茂山影男   作:ピンチャンよ永遠なれ………

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36話

 東堂との、特訓の毎日が始まった────。

 

 教室だろうが、トイレだろうが、自室だろうが、「さあ、今日も付き合ってもらうぞ! 我が好敵手(ライバル)よ!!」と東堂葵がやってくる。

 逃げ出しても、「なんだ、俺と追いかけっこがしたいのか?」と追ってくる。影男は力こそあるが、体力面では東堂に劣る。

 最終的には捕まり、校庭まで引き摺られていくのが常となった。

 そんな彼を目撃した歌姫や西宮は憐憫の目を向けた。しかして、止めようとする者は真依だけだった。大半がわざわざ面倒な男と関わりたくないと避けた。影男には悪いが。

 

「あのねぇ…影男くんは自分の傷を治せないんだからね!? アンタのせいで日に日にボロボロになっていくじゃない!!!」

 

「なに、好敵手(ライバル)も防御の仕方がどんどん上達しているだろう」

 

「そういうッ、問題じゃないのよ!!」

 

 今日もまた東堂の特訓に付き合わされボロ雑巾のようになった影男は、大の字で空を仰いでいた。真依が「大丈夫?」と先ほどとは打って変わった声色で影男に話しかける。

 

「空が……青いなぁ」

 

「か、影男くん…」

 

「空が…青い」

 

 ふふ、と虚な目で笑った影男は真依に気づき、「あれ? かわいい女の子がいる…」と呟いた。真依の顔が真っ赤になる。

 

 

「そうだ、我が好敵手(ライバル)。オマエに渡したいものがある」

 

 東堂は投げ捨てていたジャケットを拾い、ポケットを探った。中から出てきたのはチケットである。

 

「来週の日曜、高田ちゃんの握手会があるんだ。それにオマエを誘ってやろうと思ってな」

 

「…どういうつもり? 人の彼氏をアイドルの握手会に誘うだなんて」

 

好敵手(ライバル)だからこそ、相手を知る機会も必要だと考えてのことだ」

 

「というか──そもそも、影男くんを勝手に「ライバル」呼ばわりしないでくれる?」

 

「人の関係に口を挟むとは、無粋な女だな」

 

「アンッタにだけは言われたくないわよ!!」

 

 真依は拳を握りしめ、震えた。ちなみに、エクボはすでに「俺の将来の嫁を、親父に紹介しておきたいんだ…」と、高田ちゃんの握手会に連行されている。

 

 まあ、それはさておき。

 

 

 

 時は流れ、高田ちゃんの握手会当日。

 場には真依もいた。「ダメよ!」と反対する彼女に、東堂が「仕方ない。ならばオマエも来るがいい」と、さも当然のようにポケットからもう一枚のチケットを取り出しのである。いったい何枚持っているのか。真依は気になったが、聞きたくはなかった。

 

「スゥー……ハァー……」

 

 東堂は厚い胸板に手を置き、深呼吸している。

 一方で、影男の方はというと。

 

「………」

 

「か、影男くん!? どうして最初から燃え尽きてるの!!?」

 

 影男が真っ白に燃え尽きてしまった理由は、彼が高田ちゃんのことを知らなかったことが原因である。

 一応、テレビで彼女を見たことはあったが、名前と顔がリンクしなかったのだ。

 その状態で東堂に「高田ちゃんって誰?」と漏らしてしまい、握手会までに東堂といっしょに高田ちゃんについて勉強することになった。高田ちゃんの雑誌、高田ちゃんのライブ映像……。24時間東堂と過ごす日もあった。

 

「ッフ、土手で喧嘩した俺たちが、寝転がって見た夜空。一際きらめくあの星が、高田ちゃん星だったわけだ」

 

「ウン…キレイダッタネ……」

 

「か、影男くんっ……!!」

 

 影男はもう、ダメかもしれない。不治の病にかかり、余命宣告を受けた患者のように。

 真依は涙を流した。わりと本気で泣いた。

 

 

 

 握手会の列が進んでいく。

 テレビの番組に出ているということもあり、かなりの知名度があるのだろう。高田ちゃんの握手会には、多くの人びとが並んでいた。意外なことに、女性もちらほらと見受けられる。

 真依はその点が気になっていた。アイドルの握手会に来るのは、オタクの男ばかりだと思っていたからだ。

 

「デュ、デュフフ……た、高たんビーム、お願いします!」

 

「はーい! 行きますよ〜」

 

 ネチョっとしてそうな相手にも、高田ちゃんは一切スマイルを崩さない。『プロ』の仕事だった。

 

 

「葵くん、行くよ〜♡たんたかた〜ん☆」

 

「グフッ!!」

 

 

 心臓を押さえた東堂は、男性スタッフに剥がされていった。

 次は影男の番だった。影男の後方に並んでいる真依は、高田ちゃんに睨みを利かせる。

 

「こんにちは〜もしかして、握手会ははじめて?」

 

「は、はい…」

 

 高田ちゃんは、170センチ台の影男より身長が高い。影男は自分の手を包む温かな手の感触に肩を撥ねさせた。

 その様子に高田ちゃんはくすりと笑い、「また来てくれたら嬉しいな」とウインクした。

 

 スタッフに剥がされていく影男は後ろのドス黒い気配に気づかぬまま、ぼんやりと握られた手を見つめた。

 

(高田ちゃんの手、柔らかかったな…)

 

 ここ連日の東堂との青春で疲れきっていた心。それが、高田ちゃんが手をギュッと握りしめてくれたことで、パワーをもらった気がする。

 

 

「どうだった? 高田ちゃんとの握手は」

 

 腕を組み、仁王立ちで待っていた東堂が影男に話しかける。

 

「アイドルって…すごいですね。疲れが一気に吹き飛んだみたいです」

 

「笑顔でファンに力を与える、それがアイドルというものだ」

 

 東堂が語っている間に、真依も終わったようでやって来た。影男が高田ちゃんと握手をしている時は負のオーラを振りまいていたはずの彼女。それが今は、唇を尖らせている。

 

「何だ真依、その表情(リアクション)は」

 

「……別に、何でもないわよ」

 

 真依はチラリと影男を見た。

 彼女が握手をした時、高田ちゃんは真依の耳元でこう呟いた。

 

 

 ────()()でまたいっしょに、来てくれたら嬉しいな。

 

 

 高田ちゃんは影男と真依はカップルだと見抜いた上で、カノジョの嫉妬心さえやさしく包み込み、微笑んだ。

 真依は、完敗だ、と思った。あと耳元でボソリと喋られた時、背中に電流が走った感覚がした。

 

(………なるほどね)

 

 真依は握手会の列に少数の女性が並んでいた理由がわかった。

 

 高田ちゃん……なんて恐ろしい子。

 

 

 

 

 

 そして、その帰り道。

 

 握手会を通じて、影男は東堂に奇妙な友情のようなものを感じ始めていた。あるいはその感情は、強制的に東堂と過ごすはめになったことにより生まれた、自己を防衛するための吊り橋効果的な感情だったのかもしれない。

 

 影男は前を歩く東堂に声をかけようか迷った。「僕と友だちになって欲しい」と言おうとしている自分を、まだギリギリ正常な自分が全力で止めようとしている。

 

「ね、ねぇ、東堂先ぱ──」

 

「ム?」

 

 影男の声に東堂の声が重なる。

 

「え?」

 

 ダッ、と東堂が突然駆けていく。影男が遅れてその後に続き、真依が嫌々といった様子で続く。

 東堂が向かった先は路地裏。彼の肩幅でそのまま通れば挟まってしまうような場所である。

 そこに、緑色の揺らめく炎があった。

 

『あ? ………ゲェ!!!』

 

「親父ィ、もう酒はやめろって言っただろ!!」

 

 呪霊を捕食していたエクボは、号泣する東堂を見た瞬間に食いかけを残して逃げ去──ろうとしたが、それよりも東堂が縋りつくのが早かった。

 

「飲んだらいつも親父はお袋を殴るじゃないか!!」

 

『だからァッ!! 俺様はお前の親父じゃねぇつーの!!!』

 

「親父ィ…!!」

 

『……! おいっ! シゲオ、真依、助けろ!!』

 

 真依は哀れんだ目でエクボを見ていた。影男もまた、一連の東堂ワールドを見せつけられ正気に戻ったようで、何とも言えない表情をしている。

 

 

「……ごめん、エクボ」

 

『しっ、シゲオ────ッ!!!』

 

 

 エクボは後日、全国の縁切り神社をまわる旅に出た。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 姉妹校戦の数日前、急きょ京都校メンバーの変更があった。

 生徒が任務で大けが負ったわけでも、停学になったわけでもない。

 理由はインフルエンザだった。同じ任務に向かった二人であったため、そこでうつされた可能性が高い。

 

 欠員が出たのは3年のうち2名。その分のメンバーを1年から補う必要がある。

 もし1人の欠員であれば東京校が乙骨憂太を外したのだが、2人となると、もし削る場合は2年か3年の誰かを選ばなければならない。

 人数調整の難しいところだった。

 

 

 力量から、まず影男を入れる話が出た。夏油は『祈本里香』という爆弾を抱える乙骨がいるため反対した。しかし反対派は彼のみで、影男の参加が決まった。

 

 となると、あともう一人は誰にすべきか。

 

 本来なら与幸吉に──と行きたいが、団体戦で車いすの彼が参加するとなると、難しいところがある。本体が以前のような状態ならメカだけ参加させる形にできたが、今の状態だと本体を参加させないわけにもいかない。何せこの姉妹校戦には、等級を上げる機会が設けられている。そんな場に本体のみ安全圏に置く処置を取ると、どこかしらで不和が起こりかねない。

 

「現状で与が難しいなら、三輪か真依ね」

 

 等級は両者同じ。この選出は平行線となり、結果として当人らの希望を聞くことになった。

 三輪が先んじて手を挙げる。

 

「私が行きます!」

 

 またとない昇級の機会。等級が上がれば当然、もらえる給料も変わる。このチャンスを見逃す手はない。

 しかし真依も手を挙げる。

 

「私が出るわ」

 

「……真依」

 

「あなたの事情もわかるけれど、覚悟はあるの? 向こうには特級術師がいるのよ。五条悟や夏油傑と同じ冠を持つ」

 

「………で、でも、私には…」

 

「あなたも見たでしょ? 1級術師に相当する直哉さんが、夏油さんにボコボコにされていたの」

 

「………」

 

 特別試合でのあの時、夏油は顔の血を拭って爽やかな笑みを浮かべていた。三輪はそれを見て、「あれ、あの人って特級呪術師じゃなくて、特級呪詛師だったけ…?」な感想を抱いた。

 

 

「……来年頑張ります」

 

「引いてくれる分別があってよかったわ」

 

 

 かくして、姉妹校戦に影男と真依が参戦することになった。

 

 


 

 ・特級呪詛師(?)夏油傑

 顔についた血を手で拭う例のシーンに、笑顔が足されている。

 

 ・賛成派

 歌姫は「まぁ、妥当じゃない?」な感じ。

 直哉も賛成。転入時点で異例の特級&五条に目にかけられている乙骨に厄介な感情を向けている。鼻につくボーイはうちの影男にボコボコにしてもらいましょうね…。

 学長もこちら側。というか、生徒の中で一番等級が高いから、そりゃあ選ぶ。

 

 ・師弟

 縁切り神社に行く師匠。

 縁結び神社に行っていた弟子。

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