茂山影男   作:ピンチャンよ永遠なれ………

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この小説書いててギルティだなって思うのは、主人公と夏油の家族的な話も関わってくるのに、脳内では「ピンチャンを生み出すためには夏油を……」って暗殺脳が働いてしまうところ。


39話 ごめんなさい

 影男は真依とともに、順当に呪霊を倒していた。

 と言っても、ほとんど影男のワンマンプレイになってしまっている。

 一応、真依は予備の銃をもう一丁持っていた。

 

「そういえば、あのゴリラの方は今頃どうなっているかしらね?」

 

「東堂先輩かぁ…」

 

 噂をすれば何とやら。

 木々をなぎ倒しながら東堂らしき人物が吹っ飛び、そのまま二人の前を横に通りすぎて行った。

 

 

「「え?」」

 

 

 東 堂 が 吹 き 飛 ん で 行 っ た ?

 

 

 

 理解が追いついた影男は、急いで東堂が吹き飛んだ方へ向かった。

 普段はキチッと整えられた髷が、一房分だけ顔に垂れている。ぱっと見、夏油の前髪と似ている。

 体のところどころを負傷しており、東堂自身は白目を剥いている。腹に重い一発を食らったらしく、口から新しい血が滴っていた。

 

 影男や真依からすると、信じられない光景だった。

 

「ッ、影男くん!!」

 

 真依が東堂の傷を治そうとする影男の肩を叩く。

 

 二人から数百メートル離れた前方。そこに呪霊と、その後ろを慌てて駆けてくる乙骨憂太がいる。

 乙骨は顔半分が大きく腫れ上がり、鼻血を垂らしている。腹も押さえているため、ほかにも殴られたらしい。

 

 

よくもよくもよくもよくもよくもッ!!! 憂太を憂太を゛っ憂太を憂太をッ゛!!!!

 

「ダメだッ!! 里香ちゃん!!!」

 

 

 真依は瞬間的に、東堂がやらかしたのだと悟った。『折本里香』は、「赦さない、このゴリラァ!!」と叫んでいる。呪霊目線でも東堂はゴリラ判定なのか。

 いや、そんなことを考えている場合ではない。

 

「影っ」

 

 影男の目が、大きく見開かれている。『折本里香』は木に体をぶつけながら、東堂の──そして、その進路途中にいる二人へ高速で迫っている。

 

 今の『彼女』は、一部が顕現した姿である。ズザザッ、と引きずる影のようなものは、トカゲやヘビなどの尾と類似している。

 地に手をつき、『それ』が這う。

 

(ッ────)

 

 人よりもいくらか大きいその呪霊が、影男には巨大な何かに見えた。

 巨大なその像は幻覚だ。放たれた圧を受け、そういうふうに脳が誤認しているだけ。

 怒りや殺意がビリビリと肌を伝う。

 一瞬のうちに彼は今自分がすべき、正しい行動を導く必要がある。

 

 喉が引きつった間に、真依を抱き込んで横へ逸れようと考えた。

 しかしそれでは後ろの東堂がこの呪霊の餌食になる。

 

 呪力の壁を形成したが、『彼女』の爪であっけなく破壊される。

 

(ダメだ)

 

 逃げる?

 いや、そうすれば東堂が。

 

(ダメだ…ッ)

 

 後退しながら壁を作る。やはり破壊される。

 乙骨の声が薄い膜を一枚隔てたような──やけに遠くに聞こえる。

 逃げてと、そんな言葉が聞こえる。

 

(ダメだ……!!)

 

 考えろ考えろ考えろと、雑巾の水を搾りとるように脳みそを動かす。

 ただ、彼の頭は凡人のソレだ。名案は浮かばない。

 

 

 ──────そのオマエの()さがいつか、取り返しのつかない事態を引き起こすと、想像したことはないのか?

 

 

 東堂の言葉がよぎった。

 

 ここで攻撃しなければ、東堂が祈本里香の餌食になる。その矛先が次に、真依にも向くかもしれない。

 しかし、祈本里香の後ろには乙骨憂太がいる。ここで攻撃すれば、彼を巻き込みかねない。

 威力を調整する余裕も時間も、今の影男にはなかった。

 

 

 

「避けてくれッ、乙骨くん!!!!」

 

 

 

 呪力が影男の手のひらの一点に収縮し、すぐ側まで迫っていた祈本里香に向かって放たれた。

 

 

 衝撃。直後、爆風が起こる。

 

 

 真依は後ろに飛ばされかけ、木にしがみついた。

 東堂の垂れていた髪も風圧によって後ろへ揺れる。

 

「ハッ、ハァ……」

 

 荒い息を吐き、顔にびっしょりと汗をかいた影男は、土煙が起こる前方を見つめる。

 視界が悪い中で、祈本里香の声が聞こえる。

 

憂…太?

 

 ヒュッと、影男の喉から音が鳴った。彼らから、一人と一匹の姿は見えない。

 見えないが、何が起きているかはわかる。

 

 大気が震える感覚が起こる。真依はフラつきながら、硬直する影男へと腕を伸ばす。

 

 

あ……あぁ………あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁぁぁぁ!!!!

 

 

 里香の手の中で、頭から血を流す愛しいひとの体がある。

 

 乙骨の────息はあった。

 

 だが、()()()()()()関係ない。

 愛するひとが傷ついて、倒れ、血を流している。

 

 

赦さな゛イ゛

 

 

 土埃の中から飛び出した巨大なそれは、影男の頭をつかみ、そのまま地面へすり潰すように引きずった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 小さな手に、ベッタリと血がついている。

 頭に鋭い痛みが走り、ケガをしたところから熱が広がっていく。

 

 

 次に視界に映ったのは、スッパリと切れた腕からたらりと流れる血だった。

 悲痛に歪んだ顔が、自分を睨みつけている。彼女の目尻から、宝石のように涙があふれては落ちていく。

 

 

 ────こないでよ、ばけもの!!!

 

 

 

 

 

 使用人に早く運ぶように怒鳴られ、薪を小走りで運んでいたところに、ぬっと現れた足が自分の足を引っかけた。

 転んだ拍子に膝や腕が熱を持ち、痛みを訴えた。

 その痛みはすぐに別の痛みに上書きされてわからなくなる。

 しかし、一人になったその場でうずくまっていると、最初の痛みがジクジクと痛み出す。

 触れれば、すれた血の痕が手のひらについた。

 

 

 

 

 

 だれもかれも、周囲にいる大人が体のどこかしらに血を流している。

 自分に向く、憎悪や畏れの目。

 既視感のある視線に思わず頭を覆うとすれば、そこに、真っ赤に染まった自分の手がある。

 傷つけないと誓ったのに、自分はまた、人を傷つけた。

 それどころか、彼らを殺そうとした。

 殺そうと、してしまった。

 

 

 

 

 クラクションの音が外からしきりに聞こえていた。

 おそらく、人生で一番の痛みを足に感じながら、遠のく意識の中で二人に触れた。

 二人は車と合わさり、どこからどこがおばさんやおじさんで、どこからどこまでが車なのかわからないほど密着して、潰れ、肉になっていた。

 煙の匂いと、むせかえるような血の匂い。それでも懸命に手を伸ばした。

 痛かった。苦しかった。彼自身、ただがむしゃらに────すがるように、腕をつかんだ。

 

 全部が、血まみれだった。

 

 

 

 

 

 真っ赤だ。真っ赤な血で、すべてが真っ赤になり、彼は声を荒げ、叫び、泣きながら謝り、助けを求めて、もだえて、苦しんで、うずくまり、そして動かなくなった。

 

 

 

 

 

『よわい、“僕”』

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 聞こえない。

 

 呪霊や呪術師がうろついていることなんて些細なことだ──と言わんばかりに、かしましかった蝉の声が聞こえない。

 

 

 

「う゛っ……!」

 

 頭がひどく痛む。グルグルと世界が回っていた。

 

(……そうだ、僕、呪霊に頭をつかまれて………)

 

 とっさに頭を守ったこともあり、そのまま大根おろしのようにならずには済んだらしい。それでも後頭部や、体の節々が痛む。触れてみると、頭には包帯が巻かれていた。

 視線を上に向けると、大きく目を開いた真依の顔があった。

 

 

「真っ」

 

「影男くん!!!!」

 

 

 影男の首が絞まった。真依は遠慮なく抱きつく。

 周囲を見渡すと、見慣れた棚やベッドが目に入った。場所はどうやら医務室らしい。

 

「生徒で起きたのはお前が最後だぞ、茂山」

 

「……! 家入おね……家入さん」

 

「お姉さんと呼んでくれても構わないけどね」

 

 家入は棒飴の先をモゴモゴと動かしながら、カルテに何か書き込んでいる。それから少しして手を止め、深い息を吐いた。

 

「状況が分からんだろうし、一応説明しておいてやろう」

 

 

 家入曰く、完全顕現した里香については五条が鎮圧したとのこと。祓わなかったのは、気を取り戻して現場に戻った乙骨に、五条が「祓うか否か」の選択をせまったらしい。

 乙骨はそれに対し、「祓わない」選択を選んだ。

 

「影男くん、乙骨憂太のケガについてだけど…」

 

「………あっ」

 

「彼、東堂に受けたケガが痛んで反応が遅れたみたいなの。それで…木に頭をぶつけて、失神したらしいわ。だから………気負わないでね」

 

「………」

 

「守ろうとしてくれて、ありがとう」

 

「……うん」

 

 影男は、じっと自分の手のひらを見つめた。

 そんな彼に家入は説明を続ける。

 

「団体戦は中止だ。生徒についてはみな無事だよ。五条が周囲を更地にする前に、夏油がいち早く呪霊で現場から引き剥がしたから。祈本里香の負傷者はお前と東堂くらいだな」

 

「そう……です、か」

 

 どっと、肩の力が抜けた。試合中にケガを負った者もいたかもしれないが、命は無事だった。

 よかった、と影男はうわごとのように呟く。よかった、と。

 

「顔色が悪いけど、水でも飲むか?」

 

「……はい」

 

 席を立った家入は、積まれていた段ボールの中からペットボトルを取り出す。

 それを影男に差し出した。

 

「ありがとう…ございます」

 

 影男はペットボトルの蓋を開け、水を飲んでいく。蛍光灯の明かりが眩しい。

 目を閉じる一瞬一瞬の間に、まぶたの裏が映り、その赤さにまた気分が悪くなる。

 夢のせいだろう。間違いなく。自分が、血で真っ赤になる夢だった。

 

「乙骨の件はまぁ、五条がなんとかするか…」

 

 ポツリと呟いた家入は頭をかき、また一つ、ため息をこぼす。彼女の顔も疲労の色が強かった。

 

 

「あの……明日の個人戦って、どうなるんですか?」

 

「この分だと、今年は中止になるだろう。五条が京都校の私有地をだーいぶ荒らしてくれちゃったもんだから、そこの話し合いや何やら。ついでに生徒も個人戦をやるメンタルじゃなくなってるだろうしね」

 

「だいぶ、荒らした…」

 

「まぁ、祈本里香もそこそこ暴れたから、その非は乙骨に問われることになるわけで──結局、東京校の非になるか」

 

 夜蛾学長たいへんそー、と家入は薄情に思った。

 

 

「もう夜遅いし、お前らも早く寮に帰りな」

 

「………はい」

 

「あの…治療、ありがとうございました」

 

「あぁ。でも茂山の場合は頭を強く打ったから、明日の午前に念のため精密検査をするから、覚えとけ」

 

「…わかりました」

 

 影男はベッドに座り、枕元に畳まれていたジャケットを羽織った。

 ボタンを留めていると、ふと真依の手に意識が向いた。彼女の手は座っている膝の上に置かれている。それが小さく震えていた。

 

「……真依ちゃん?」

 

「………」

 

「…大丈夫?」

 

「……疲れては、いるわよ」

 

 影男は立ち上がり、そして────そこで、医務室の隅、自分が寝ていた場所とは反対にあるそこのカーテンが、閉められていることに気づいた。

 

 体の重心がググッと、横へ逸れた気がして、とっさに足を踏み出す。足の先に力がこもった。心臓が早く、強く脈打ち、一雫の汗が流れる。

 

 

「………家入さんは」

 

「あぁ、何かな?」

 

「……()()()()()()()()、僕が最後って、言いましたよね」

 

「そうだよ」

 

「………」

 

 影男はフラフラと、仕切られたカーテンのもとへ向かった。後ろから、「影男くん…」と真依の声がしたが、その声は周囲の雑音とともに一切聞こえなくなった。代わりに耳鳴りがする。

 カーテンをつかんだ右手が震える。それを左手で無理やり止めて、ゆっくりと、音を立てないように慎重に開ける。

 

 

 黒い、長い髪が、シーツの上に散らばっていた。かすかな寝息とともに、布団がかけられた胸板が上下している。

 

 ただ────ただ。

 

 

 

「う゛っ………、お゛えっ」

 

 

 

 影男はカーテンにしがみつきながら、その場で嘔吐した。

 胃液がスラックスや床を汚す。その場に手を付いた彼に、真依が駆け寄った。影男の名を呼ぶその声は、涙声だった。

 

「………」

 

 一度目を伏せた家入は、淡々と語り出す。

 

「祈本里香から君を助けた際に、不覚を取ったんだ。同時に頭の方も酷使していたから、仕方がなかったとも言える」

 

 ただ、と家入は続けた。

 

「そのすぐ後に、五条が現場に到着したんだ。もう少し冷静に──頭を冷やして…………そう、だから、君のせいじゃない。こいつが、しくじったってだけだ」

 

 

 しかし──はたして、子の命が危うくなった中で、冷静でいられる親がいるだろうか?

 

 

 影男は胃の中が無くなるまで吐き、思考も停止した中で一度すべて空っぽにして、顔を上げた。

 

 

 

「ごめん……な、さいっ…」

 

 

 

 眠る夏油の右腕は、肩の少し先から欠け、包帯で覆われていた。

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