茂山影男   作:ピンチャンよ永遠なれ………

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高専生編
32話


 今年度京都校に入学した一年は四名。男二人、女子二人の組み合わせだ。

 

「私は今年度一年を担当することになった、特級呪術師夏油傑だ。ひとまず最初は自己紹介からしようか」

 

 ちょうど教室の中央に座る水色の髪の少女、三輪霞は挙動不審に両サイドを見る。

 廊下側の右隣は美少女が座っており、さらにその奥に地味めな少年が座っている。この二人の席はなぜか、少女が机を寄せる形でピッタリとくっついていた。さも元からこの二つの机はセットでしたよ、と言わんばかりに。

 対して左側にはメカが座っている。

 そして前を見ると袈裟姿の塩顔イケメン。濃ゆい。特にメカが。

 

 

「じゃあモブくんから」

 

「えっ、ぼ、僕から? ………えっと、僕は茂山影男です。趣味は空を眺めることで、好きな食べ物はたこ焼きとか、牛乳です。よ…よろしくお願いします」

 

 その次は長髪の美少女だ。毛先が若干内側に巻いている。

 

「私は禪院真依。影男くんの彼女よ。苗字で呼ばれるのは好きじゃないから、呼ぶときは名前で呼んでちょうだい。趣味はサボテンで、好きな食べ物はジャンクフードよ。よろしく」

 

(………カノジョ?)

 

 三輪の耳が正しければ、真依は茂山の彼女だと言っていた。こんな美少女のハートを射止めるとは、人は見かけによらないらしい。

 それに夏油が茂山を名前ではないあだ名で呼んだことから、この三人は旧知の仲なのかもしれない。

 

 三輪はそもそもスカウトで入ったので、まだ呪術界の詳しいことは知らない。ゆえに担任が特級呪術師だと聞いても、それがどれほどすごいか実感が湧かない。

 

「わ、私は三輪霞です! 特技は節約! 好きな食べ物は鍋で、嫌いな食べ物はパクチー…。あ、あと下に弟が二人います!」

 

「あ…僕もパクチー苦手だよ」

 

「茂山くんもですか?」

 

 奇遇ですね、と言いかけた三輪は真依の目がスッと細くなったことに気づき、言葉を飲み込む。内心で「コエー! 美少女の睨みってコエー!!」と叫んだ。

 

 最後は未だ一言も発していないメカの番だ。みなの視線が集まる中、若干一名はメカを前にして目をキラキラさせている。

 

「俺は究極(アルティメット)メカ丸ダ」

 

 ………。

 

 しんとした教室。続きを待てどもそれ以上メカ丸が語ることはない。

 

「あ、あの、究極(アルティメット)くん」

 

「………メカ丸でいイ」

 

「わ、わかった。メカ丸くん、その……ボディを触ってみてもいい?」

 

「断ル。俺はお前たちと仲良くする気はなイ」

 

 また教室が静まりかえった。その空気を払拭するように夏油が手を叩く。

 

 

「まぁ、君たちは入学したばかりだ。それに家系で入った者や、一般家庭から入った者と、その一つを取っても大きな違いがある。かく言う私もスカウトされて高専に入った口だ。最初の時期は呪術界の知識なんてまったくなかったよ」

 

 

 夏油の言葉一つ一つが生徒に寄り添うようなもので、三輪は共感を覚えながら時折相槌をうつ。

 

「術師であると同時に、君たち四人はまだ子どもだ。困ったときはいくらでも私や歌姫先生を頼ってほしい。もちろん頼るのは隣にいるクラスメイトでもいい。そうやって少しずつ、お互いを理解していこう。まずはそこからだ」

 

 ニコリと笑った夏油に三人はうなずく。一人うなずかないメカは先生の視線が向くと、少しの間を置いて渋々うなずいた。

 

 

(夏油さんって、前に立って話すのが上手いなぁ…)

 

 

 影男はこの時、教祖夏油の資質を感じとっていた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 一か月ほど経つと、学校での生活も慣れてくるものだ。料理も頼めば作ってもらえるので、自炊の心配はない。だがしょっちゅう真依が料理を振るまってくれる。自分の料理なしでは生きられない体にしてやろうと、真依の企みは少しずつ進行している。

 

 クラスメイトについては三輪とはチラホラと話すようになった。メカ丸は相変わらず周囲と関わろうとしない。また、真依と三輪は二年の『西宮桃』という生徒と仲良くなったようだった。西宮は教室が地獄だからと、頻繁に一年の教室に来た。

 

 それと先生について。夏油は教師になる上で、一時的に高専に所属する形になっている。そのため普通の呪術師のように依頼を引き受けている。彼がいないときは直哉が入り、特定の生徒ばかり優遇する事態が起こった。

 

 ちなみにエクボについては厳密な審査を受けたのちに登録され、高専の結界内に入ることができる。──が、いるときは影男か夏油の側にひっついている。

 

 

「そういえば、寮って露天風呂もあるんだよなぁ…」

 

 

 自分の部屋にユニットバスは完備されている。しかしそれとは別にシャワールームや大浴場もある。どちらを使うかは人の好みだろう。

 広い風呂に興味をそそられた影男はその日の夜、大浴場に向かった。

 

「広い……!!」

 

 泳ぐこともできる浴槽の広さだ。風呂にはおもちゃのアヒルを頭に乗せた先客が一人いる。影男は体を洗って、次に髪を洗い、それから湯船に浸かった。

 

「ふぅ……」

 

 体が弛緩して息を吐いたところで、横から声がかかった。

 

「君は新入生か?」

 

「え? あ、……はい。今年入った一年の茂山です」

 

「……なるほど。君があの茂山影男君か」

 

 男は二年の『加茂憲紀』と名乗った。加茂……と考えて。影男はハッとする。

 呪術御三家の一つ、加茂家。このアヒル男はその家系の子どもということだ。

 

「これは個人的興味だが……君とは一度会ってみたいと思っていたんだ」

 

「加茂家の人が僕のことを知っているんですか?」

 

「知らないのか? 君は結構有名だよ」

 

 過去に起こした禪院家での騒動。メンツにかけて禪院家はこの噂が広まらないよう対処したが、当然アンチ禪院家もいるわけで──この話はすぐに広まった。

 ついでに夏油の件も話が広まっている。

 三輪も西宮から影男が夏油の養い子だと聞き、真依に真相を確かめたばかりだ。

 

「等級も入学したてで一級。異例のことだ」

 

「はい……」

 

「ところで茂山君はコーヒーは好きかい?」

 

「コーヒー…ですか?」

 

「あぁ。私はコーヒーが好きなんだ」

 

 “By the way, do you like coffee?”────“Coffee?”────“Yes.I like coffee.”

 

 そんな中学生の教科書に出てくるようなやりとりが続く。

 

 

 次第に影男は加茂の天然な空気感に引きずりこまれていった。影男も空気を読めないところはあるが、ここまでではない。歌姫のストレスの一端を担っているのがこの男なのだろう。

 肝心の加茂はただ自己紹介をしている(つもり)だけだった。

 

「すみません。僕のぼせてきたのでもう出ますね…」

 

 湯船から上がる影男に対し、加茂はまだ入っている気らしい。影男は頭に乗せていたタオルを腰に巻き、入り口に向かった。いつかはメカ丸とも仲良くなりいっしょに風呂に入ってみたい。…いや、メカの彼が風呂に入れるのだろうか? 防水加工がしてあるなら入れるかもしれない。

 

 

「ム?」

 

「わぷっ」

 

 

 戸を開けた次の瞬間、影男は何かに顔をぶつけ尻もちをつく。ぶつけた鼻を押さえながら見上げると、そこには隆々とした筋肉があった。

 

(これは………部長並みの筋肉だ…!!!)

 

 腕を組んだ男は品定めするように影男を見る。

 肉体改造部で培われた筋肉は一般の男子と比べればそれなりについている。だがそれでも成長期が筋肉に追いついていない。つまり全体的に見ると影男の体はほっそりしている。

 

「まだまだと言ったところだな。ところでオマエ、見ない顔だが一年か?」

 

「……はい。一年の茂山影男です」

 

「そうか。俺は二年の東堂葵だ」

 

「!!」

 

 東堂。歌姫が要注意人物として上げていた男だ。ごくりと影男の喉が鳴る。逃げようにも出口に東堂が仁王立ちしているのだから、逃げられるわけがない。ワンチャン助けてくれないかな、と思い加茂を見たが、開けてんだか開けてないんだかわからない糸目は虚空をとらえている。アレ絶対に寝てないだろうか? 

 

 

「俺から一つ問わせてもらおう、新入生。

 

 ────どんな女が好み(タイプ)だ?」

 

 

「ッ………!?」

 

 

 気のせいではない。風呂場の空気がどっと重くなった。その原因の中心に東堂がいる。

 

「僕のタイプは……髪が長くて、やさしい性格で、笑顔がすてきな人です」

 

「それがオマエの答えか?」

 

「はい」

 

 そこでふと、影男の脳裏に笑顔の真依が浮かんだ。寮付きの学校ともなれば、彼女と過ごす時間も増えた。

「いや…」と言いかけたところに東堂の言葉が重なる。

 

 

「ふぅ………実につまらん回答だよ。茂山影男」

 

 

 隆々とした筋肉から振り出された拳が影男の腹に当たった。

 吹っ飛んだ体はタイルの壁をぶち破る。

 

「ガハッ……!!?」

 

 まさか初対面の先輩がいきなり殴ってくるとは思わず、バリアすることもできなかった。普通後輩を殴るか? 

 派手に水しぶきが立つ。立ち上がった影男は「え?」と固まる。彼がいるのは湯船だ。衝撃で落ちたタオルが浮かんでいる。だがそれ以上に異常事態が起きている。

 

 何せ真依と目が合ったからだ。裸の禪院真依と。

 

「……………えっ?」

 

「影男、くん、のっ………」

 

「!? なんかすごい音がしたんですけど、どうしたんですか!!?」

 

 髪を洗っている最中で目を閉じている三輪は状況がわかっていない。タオルで体を隠した西宮は「サイッテー……」と、養豚場の豚を見る目で影男を見た。

 

「ごめん!!!!! 本当にごめんっ!!!!!!」

 

 両手で顔を覆い空いた穴から戻ろうとした影男は、滑って転んだ。風呂場で目を閉じて走れば当然そうなる。その拍子に頭を打った彼はそのまま気絶した。

 

 

「悪いな。壁を壊してしまったようだ」

 

「「「キャアアアアアアアアアッ!!!??」」」

 

 

 穴からひょっこり現れた東堂に、三人の悲鳴がこだました。当然東堂はロンギヌスを隠していないし、漫画じゃあないのだからご都合の湯気で隠されもしない。

 

 女子の悲鳴で眠っていた加茂は、「…ん?」と目を覚ました。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 東堂が叱られている間、影男は医務室で目を覚ました。頭には包帯が巻かれている。うめきながら起き上がると、隣にはTシャツにゆるいスウェットを着た真依がいた。椅子に座って頬杖をついている。

 先ほどの今で気まずい影男は視線を逸らした。

 

「頭は大丈夫?」

 

「……う、うん」

 

「そう。よかったわ」

 

「………あの、真依ちゃん!」

 

「なぁに?」

 

「……その、裸見て、ごめんね………」

 

「あれはあの筋肉ダルマが悪かったんでしょ? 影男くんが謝ることないわよ」

 

「でも………」

 

 影男とて裸を見られてショックだったのだから、女子の真依ならもっと傷ついたはずであるー──などと思う合間にも、風呂場で見た彼女の裸がよぎる。「最低だ、僕……」とシンジ君になってしまいそうだ。

 

「ねぇ」

 

 真依の両手が影男の右手を握り、自身の胸元へと誘導する。柔らかい感触に彼女から視線を逸らしていた影男は驚き、真依の顔を見た。

 

「な、なんっ…!?」

 

「影男くんは、私の体を見てどう思った?」

 

「……〜〜〜ッ!!?」

 

「私はドキドキしたわよ。でも…ほら、今もすごくドキドキしてる」

 

 胸から離そうとした手がそのまま真依ごと引きずり、彼女の体が影男の上に乗る。至近距離で見た真依の目は据わっていた。

 

「ま、まい、まいちゃん……!?」

 

「影男くん。もし自分が悪いと思ってるなら、キスしてくれたら許してあげるわよ?」

 

「………」

 

「ふふ、顔真っ赤で、かわいい」

 

 至近距離で、それも耳元に息を吹き込むように囁かれる。

 影男はパニックだった。今すぐにでも逃げたい。しかしできない。彼でも真依の体なら簡単に押しのけられるはずなのに。

 

 

「……わ、かった」

 

 

 そうして出た声はひどく掠れていた。

 影男は視線をさまよわせ、顔を近づける。恥ずかしすぎて真依の顔を直視することができない。目を閉じれば瞼の裏に蛍光灯の薄明かりだけか映る。

 そのとき真依は()()()笑っていた。愛おしくて愛おしくて、仕方ないというように。

 

 

 

「モブくん!! 頭を打ったって歌姫から聞………」

 

『おっと。こりゃお邪魔しちまったみたいだな』

 

 

 

 勢いよく開けられた扉が閉じられる。

 夏油とエクボが去っていく中、正気に戻った二人はしばらく動けなかった。

 

 


 

 ・東堂

 好みを聞いた時、「女はやっぱケツとタッパだろ!!」って答えたエクボが生き別れになったとーちゃんになってる(存在しない記憶)。エクボの心労がピーク。

 

 ・加茂

 アヒルは誕プレで西宮が面白半分でくれたもの。複雑な事情の影男を自分と重ねてシンパシーを抱いている。仲良くなりたい。

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