茂山影男   作:ピンチャンよ永遠なれ………

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46話

 村で次々と人が倒れる事態が発生したということで、僕は加茂先輩と調査に行くことになった。等級は準一級相当とされる。

 倒れた人びとは老人や子ども、大人など老若男女問わない。補助監督さんの事前の調査では、今回の被害は龍神関係ではないかと語っていた。

 

 村に着くと、まず寝込んでいる人たちの症状を確かめた。黒いあざのようなものが腕や足に絡みついている。症状は発熱や倦怠感、嘔吐など。病状の重い者ほど、このあざはより多く絡みついていて、一番重篤な人は首の少し下あたりにまで迫っていた。

 

「おそらくこれが首まで届けば、文字どおり()()()()()()ことになるだろうな」

 

「………」

 

 反転術式での治癒は不可。大元をつぶし、呪いの解呪を優先すべきだと判断された。

 

 

 それで、『龍神』と言われて僕は最初ピンと来なかったわけだけど、加茂先輩が説明してくれた。

 

「『龍神』と言えば井戸だよ、茂山君」

 

「井戸?」

 

 井戸って言ったら、皿を一枚二枚と数える怪談があったような気がする。

 

「それは番長皿屋敷だね。江戸時代を舞台にした、歌舞伎や浄瑠璃などで語り継がれる怪談だ」

 

「バンチョー皿屋敷……」

 

 不良の格好をした幽霊が、頭の中で皿を数える。「一枚足りねぇぞコラァ!!」と鬼の形相で叫んだ。

 

「今回倒れた者の共通点は、他の場所から引いている簡易水道とは別の、この村の井戸水を飲んでいることだ」

 

「じゃあ、呪霊は井戸の中にいるってことですか?」

 

「そこが少し悩みどころなんだ」

 

 この村の井戸は同じ地下水を汲み取っているらしい。その地下水の部分に龍神(呪霊)が潜んでいるなら、加茂先輩では対処が難しいと語った。僕でも難しいと思う。

 仮に水中から引っ張り出すなら、呪霊を怒らせて襲わせるのが手っ取り早いと、これは加茂先輩が。

 

「水質汚染になるようなことはできないな…」

 

 考え込む加茂先輩に、僕はふと思いついた案を出す。

 

 

「魚釣りの方法で釣り上げるのはどうですか?」

 

「……魚釣り?」

 

「はい。呪霊なら、呪力の多い人間がいたら狙ってくるんじゃないかと思って…」

 

「──つまり、私か茂山君が囮になり、地下から出てきたところをもう一方で叩くというわけか。しかし向こうも怪しむんじゃないか?」

 

「釣りの基本は《待つこと》だって、僕の友だちが言ってました。…いや、僕の友だちっていうか、真依ちゃんのお姉さんというか……」

 

「真依の姉……ああ、東京校に通っているという、あの」

 

 

 ひとまず、囮作戦で行くことになった。

 

 方法はものすごく原始的だ。木にロープをくくり付けて、そのロープを囮役の体にも巻きつけて井戸へダイブする。

 

 万が一そのまま落ちた場合、加茂先輩だと対処できないから僕が囮役になった。

 

 村にあった縄を拝借して、強度を確かめてから加茂先輩に胴をぐるぐる巻きにしてもらう。

 木にもしっかりと括りつけられた。長さも加茂先輩が計算して、調整してくれた。

 

「……何というか、随分と間抜けな姿だな」

 

「バンジージャンプも多分、こんな感じですよ」

 

 

 井戸を覗き込むと、黒い井戸の奥に月の姿が映っていた。広さは僕が入ってもまだ少し余裕がある。水汲み用の桶をどけて、呼吸を落ち着かせてからいざ井戸の中へ入った。

 靴と靴下、それとポケットにスマホが入ったジャケットは脱いである。また、首にヘッドライト用の明かりをつけている。

 

 さすがに一気に落ちるのは怖いから、手や足を使って少しずつ降りていった。

 

 井戸の中は独特な匂いがする。土っぽいというか。少しカビっぽい。

 

 下まで降りきると、ギチッとロープの音が鳴った。目を少し上に向けると、水が揺れていた。僕の髪の先っちょが触れて、静寂だった水面を揺らしている。

 

 

「茂山君ッ、大丈夫そうかい?」

 

「はい。今のところは問題ないです」

 

 

 あえて宙吊りの体勢にしたのは、真希ちゃんの釣りの雑学で魚がエモノをとらえる時、頭から食べると聞いたからだ。理由は頭からの方が食べやすく、エモノの逃走を防ぐこともできるかららしい。

 

 この体勢を長時間続けるのはつらいから、定期的に上げて休憩を挟む予定だ。

 

 一番の重症人の状態を考えても、残された猶予は数日。その間までに呪霊の討伐が求められる。

 

 

 意識がぼんやりとしてきたところで、一度上げてもらった。まだ十数分しか経っていない。

 

「……宙吊りの方法はやはりやめた方がいいんじゃないか? 純粋にリスクがある」

 

「でも、そうしたら、助かるものも助からなくなるかもしれない」

 

「君は……西宮にも殴られていたのに、まったく懲りていないんだね。やろうと思えば、呪霊を無理やり引きずり出すこともできるはずだろう?」

 

 確かに、できる。ただその方法を使ったら、ここの土地を大きく破壊してしまうかもしれない。

 命の天秤を前にしたら、手段なんて選ばない方がいいんだろう。

 でも、なるべくなら『最善』を尽くしたかった。

 

 だから少し休んで、また井戸に潜る。

 

 

「しかし……少し気になる点もあるな」

 

「気になる点ですか?」

 

「あぁ。龍神が被害の元凶だとして、水を飲んだ者を呪う理由がわからないんだ」

 

「理由……ですか」

 

「祟っている原因がわからない。井戸を埋めた*1という話は、少なくとも村の被害者が出るようになった前にはないらしい」

 

「じゃあ、他に原因があるかもってことですか?」

 

「そう考えるのが妥当だろう」

 

 この村は平成の今でも井戸水を飲んでいるくらいだから、色々な思いがあるんだろう。

「自分の土地の水の方がおいしい」とか。

 

 そうした古くから今にかけて積もり積もった呪いが、この()()()()()()。息づいていて、根づいている。

 

 ただ、出てこない。時折魚影のように何かが見えた気がするけど、そこには何もいない。

 僕を害そうという気が、『それ』からは感じられない。ただ────水の中には悪意は渦まいている。呪いの色が広がっていた。

 

 わからない。どういうことだろうか?

 

 

 

 それからまた引き上げてもらう。

 その時に僕の目で見た水の中から感じる呪いと、一方で呪いではあるのだろうけど、一向に害してこない『何か』の感覚を加茂先輩に伝えた。

 

「……後者の方は呪霊になる前の、赤ん坊みたいなものかもしれないな」

 

「呪霊の稚魚……」

 

「君が六眼ほどではないが、呪力を見えるとは聞いていたが……不思議な世界が見えているんだね」

 

「祓いますか?」

 

「その判断は、視えた君に託すよ」

 

「………わかりました」

 

 

 もう一度井戸の中に潜り、その姿が現れるのをじっと待つ。

『それ』はまた、魚影のように現れた。これが呪霊の卵なら祓う。エクボみたいな例は、前代未聞の異例中な異例なんだ。(高専からはそんな評価を受けている)

 

 手を伸ばして水の中に入れると、『それ』が寄ってきた。指を突いたり、時折噛んでくる。

 悪意はやはりなかった。でも呪力を流して、それを消す。

 

 

 ────ばいばい。

 

 

 そう、最後に言われた気がした。

 

 

 

 

 

 ◯

 

 

 夜に短い睡眠を挟み、朝になってから別の方法を探ることにした。

 今のところ、龍神の卵(?)らしきものは祓った。

 ただ相変わらず水の中に渦巻いている呪いは消えていない。

 

「その呪力を感知できそうかい?」

 

「うーん……」

 

 僕の『視える』ものは、五条さんの六眼と比べると当然劣っている。

 歩いてその気配を感じると、井戸にたどり着く。村の中にはいくつもの井戸が存在していた。

 歩いては「違う」を──を繰り返して、時刻は夕方。すでに村にある井戸はすべて周り尽くした。

 

 加茂先輩はその間に、一つの仮説を導き出した。

 

 地下水そのものが呪霊によって汚染されているというより、一部から染み込んだ呪いが地下水を汚染しているのかもしれない──という考え。

 

 日本が土葬の時代だった頃は、疫病にかかった死体の水分が井戸に染み込んで、ほかの井戸もダメにしてしまった、なんてことがあったらしい。加茂先輩は物知りだった。

 

 

「でも、井戸はもう探し尽くしてしまいましたね…」

 

「………もしかしたら、村人が普段立ち入らない場所にもあるのかもしれない」

 

 村の近くには小高い山と森がある。昔はそこの木を取ってきて、薪にしていたらしい。住民に調査をしていると、そんな話を聞いた。

 他にも、昔は山の方にも住んでいる住民がいたとか。ビンゴだった。

 

「その場所にも井戸はありましたか?」

 

 加茂先輩が尋ねると、老齢の女性は「んー……あぁ、あったよ」と答えた。

 

「あたしがね、子どもの時にあった気がする。お父ちゃんが木を切りに行くってんで、着いて行った時に見たよ。でも、その時にはすでにあの家は空き家になっていたから、今はもう倒壊しとるかもね」

 

 僕と加茂先輩は、回っているうちに時折茶菓子をもらった。僕はありがたくいただいたけど、加茂先輩はもらうたびに困った様子で「あ、ありがとう…ございます」と言っていた。

 

 村の人の反応はさまざまで、聞き回っている僕らを見るとコソコソと話し合っていた。

 好奇心、奇異、好意的、恐れ──。

 これもまた閉鎖的な場所だからこその、独特な価値観なのかもしれない。僕には苦手なものに感じられた。

 

 

 それから森へ向かった。呪いの気配は確かに、でも着実に強まっている。

 加茂先輩が帳を下ろし、おばあさんから聞いてメモした地図を頼りに進んでいく。

 道という道はなく、生い茂った草木をかき分けるようにして進んでいく。

 

「……加茂先輩」

 

「…あぁ」

 

 朽ち果てた家らしきものがある。そのすぐ側に、大きな蛇がいた。頭には長い、ボサついた髪が生えている。

 井戸を囲むように、それは渦を……いや、とぐろを巻いていた。

 

 

『……ネ…………シネ…………ミィンナ、シネ』

 

 

 ブツブツと、呪詛を吐いていた蛇の呪霊が動き出す。巨大な体はしかし、それより高い草木に隠れてしまう。

 視界の邪魔になるそれらはひとまとめに、根こそぎ宙へ浮かした。

 

 加茂先輩とアイコンタクトを取り、左右へ避ける。

 呪霊は僕の方へと牙を向けた。長い黒髪からのぞくそれはしかし、人間の女性の頭を付けたような顔をしている。

 

 動きは素早く、噛みつかれそうになったところを転がる。

 

「────『血縛』!!」

 

 こちらに気を取られていた呪霊が、加茂先輩の網にかかった。

 もがいているうちに、その呪霊のトドメを僕が指した。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

「君との任務は、呪霊を退治する時は本当にあっけなく終わるな」

 

 草の上に座り込む加茂が、影男にそう言った。

 

「そう…ですか?」

 

「君ならば、特級も倒せてしまうと思うよ」

 

「……でも、僕は」

 

「『祈本里香』のことを言っているなら、あれは特級の中でもさらに格が違う。自分の結果に恥じる必要はない」

 

 影男は強く拳を握った。

 

 

 立ち上がった加茂と影男は、井戸の方へ足を進める。

 放逐されていた井戸は一部が崩れているものの、形は綺麗にそのまま残っていた。

 水が呪いで汚染される元になったのはここだろう。

 

 桶と上の木を繋げる名残りの縄が残っており、それに影男が触れるとカランと音がした。

 

「えっ?」

 

 加茂が持っていたライトを下に照らす。

 

 そこには──、首を吊った人骨があった。

 

 服のようなものが骨にへばりついている。その、下へ下へと伸びている体はまるで、蛇のようでもあった。

 

 

 

 

 

 後日、村の中で行方不明になっている人物がいないか、調べられることになった。

 

 調査の結果、10代の少女が何十年も前に姿を消していたことが判明した。

 しかして捜索届けが出されることはなかったという。

 

 その事実を知る者は、村長であった。

 

 曰く、父(前村長)が村の少女に手を出し、その末に孕ってしまった彼女が「子に罪はない」と、産もうとしたのだという。

 前村長はその少女の首を絞めて殺し、首の痕を誤魔化そうと首吊りの形であの人目のない場所へ運んだそうだ。

 

 息子の彼は、このことをつい最近父親が残していた手記で知ったという。

 

 実際に現場へ赴き、白骨化した遺体を発見したそうだ。

 そしてその直後から、村で村人が倒れる事件が起こり始めた。

 

 

 そんな一連の真相を語る村長の顔は、当時の父親の写真とよく似ていた。

 

 

 

 事件の真相を聞かされた後、加茂は思った。

 呪いに満ちた水の中で、影男が見たという呪霊の赤子を。

 

 それは────と考えて、無性に彼の奥底にある何かが揺れ動く。

 

 

 虚しく、愚かで、────だが、少しだけ彼は報われた気持ちになった。

 

 その小さな『何か』は、呪いになった後も守られていたのだろうと思えたから。

 

 


 

 ・加茂

 精神値−10

【母の愛を信じる】獲得

 

 ・影男

 精神値−70

 ステータス異常【不眠・悪夢】

 

 ・夏油

【猿どもめ】メーターが40上昇

 

 ・死んだ少女

『トクベツ』なものが視えていたあの子に居場所なんてなかった。

*1
井戸を埋める際、お祓いをせずに埋めると祟られるという昔ながらの考え方。

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