茂山影男 作:ピンチャンよ永遠なれ………
「ど、どうなってんだ!? 外に出られねぇ!!」
どうにかエセ霊媒師たちが外に出ようとするが、見えざる壁に塞がれ彼らは外に出ることができなかった。
「『無駄だ。外から入れる代わりに、中からは一切出られないよう結界を組んである』」
浅桐に取り憑いた何者かに名を呼ばれた影男は冷や汗を流した。向こうは自分を知っているようだが、彼は知らない。聞こえた男の声にも聞き覚えはない。
「げ、夏油さ…」
「君は前に出るな。絶対に」
「……ッ、わかりました」
夏油は影男に視線はよこさず、じっと前を見つめている。無表情に冷えた視線が少女を捉えている。今にも殺してしまいそうな殺気。心臓が冷えていく感覚に影男は思わず袈裟の袂を引っぱろうとしたが、その前にエクボの声に遮られた。緑色の呪霊は小声で逃げるように言う。
『シゲオなら本気を出せばこの結界を壊せるかもしれねぇ! とにかく奴とは関わるな!!』
「……エクボは何か知ってるの?」
『あぁ、知ってるぜ。奴は……』
エクボが話そうとした手前、逃げられないと悟った霊能力者たちが勇敢……いや、この場合は愚かな行為であるので、
「『邪魔なハエ共だ…。力量差もわからんのか』」
「この私の力を見せるときが来たようですね…」
「かの有名な浄堂様が前に出らえたぞ!!」
「俺たちも続けー!!」
「『………まぁ、少し遊んでやろう』」
エセ霊能力者たちは思ったよりも元気だった。トンチキ霊媒を行う人間だからこそ、そこらの
ちぎっては投げられ、ちぎっては投げられ──な無様な姿をさらしてはいるが。
駆けようとした影男は夏油に手で制され、渋々止まる。
「エクボ、あの少女に取り憑いている正体は何者なんだ?」
『………奴の名は『
「最上啓示?」
その名を聞いた夏油が反応した。「お前も名前は知っていたか」とエクボは話す。
最上啓示。それは今から40年以上前に高専に在籍していた呪術師の名前であり、同時にあることを機に呪詛師へと転じた男の名前だった。
「……最上は私と同じ、呪霊操術の使い手だった人物だ」
◇
今から40年前と言えば当然影男も夏油も生まれておらず、あの夜蛾が一桁の子供だった頃だ。
高専時代の最上は特級でこそないが、その力を使い人々を救っていた。この時点ではまさか彼が裏切るとは高専も思ってはいなかった。
しかしある時期を境に最上は高専をやめた。ちょうどその時期は彼の唯一の肉親が原因不明の呪いで死んだ時期と重なり、最上が呪詛師落ちした原因はここにあったと考えられている。
そして、のちにある地域で呪霊が大量発生した情報を受け、高専が総出で対処する事態に見舞われた。調べると、ある建物で呪霊に食い荒らされた最上啓示の死体が見つかった。呪霊の大量発生は彼が亡くなったことで、呪霊操術で取り込まれていた呪霊が暴走したことにより起こったものだと明らかになった。
ただ、彼の死因は首吊りによる自殺だった。
「エクボは最上啓示と知り合いなの?」
『…一度、奴に殺されかけたことがあるんだよ。当時、力を蓄えていた俺様が手も足も出なかったんだ。何とか隙を突いて逃げることはできたが………せっかく集めた呪力のほとんどを失っちまった』
最上と面識があったからこそ、エクボはその呪力の特徴に気づいたのだ。あの時、相当な数の呪霊を取り込んでいたと思しき最上は、もはや人の皮をかぶった呪霊のようだった。
『今の奴は、あの頃より強ェ……』
「でも、夏油さんは特級術師だよ?」
『バカやろう! 最上は当時、
現代最強の術師がここにいれば確実に勝てるだろうが…と愚痴るエクボ。帳が下ろされた状況では連絡手段は使えず、かと言って外に出ることもできない。
(やはり上層部が絡んでいそうだな)
夏油は小さく舌打ちをこぼす。特級案件の大半は五条に回ってくるので忙しいのは知っているが、タイミングが良すぎる。
しかし最上啓示のねらいは影男のようだ。そこが夏油は引っかかっている。てっきり自分を狙ったものかと思っていたからだ。
「『飽きた。遊びはしまいだ』」
吹き飛ばされた霊媒師たちが床に転がる。ステイされていた影男が駆け寄ったが、気絶こそしているが命に別条はなさそうだった。
パキポキと肩を鳴らし、浅桐に取り憑いている最上が前に出る。相対するのは夏油傑。くしくも呪霊操術使い同士だった。
「……最上啓示」
「『何だ。私の名前を知っているのか』」
最上は影男にひっついてるエクボにも気づいたが、自分が以前取り込もうとした呪霊だとは覚えていないようだ。
夏油の側には一級が複数体。また特級仮想怨霊である『
かくして呪霊操術使いの戦いがはじまった。
──かに、思われた。
「待って、夏油さんッ!!!」
影男はさっきはつかみ損ねた袈裟の袂をつかんだ。真っ黒な瞳は不安に揺らいでいる。
「最上は浅桐さんに取り憑いてて……」
「……影男くん」
「あの中には浅桐さんの人格が残ってるはずなんです」
「浅桐みのりの
「でも……でもっ!! 仮に浅桐さんの人格が残っていたとして、このまま戦ったら、彼女も……」
影男は最上が霊能者たちと遊びに興じているときに一度祓おうとしたが、最上は浅桐と密接に結びつき肉体から追い出すことができなかった。
つまり今最上を祓うには、浅桐みのりごと殺すしかない。
「『君は甘いな。甘すぎる』」
最上はこれまで浅桐みのりを通して茂山影男の様子を見ていた。やさしい少年のありふれた日常の姿を。
「『安心したまえ。浅桐みのりの人格は残っている。私の存在を彼女は知らないし、私が表に出ることで生じる現実での齟齬も気づいていないがな。まぁ戦いの最中、本来の精神が戻ることも無きにしも非ずだ』」
そう言い、最上は自分の人さし指を手の甲に付けるようにポキッと、まるで枝を折るように曲げてみせる。その直後彼女は「………え?」とつぶやき、己の指を見た。
「い゛っ………あああっ!! ────『と、このようにね』」
「お前ぇ……ッ!!!」
その瞬間、影男の目が真っ赤に染まった。同時に呪力が噴き出る。放出されたうねりに巻き込まれたエクボは勢いよく吹き飛び、壁にベチャッとぶつかってずり落ちた。
放たれた呪力の矛先は一点へと集中する。衝撃を受けた最上は一瞬、浅桐の体から抜け出た。それは人の形を成さない巨大なドクロ。それが大口を開けて笑う。
『無駄だ。だが、実にすばらしい力だ』
浅桐と最上のつながりがより密接になった。最上が先ほどの衝撃から吹き飛ばされないよう、より彼女の体と同化したことで。
もはやこれは憑依の範疇ではない。融合である。浅桐みのりが最上を基盤とした呪霊になりかけている。
影男は肌で感じた。この男は自分よりも強いと。
(浅桐さんが………)
「影男くん」
夏油の手が影男の肩に置かれた。
「私が殺る」
「ぼっ、僕が……手を出さなきゃ、まだ浅桐さんを救う方法があったかも、しれないのに……っ」
「君は悪くないよ。だから、しっかりしろ」
「………」
ボロボロと涙をこぼす少年に、夏油から移った格納呪霊が巻きつく。何となく格納呪霊には影男の場所が居心地がいいらしい。まぁそんな事実、固まった夏油は知る由もない。
『…………方法なら一つだけあんぞ』
「え?」
エクボは居心地が悪そうに言う。
『………あの娘の肉体に入って、内側から最上を追い出すんだよ』
しかしてそんな芸当できるのはエクボくらいだ。当然エクボは自分が最上に勝てるとは思っていない。ゆえにこの案はまったく使えない。それでもみっともなく泣く少年を見ていたら、黙ったままでいることはできなかった。
「……そっか、その手があったか」
「…モブくん?」
『シゲオ?』
夏油に視線を向けられて、「俺様は絶対に嫌だぞ!」と拒否する緑のソフトクリーム。
「『話し合いはもういいか?』」
最上があくびをしながらつぶやく。この余裕は強者であるがゆえか。
影男は小声で自分の作戦を伝えた。それに夏油は反対したが、それでも押し通す。最終的に夏油が折れることになった。
(五条さんも言ってたじゃないか。僕の呪力は
その自由な力は、まるで若者の可能性を表しているようだ──とも、五条悟は表現した。
だから、影男は覚悟を決め、イメージした。自分の魂を呪力で覆うイメージを。
夏油が戦い、そして自分の体が不意打ちで最上へ肉戦するのを見届ける。できる一瞬の隙を見逃さない。あたりは夏油の出した呪霊と、最上自身の気配で禍々しい空気になっている。例えるなら濃霧のような状況だ。この中で気配を殺し、そしてタイミングを見計らう。
そして、その時は来た。
伸びた最上の爪が影男の顔に当たる。すると夜露死苦マスクが取れた。その顔を見た瞬間、浅桐の──最上の目が見開かれる。
「『まさか、貴様は……!!』」
「おうよ、その通りさ。────今だ、シゲオ!!!」
影男の体でシニカルに笑ったエクボ。かけ声を合図に、最上の後方に潜んでいた影男(幽体離脱した姿)はその体へ入り込んだ。
直後浅桐の体が倒れ、影男に入っているエクボが受け止める。
「まっさかシゲオのやつ、マジで幽体離脱できちまうとはな……」
「………」
「あ? おいどうした夏油。顔色が悪いぞ」
「黙れ」
「…えっ?」
「口を開くな」
「ええ………?」
上がった髪。最上の攻撃でできた口元の傷。それと野朗な雰囲気に、引っ付いている格納呪霊。
役満の宝石箱で脳が破壊される。エクボに向く夏油の目は、これまでの中で一番冷えていた。
あとは影男が浅桐みのりの中で最上に勝つのを待つしかない。
これは賭けだ。それでも、夏油もエクボも影男を信じることにした。
・最上啓示
『呪霊操術』の使い手。
母が原因不明の呪いで寝たきりになり、その医療費を稼ぐため、今から四十年以上前に高専へ入学。
そして母親の死亡後、呪詛師へ転じる。
最期は首を吊り自殺。
高専は総出で事の対処に追われた。この中には若き日の楽巌寺もいた。