茂山影男   作:ピンチャンよ永遠なれ………

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35話〜から2017年の姉妹校戦に入ります。キリのいいところまで毎日投稿する予定です。以降は5話分ストックができたら出す…な形になると思います。


34話

 影男がメカ丸に反転術式をかけにいく、という話は夏油も事前に聞いていた。与幸吉の体を治せないか、これまでさまざまな方法が試されている。もちろんその中には反転術式での治療もあったが、失敗に終わっている。

 

 いくら影男とてこれを治すのは無理だろうと夏油は考えていた。だがメカ丸を助けたいと願う少年の心を無碍にもできない。ゆえにGOサインを出した。

 

 

 結果として、茂山影男は二か月もの間昏睡状態になった。体や脳に異常はないにも関わらず、こんこんと眠り続けた。

 一方で意識を失っていた与幸吉は、間もなくして目を覚ました。

 彼の症状は大きく改善した。幸吉は裸眼で見る太陽のまぶしさを知ったのだ。

 しかし、もともと欠損している部位はそのままで、腰から下の感覚も依然となかった。生活は車椅子が必須で、はじめて外に出るときは三輪に押してもらった。

 

 一応、『傀儡操術』で応用できる義肢の製作案が出されたので、これが高専で通れば義肢の製作がはじまる。

 いずれは車椅子なしで幸吉が歩ける日も来るかもしれない。

 

 

「メカ丸の…幸吉の顔ってこんな感じなんですね」

 

「…あまりジロジロ見るな」

 

「いいじゃないですか! 別に減るもんじゃないんですし!」

 

 幸吉と三輪は真依が物理的に影男に寄っているので、必然と話す機会が多かった。最初はそっけない返事ばかりメカ丸は返していたが。

 

「モブくん、早く目を覚ますといいですね」

 

「………あぁ」

 

 

 

 なぜ影男が長らく眠ったままだったのか。それは幸吉の天与呪縛を無理やり解いたからではないかと考えられている。

 幸吉は肉体の縛りが弱まった代わりに、遠隔操作の範囲が大幅に狭まった。今まで日本全土に及んだものが北海道レベルにまで落ちた。

 

 天与呪縛はそもそも非常に珍しい。それに術者が扱う“縛り”は本人の意思が反映されるが、天与呪縛は本人の意思と関係なく生まれ持って与えられる。これを破った場合、通常の“縛り”のようにペナルティが与えられるかはわからない。

 

 だが何かしらのペナルティが生じたのだとしたら、影男はそれを幸吉の代わりに受けて眠ってしまったのかもしれない。

 この件は特殊な例すぎて憶測するしかなかった。

 

 幸い影男は目覚め、また高専に通っている。体は精密検査を受けてもやはり異常なしだった。それから説教を受けたり謝罪を受けたり、心配されたり…と、目まぐるしい日が続いた。

 

 しかし「無茶はするな」と怒られても、影男は自分の行いに後悔していない。

 

 

「……ありがとう、モブ」

 

 

 メカじゃない笑った少年の顔を、見ることができたから。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 一年にも任務が与えられ、実戦での経験が増えてきた。影男は高専入学前から夏油の元で経験を積んでいたこともあり、2級以下なら単独での任務を許されている。それ以上は他の呪術師と組むか、エクボの同行が義務付けられていた。彼のーーまだ未熟な部分を考慮してのことだった。

 

 特殊な高専生活だ。同年代の高校生とは違い、なかなか青春を楽しめない。

 おまけに与幸吉の件で改めてその規格外な反転術式の力を評価された影男は、ことさらに忙しかった。真依はそろそろ高専にキレそうだ。

 

「影男くんとデートに行きたい……」

 

 真依は元々華のJKを謳歌したかった口だ。今の生活に後悔はないが、できれば青春したい。前に二人きりの医務室で影男といい雰囲気になった時も、夏油と緑ソフトクリームが乱入したせいでキスしてもらえなかった。キスは毎回真依からなので悔しい。まだ向こうからキスされたことはないのだ。

 

「最近は霞が幸吉とどんどん距離が近づいてるし、このままじゃ二人に抜かされるのも時間の問題よ…!」

 

 何なら、姉の方も最近様子がおかしい。どうも乙骨との任務以降、彼のことを意識し出しているようなのだ。と言っても、これまで恋をしたことがない真希は自分の感情の正体に気づいていなかった。

 

「デート………USJ……本場のたこ焼きを食べて喜ぶ影男くん………」

 

 真依はベッドに顔を押しつけ、ハァー……と深いため息をついた。

 

 

 

 そんな彼女に意外な協力者が現れる。

 

 

「俺が手伝ってあげよか?」

 

 

 そう言ったのは禪院直哉だった。真依は学校でこの男と出くわすと、思わず禪院家の時のように畏ってしまう。

 

 そんな彼女に直哉は影男のことで何か悩んでいるのだと当たりをつけ、話を聞き出した。見当がついたのは廊下を歩く真依の表情が深刻なものだったからだ。

 

「私などのことで、直哉さんのお手を煩わせるわけには参りません…」

 

「俺が「手伝ってあげる」って言うとんのやで? それを断る気か?」

 

「………ッ」

 

 真依は制服の裾を握りしめながらうなずくしかなかった。

 

 影男や真希、エクボがいれば違ったかもしれないが、今の彼女は一人。禪院直哉は孤軍奮闘で勝てる相手ではないし、禪院家らしい思考がどぎつい男だ。その立ち振る舞いで、強制的に真依の弱い部分を引きずり出す。

 青い顔で首を縦に振った真依に、直哉は満足げな顔をする。

 

「実はなぁ…俺、真依ちゃんと影男君の仲を応援しとんねん」

 

「………えっ?」

 

「これが真希ちゃんやったら話は別やけど、真依ちゃんはしっかりと男を立てられる。べっぴんな顔も胸も同じやのに、ここまで違いが出るなんて面白い話や」

 

「……かっ」

 

「何や?」

 

「影男くんは、私が女だからといって自分より下に見たりしません…!!」

 

 ピクリと直哉の眉が動く。怒鳴られると思った真依はとっさに下を向いた。握った手が真っ白になる。

 

 

「知ってるで。モブ君は紳士な男やもんな?」

 

 

 そんな紳士な影男を、誰と──あるいは、何を比べたんかは知らんけど…とも直哉は続ける。

 

「真依ちゃんは体を使ってでも早うせんと、他の女に取られてしまうで?」

 

「………」

 

「普段は地味な顔しとるのに、前髪を上げたらあの美形や。女はギャップに弱い生き物やろ」

 

 真依の顔に焦りが浮かぶ。彼女は後日、東堂に会った影男が「訂正させてください。僕の好み(タイプ)は真依ちゃんです」と言った事実を知らない。

 この回答は彼を東堂の親友(ブラザー)にするには至らなかったが、一人の女を愛している点を評価されて合格点は越えた。東堂もまた、一人の(推し)を追いかける男だ。

 

 

「……お願いします」

 

 

 頭を下げた真依に、直哉はニコリと笑う。

 

 彼はゆくゆくは茂山影男を『禪院』影男にしようと考えている。ついでに真依と関わりながら「僕らは本当は仲がいいんですよ」アピールをすることで、一定以上の距離を置かれている影男と心の距離を縮め、友だち────そして最終的には親友(マイブラザー)になろうと画策している。

 

 影男が禪院になったところで、向こうは力を持っていても当主になろうとは思わないだろう。そういう性格なのは知っているし、集団を率いることができる器でもない。それに過去の禪院家で起こした事件もあるため、直毘人は次期当主を決めることになった時、ほぼ確実に影男は選ばない。ゆえに、その点では直哉が心配することはない。

 

 自分が当主となり、親友(マイブラザー)もいる。完璧な人生設計だ。

 

 かくして、真依の恋愛アドバイザーにドブカスがついた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 アドバイザー直哉が組んだデートプランは意外にもしっかりしていた。デートは土日を使って決行される。

 

 真依はここで影男をドキドキさせる。向こうからキッスさせるのが今回の目標だ。

 直哉は既成事実を作らせようとしたが、それはさすがに……とお蔵入りになった。高校生に入るような歳の頃、すでに童貞じゃなかった彼と影男は違う。

 

 

 そして、デートで二人はUSJや本場のたこ焼きを楽しんだ。この時おばけ屋敷も行き、真依は「きゃっ!!」と叫んで胸を押し当てるように影男の腕に抱きついた。

 

「真依ちゃんは呪霊は怖くないのに、おばけは怖いんだね」

 

「……あのっ、ほら! あの中身って人間でしょ? よく幽霊より人間の方が怖いって言うじゃない!」

 

「確かに…!!」

 

 それで納得していいのか、影男よ。しかしこのおばけ屋敷での接触はかなり影男をドキドキさせた。

 

 また外泊した二人は、同じ部屋に泊まった。これもまた年ごろの男女が寝ることで心拍数を高める作戦だ。真依は「ふた部屋分を頼んだつもりだったんだけど、私ったら間違ってたみたい…!」と誤魔化し、同じ部屋に泊まることを押しきった。

 

 ベッドは少しの間を開けて二つ。夜、当然真依は眠れない。

 

「……ねぇ、影男くん。起きてる?」

 

「………うん。起きてるよ」

 

「その…今日はごめんなさいね。私が予約のミスをしちゃったから」

 

「大丈夫だよ。二人で寝るのって懐かしいし」

 

「……そうね」

 

 最後に二人で寝たのは小学生の時、真希がいなかったあの夜が最後だ。

 

 あの頃とは違い二人は成長した。影男は16歳で、真依は15歳。差があった身長も今ではほぼ同じ。しかも影男は第二次性徴期に起きる声変わりがまだだ。ということは、身長がまだまだ伸びる可能性がある。いつか真依が見上げることもそう遠くない未来かもしれない。そうなったらどうしよう。

 

「真依ちゃんはあの頃、もう僕のことが好きだったんでしょ?」

 

「え? えぇ…そうね」

 

「じゃああの時、僕と一緒に寝ようとしたのって…」

 

「………!!? あ、あれは、あのっ……一人で寝るのが寂しかったのは本当なの!!!!!」

 

「そうなんだ」

 

 ガバッと起き上がった真依に、影男はクスクス笑う。その笑顔にまた彼女はドキドキする。このデートで真依は影男をドキドキさせなければならないのだ。だというのに。

 

 

「それと、僕が髪を上げてるのも好きだよね」

 

 

 そう言って影男は手で髪を後ろに撫で付け、そのまま固定してみせる。USJでも買ったカチューシャで影男は同じことをしていた。そして真依を見て、やたらニコニコしていた。

 彼女はしかし周囲のメス豚どもから集まる視線にそれどころではなく、すぐにカチューシャを取り上げて自分が二個つけた。

 

「……真依ちゃん」

 

 薄暗い部屋の中、真依のベッドが軋む。顔を覆っていた彼女は、自分にかぶさるようにして影ができたのに遅れて気づいた。いつの間にか隣のベッドにいた影男が、彼女を覗きこむようにして立っている。その腕は真依の顔の横に乗せられていた。

 

「か、かかかっ、影男くん!?!」

 

「真依ちゃんは僕をよく「かわいい」って言うけど」

 

「!!!??」

 

 人生最大のパニックを味わう禪院真依。思考がまったく回っていない。

 

 

「真依ちゃんの方が、可愛いんだからね」

 

 

 リップ音がして、二人の顔が離れる。影男はしてやったり、な表情をしながらもその顔は真っ赤だ。一方で真依は……。

 

 

「………あれ? ま、真依ちゃん?」

 

 

 気絶していた。

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