茂山影男 作:ピンチャンよ永遠なれ………
「懐かしいねぇ。こうして三人で並んで座るのも」
昔ながらの屋台を占拠する三名の呪術師。左から順に五条、家入、夏油となる。
ガタイのいい男二人に挟まれた硝子は、肩を狭めながらおでんと酒を頼む。
「窮屈そうだね、硝子」
「お前らがもっと横に移動してくれればいいんだよ」
「すでに私も悟も片足が出てるんだけどね」
「あれ見たいじゃね? 昔三人でやった挟んで飛ばすやつ」
五条が言ったのは4×4マスの中で赤、または青のコマを使い、縦横斜めのいずれかに三つ並べて勝敗を競うボードゲームだ。まるばつゲームと原理は同じだが、このゲームでは相手のコマを自分のコマで挟んだ場合吹き飛ばすことができる。
「懐かしいなぁ…」
「『シンペイ』だっけ、確か? 私と五条に挟まれた誰かさんがいきなり吹き飛んだから、いつの間にかやらなくなったよね」
「「………」」
「おでんに酒、最高だわ〜」
寒くなった空気など気にせず硝子は次々とおでんを食べる。「まぁ、また三人でやればいいじゃん」とつぶやけば、両サイドの箸が動き出した。
「……悟、
「悪りぃけど、特には」
「そうか…」
最上啓示の件からまだそこまで月日は経っていない。あの日、かなりの物的被害を出して伊地知くんを泣かせた五条は、すぐさま夏油のもとに駆けつけた。
その時はすでに帳は術者である最上が祓われていたことで破壊。屋敷は全壊していた。建物が倒壊した原因は呪力暴走を起こしていた少年だった。
(──そもそも、モブくんのアレは本当に呪力暴走だったのか?)
暴走していた時点で茂山影男には意識がなかった。夏油やエクボが呼びかけても反応しなかった。
影男のものとは思えない禍々しい呪力。最上に取り憑かれた線も考えたが、何か考え込んでいた五条は首を振って「取り憑かれてはいない。呪力暴走だ」と語った。
また最上の件もだ。おそらく肉体の依代とするために影男を狙っていたようだが、ならばわざわざ夏油を巻き込む理由があったのか? これまでの一連の出来事を踏まえれば、確実に夏油を陥れるような動きはあったはずだ。
「そう怖い顔をするなよ、夏油。せっかく養い子が目覚めたばかりなんだし」
「そうだぜ傑。飲め飲め」
「酔ったら面倒だからいいよ」
「私の酒が飲めないってぇの?」
同期からアルハラを受ける夏油。普段は涼しい顔の男を酔いつぶさせて遊ぶのが五条と硝子の恒例になりつつあった。
◇
三年と言ったら受験だ。と言っても、影男が入る予定なのは呪術高専。受験勉強に追いまわされる心配はない。そもそも高専では任務があり、その過程で勉学どころではなくなることが多々あるからだ。例外として勉強が趣味な目が細い人が京都校にいる。
「だからって勉強はサボっちゃダメよ、影男くん」
「はい……」
入院していたことで授業が大幅に遅れてしまった影男は、その分を取り戻すため時間があるときに真依先生に勉強を教わっている。今日は影男のマンションの、しかも自室で二人きりだ。何気に真依が彼の部屋に入るのははじめてだった。空気の読める悪霊は外へ散歩に出掛けている。
「ふーん。モブくんの部屋ってこんな感じなんだ」
「あ、あんまり触らないでよ……恥ずかしいから」
「そう? …もしかして私に見せられないものでも隠してるの?」
「!? そ、そそ、そんなわけない…!」
明らかに怪しい雰囲気で影男は飲み物と茶菓子を取りに行った。まさか真依が本当に部屋を探らないと思っているのだろうか? 男子の隠し場所の定番といったら本棚の奥。もしくはベッドの下。
「あっ…!!」
真依がベッドの下をのぞくと、そこには何冊か雑誌があった。表紙は薄暗いせいで見えない。
間違いない。これはエッチなアレだ。性欲とかけ離れたような振る舞いを普段はしていても、やはり影男も思春期ということだろう。
【パンダClub 4月号】
【パンダチャンチャンの成長記録】
【転生したらパンダだった件 ~え、パンダの俺が世界を救っちゃったってマ?~】
「…………」
そう言えば、影男のスマホのロック画面もドヤ顔を決めるパンダだった気がする。
真依が謎の敗北感を味わっている時、部屋に入ってきた影男は「え……? わあああっ!!!」と叫んだ。
何が…とは言わないが、ちょっと期待していた真依の気持ちは裏切られた。
以降、彼女はパンダを「哺乳綱食肉目クマ科ジャイアントパンダ属」と呼ぶようになる。
◇
影男の知り合いで呪術高専に入る予定なのは真希と真依、パンダと狗巻、美々子と菜々子だった。仮に全員が東京校に入学すれば総勢7名になる。これはかなり多い方だった。年度にもよるが、2、3名の割合が多い。
一波乱あったのは夏ごろのこと。お盆中に帰省した真希と真依が、通うならば東京校ではなく京都校にするよう命じられたのだ。そもそも禪院家はそこで一つの組織を形成している。呪術高専に通う者の方が珍しい。
この件には五条悟の存在が関係していた。「五条家が幅を利かす東京校には通わせられん!」と反対する派閥と、「これを機に五条家との関係修復の足がかりにしてもよいのではないか」と賛成する派閥で見事にわかれた。
結果として当主の直毘人は今回、反対派の声を飲むことにした。こちらの方が賛成派よりも人数が多かったからだ。これは五条がせっかくの相伝持ちをかっさらってしまったことが原因にある。そもそもその父親を虐げたのは彼らなのだが。
「ハァー、ミミナナたちと離れちまうのか……」
「…そうね」
屋敷の部屋で二人は落ち込んでいた。なんとか食い下がろうとした彼女たちだが、当主の決定には逆らえなかった。家内で腫れもの扱いされている二人でも、名前には『禪院』がある。
「影男がこのことを聞いたらどうすんだろうなぁ」
「狗巻くんや、哺乳綱食肉目クマ科ジャイアントパンダ属は東京校だものね…」
「………ん?」
妹が何か長ったらしい名前をつぶやいた気がする。布団に横になって天井を見上げていた真希は、視線を真依に移した。彼女は今メガネを外していて互いに髪が長いため、こうして見ると瓜二つである。
「なに、どうしたの?」
「……お前、パンダに恨みでもあるのか?」
「恨み? 別にないわよ」
「でも哺乳……なんとか、ジャイアントパンダって言っただろ」
「『哺乳綱食肉目クマ科ジャイアントパンダ属』よ」
「哺乳綱食肉目クマ科ジャイアントパンダ属……」
影男関連かな…と思った真希は、頭の中で何度も「哺乳綱食肉目クマ科ジャイアントパンダ属」を反芻させる。次第にツボってきて、枕に顔を埋めて笑いをこらえた。
「……なぁ、真依」
「何?」
「もし………お前が影男と結婚したらさ、私も一緒に住んでいいか?」
「いやよ」
「……………そうか」
夜がこうして更けていく。
それから。
「直毘人様、私からひとつお願いがございます」
家に帰る前、真依は直毘人に謁見した。
◇
久々の禪院姉妹の大げんかだった。
はんなり毒舌の直哉で鍛えられた禪院真希と、煽りの天才禪院真依。けんかの軍配は真依にあがり、とうとう真希が家出した。影男の元に転がり込んだ彼女だが、さすがに男二人の場所に住まわすわけにはいかんと、夏油が一時的に事務所を貸した。
一夜明けて詳しい事情を聞くと、真依が当主に自分が京都校に行くから、真希は東京校に行かせてほしいと話したらしい。
「勝手に決めやがってアイツ!! 何が「どうせアンタは友だちを作るのが難しいから東京校にしときなさいよ」……だ!!」
「まぁまぁ、真希ちゃん…」
「気を遣われなくたって、私も京都校でいいっつうの!!!」
真希が台パンしたテーブルがバキィ、と音を立てて壊れた。暴れ真希をなだめつつ、影男は壊れたテーブルを直す。
「真依ちゃんも真希ちゃんを思って行動したんだろうし…」
「ンなもん、私が一番わかってる!! だから余計に腹立たしいんだよ!!」
中学に行く時はお互いに思春期でけんかが多く、妹の恋を応援したいというのもあったので、別々の中学に通った。学校は違くとも家では一緒なのだから、真希はさほど寂しさを感じていなかった。だが東京と京都では話が違う。気軽に週末に会いに行ける距離でもない。それに。
────たまには私にも、
この一言で真希は負け、家出した次第だ。
「それで、真希お姉さんはいつまで家出するんだい?」
「………」
肩をすくめた夏油は事務作業に戻った。
どうすればいいか真希もわからない。お姉ちゃんなのに、こんな醜態をさらしてしまうだなんて。
「真希、やっぱりここにいたのね」
「………!」
うつむいていた真希がとっさに顔を上げると、そこには真依の姿があった。ハァー、と息を吐いた真依は姉の前に立った。「ん」と、彼女は手を差し出す。
「帰りましょ」
「……けんか中なのに、帰れるかよ」
「ごめんなさい。これでいいでしょ?」
「心がこもってねぇ謝罪だな……」
「あら、いつものことじゃない」
真希の手が真依の手をつかんだ。妹に引っ張られていく真希の後ろ姿を影男は見つめた。同時にかすかな声で「……私も悪かったよ」という声も聞こえた。
ひとまずこれで二人のけんかは終わりそうだ。影男は立ち上がると書類とにらめっこしている夏油のもとに行く。
「夏油さん」
「……ん、なんだい?」
「僕、京都校に行きます」
「京都…………京都?」
「はい。京都校に行きます」
影男は、柔らかく微笑んでそう言った。
◇
春だ。
長年住んだマンションを離れ、僕は京都校の寮に住まうことになった。親元を離れる心づくりをしていたら、夏油さんも京都に移った。というか『霊とか相談所』を休業し、京都校の先生になった。部屋は別々だけど、夏油さんも寮住まいだ。同じく庵さんも先生をしているらしく、夏油さんがあいさつに行くというので僕もついていった。
「やぁ、歌姫」
「『さん』をつけろ、前髪ヤロォ……!!」
「相変わらず元気が有り余っているね。何かいいことでもあったのかな?」
「影男くん、影男くんはこんな嫌な大人にならないでね……ッ!!」
夏油さんは庵さんに手土産を渡した。現地で買った八ツ橋だ。なんで現地調達したみやげを持ってくるのか、と庵さんはまた怒った。
「にしても、モブくんったら大きくなったわね。私とそう変わらないじゃない」
「えへへ……」
「久しぶりに親戚の子どもに会ったおばさんみたいな言い方だね」
「首都に帰れ、特級術師夏油傑ゥ……!!」
ここに五条さんも加わっていたのだと思うと、庵さんは相当大変だったんだろうな。夏油さんは次に学長に挨拶にしに行くというので、僕はその場に残った。
「子は親に似ないお手本のような例ね…」
「あの、庵さん。気になったんですけど、その顔の傷はどうしたんですか?」
「えっ? ……あぁ、この傷?」
庵さんは少し言い淀み、任務で負ったものだと話した。反転術式でも、大きな傷や火傷痕は『再生』した結果のカタチになる。だから、傷跡が残ってしまう。
家入さん曰く、ここは使い手によっても練度の差が出てくるから、一概には言えないって教えられた。
「……痛かったですか?」
「受けたときは痛かったけど……って、別にアナタが気にすることじゃないわよ」
「………」
僕がいたら治せてたんじゃないかな。どうしてもそう思ってしまった。
苦笑した庵さんが手を伸ばし僕の頭を撫でる。ちょっとドキッとしてしまった。
「甘すぎる考えは捨てなさい。……でも、ありがとう。その気持ちだけで十分よ」
「…はい」
甘すぎる。最上や、そのほかの人にも言われたことがある言葉だ。
「あと先に言っておくけど、今の二年の男どもはめんどくさい奴らだから気をつけなさい」
「えっ?」
「特に髷頭の『東堂』ってやつは要注意人物よ。見かけたら即逃げるくらいの意気込みでいて。……まぁアンタも男だし、避けられない道だろうけど…」
「……そ、そうですか」
庵さん学生時代も大変だったみたいだけど、先生になってからも大変なんだな…。
「久しぶりやね、影男君」
「……え?」
後ろから肩を叩かれて振り向いたら、紙袋を持った禪院の金髪の人がいた。僕の顔を見ると、禪院さんは一瞬驚いた顔をする。
「これ入学祝いや。その口元いつ怪我したん?」
「えっと、去年…じゃなくて、一昨年にちょっと」
「あぁ、君って自分に反転術式は使えんかったんやっけ」
「あの、何で禪院さんはここに…」
「禪院さんはなんて堅苦しく呼ばんで、「直哉君」でエエで? 一時期でも家族やったんやし」
「エェ………」
庵さんに視線を向けたら、めんどくさいものを見る目で禪院……直哉さんを見ている。
「……彼もここの新しい先生になったのよ」
「そういうことや。傑君はまだそのこと知らんけど」
その後、夏油さんとエンカウントした直哉さんは出会い頭に襟首をつかまれていた。
・真希
入学祝いだよ、で夏油から游雲やいくつかの呪具をもらった。「!!?」ってなった真希ちゃん。
・五条
すぐっ……何でおまえ京都なんだよ…!! ってちょっと拗らせた。今年の生徒は教育のしがいがありそう。
・ミミナナ
高専に入るか押しかけ女房になるかで悩んだ。16歳になったら結婚できるからね。日本は一夫多妻制じゃない? 呪術界には側室の概念があるんだから問題ないって。なお夏油は何も気づいてない。夜蛾先生の心労もすごい。
・歌姫
東堂、加茂、夏油、直哉。誰かたすけて……。
・直哉
何で影男への好感度が高いんだろうね。お友もち…。
・夏油
「やぁ、元気そうだね歌姫ちゃん。何かいいことでもあったのかい?」(別櫻井)
きな臭い高専に養い子を一人で行かせるわけにはいかんかった。一年担任。
・真依
影男くん………!!! 恋はハリケーン。
・影男
新入生に男子がいるぞ!!!!! 囲め囲めェェ!!!!!