茂山影男 作:ピンチャンよ永遠なれ………
「──で、二人はどうなったわけ!!?」
病院まで生徒たちを迎えに来た歌姫は、西宮から彼女が見た一部始終を聞くなり、「ア……アオハルだァー!!」と叫びそうになった。中高生向けの恋愛ものはすでに心に響かなくなってしまったと思っていたが、響いている。歌姫の疲れ切った精神に清涼の風をもたらしている。
ちなみに、夜もだいぶ更けこんできた中で、三輪は眠ってしまいメカ丸(歌姫とともに来た)の膝を借りている。時折「まくら……まくらが固いよぉ…」とつぶやく。
腕を組んで一点を凝視している加茂については、糸目のせいで、寝ているのか起きているのかわからない。
「ふわぁ……私も眠くなってきちゃった」
「……あの子たち、さすがに人が寝てる病室で…(ブツブツ)」
あくびをした西宮は、持っている箒に足をクロスさせるように絡ませ、両腕で抱きしめるように重心を預ける。そして器用に眠り出した。
「影男くんは純情ピュアボーイだから手は出さないと思うけど……いやしかし、若者の欲ってのはわからんからなぁ…」
歌姫は時計を確認し、0時を過ぎても来ないようならこっそりと様子を覗くことにした。
「それまで少し………私も仮眠するか」
しかして少しだけ眠るつもりだった歌姫は、ノンレム睡眠の世界に誘われていった。
「……ハァ」
夜勤の看護婦はため息を吐きながら、彼らに毛布をかけた。
◇◇◇
二つの手が握り合っている。
反転術式がダメならと、影男が考えていた方法。しかしその方法は肉体を“再生”させるより、より高度な技術を求められる。神業と呼んでもいいかもしれない。
「私の『構築術式』で、夏油さんの腕を?」
「……うん、治せないかなって、思ったんだ」
仮に『構築術式』を用いて治すなら、それは再生ではなく新しい部品を“つくる”ことになる。それすなわち、人を創るということになり、神の御業と呼ぶに相応しい。
「縛りについて調べているときに、構築術式には『絶命の縛り』があるって知ったんだ」
「…自分の命を代価に、強力な呪具を残すことね」
「命をかけるヒントは、ここから得たんだ。命と言っても、寿命だけど……」
「………本当に影男くんったら、おバカさんね」
真依は影男が謝る前に、唇を塞いで話の続きを促す。影男は何度もされても慣れないらしく、顔を真っ赤にして汗をだらだらと流す。
「……そっ、それで、もし僕の全力の呪力を真依ちゃんに渡すことができたら、夏油さんの腕を治せる可能性もあるんじゃないかって…」
「あのね、影男くん。まず無機物を作るのと、人体なんて複雑に構成された物体をつくるのとでは、話はまったく違うの。小学1年生に世界最難関の大学の入試問題を出して、「さぁこのテストで必ず満点を取りなさい」って言っても、普通無理でしょ?」
「頭のイイ子どもなら、1問くらいは解けるかもしれないんじゃないかな?」
「人体を“つくる”なんて神業をするなら、100点満点じゃなきゃ絶対にダメよ。人間の体はとてつもなく複雑にできているんだから。それにどんな優秀な人間だって、ケアレスミスの一つをまったくしないのは難しい」
「………」
「それとね。人体をつくるなら、途方もない呪力が必要になる。まだ反転術式で治す方が、コスパ良く治せるはずよ」
「………」
「最後に、どうして私にそれをもっと早く言ってくれなかったの?」
「……ごっ」
唇をまた塞がれた影男はもの言いたげな顔をしたが、反論すればまた唇を奪われるであろうことがわかったので、口を引き結ぶ。
「自分の命をかける前に、私に相談してほしかったわ。……いえ、周囲の人に相談してほしかった」
「…僕一人で、解決しないといけないと思ったんだ」
「本当に……バカよ。本当にバカ。一人よりみんなで協力すれば、もっと良い方法が思いついたかもしれないのに。私や霞、幸吉や桃たちも力を貸したわよ」
「………」
「ふふっ、そろそろ学んできたみたいね」
影男の口は「ご」のところで止まっていた。真依の笑みはひどく蠱惑的である。
「じゃあ、やってみましょうか」
「………えっ?」
「影男くんは夏油さんの腕を治したいんでしょ?」
「…で、でも、僕の呪力に真依ちゃんの体が耐えられないかもしれないし……」
「あら、一緒に死んでくれるか、って聞いたのは影男くんじゃない」
「そうっ、だけど…!!」
「それに一人で
「………」
「私はいつでも、あなたと添い遂げてあげるわ」
真依の手が差し出される。白く、たおやかな手だった。
影男はその手に触れ、握りしめる。自分の手よりも、いくばくか小さい。
左手は彼女の右手を握りつつ、右手は真依の腰に回し、グッと体を抱き寄せる。
そして少し潤んだ瞳で自分を見つめる彼女の額に、自分の額を合わせる。
「真依」
耳元で名前を囁かれた真依は、腰を抜かしそうになった。しかし、自分の腰にまわっている影男の手が彼女の体を支える。
ハク、と彼女は息をこぼす。前髪がかかっているはずなのに、今の影男は伏黒甚爾を思わせる、美男なフェイスになっている。真依は「ぁぁぁ」と声にならない声を上げてしまいたかった。心臓が不整脈なんて目じゃないビートを刻んでいる。
目尻にキスが落ち、甘く溶けた表情で影男は言った。
「大好きだよ」
ボッと、火が上がって。
真依は、『100パーセント』になった。
何が100パーセントになったのかは、正直彼女にもわからない。今ならワンパンで月を破壊したり、無下限を破壊できる気がする。
握り合った手が、欠けた右腕にかざされる。
ゆっくりと病室の中に風が生まれ、二人を中心に渦を巻く。
ゆるりとした、穏やかな回遊だった。その風の中で割れていた窓ガラスの破片が乗せられ、元の形へと戻っていく。
────
────夏油傑の、右腕の修復。
まばゆい光が、病室を包み込んだ。
◇◇◇
チュンチュンと、鳥の囀りが聞こえる。
んご、と枕にしていた手から顔がずり落ちた歌姫は、目をこすった。
伸びをすると、体がパキポキと音を立てる。「これも歳か…」と彼女は内心で思った。周囲を見渡せば、生徒たちはソファーに転がってぐっすりと眠っている。加茂は依然と同じ体勢のままだった。
ちょっと寝過ぎたかもな、と思った彼女は目の前にいる男を見て固まる。
「げぇ、五条!!!」
「そんなデカい声出したら、生徒が起きちゃうでしょ」
「何でアンタがここにいんのよ!!」
「いやぁ、そっちが何だか騒がしいって話を聞いてね」
二人が話している際、看護婦が来て「診療が始まる前には…」という話を受ける。歌姫は病院に「ご迷惑をおかけしました」と頭を下げた。「いえいえ」と話す看護婦はなぜか声が震えていた。他に通りがかる看護婦も、なぜか歌姫の顔を見るとサッと視線を逸らす。
周囲の奇妙な反応に、歌姫は首を傾げた。
「とりあえず、茂山影男は大じょ………」
「何、その間は」
「………もう朝だってのに、あの子たちまだ戻ってきてない……?」
歌姫の中で、「不純異性交遊」の単語が浮かぶ。
いや、待て待て。意識がないとはいえ人がいる場所でおっぱじめるはずがない。あの純情ボーイが狼になるはずがない。真依が狼になる可能性は、普段の二人の掛け合いを見ているとなきにしもあらずだが。
しかし、いやいや、ちょっと待たれい思春期の業────。
「……ちょっと見てきなさいよ、五条」
「いやいや、ここはどーぞ、歌姫先生が」
「無理よっ……! 私には無理よ…!!」
二人が譲り合っている中、カラカラとキャスター音がした。
病院内は朝の静寂に、機械の音が脈のようにリズムを刻んでいる。時折スタッフの話し声も聞こえてくる。独特な空気だった。
何かの運搬の際にはキャスター音もする。近づくその音に歌姫は横に逸れた。五条も避けながら、後ろへ視線を向ける。
「や、ぁ」
聞こえた声はやたらとかすれていた。
病院服からのぞく腕は、骨だけとは言わないが、随分と細くなった。点滴台を握りしめる手には力がこもっており、歩みはおぼつかない。
顔もやつれている。それでも瞳には、強い意思があった。
「……夏油」
「かげっ、おくんの…スマホ、見たら……もう1か……ゲホッ!!」
「ちょっと! 無理してんじゃ──」
普段はうざいやつだと思っていても、弱っていると情が出てしまうらしい。歌姫は思わず、倒れそうになった男に手を伸ばした。
しかし、その前に五条が支えに入る。肩に腕を回し、転倒を防いだ。その拍子にガシャンと点滴台が倒れる。
「わる、ぃね」
「………」
五条は黙り込んでいる。口はムスッとしたままだった。夏油は、ハハッ、と笑う。
「きんりょ……ん゛んっ、もっ、そうだが、声もけっこう、出しにくぃ」
「……ね、ねぇ、影男くんと真依は?」
「………見にぃったら?」
「………」
ゴクリと喉を鳴らした歌姫は、逡巡の末に意を決し、夏油の病室へ向かっていった。
残された夏油は、五条に頼みソファーまで補助してもらった。呪霊で運んでもらえば話は早いが、他にも人目があるためそれは憚れた。
ソファーに座った夏油は一息つく。
「いやぁ……無理は、するもんじゃ…なぃね」
「………」
夏油は手を確認するように開いたり、閉じたりする。
詳しい詳細は後から聞かねばならないが、起きた時の周囲の様子を見て、何となく事情は察した。
「悟」
「………なに」
「この手を、君の目…で、確認してもらぃ……たいん、だけど」
「………」
「まぁ、ぃまは、外せないか」
フゥーと息を吐いた夏油は、ソファーに体を預け、天井を見上げた。
汗をぐっしょりとかいて、飛び起きた朝もあった。眠りにつけずに迎えた朝もある。
今日の朝は、例えるなら何だろうか。
「イイ朝だね、今日は」
「……そうだな」
ズビッと、鼻をすする音が聞こえた。
◇
「(あらあらあらあら……)」
歌姫はニヤつきを隠せず、病室の光景を見つめる。
毛布がかけられていた二人は、ベッドに顔を乗せるようにして眠っていた。
互いの手を、繋ぎながら。