茂山影男   作:ピンチャンよ永遠なれ………

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蟲の旧版の方をこのメハールン星のどこかに投稿しました。
人間、人生で一度セミを素足で踏んどけば、Gを踏んでもすでに瀕死なアイツに冷静にゴキジェットを噴射でたすけて。


42話

 ────『縛り』

 

 これは自分や他者と交わす誓約と制約であり、守らなければ罰を受けることになる。

 特に他者間との縛りは、破った場合の罰が不確定となる。いつどこで、どのような災いが降りかかるのかわからなくなるのだ。

 

 夏油もまた団体戦の監視をおこなう上で、一時的な縛りを己に課し、呪霊操術の精度を底上げしていた。

 

 縛りは伏黒甚爾や与幸吉の『天与呪縛』のように、いかにして発生するのか解明されていない部分も多い。

 

 

 そして────影男が考えているのは、自分を犠牲にすることで反転術式の精度を跳ね上げる方法だった。

 

「腕を生やす」対価にははたして何が相応しいのか。

 同じ右腕? いやしかし、この縛りを用いるなら、天秤が等しくなる必要がある。影男が右腕を差し出したところで、夏油の右腕と釣り合うかは分からない。

 ならば呪力? 例えば、右腕を治せる分だけの呪力量を天引きしてもらうとか。その場合、影男は大幅に弱体化するだろう。彼の《現実へ介入》する力は、その膨大な呪力に支えられているのだから。

 そもそも与幸吉の天与呪縛を治すときに、全力を出しても欠けた部分は治らなかった。やはり呪力量の天引きでは無理かもしれない。

 

 なら、「命」だったらどうだろうか?

 

 己の寿命を使う。

 

『縛り』について調べた際に、過去に己の命を代価にした事例が挙げられていた。

 

 

 

「僕は夏油さんと出会えていなかったら、禪院家の人間を殺して────呪詛師になって、死んでいたと思います」

 

 

 病室の中は薄暗かった。面会時間もとっくに過ぎている。

 開いた窓から風が吹き込み、カーテンを揺らしていた。闇の中には街の光が差し込んでいる。

 影男は椅子を引っ張り、眠る養父の隣に座った。なんとなく五条の真似をして座ってもみたが、背骨が痛くなりそうだったので、すぐに姿勢を正した。

 

「いっそ反転術式が使えなかったら、「仕方がない」って割り切れたと思います。でも、僕は反転術式が使える。だからこそ、諦めたくない」

 

 いつかきっと、目覚めてくれるだろうとは信じている。

 夏油とて、影男の意識が戻らなかった間、快復を信じて待ってくれていたのだから。

 ならば、自分が信じて待てなくてどうする。

 

「死ぬことは…ないと思います。どのくらい寿命を使うかはわからないけど。もし死んだら、怖い気持ちもある………それでも、僕はアンタの腕を治せなきゃ、死んだって死にきれない」

 

 自分が乙骨を気絶させ、暴走した里香が原因で負った傷である。影男を救おうとして、この腕は欠けた。

 両親にもらえるはずだった分の愛情を、この腕は与えてくれた。時には頭を撫でて、時にはゲンコツをもらった。ゲンコツは確か、宿泊学習の件の時にもらった。

 

「多分……いや絶対、このことを夏油さんが知ったら殴られるんでしょうけど………」

 

 影男は手をかざした。

 彼を中心に風が生じる。カーテンがはためき、テーブルに置かれていた花瓶が倒れ、床に落ちて割れる。長い前髪も揺れ、夏油の顔を滑り落ちた。

 

「子どもの頃は僕にとって、その言葉は亡くなった父親で………それ以降は、何だか恥ずかしくて言えなかったんだ」

 

 閉じた瞼から、雫がこぼれる。

 

 

 

「父さん。

 

 ──────ごめんね」

 

 

 

 

 

 直後、パリィンと、窓が割れた。

 

 

 

「そこのドアホをブッ叩きなさい!! 真依ッッ!!!」

 

 

 

 真依に頬をぶたれた影男は床を転がり、頬を押さえて呆然とした。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 直哉から『縛り』の件を聞いた真依は、すぐさま影男の部屋に向かった。その姿を不審に思った三輪や幸吉(メカ丸)も付いていき、真依が5キロのダンベルを投げつけ、扉を破壊する姿を目撃することになる。

 

「なっ、何やってるんですか、真依!?」

 

 ちなみにダンベルは、1か月前にネット通販で買ったものだ。

 部屋の中に影男はおらず、中はしんとしていた。室内がカップラーメンの入ったゴミ袋が無数にあり、テーブルには医学書やノートが散乱していた。

 

 三輪はノートの一つを手に取る。何かに濡れたようなそれはカピついており、少しラーメンの匂いがした。

 めくると文字がびっしりと書いてある。ところどころに付箋も貼ってあった。

 

「……モブくん、夏油先生の腕を治そうとしてるんですね」

 

『…やはり、そうだったカ』

 

「えっ、幸吉は気づいてたんですか!?」

 

『少し調べて考えればすぐにわかることダ。真依も気づいていル』

 

「私だけ気づいてなかったのか……」

 

 真依は二人を残し、影男の部屋を出た。三輪たちも急いで続く。

 

 

「あのっ、1年の茂山影男くんについてなんですけど……」

 

 真依は男子寮の寮母に、外出届けが出ていないか尋ねた。任務ではない外出で、門限を過ぎる場合は、事前に外出届けが必要となる。

 寮母は「個人情報だから、彼女だとしてもそれはねぇ…」と渋った。

 

「お願いします! 影男くんから電話もメッセージの返信もないんです…!!」

 

「………」

 

 この寮母は、真依が頻繁に影男のもとへ足を運んでいることを知っていた。時折タッパーにたこ焼きを詰めたものを持ち、向かっている姿も目撃している。

 そんな彼女はいつも帰る時、打ちひしがれた姿で出ていくのだ。

 

「……おっと、電話みたいだ」

 

 寮母はデスクの引き出しから紙を取り出し、それを卓上に置いてから席を外した。彼女は固定電話の受話器を取り、「もしもし?」と話す。

 寮母のウインクを見た真依は、頭を下げ外出届けの欄を確認した。

 

 

「今日、影男くんは外出届を取ってる……」

 

 

 次に真依は、歌姫のもとへ向かった。生徒への呪術に関する書庫の立ち入りや、貸し出しの許可を持っているのが歌姫だったからだ。

 

 汗だくの真依とその後ろに続く三輪たちを見るなり、歌姫は怪訝な顔をした。

 

「アンタたち、今は授業時間よ? 何でここにいるのよ」

 

「影男くんが最近、書庫の立ち入り許可を取りに来ませんでしたか!?」

 

「あぁ、それなら少し前に、取りに来たけど……」

 

「何の本を借りたかわかりますか!!?」

 

「ちょっ、ちょっと落ち着きなさい!」

 

 歌姫は真依を宥め、小会議室に三人を通す。真依はそれどころではない様子だったが、「焦るほど人は失敗するわよ」と言われ、一度息を整えることにした。

 

「あいにく茶菓子は切らしてるけど…」

 

 歌姫は三輪と真依に茶を出す。彼らの──特に真依の様子からして、何か重大な事態が起きているというのはわかった。

 

「本来なら個人情報だけど、茂山なら縛りに関する本を借りていたわよ。用途を聞いたら、「反転術式で『縛り』を応用して、回復の効果を高められるか調べたいから」って言ってたわ。……あの子もそこまで考えるようになったなんて、成長したもんね」

 

 数年前のスキーでのドジさを思い出した歌姫は、感慨深い気持ちになった。

 

「──で、真依はいったいどうしたってわけ? 話からして、茂山関連なんでしょうけど」

 

「………私の推測ですけど」

 

 

 真依の推測を聞いた歌姫は、テーブルを殴り、真っ二つにした。

 その衝撃で跳ねた三つの茶碗を、メカ丸が俊敏な動きでキャッチする。

 歌姫の体は震えていた。今から人でも殺しに行くのかと見紛う目つきである。

 

「………私の、失態ね。迂闊に許可を出した」

 

 深呼吸した歌姫は、三人の名を呼ぶ。

 

「真依、三輪、与────好きに動いていいわよ。必要なら西宮や加茂を使いなさい」

 

 西宮は捜索に。加茂は思考の面で役立つ。

 

 

 2年の教室に早速赴いた一同は、二人の助力を得ることに成功した。

 真依の仮説を聞いた西宮は「ハァ!?」と怒り心頭である。どちらかというとこの怒りは、真依に心労的な負荷をかけていることへの怒りなご様子。

 一方で顎に手を当てていた加茂は、「…確かにな」と呟いた。

 

「真依、禪院家での騒動の時、オマエはその場にいたのか?」

 

「……いたわよ」

 

「当時の被害は相当なものだったと聞いている。何せ、一級に当たる者たちを含め、大けがを負った者が複数いたらしいからな」

 

「そっ、そんなにすごかったんですか……?」

 

 三輪の瞳にわずかな恐怖が生まれる。

 

「あの件は、影男くんは悪くないわ。彼の両親を殺した禪院のクソどもが悪いのよ。優しい彼をあそこまで追い込んだ、アイツらが……ッ」

 

「……真依」

 

 西宮は震える真依の背をさすった。

 

「彼の危うさは、騒動の件を踏まえても明らかだろう。普段の彼を見ていても、感情の振れ幅がかなり極端だ。そこに偏った思考のまま、突き進んでしまったのなら──」

 

 沈黙が落ちる。

 その空気を、西宮が叩いた手が払拭する。

 

 

「ともかく、手分けしてアイツを探せばいいってことでしょ? だったら早く話し合いを終わらせて、行きましょ」

 

「病院には最低一人は張らせておいた方がいいだろう。人選を考えれば──そうだな、君に任せていいか?」

 

『了解しタ』

 

 幸吉は小型の傀儡を動かすこともできる。

 それを使い、夏油の病室や病院の周囲を偵察しておく。

 

 4名はそれぞれ、真依が影男の行きそうな場所をリストアップし、その中から加茂が目星をつけた場所へ赴くことになった。

 

 

 そして捜索すること数時間。幸吉から影男が病院へ現れたと連絡が入る。

 ちなみに影男は、真依がリストアップした場所とは違う別のところを回っていた。自分の両親と、夏油夫妻の墓参りである。

 

 そこから西宮が真依を回収し、超特急で病院まで運んで行った。その末に窓をブチ破り、真依のビンタが炸裂した次第である。

 

 

 

 

 

「真依……ちゃ」

 

 影男は、ボロボロと泣く真依を見て固まった。窓の外には鬼の形相をした西宮もいる。

 もう一度、真依の手が上がった。影男は次に来る衝撃に、とっさに目を閉じる。

 しかし、想像とは違う衝撃が、胸元に当たった。

 

「うっ………」

 

「………」

 

「うわぁぁぁぁ……っ!!」

 

 真依は握り拳を震わせながら、影男の胸に顔を埋め泣き出した。

 子どものように全力で泣き、弱々しくその胸板を叩く。

 

「……ごめん」

 

「影男くんの゛いのちは……っ、あなただけのものじゃないんだからぁ……!!!」

 

「………ごめんね」

 

「私のっ……私のものでも、あるんだから゛ぁ…!!!」

 

 真依は影男の顔に両手を伸ばす。死にそうな気持ちで謝っていた影男は、重なった唇の感触に目を丸くする。

 

「真っ」

 

「影男くん」

 

 壁に寄りかかる彼に覆いかぶさるように、真依は至近距離で黒い瞳を見つめた。お互いの息が顔にかかる。影男の上から落ちてくる涙は差し込む光を受けて、星のようにきらめく。

 

 

 

「愛してるの……この世で一番、私はあなたを愛しているの。

 

 ────だから、あなたの命をちょうだい。

 

 私の命も、影男くんにあげるから」

 

 

 

 両手が絡まる。

 真依は口を開き、自分の名前を呼ぼうとした相手の舌ごと奪った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、病院のロビーにて。

 

 

「西宮、茂山君は!?」

 

「大丈夫よ、心配ないわ。アンタはとにかく絶対に行かないで。世界が滅亡してもここにいて」

 

 

 

「桃先輩、影男くんは!?」

 

「霞もここで待機よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 壁に寄りかかり、隣り合うようにして座る二人。

 真依は影男の肩に頭を乗せ、ぼんやりと月明かりを眺めた。割れた窓はそのままで、破片は床に散らばっている。その大小さまざまな一つ一つが月の光を反射していた。

 

「……綺麗ね」

 

 真依の言葉に、彼女を見ていた影男は「そうだね」と微笑む。

 

「…ねぇ、真依ちゃん」

 

「なぁに?」

 

「……もし、………もしも、僕が「一緒に死んでほしい」って言ったら、真依ちゃんは僕と死んでくれる?」

 

 真依は上目遣いに影男の瞳を見つめた。

 何かの冗談というわけでもないらしい。黒いまなこは真剣そのものだった。

 真依はうっそりと笑って、「いいわよ」と言った。

 

 

「あなたといっしょに、死んであげる」

 

 

 そうして来世も、そのまた来世も、二人の魂は一緒に。

 離れずに、永遠(とわ)に、永劫輪廻をともに歩もう。

 

 真依は影男の手のひらに自分の手を重ねる。

 影男もまた、その手を強く握りしめた。

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