茂山影男   作:ピンチャンよ永遠なれ………

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33話 だって友達だから

 入学からしばらくして、一年同士で模擬戦をすることになった。真依は三輪と。影男はメカ丸と。

 術式はアリで武器の持ち込みもOK。ただし相手を必要以上に負傷させることは禁止とする。試合は降参するか、監督する夏油がこれ以上戦闘すると危険だと判断した場合終了となる。

 

 初戦、真依が持ち込んだのはペイント弾。練習用にも使っているこの銃は改造されており、発射される速度は実弾とそう変わらない。

 

 

「ねぇ霞、一つ賭けをしない?」

 

「…何ですか?」

 

「あなたの心臓にこのペイント弾が当たったら負け──なんて、どう?」

 

「それは、私の抜刀術をくぐり抜ける自信がある…ということですか?」

 

「それはやってみないとわからないわ」

 

 

 三輪は術式こそ持たないが、シン・陰流という抜刀術を駆使する。

 自分を中心に半径2.21メートルの簡易領域を展開し、その領域内に侵入したものをフルオートで迎撃する。

 これは領域展開の必中効果を中和することも可能だ。

 

 

 

 かくして試合が始まる。

 

 真依は試しに弾を数発放つが、どれも三輪に当たる前に彼女の簡易領域に入った瞬間に斬られてしまう。互いにまだ相手の術式の詳細までは知らない。例えば三輪なら真依が「無から物を生成できる」という認識だ。この力で空いた風呂の穴も直していた。

 

(真依が使う力は『構築術式』。けど壁を直した時に疲れていたみたいに、この術式はかなりの呪力を使う)

 

 ゆえに攻撃させ続ければ、いずれ真依の呪力が底を尽きる。三輪が守りに徹しているだけでおのずと勝機が訪れる。

 

「そう言えば、アナタって普段ゲームはやる?」

 

「貧乏なのでやったことないです!!」

 

「あら、そうだったわね」

 

 さすがナチュラルボーン煽リスト。こんな時でもしっかり三輪をカチンとさせてくる。

 三輪の刀を持つ手に力が入ったのを見ながら真依は続けた。

 

「私ガンゲーをよくやるの。リアルでも練習はしてるけれどね。今どきのゲームってかなりリアルなのよ」

 

「……そうですか」

 

 

「だからまぁ、私が言いたいのは…

 

 使うのが銃だけだと思わないことね?」

 

 

 真依の手にあったのは手榴弾。ピンが抜かれ、それが投げられる。三輪はとっさに迎撃の姿勢を取ったが、落下予定位置は簡易領域外。このままだと彼女の体が爆風に巻き込まれ吹き飛ぶことになる。

 

 この時、煽られたことで冷静さを欠いていた彼女の脳裏には、ルールにある「必要以上の負傷は禁止」がなかった。

 

「うわああっ!!」

 

 地面にダイナミックに転がった三輪は頭を押さえて震えた。さよならお父さんお母さん、そして弟たち。霞は肉塊になってみんなの家に帰ります。

 

 

「……………あれ?」

 

 

 爆風が起きない。疑問に思った彼女が顔を上げた時、その左胸にペイント弾が当たった。

 

「あ……」

 

「私の勝ちよ、霞」

 

 手榴弾は地面に転がったままだ。その周囲の地面はまったくえぐれていない。つまりアレはフェイク。霞を煽ったところから、真依に仕組まれていたわけだ。彼女は戦い中に観察する中で、三輪が簡易領域を発動中に移動しないことに着目し、簡易領域を使うには両足がその場所から離れてはならないのだと推測した。そして、この推測は当たりだった。

 

 真依は笑いながら三輪に手を差し出す。「騙すような真似をしてごめんなさいね」と。

 

「いえ…これは模擬戦と言っても、試合ですから」

 

「よければ今度いっしょに私のおすすめのゲームでもする?」

 

「やります!」

 

 初戦はこうして禪院真依の勝利で終わった。

 

 二戦目は影男とメカ丸。等級でいうと1級と2級だ。ちなみに真依と三輪は4級である。

 

 

「よろしくね、メカ丸くん」

 

「……フン」

 

 

 影男が出した手は握ってもらえなかった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 試合の最中に違和感を感じたメカ丸は、手加減するナ、と無機質な目を光らせた。

 

 茂山影男は三輪と同じで術式を持たない。しかしその呪力量とそれを操作する力は隔絶したものがある。メカ丸もまた日常の中で、三輪に頼まれた影男が彼女を浮かせていた光景を見たことがある。呪力操作は応用の幅が広い。広すぎる。

 

 もしかしたらこの強力な力は、“術式がない”ことを代償にして得られたものなのかもしれない。

 

 

(…羨ましい)

 

 

 メカ丸はロボットだが、これは本体ではない。実際は生身の人間が『傀儡操術』なる術式を使いロボットを操作している。彼は広大な術式範囲と、元来のスペック以上の呪力出力を持つ。これはしかし、天与呪縛によって手に入れたものだ。

 

 彼の────『与幸吉(むたこうきち)』の体は、生命維持装置がなければ生きられない欠けた体である。

 

 自分は常に苦しみながら生きているというのに、茂山は同じように強力な力を持ちながら、その代償がない。

 いや、茂山の波瀾万丈な人生を思えば、代償に見合う苦しみは得ているのかもしれない。

 

 それでも、それでもメカ丸は羨ましかった。

 

 

「俺はロボットダ。たとえ大破しても問題なイ」

 

「……わかった。メカ丸くんが望むなら」

 

 

 先ほどとは打って変わり、影男から吹き出る呪力が増す。前に突き出された手に呪力が集まっている。そのとき目の前の少年はメカ丸の気持ちを汲み取り、本気で応じようとしていた。

 

「来イ!!」

 

 防御に徹するメカ丸。次の瞬間、衝撃波が襲い、彼の体は後方へ吹き飛んでいった。

 

 これで二戦目の勝者は茂山影男となった。

 影男は勝敗を告げられるのを待たず、メカ丸の元へ走っていく。そしてすぐさま直し始めた。

 

 

「……………オマエ、反転術式も使えるのカ!?」

 

「え? うん。自分には使えないけど」

 

「……いや待て、反転術式とは違ウ。これは…」

 

「厳密に言えば今やってるのは「治す」じゃなくて、「直す」だね」

 

「ハァー…。いったい何なんだ、オマエは…」

 

 

 いろいろと影男の力は規格外すぎた。背比べをするにしても、例えば相手が五条悟だったら比べる気も起きない。張り合えるだけの力があるわけないのだから。

 

 今のメカ丸の気持ちはまさしくそれで、これまで負の感情から意図的に遠ざけていた少年に対し、少し罪悪感を覚えた。向こうは「メカだ…! カッコイイ……!」と純粋な好意を見せていたので余計に。

 

「………直してくれて助かっタ」

 

「……! ッ、うん!!」

 

 真依が三輪にしたように、影男はおずおずとしながら座っているメカ丸に手を差し出す。

 メカ丸はその目をじっと見て、ため息をついてから手を伸ばした。

 

 

「模擬戦はやって正解だったかな」

 

 

 四人の様子を見ていた夏油は微笑む。

 

 ちなみにこのあと直哉が双眼鏡を装備して二戦目を見ていたことが発覚し、急きょ特級術師と特別1級術師の三試合目が始まることになった。貴重な試合ということで、ほかの学年もギャラリーに参加した。

 

 禪院家の次期当主候補がだいぶ雑に扱われている。だがこれにはちゃんとした理由がある。息子の屈折率500パーセントを誇る人間性を案じた直毘人が、いくらでも扱いていい、と許したのだ。そうすれば少しはマシな性格になるだろうと。これを知った夏油は誰よりもニッコニコだった。

 

 

 そして試合の結末は、「お前人の心ないんかぁ!!」である。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 東京校に秘匿死刑の予定だった生徒が転入し、しかも特級術師らしいという話が京都校にも伝わった。

 その生徒は特級の呪霊に取り憑かれているのだという。

 

「真希の嫌いなタイプらしいわ。早速電話で愚痴ってきたもの」

 

「特級か……すごいね」

 

 そう言えば、と影男は少し前のことを思い出した。夏油が東京に緊急の用事ができたとかで、しばらく出張していた。内容は教えてもらえなかったが、その生徒に取り憑いている呪霊が関係していたのだろう。生徒が入学した今なら話してもらえるかもしれない。改めて夏油に事情を聞くと、呪霊操術で取り込めないか話し合いがあったらしい。

 

「悟が乙骨くんを見たが、現時点では未知数な部分が多くてね。さまざまなリスクを考慮し、一旦取り込む線は保留になったんだ」

 

「そうなんですか…」

 

「まぁ理由の一つには、アイツが乙骨憂太を仲間に引き入れたいと考えているから…というのもある。本当にわがままなやつだよ」

 

 今は解呪する方向で方法を探っているそうだ。これが難しいと判断されれば夏油が取り込む。または五条が祓うことになる。

 

「乙骨くんは何というか…君に似ていたかな」

 

「イケメンだったんですか?」

 

「容姿の美醜はともかく、ジメっとした感じが」

 

「………もういいです。自分の部屋に帰ります」

 

「ハハッ、すっかり反抗期になったねぇ」

 

 乙骨は確かに梅雨のような男だったが、容姿は端正で、女たらしだった。それらを総合して、夏油に「似てるなぁ……」と思わせた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 クラスで交流が深まれば、自然と互いについて知っていく。

 

 真依だったら禪院家における彼女の微妙な立場や、彼女に双子の姉がいて、その姉は東京校に通っていること。

 三輪だったら貧乏エピソードに、今日から役立つ節約術。

 影男の場合は両親の話は気分が重くなってしまうので、過去の楽しかった思い出話をした。

 そしてメカ丸も真依の姉の天与呪縛の話を聞いたことで、自分の天与呪縛について打ち明ける決心ができた。

 

 みなそれぞれ重い(三輪も貧乏なりに辛い体験をしてきた)過去がある。それを知ることで、より関係性が深まった。

 

「……僕がメカ丸くんの体を治せないかな?」

 

 そう言ったのは影男だ。メカ丸は静かに首を振る。

 

「天与呪縛は生まれ持った強制的な縛りダ。例えばオマエは真依の姉の天与呪縛を解けるのカ?」

 

「………そ、れは」

 

「無理だろウ? 下手に希望を抱かすのはやめロ」

 

「……ごめん」

 

 メカ丸とて、これまでこの呪縛から解けないかといろいろな手を探った。しかし方法がなかった。

 絶望の味はもう十分だ。

 

 

「だが、それでも俺は諦めたくなイ」

 

 

 真っ暗なひとりぼっちの地下で、少年は思うのだ。

 

 

「本当の自分の姿で、俺はオマエたちに会ってみたイ」

 

「「メ゛ガ丸゛ゥ……!!!」」

 

 

 号泣する影男と三輪に対し、真依は顔を背けてこっそりと涙を拭う。

 

 三人の意見は一致している。何とか与幸吉の体を治してやりたい。完璧とは言わずとも、その痛みを少しは軽減する方法があるはずだ。真希だってメガネを付けることで足りない分を補っている。

 

「一度だけでいいんだ。僕に反転術式を試させてほしい」

 

「………期待はしないゾ」

 

「それでもいいよ」

 

 こうして影男は、体じゅうに包帯を巻いた少年と出会う。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 与幸吉の体は生命維持装置に浸されていた。顔まで巻かれた包帯の隙間からのぞく肌はひどくボロボロだ。この肌は月明かりでも焼かれるほどにもろく、常に全身の毛穴から激痛がする。

 彼には右腕と、膝から下の肉体がない。そして腰から下の感覚もない。

 

 このような姿を見せるのに、彼には尋常ならざる勇気が要った。醜いと同時に痛ましい姿を見れば、相手がどんな反応をするかわからない。気味悪がられる可能性も十分にあると考えていた。

 

「……こんにちは、メカ丸くん」

 

「…本名は与幸吉だ」

 

 こんな体で「幸吉」というのも皮肉だ。そうなんだ、と言った影男は幸吉のそばに立つ。

 表情は変わらない。無表情で、何を考えているかわからない顔だ。

 

「しかしオマエ…反転術式で体を生やすことができるのか? さすがに無理だと思うが」

 

「それは……正直、分からない。つぶれた人の体を戻したことはあるけど、欠けた腕や足を再生させたことはないから…」

 

「………そうか」

 

 “戻した”の部分が引っかかった幸吉は閉口する。茂山影男の人生のすべてを彼は知っているわけではない。あくまでロボットのメカ丸が噂で聞いた範囲でしか知らないのだ。それでも禪院家の件は会った最初から知っていた。

 

 

「僕はね、与くん。自分の力が嫌いだったんだ」

 

 

 影男の手から離れて暴走してしまう呪力。心やさしい彼にとって、はじめて人を傷つけた時のショックは計り知れなかった。

 だから自分の力が嫌いだった。だがその気持ちも夏油と出会った日を境に少しずつ変わっていく。

 

 

「僕が高専に入ったのは、呪術師としてこの力を人を助けるために使いたいからだ」

 

 

 守ろうとしても、あるいは助けようとしても、それができないこともある。それが現実で、呪術師ならば背負わなければならないものだ。

 影男は高専に入る前、夏油から聞かされた。彼がこれまで話してこなかったある夏の出来事を。

『天内理子』という、少女のことを。

 

「傲慢かもしれない。でも、それでもいい。僕の手は今こうして君に届く。なら伸ばしたい。君を助けたい」

 

「……どうして、俺にそこまでする」

 

「それは………」

 

 気恥ずかしそうに影男は言った。

 

 

「君が、僕の友達だから!」

 

「ッ────!!」

 

 

 影男の目が赤くなり、呪力が吹き出す。幸吉に伸ばされた手が、彼の心臓の場所に触れた。呪力にしたがって逆だった髪は崩れ、普段は前髪で隠されている顔が露わになる。「誰だオマエェ!?」と内心で幸吉は叫んだ。

 

「全力でやってみる。……もしかしたら建物が壊れるかもしれないけど」

 

「ちょ、ちょっと待て! 仮にそうなったら俺が死ぬッ!!」

 

「大丈夫! その時は僕が守るから!!」

 

「だからッ、俺は光に当たるとまず………」

 

 言いかけた幸吉の言葉は体に注がれる莫大な呪力の感覚とともに途切れる。一気に意識が持っていかれる。

 最後に彼が見たのは、歯を食いしばる友だち(影男)の顔だった。

 

 

(本当に何なんだ、コイツ………)

 

 

 しかし、どの結果になるにしても、今は不思議と悪くない気分だった。

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