茂山影男   作:ピンチャンよ永遠なれ………

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45話

 意識が回復した夏油は、脳を検査したが「特に異常はなし」と判断された。

 すぐにリハビリを始め、一週間後には退院できることになった。

 歩きによどみもなく、発声もどもりが無くなった。

 

 

「「「退院おめでとうございます、夏油さぁ〜ん!」」」

 

 

 病院まで迎えに来た影男は、多数の女性スタッフに手を振られながら歩いて来る夏油の姿をとらえた。

 

 影男の記憶の中にある見送りとは違った。自分の時は数人だったが、今並んでいる人数をパッと見で数えると、数十人ほどいる。

 花束も一つではなく、膨らんだ紙袋を爆買いした女性のように腕にズラッと提げている。紙袋からは手紙も飛び出ていた。

 

「……持つの、手伝いますよ」

 

「助かるよ」

 

 前世でどんな徳を積んだらここまで入れ食い状態になるのだろうか?

 正直、うらやましいと思う気持ちはある。影男とて男だ。一度くらいは、自分のことが好きでたまらない女子たちに、「キャーッ!」と黄色い声を浴びせられたい。

 

 きっと真依という一番星を得る代わりに、人生のすべてのモテ運を使ったのだろう。

 宝くじ一等を当選した感想は、「神様ありがとう」だった。

 

「……あれ? 夏油さん、タクシーを使わないんですか?」

 

「いやぁ、体が随分と鈍ってしまったからね。病院じゃ過度な運動は止められていたし」

 

「…じゃあ、僕も歩きます」

 

「もうすぐ昼だし、蕎麦でも食べに行かないかい?」

 

「いいですよ」

 

 二人が歩く頭上は、空ひとつない見事な秋晴れだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

「じゃあ、殴るから」

 

 

 病院で殴るのは周囲の迷惑になってしまうからさ。

 ──そんな夏油の配慮である。

 

 場所は高専のグラウンド。中だと吹っ飛んだ拍子に、ほかの部位をケガしてしまう恐れがある。ゆえの、外。

 影男はジャージに着替え、夏油は袈裟に着替えた。彼らの様子を、三輪が教室の窓から心配そうに見守っている。

 

「真依…いいんですか? 夏油先生を止めなくて……」

 

「いいのよ、これに関しては」

 

「真依がそう言うなら……わかりました」

 

 影男は『縛り』として自分の寿命を捧げ、夏油の腕を治そうとした。

 

 結果として、その腕は真依と影男の「()い」により治った。

 

 五条曰く、腕には二人の残穢がらせんを描くように残っていたらしい。というか五条は、夏油が目覚める前に異常を察知して夏油の病室に来ていたようだ。色々と察した後は、歌姫の顔に落書きしていたとのこと。

 

 家入はこの治療の話を聞くなり、椅子をひっくり返して驚いた。

『反転術式』の再生治療ではなく、『構築術式』を用いた桁外れの呪力をぶっ込んでの創造治療? ちょっと勘弁してくれ……と彼女は思った。

 とにかく、この方法は発生するリスクが不確定なため、今後は絶対に行わないよう注意した。

 

 ちなみに治療後については、真依はその日の夜に。影男はそれから数日経ってから目覚めた。彼らについても、念のため体を調べたが問題なかった。

 影男が真依より目覚めが遅かったのはおそらく、彼が負担を担ったからだ。

 

 

「覚悟はいいね?」

 

「────はいッ!!」

 

 

 夏油の左ストレートが、影男の右頬に入った。

 影男は地面を二、三度転がり、止まる。

 

 草履の音を立てながら歩み寄った夏油は、彼の襟首をつかんだ。その握りしめる手は震えていた。

 

『祈本里香』に頭をつかまれていたあの時の影男は、頭が地面にこすれ、体が首のところから90度に曲がっていた。

 それを見た夏油の心臓は止まった心地がした。耳元に当てたスマホからは親友の声が聞こえていた。

 

 熱暴走を起こしかねない頭は、この時爆発してしまったのかもしれない。

 いや、本当に。養子の首がちぎれるんじゃないかと思う光景は二度とご遠慮願いたい。

 

 そして、一か月眠り呆けて、救った命を失った自分の右腕に使われるなんて「本当にいい加減にしろよ」な事態になりかけて。

 

 そこまで追い込んでしまったのは、自分の行動が原因だったのかと、死刑宣告を受けた気持ちになった。

 

 

「君の行動は、自分が向き合うべき感情から逃げる一番手っ取り早い方法だった」

 

「……はい」

 

「それは────『ズル』だよ」

 

「………は、いっ」

 

「だから、こそ」

 

「……ッ」

 

「本当に………本当に、すまなかった…ッ!」

 

 二人をよく知る者からすれば、乙骨と影男の類似点よりも、彼らの方がよっぽど似ている。

 生き方というか、不器用さというか。堕ちるポイントも似ている。

 それを知っている側の真依は、小さく息を吐く。

 

「げとう゛せん゛せいっ……かげお、くん……」

 

「霞、アンタの方が一番号泣してどうすんのよ…」

 

「さっさとティッシュで拭け」

 

 三輪は幸吉の操るメカ丸が持ってきたティッシュで鼻をかんだ。

 

 

 いつもの日常が、京都校に戻ろうとしていた。

 

 変わらないこの日々がどれだけ価値のあるものなのか、一番知っているのは夏油だろう。

 

 

 

「お帰りなさい、夏油さん」

 

「……あぁ、ただいま」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 11月である。

 任務の数も少なく、生徒の誰かがポツリとつぶやいた。「暇だな」と。

 

 おそらく日本で一番特殊なこの学校は、学校行事がほぼない。世の高校生たちは、体育祭や文化祭といった青春を楽しんでいるというのに。

 

 呪術師なのだから仕方ないのだろう。だがそれはそれとして、「学生の青春も大事でしょ〜」という考えを持つGLGがいる東京校は、時折イベントがあった。

 

 京都校はというと……ない。トマト祭りに乗じて動体視力を養いつつ、ペイントボールを投げ合うだとか。ハロウィンで教師が本気(ガチ)のコスプレをしてくるだとか。

 そういうのがない。学長は言わずもがな。歌姫も直哉も、わざわざ仕事を増やしてまでイベントを発案するタイプではない。

 

 夏油もまた真面目というか、お堅い方である。学生時代も五条の突飛な提案に乗る側だった。

 

 

「空いている時間があるなら、バイトを入れたいんですけど…」

 

「急な任務も入るから、難しい話ね」

 

「ハァ……」

 

 三輪は最近やつれている。どうやら弟たちの学校用品などの出費で、現状カツカツな状態らしい。

 

「アンタが私の部屋の前で、うつろな目で佇んでいた時はびっくりしたわよ…」

 

「え、えへへ……。美味しそうな匂いがしたので、つい」

 

 寮には食事が出されるが、自立促進のために各自に食事を任せる日もある。

 真依は自炊派なので、あまり関係ないが。

 そんな自炊を迫られた日に、三輪は飢えたゾンビになり真依の部屋で立ち尽くしていたのである。

 

「モブくんはいいなぁ。真依の料理を毎日食べられて…」

 

「ふふっ…私の計画も順調よ」

 

「計画?」

 

「影男くんを私の手料理なしでは生きてはいけない体にする計画よ」

 

「……そ、そうですか」

 

 手料理なしでも存外、その計画はかなり成し遂げられているんじゃないかと三輪は思った。

 

 

「それにしても、何かいいバイトはないですかね? 短期の──、一日くらいでできる」

 

「学生で一日っていうのは難しいんじゃない?」

 

 三輪はスマホでバイトのアプリで条件に合いそうなものを探す。やはり高校生の年齢で、しかも一日でできそうなバイトは少ない。例えばイベントのスタッフだとか。

 

「高額だったら尚のこといいんですけど…」

 

「どうしたんだ?」

 

「あっ、幸吉」

 

 メカ丸に車椅子を押してもらっている幸吉と影男が教室に入ってきた。

 

「霞がね、バイトの件で悩んでいるみたいなのよ」

 

「三輪ちゃんがバイト?」

 

 三輪が中学生の時点でバイトに明け暮れていたのは、三人とも知っている。

 

「うーん……このイベントだったら比較的近場だし、お給料もいいかな。お昼も支給だし…」

 

 スマホと睨めっこをする三輪に、真依たちの憐憫の目が向く。

 等級が高い影男や幸吉は、日常で金銭に困るようなことはない。影男の場合は、いかにも怪しい「この壺買ってみませんか?」に騙されて数十万で買ってきた人間なので、金の管理は今でも夏油がしている。基本はお小遣い制だ。

 真依もまた四級の給料ではあるが、十分に生活できているし、自分のための買い物を楽しむ余裕もある。

 

「…僕も一緒に、アルバイトしようかな」

 

「えっ?」

 

「私もって言いたいところだけど、肉体労働なのね……」

 

「ええっ?」

 

「俺は力不足か……」

 

「………っ」

 

 三輪は唇を震わせる。単身で戦地へ赴こうとする自分の肩に手を乗せ、「俺も行こう。墓場はいっしょだ」と、戦友とともに銃撃の音が飛び交う地獄へ歩き出す──みたいな幻視をした。

 

 

 結果として、イベントのアルバイトには三輪と影男が出ることになった。影男にとっては人生初のアルバイトになる。

 真依は幸吉の体調を考慮しつつ、彼も連れてそのイベントに潜入することになった。イベントはキッズ向けの内容である。

 

 アルバイトをするなら、教師の許可が要る。一般的な学校であれば。

 

 三輪と影男はネットで応募する前に、許可を得るため歌姫か夏油を探した。二人はちょうど廊下を歩いていた夏油を見つけ、駆け寄る。

 

「アルバイト?」

 

「実は──」

 

 三輪の事情を聞いた夏油は、「なるほどね」と頷いた。少し考え込んだ彼は、「もっと良い条件のバイト先を紹介できるかもしれない」と言う。

 

「給料も高めだし、一日以内で終わる内容だよ」

 

「そ、それってどんなバイトなんですか!?」

 

 三輪は食い気味だった。そのバイトは人を選ぶものらしいが、三輪なら十分過ぎるだろうと。

 

 

「────モデル、やってみるかい?」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 夏油のコネにより、雑誌の──と言っても、アマチュア向けのモデルをすることになった三輪霞。

 内容を聞いた真依も興味をそそられ、参加することになった。

 

 現場を取り仕切るディレクターの男は二人を見るなり、「あらまぁ…!」と目を丸くする。

 水色の髪(染めているのだろうか?)の清楚そうな少女と、よく手入れされた長い黒髪を持つスタイル抜群のキツ目系美女。

 知り合いである夏油から頼まれどんな二人が来るのかと思えば、とんだ(ぎょく)を放り込んでくれたものである。

 彼のインスピレーションが瞬く間に展開され、一つの結論を見出す。

 

「撮影に使う服を変更するわよ!!」

 

 そこからの現場は慌ただしかった。スタッフたちがバタバタと動き回る中で、見学に来ていた影男は「すごいなぁ…」と呟く。幸吉もまた似たような感想を抱いていた。

 ちなみにディレクターが幸吉を見た際も、「原石ね…」と言っていた。影男の時だけポカン…といった具合だったが。

 

 

「撮影入りまーす!」

 

 

 その声とともに、シャッターが切られ始める。

 

 若者向けの春服特集の撮影。あらかじめ組まれていた服は変更され、モデルに合う服に変えられた。

 三輪は清楚さを生かした、純白の丈の短いスカートと長めの袖でキュートさをかもしている。

 一方で真依はロングパンツにブーツを合わせ、襟元が大胆に見えるトップス姿で、クールにまとめられていた。

 カメラマンの「いいよいいよぉ!!」という声も聞こえてくる。

 

「……カッコイイね」

 

「……あぁ、かわいいな」

 

 撮影は順調に進んでいき、送風機を使うシーンになった。

 

 二人はすでに春服とは関係ないであろう衣装を纏っている。三輪は白いワンピースを。真依は黒いワンピースを身につけ、両者服と同じ色の鍔ひろ帽子を身につけている。

 

 

「そこのあなたッ! 手が空いてるなら手伝って!!」

 

「えっ?」

 

 モブ顔だったがゆえに、スタッフと思われてしまったのだろうか。

 影男は女性スタッフに腕を引かれ、連行されていった。ぼんやりと三輪の姿を見ていた幸吉は、彼がいなくなったことに気づかなかった。

 

「あ、あの…僕はスタッフじゃ……」

 

「喋るより手を動かす!」

 

 女性スタッフはさっさと行ってしまった。

 巨大な送風機の前に立たされた影男。彼は仕方なく、もう一人の男性スタッフと送風機を動かし始めた。

 

 三輪と真依はカメラに集中しており、送風機の後ろにはみ出ている影男にまだ気づいていない。

 

「純白と純黒が織りなす二極化された美のハーモニー……。実に、実に素晴らしいわぁ!!」

 

 ディレクターの目は、もはや二人が空から舞い降りた天使と悪魔に見えているんじゃないかと思うほど熱狂している。

 

 と、そこで。

 指示を受け角度を斜めに変えた真依が、ようやく影男の存在に気づいた。

 

 

(!!!)

 

 

 送風機の風に煽られた影男の髪が、強風の余波で後ろに流れている。イケメンになったりモブ顔になったり、だいぶうるさいことになっていた。

 

「ストップストップ! 禪院ちゃん、急にどうしちゃったの? 様子がおかしいけど」

 

「いっ…いえ、何でもないわのよ…!!」

 

「(わのよ?)」

 

 首を傾げた三輪は、真依の視線がチラリと向いた方を自分も見た。そこになぜか影男がいる。前髪が綺麗に逆立っていた。

 

(モブくん、髪……!! 髪ッ!!)

 

 真依のジェスチャーに気づいたのか、影男は自分の前髪に触れた。

 そんな彼女の姿を不審に思ったディレクターも後ろを向く。

 間一髪で、イケメンの霊圧が消えた。

 

「二人とも…少し休憩にする?」

 

「い、いえっ、大丈夫です!!」

 

「つ…続けてもらって結構よ」

 

「なら、いいんだけど……」

 

 その後も二人はひょっこりイケメンに情緒を乱されながら、撮影を終えたのだった。

 

 

 

「モデル……またやってみてもいいですね…」

 

「使ったメイク道具をもらえるとは思わなかったわ……」

 

 三輪と真依はホクホク顔である。

 一方で影男は片づけも手伝わされることになり、かなり疲れた様子だった。

 

「モブ、お前どこに行ってたんだ?」

 

「スタッフと間違えられてさ…」

 

「そ、そうだったのか……お前も災難なやつだな」

 

 

 駄弁りながら、スタジオを去っていく四人。

 そんな彼らの姿を、ディレクターの男はブラインドを指で下げて見つめていた。

 

 

「まるで、暗闇の中に隠されたブラックダイヤモンド……あの子はいったい、何だったのかしら…」

 

 

 ポツリと呟かれた言葉は、彼以外に届くことはなかった。

 

 


 

 ・夏油

 中学の時に小遣い稼ぎでモデルをやっていた。

 

 ・ディレクター

 一見すると女性な男性。モブにしては強個性。

 

 ・ブラックダイヤモンド

 ひょっこり甚爾

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