茂山影男   作:ピンチャンよ永遠なれ………

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モチベが下がってる…


40話

 そうだ────と、影男は思い出した。

 胃液なのかよだれなのか、口もとの液体を制服の袖で拭いながら立ち上がる。

 

 欠けてしまったなら、反転術式で治せばいい。

 壁に手をつきながらどうにか立ち上がる。頭がガンガンと痛んだ。

 

 よたついた足取りで包帯に覆われた部分にまで近づき、手を伸ばす。

 反転術式を………反てん、じゅつしき。

 

 

「……茂山、傷はもう私が塞いだんだ」

 

「そんなの、見ればわかる」

 

「腕を生やすつもりか? 人体について、詳しく勉強してすらいないお前が──か?」

 

「………」

 

 家入はフゥーと、息を吐いた。無意識に彼女は白衣の胸ポケットを探り、舌打ちをこぼす。

 タバコはもうやめたのだった。ここにいる少年少女がもっとチビだった頃に、説得のお手紙をもらったがゆえに。

 代わりに飴の包装を外し、口の中に突っ込む。それからもう一つ、口の中に入れた。

 

 

「私でも他人の腕を生やす芸当は不可能だ。切断された部位が残っているならまだしも」

 

 

 例えば五条悟なら、自分の腕を生やすくらいの芸当はできるだろう、と家入は語る。彼にはそれを可能とする六眼や膨大な呪力、そして呪力操作の技術がある。

 しかし相手の、しかも腕を生やすという行為は、人体の構造の理解と並外れた反転術式の才能が必要になる。

 そして、人体に精通している家入でも、元の設計図がない中で、まったく同じように骨や筋肉、神経や血管といった複雑な構造を再現するのは不可能だった。

 

「お前ができると判断する根拠はなんだ。人の体を生やしたことなんてさすがにないだろ?」

 

「おばさん……夏油さんの両親の体を、治したことがある」

 

「それは生やしたとは言わない。例えるならお前は、バラバラになった紙をつなぎ合わせただけだ。その才能については正直に感嘆する。だが、無くなったものを再生させたわけじゃない」

 

「………わから、ないだろ」

 

「与幸吉の件でも、お前は元々無かった部位は生やせなかった」

 

「ッ………!!」

 

「いいから、今日は寝ろ。医者の指示に従え」

 

「それでも、やってみるまでは……っ、分からないだろ!!!」

 

「……影男、くん」

 

 真依は、獣のように荒い息を吐きながら家入を睨めつける影男の制服の裾をつかむ。

 沈黙が降りた。

 直後、ガラッと扉が開く。医務室にやってきたのは五条である。目隠しについてはしておらず、六眼の目が遮られることなく蛍光灯の光を反射していた。

 五条は扉を開けるなり眉をひそめ、「ゲロ臭ッ」と鼻を摘んだ。

 

「………」

 

 影男は制服と、フローリング、それとフローリングに落ちた拍子に少し跳ね返ってしまったカーテンの汚れを見る。それから、消え入るような声で謝罪した。

 家入はポリ袋を手にかぶせ、その手でティッシュを何枚も取り出す。手伝おうとした真依には、「彼氏くんの吐瀉物掃除をさせるわけにはいかないよ」と、部屋を出るよう促した。

 

「…行きましょう、影男くん」

 

 真依は影男の体に手を回し、前に進ませる。

 途中、影男の目と、五条の目が合った。肩を震わせた影男は、重い口を開く。しかしその前に遮られた。

 

 

「君が謝罪する必要はない」

 

「……ッ」

 

「で、憂太の方は……今はだいぶ落ち込んじゃってるけど、────彼なら大丈夫だよ」

 

 五条は微笑んで見せる。それは夏油といる時に浮かべる屈託のないものとは違う、教師としての笑顔だった。

 あぁ、確かにこの人は『先生』なのだなと、どこか頭の片隅で思考する。

 

 

 廊下を歩く頭上には、点々と蛍光灯の光があった。

 その中で二人の足音がコツコツと、響いていた。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 本来だったら、個人戦に当てられたその日。天気はあいにくの雨模様だった。

 朝、起きた真依は影男にメッセージを送ったが、既読はつかず。昼になってもそのままで、電話をかけても繋がらなかった。心配になり部屋まで行きノックをしたが、返答はなかった。

 昨日の今日で、精神的に落ち込んでいるのだろう。真依は仕方なく、自分の部屋へ戻った。

 

「真依! 影男くんは大丈夫でしたか!?」

 

「……霞、それに…桃」

 

「辛気臭い面してるじゃない」

 

 二人とも普段着だった。真依の方もラフな装いである。

 三人は寮の共同スペースで話し合うことにした。

 

 三輪は昨日の夜、影男が無事に起きたことを知ると、「よかったぁ〜」と胸を撫で下ろした。三輪や幸吉は現場にいなかったため、祈本里香の件を聞いてから真依や影男のことを心配していたのだ。

 

「東堂のやつはまったく反省の色なんてなかったのに……」

 

「アイツに怒っても仕方がないわよ、桃」

 

「…アンタがこの中じゃ一番、あのゴリラにキレたいはずでしょ」

 

「昨日、気が済むまで殴ったから」

 

「「は?」」

 

 

 

 

 

 ────時は少し遡る。

 

 

 真依は昨日、治療が終わってから間もなく意識を取り戻した東堂に、立つように言った。

 そして、「アンタのせいで…」と親の仇のように睨みつけ、ボロボロと泣きながら拳を握った。

 

「それは、愛する男への涙か?」と東堂は尋ねた。いつものように、一切揺るがない東堂葵というイかれた人間が、その瞳を通して真依を見つめていた。

 

 それが彼女の心に垂れてきて、途端にいっぱいいっぱいだった感情が溢れ出した。

 

 叩いて叩いて、しかし相手はまったくビクともしない。一部始終を見ていた家入に「何してんだ」と呆れられても、叩き続けた。

 

 真依は荒い息を吐きながら、その場に座り込んだ。

 

 殴られていた東堂は、真依を見下ろしながらもう一度、最初と同じ質問をした。その涙は、愛する男への涙なのかと。

 

 それもあった。しかし、それ以外の成分もあった。

 

 真依は影男に守られ、夏油にも守られ、無力だった。何なら、影男が祈本里香に頭をつかまれ引きずられていった時、駆け出そうとしたところを一時的に意識を取り戻していた東堂に腕をつかまれ、止められた。「お前では無力だ」と。

 

 ボロボロだったこの男にも守られる始末だった。

 真依の涙は、弱い自分への悔しさでもあった。

 

 

「己が弱いと思うのならば、鍛えればいい」

 

「……ッハ、私にアンタみたいな筋肉ダルマになれってわけ?」

 

「いつもの毒を吐けるほどには調子を取り戻したようだな」

 

「………ッ!」

 

 真依はまた殴ろうとしたが、今度は避けられてしまう。

 拳を握りしめた彼女は、ジャケットの上着を肩にかけ、去っていく東堂の後ろ姿を睨んだ。

 

「……何で、おとなしく私のサンドバッグになっていたのよ」

 

 そう呟いた真依に、東堂は足を止め、振り返ってこう返した。

 

 

「俺も、()()()()しまったからな」

 

 

 そう言い、東堂は部屋を後にした。

 

 何かしら、東堂も思うところがあったのだろう。

 ただ、似たような状況が訪れた時は、懲りずにまた殴り込みに行くだろう。

 東堂葵とはそういう男だった。

 

「ハァー……」

 

 真依はため息を吐き、眠っている影男の側へ戻った。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 団体戦の翌日。午前中に行われた、頭の精密検査が終わった。

 場には乙骨憂太もいた。影男は最初、部屋に入った時に彼と目が合ったが、それ以降は目を合わせず、双方黙ったままだった。

 

 二人とも脳に異常はなし。戻ってよいと言われ、小部屋で検査着からロッカーに入れていた私服に着替える。

 

 衣擦れの音や、ジッパーを上げる音が響く。

 互いに言いたいことはいくらでもあった。はじめは謝罪の言葉なのも同じだった。

 しかし、先陣を切るには勇気が必要だった。

 

 

「……ごめんね、茂山君」

 

 先に口を開いたのは乙骨だった。

 

 

「僕が………里香ちゃんを、止められなかったから…」

 

「…いや、君の呪霊が暴走したのは、僕が乙骨くんを気絶させてしまったからだ」

 

「茂山、君……」

 

 ロッカーを閉めた影男は、相手へ視線は向けずに扉へ向かう。

 

(………っ)

 

 乙骨はその時、白くなるほど握られている拳に気づいた。

 罪悪感や無力感が、さらに彼の中で積み重なっていく。

 

「……ごめん。知らなかったんだ。夏油さんが君の──」

 

「乙骨くん」

 

 その日はじめて、影男は意図的に乙骨と視線を合わせた。

 無表情な顔に、乙骨は思わず唾を飲み込む。Tシャツをつかんでいた手に力がこもった。

 

「正直に言えば、アンタへの怒りはある」

 

「ッ………ごめっ」

 

「でも、僕は怒っていい立場じゃないから」

 

 部屋を出て行く前、影男はポツリと「ごめんね」と呟いた。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ナンテコッタ、()()()コッタ」

 

「おかか…」

 

「マジかぁ…」

 

「「夏油さんがっ…!?」」

 

 東京校の一年メンバーは現在、京都に来ていた。

 なぜ彼らがこの場所にいるのか。それは夜蛾学長への説得が失敗した後、五条にゴマをすり、特級呪術師様のポケットマネーを得ることができたからだった。

 

 彼らは個人戦が終わったタイミングで憂太たちの元へ向かい、驚かせようと考えていたのだ。

 それが、京都校に着いた直後、祈本里香が暴れた件を知ることになったのである。

 

 ミミナナは夏油が重傷を負ったと知り、すぐさま走って行った。

 パンダは夜蛾に捕まり、「パンダの手も借りたい」ということで、倒木した木をせっせと運ばされることになった。

 狗巻は真希を一瞥した後、敬礼のポーズを取ってから影男の元へ向かった。

 

 

「………私一人で、憂太のもとに行くのかよ」

 

 

 真希は、どこぞのパイロットのように、膝を抱えて座り込む青年の元へ向かうことになる。

 

 

 

「まったく……何つー顔してんだよ、憂太」

 

「真希゛っ、さ………!」

 

 

 その日ばかりは、つっけんどんな態度を取る禪院真希の姿がなりを潜める。

 二人だけの空間で、乙骨は真希の膝に頭を乗せることになった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 東京校メンバーが去った。

 

 団体戦から二週間経ったが、まだ夏油の意識は戻っていない。

 

 意識の回復に時間がかかっているのは、ただでさえパソコンでいうところのハードウェアが熱くなっていたところに、祈本里香の出現によりその対処に追われ、さらに加熱されてしまったことで熱暴走と似た現象が脳で起きたからだろう──と考えられている。

 

 脳の構造的な問題や、脳波は検査したが問題なかった。

 一方で、意識はないと正確に検査することのできない意識レベルや、認知機能の部分についてはわからずにいる。

 状況を見るしかないが、目覚めるのが遅くなるほど、何らかの後遺症が残ることを覚悟しなければならなかった。

 

 また、右腕の欠損については、乙骨が東京校に戻る前に里香の力を用いて再生できるかどうか試された。これは乙骨自ら申し出たことである。

 しかし、結果は振るわず。

「すみません……」と謝った乙骨に、五条は強く、その背を叩いた。

 

 

 

 

 

 さらに、二週間が経った。

 

 一年の教室に、影男の姿はなかった。

 教室は時折、三輪や幸吉の話し声が聞こえる。真依はぼんやりと頬杖を突いていた。

 

「……真依、大丈夫ですかね? 影男くんもですけど…」

 

「…そうだな」

 

 影男は任務やケガの治療がなければここずっと、部屋に引きこもっている。

 ただ、夏油の見舞いには毎日行っているようだった。たまにリュックを背負って出かけていくこともある。

 

 本人がいる時に周囲が部屋に向かっても、応答はなし。こういう時に空気の読めない東堂が、扉なり窓を蹴破って外へ連れ出してくれたらいいのだが、あの男は「俺はしばらく修行の旅に出る」と告げ、マジに旅に出てしまった。

 

 

「みんな、おはようさん」

 

「お、おはようございます! 禪院先生!!」

 

「……おはようございます」

 

「霞ちゃんはいつも声が大きくて感心するわ」

 

 夏油がいない間、直哉が臨時で一年のクラスを担当している。

 一応直哉も教師という建前、男尊女卑な思想を引っ込めてはいる(夏油に矯正された)のだが、根っこに染みついたものがごく自然に出てしまうこともある。その度に三輪に苦手意識を与え、幸吉のヘイトを稼いでいった。

 

「おはようございます、直哉先生」

 

 一方で真依は、無表情に接した。その表情の裏には何もない。

 

 

 ────今はごめん、真依ちゃん。

 

 

 扉を隔てた向こうから聞こえた声が、一日一日と過ぎていっても、生々しく再生される。

 

 

「せやな、ホームルームの前に、少し雑談でもしとこか。もちろん、呪術的なお話やけど」

 

 

 直哉は、『縛り』についての話をし出した。真依の姉や、幸吉の持つ天与呪縛についても触れながら。

 性格のキツい教師ではあるが、その語らい自体は舌を巻くものがある。

 真剣な目で話を聞く三輪の横で、天与呪縛の件を持ち出された幸吉は少し苦い顔をしていた。

 

 一方で真依は、ぼんやりとしていた様子はどこへやら、まっすぐに直哉を見つめる。

 

 

「『縛り』は基本的に、〈何かを制限する代わりに何かを得ること〉や。けど、幸吉クンの先天性の欠損、真希ちゃんの術式なし。

 これらは見方を変えれば、〈何かを失うことで何かを得ること〉とも考えられる」

 

 

 真依の顔が、青白くなっていった。

 

 


 

 ・時系列

 個人戦2日目(本来なら)

 午前中に影男乙骨が頭の精密検査。

 お昼頃に真依たちの話し合い。

 おやつ頃に真希たち到着。おのおの別れる中、真希はシンジくんになっている乙骨の元へ。

 夕方ごろ、窓から赤い夕陽が差し込む中で、真希に膝枕してもらう乙骨。

 

 ・夏油式人格矯正講座

 受講者____五条、直哉

 なお本質は変わってない直哉

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