術師ではない。本当に()があるのなら、それこそ高専にスカウトされているからだ。つまりそのほとんどは“インチキ”ということ。

 

 

「高専にこの話は回っていないようだな…」

 

 

 夏油が高専に確認を取ったところ、向こうは浅桐みのりの話を知らなかった。正志は一介の社長だ。娘が霊だか悪魔だか、得体の知れないものに取り憑かれたという話が出回っては外聞が悪くなるからだろう。情報を制限しているらしい。

 

 夏油としては引き受ける気がなかった。助ける価値のない猿に手を差し伸べる趣味はない。しかしこういう時に限って、偶然居合わせた影男に話を聞かれてしまった。

 

 そのときは何もなく、翌朝影男は夏油に「浅桐さんを助けたいです」と打ち明けた。

 

「………本気かい?」

 

「はい。僕の力が役立つなら、()()()()な浅桐さんでも力になってあげたいんです」

 

「…ッフ、最低か」

 

 影男にここまで言われるとは。浅桐みのりは相当嫌われたようだ。

 

 

「わかった。この依頼、引き受けることにするよ」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 当日。豪邸にテレビに出たこともあるような霊能力者(自称)たちが訪れた。その誰もがまぁ胡散臭い格好をしている。

 

『ッケ、俺様が見えてねぇ時点でどいつもこいつも偽物だな!』

 

 ふよふよと漂う悪霊は雑魚ばかりだとイキリ散らしている。

 

 そんな胡散臭い連中の中に、袈裟姿の男と時代遅れなヤンキー姿の少年もいた。影男はみのりに正体がバレてはまずいので変装している。影男が髪をあげた姿をはじめて見たエクボは「………は?」とつぶやいた。

 

 

「ではみなさま、こちらへどうぞ」

 

 

 浅桐正志に案内されるがまま、一同は大部屋から地下室へと移動した。部屋は薄暗く、大きな鏡一枚を隔てた向こうの明かりがまぶしく映る。マジックミラー越しに浅桐みのりはいた。ベッドの上にいる彼女は手足を枷でつながれ、ベッドから移動できないようにされている。その光景に影男は思わず息を飲んだ。ついこの間までは他人をいじめて笑っていた少女が、今はベッドに拘束されてうつむいている。

 

 彼らはまず、スクリーンに映された浅桐みのりの幼少期の映像を見せられた。「パパ!」と駆け寄る少女は愛らしいが、甘やかされるうちにだんだんと、今の彼女につながる傍若無人の片鱗が見られるようになった。

 

「……呪霊の気配は感じられないな」

 

 目を細めた夏油の言葉に影男も同意する。みのりから特別な点は見受けられない。「何か、何か感じます……! これは悪霊の気配に違いありません……!!」と声を上げている輩もいるが、それはイキリ散らしている悪霊(エクボ)の気配だ。

 

「報酬はいくらでも払います…! どうか私の娘を救ってあげてください……!!」

 

 正志は深々と頭を下げる。その言葉に霊能力者たちは「必ずや助けてみせましょう」などと話しながら、内心では報酬のことに気持ちがつられていた。

 この依頼は浅桐みのりを救った者に多額の報酬が支払われる。つまり早い者勝ちだ。われ先にと出て、誰が一番最初に娘を診るかでいざこざが起きる。そこで順番決めに選ばれたのがジャンケンである。

 みな拳に黄金への思いを乗せ、ゴンさんスタイルで「最初はROCK(グー)……」とジャンケンにのぞんだ。

 

 

「うん。勝っちゃった」

 

 

 優勝したのは夏油だった。純粋な運による勝ちだった。特級術師の動体視力があれば、相手の手の動きを見てから、周囲に認知できない速度で後出しもできる。

 影男は付き添いという体なので、エクボとその場に残った。

 

「ねぇ、エクボも何も感じない?」

 

『あ? 俺様は特に何も感じてねぇぜ。……今のところはな』

 

「今のところ…か」

 

『呪霊の力は千差万別だ。中には気配を隠すのに特化したやつだっているだろ』

 

「うーん…そうだよね」

 

 夏油は何かしら思うところがあったのか、この件に最強の術師まで呼ぼうとしていた。…が、しかし向こうはお仕事で長期出張中だった。力技で間に合わせることもできるらしいが、それだと民間にかなりの被害が出るのでできなかった。

 

(……どうして夏油さんはあんなに心配してたんだろ?)

 

 特級が一人だけでも多大な戦力だ。まぁ、何か影男に話しにくいことがあるのだろう。

 

 

「はじめまして。君が浅桐みのりさんだね」

 

「……あなたは?」

 

「私は霊媒師の夏油傑という者だよ」

 

「霊、媒師…」

 

 

 夏油は近くにあった椅子に座り、いくつか質問をしていく。好きな食べ物や好きな趣味。そんなことから、家族との思い出など。

 それにみのりはスムーズとはいかないが、ポツポツと返していく。

 これではただのカウンセリングじゃないか、と外にいた一人が愚痴った。彼らからだと中の様子が見えるが、反対に中からだと外の様子は見えない。音も同時に外の音は中には聞こえない造りになっている。

 

「学校ではどのように過ごしているんだい?」

 

「……別に、普通に」

 

「そっか。普通に、ね」

 

「…………あなた、霊媒師って言ったでしょ」

 

「あぁ、そうだよ」

 

 みのりはシーツを握りしめた。ぎゅっと唇を噛む。パジャマの上からでもわかる、ほっそりとした体が小刻みに震えた。

 

「アタシが……アタシがおかしくなったって思ってるの!? 違うッ!! おかしくなったのはパパの方よ!!」

 

 みのりの目から次々と涙がこぼれる。その涙を拭おうとした彼女の腕がジャラリと音を立てた。

 

「急にパパが私を閉じ込めたり、ベッドに縛りつけるようになったの!! 私がおかしくなったから、って………こわい顔で睨んだり、強く叩いたり……」

 

 訝しげな視線が正志に注がれる。ベッドにつながれた少女の光景はやはり、痛ましい第一印象を霊能力者たちに与えたようだ。彼女の言葉が自然と同情を誘う。

 

「どうなんだよ、社長サン」

 

「つ、強く叩いたりはしてませんよ……」

 

「じゃあ()()()()()叩いたってことか?」

 

「そ、それは…………みのりが暴れたのを止めようとして……でも、わざとではなかったんです! あの時は!!」

 

「「………」」

 

 それに、とみのりは続ける。

 

 

「夏油さんみたいな、いろんな大人をこの部屋に連れてくるの。最初はお医者の人だったけど、中には怪しい人もいたわ。……私の体をやたらと触ってきたの。あの時、すごく気持ち悪かった…」

 

 

「……社長さん」

 

「そんな事実はない! …いや、あなたたちの前に一名の霊媒師を連れてきたこともあったが、その者は娘と話しているうちに突然泡を吹いて病院に運ばれたんだ……」

 

 

「お父さんの言ってること、信じないで。取り憑かれてるのはパパの方よ! 言ってることだって、支離滅裂だわ」

 

 

「みのり! どうしてそんなことを言うんだ!! やはりお前は悪魔に取り憑かれているんだ……!!!」

 

 

「私は呪われてない。中身だって変わってない。悪魔にだって乗っ取られてない……」

 

 

「みのりッ!!!!」

 

 

「娘の私にここまでするなんて……お父さんは異常よ」

 

 

 みのりは手で顔を覆い泣き出した。夏油は静かにその様子を見つめる。

 

「助けて、お兄さん……。こんなところに閉じ込められてたら、私本当におかしくなっちゃうわ」

 

「…そうだね。最善は尽くすよ」

 

 夏油が外に出たとき、霊能力者たちのほとんどが父親の正志を非難がましい目で見ていた。それに弁解するように正志は「違うんだ!!」と声を荒げている。

 

「どうでした、夏油さん?」

 

「………そうだねぇ」

 

 確かに普通なら、父親の方がおかしいように思えるだろう。

 

「気づいたかい、モブくん」

 

「……何がですか?」

 

「あの少女の一人称が突然変わったことだよ」

 

「…あ」

 

「幼少期の映像では、浅桐みのりは「アタシ」と言っていた。それに父親のことも「パパ」と呼んでいたが、今の彼女は「パパ」「お父さん」と異なった呼び方をしていた」

 

 呪霊の気配はしないが、夏油の勘ではクロに近い。それも、おそらく事態はかなり悪い方向に向かっている。

 あそこまで巧妙に少女に取り憑いているならば、相手の知能は相当に高い。

 

 

「影男くん、君は一旦エクボと外へ……」

 

 

 そこで部屋を仕切っていた窓ガラスが割れた。夏油はとっさに影男をかばい、影男は手で自分たちを囲むようにバリアを作る。悲鳴が上がる中、パキンと何かが割れる音がした。音の先で鎖を壊し、ベッドから立ち上がる浅桐みのりの姿がある。

 

 

「闇より出でて闇より黒く────その汚れを禊ぎ祓え」

 

 

 屋敷全体が黒い結界に覆われる。

 

 帳を下ろした本人は口角をゆるりと上げる。先ほどとは違い漏れ出た呪力に、霊媒師たちは立ち上がれなくなった。彼らの体はまるで子鹿のように震えている。

 立ち上がっているのは夏油と影男のみ。エクボの方は影男の後ろに隠れ、「ヤベェヤベェヤベェって!!!」と縮み上がっていた。

 

 浅桐の姿で、彼女のものではない声が発せられる。

 

 

「『久しぶりに会ったね、茂山影男くん』」

 

 

 彼女の中にいるその何者かは、うっそりと笑った。

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