茂山影男   作:ピンチャンよ永遠なれ………

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60話で終わります。髙羽は可愛いね。


47話

 加茂と赴いた任務から、影男はうまく眠れなくなった。

 

 これまでに惨い現場を目の当たりにしたことはある。運動靴を履いた右足首だけを見つけたり、肉片のようなものが落ちている血溜まりを見つけたり。

 

 ただ、白骨死体ははじめて見た。

 

 手に触れた縄の軽い感触と、骨同士がぶつかり合う音。不快感を感じるにおいが鼻腔を通った。

 そして、照らされた先にいた人の骨。

 

 事件の内容については────、正直、彼の尺度では内容が重く深すぎたため、一定以上の共感ができなかった。

 結局、『呪霊』として傷つけるならば、それは討伐しなければならない。

 

 

 覚悟はしていたが、人の死は何度見ても慣れることができない。同じ任務に行っていた加茂はケロッとしている。

 自分は呪術師向きの性格ではないのだと思う。死体を見るたびに何度も痛感させられる。

 

 周囲も一度は任務の中で人の死を見ている。

 

 例えば三輪の場合は、呪霊に殺された死体を見て吐いたらしい。幸吉や真依はそこの部分が影男や三輪よりタフだった。

 

 

 

「アンタ、目に隈ができてるわよ」

 

 廊下でそう声をかけてきたのは歌姫だった。手には書類が握られている。

 

「この間の任務を引きずってるなら、早めに割り切った方がいいわよ。まぁ、ああいった陰惨なケースは珍しい部類ではあるけど…」

 

「考えないようにはしてるんですけど……どうしても眠れないんです」

 

「……そのっ、どうしてもっていうなら、一緒に眠ってもいいわよ」

 

「庵先生と!!?」

 

「お馬鹿っ! か、彼女とってことよ」

 

「……真依ちゃんと?」

 

「そう。存外一人暮らしの人間には、人肌がすべてを解決してくれるもんよ」

 

 ペットがいるならペットでもいいけどね、と歌姫は続けた。

 

「でも……オホンッ! 学生の領分は超えないようにしなさい」

 

「学生の領分?」

 

「だからぁ、手は出すなってこと!」

 

「手は、出さない……」

 

 影男は以前真依と同じ部屋のベッドで寝ることになった時、彼女に()()()()()しまったことを思い出した。もう思いっきり手を出して、気を失った(彼は真依がいきなり寝るほど疲れていたのだと思った)真依の頭を撫でた。

 

「………」

 

「あっ…アンタ何? その、無言は……まさか、すでに手を出してるって言わないでしょうね!?」

 

「……手を、出しました」

 

「ハァ!!?」

 

「だって僕……手を出しちゃダメなんて、知らなくて…」

 

「ダメに決まっ──いや、うっ……いえ、ここは教師として、「ダメ」と私は言うわ!! 万が一の責任もあるのよ!? アンタにも真依にもその覚悟があるっていうなら、話はまた変わってくるけど…」

 

「責任…? 手を出すことに、責任が生じるんですか?」

 

 影男は「手を出す=手を出して相手に触る」ことだと思っている。

 一方で歌姫は「手を出す=××(チョメチョメ)する」ことだと思っている。

 

 この、『責任』の部分で歌姫はカッとなった。

 チョメチョメするのに『責任』を持たないなんていったいどういう了見であるのか。

 

(待って………まさか、この子…)

 

 そもそもの話、この少年が赤ん坊の作り方を正確に理解しているか、歌姫は怪しんだ。

 夏油はきちんとそこの教育をしているのだろうか? 確かめるにせよ、いくら歌姫とて純情ピュアボーイに「赤ちゃんの作り方知ってる?」と聞く勇気はない。

 

 

「何しとるんや?」

 

 

 そこに現れたのはッ────

 

_人人人人人人人人人_

> 禪院直哉!! <

 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄

 

 

「えっと……庵先生が、一緒に寝ている彼女にもし手を出す時は、『覚悟』が必要だって…」

 

「ヘェー…?」

 

「アンタはこの資料を学長に渡してきなさい!!」

 

 庵歌姫。さすがは「べっぴんでも顔に傷のある女なんて、嫁のもらい手はおらんやろなぁ」と嘲笑した直哉に、ノータイムで「黙れドブカス」と言った女だ。相手が禪院家次期当主候補だろうが関係ない。学生時代に五条家次期当主候補に鍛えられているせいでツラ構えが違う。

 

 資料を押しつけた歌姫は、影男の腕をつかむ。この話に直哉が加わると絶対に面倒になると判断したためだ。

 しかし、つかもうとした腕は空ぶる。直哉は受け取った資料を筒状にし、耳に当てた。

 

「ちなみに、影男くんは『どう』手を出したん?」

 

「………」

 

 影男は眉を寄せつつ、「真依ちゃんの頭を撫でました」と話した。

 歌姫はその様子を見て、唇をワナワナと震わせる。

 

「よくも…よくも人がいるのに、そんな下世話な話ができるわね!!」

 

「生徒に「手を出す」とか「責任」とか言うとる歌姫ちゃんの方が非常識っちゅーか、これって教師の生徒に対するセクハラちゃう?」

 

「『さん』を付けろぉ! お前も夏油も五条も…!!」

 

 ゼェハァ、と息を荒げる歌姫。一方で直哉は質の悪い笑みを浮かべている。

 

「影男くんも自分が何をしたか、教えてあげたらどうや?」

 

「えっと、僕は──」

 

「やめなさい!! どうせっ…どうせ男はみんなケダモノなのよぉ…!!」

 

「ま……真依ちゃんの、頭を撫でました」

 

 

 場がしんとした。

 

 歌姫はそこでようやっと、影男と自分が仲良くアンジャッシュしていたことに気づく。

 なんだそういうことか。やはり純情ピュアボーイのままだったか! ──などと、彼女は内心で思った。

 

「ほな、ボクは学長に資料(コレ)を届けるついでに、教師がいたいけな生徒にセクハラしていたことを報告してくるわ」

 

「待っ────って、アンタ本当に逃げ足が早いのよッッ!!!」

 

 歌姫は慌ただしく直哉の後を追った。

 取り残された影男は、気恥ずかしさはあったが、真依に添い寝の件を相談してみることにした。

 

 

 結果は食い気味のOKである。

 

 お泊まり云々の規定はないが、夜に正面から異性の寮へ入るのは難しかった。

 そこはまぁ、非正規の方法で突破すればよい。

 女子寮へ忍び込む勇気は影男にはなかったため、真依が男子寮に向かうことになった。

 

 

 そして、夜。

 

 寮のベランダからこっそりと影男の部屋に入り込んだ真依は、彼氏のベッドで一緒に寝ることになった。

 

 パーカーを脱いだ下は黒のランジェリー。肩と胸元がガッツリと出ている。対して下はショートパンツである。もうそれは四捨五入したら下着だと思うほど丈が短い。

 

「……ぱ、パーカーを着よう真依ちゃん」

 

「人肌に触れるならこのくらいの肌色が自然よ」

 

「で、でも……風邪引いたら大変だし…」

 

「さあ、影男くんも上着を脱ぎなさい」

 

「………えっ?」

 

 影男は冬用の寝巻きだ。謎のキャラが胸元にワンポイントされている以外は無地である。そのワンポイントさがダサさを際立たせている。

 その上を親の仇と言わんばかりに真依は脱がせ、下のインナーを引きずり出した。「ッチ、二枚か…」と彼女は内心で舌打ちした。

 

「待って!! 待ってインナーが破ける!!」

 

「私、今ここで筋トレの成果を影男くんに見せたくなっちゃった」

 

「ちょっ、…………あぁ」

 

 インナーが破かれ、その残骸がベッドの上に落ちた。

 下から覗いた筋肉は、真依が数か月前に見たものより発達している。身長の伸びに合わせて大きくなったと言うべきか。

 

「元肉体改造部のマネージャーとして見ても…なかなか仕上がってるわね」

 

「う、うん。ありがとう……」

 

 ごく自然に筋肉に触れたつもりの真依だが、インナーを破る暴挙に出たばかりのため、影男は若干引き気味だった。

 

 

「じゃあ、寝ましょうか」

 

 真依はそう言い、BB銃を出してスイッチ目がけて発射した。弾は見事に当たり、フッと明かりが消える。

 そして影男に抱きつき、ベッドへと倒れ込んだ。

 一連の射撃から意表を突かれた影男は完全に流されてしまっている。

 

「真依ちゃん……あの、筋肉は寒さに弱いんだけど…」

 

「おやすみ、影男くん」

 

「……………まぁ、いいか」

 

 影男は布団を引っ張り、自分と真依にかけた。

 

 ベッドに体を預けて、瞳を閉じる。頭の中にはあの生々しい白骨死体の映像がよぎった。

 しかし五感に訴えかけてくるそれは、感じる心音と温もりにかき消される。

 ドクドクと、真依の体が脈を打っていた。

 

 

 安心したと当時に、意識はすぐに暗闇の中へ沈んでいった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 やはり孤立的な場所ほど、その中で生まれた特殊な人間は恐れられ、忌避される。

 

 約十年前でさえ、美々子と菜々子のような例があったのだ。彼女たちも非術師に殺され、呪いに転じ、その呪霊を夏油が祓うことになっていたかもしれない。

 

 この世はやはり、術師の人間は生きにくい。

 

 非術師(猿ども)のせいで。

 

 

 

 しかして今の夏油は『呪術師』であり、憤りはすれど最低限は猿どものために奉仕活動をしなければならない。

 影男もまた任務が原因で気が滅入ってしまっている。声をかけたが、「僕は大丈夫です。それより夏油さんの方が…」と心配合戦になってしまった。

 影男の方は真依や友人がいるので問題ないだろう。

 

 自分ははたして、この『殺意』とよく似た何かをどう沈めるべきかという状態だった。

 

 

 そんな翌る日、夏油は任務の件で楽巌寺と話があったため、学長の部屋を訪れた。

 

 当の学長は不在。巨体なコンポから音楽が流れていた。部屋の明かりもついていたため、すぐに戻ってくるだろうと判断した夏油はソファーに座り待つことにした。

 

「……ダミヘンか」

 

 中学時代に多少かじっていた程度ではあるが、ギターの経験がある。10代の男子がギターにかぶれるのは割とあるあるではないだろうか。まぁここは偏見的かもしれない。

 

 J-ROCKから始まり、海外の有名どころの曲を聞く。その過程でダミヘンも知った。

 

 

「わかるのか。貴様にはこの音楽が」

 

「お戻りでしたか、楽巌寺学長。──あいにくとテクニックどうこうは語れませんが、良い曲だというのは分かります」

 

「そうか。ギターをやっていた経験はあるようだな」

 

「はい? えぇ、ありますが…」

 

「耳で聞きながら、指が動いておったぞ」

 

 どうやら夏油は、無意識にかつてのギターの感覚を指でたどっていたらしい。

 楽巌寺の空気はいつもより柔らかく見える。

 

「あの五条悟(糞餓鬼)の友朋が此処で教鞭を取るとなった時は、どうなることかと思ったが…」

 

 学生時代の「クズ」と呼ばれた部分が薄まった夏油傑は、楽巌寺には好感触だった。

 それよりも禪院家の次期当主候補殿が問題である。すでに加茂家の次期当主候補が入学しているのに、この絶対に気まずくなる空気をどないせえっちゅう話だった。

 あと普通に直哉の性格が終わっている。これに対し、「根性が直るならいくらでもしばいてよい」と豪快に笑った当主にも困り果てる。

 

「学長は悟のことを嫌っておいででしたね」

 

「老輩の血圧を上げるような餓鬼を、何故(なにゆえ)好かねばならん」

 

 割と本気で五条に切れてポックリ逝きかねない。楽巌寺はやはり五条悟が嫌いだった。

 

 

 それから任務の話を終え、夏油は席を立つ。

 

 学長もまた年寄りらしく「よっこいせ」と腰を上げて、棚にあった筒状の物を手に取った。

 

「以前、歌姫が買ってきた土産だ」

 

「これは……」

 

 夏油が渡された筒を手に取ると、「シャラ」と音が鳴った。振ってみればシャラシャラと小気味のいい音がする。

 促されるままに小さな穴を片目で覗けば、小さな世界が絶え間なく──しかし規則的に変化する。

 

「手を止めよ」

 

 世界の変化は止まる。固定された一つの景色が見て取れる。

 

「『それ』が、今のお主だ」

 

「………」

 

 沈黙ののち、夏油はまた手の筒を動かし、世界を変えた。

 シャラリと音が鳴る。シャラシャラと。

 

 

 世界の見方を変えれば、夕暮れの中を歩く親と子のような────悪意もなく、誰かを思い、過ぎていく日々がある。

 人間は良いものより、悪いものが多く見えてしまう。

 

 夏油は息を吐き、筒から目を離した。

 

 

「若輩者へのお言葉……誠に痛み入ります、おじいちゃん」

 

「────やはり貴様も気に食わん。五条の友朋め」

 

 

《hr)

 

 ・楽巌寺学長

 前年度にヤベェゴリラと加茂家の天然次期当主が入学して大変〜〜になっていたところに、禪院家で騒ぎを起こした少年と五条のお友だちと性格がねじ曲がっている禪院家の次期当主候補がやって来ちゃった! 血圧の薬を飲み忘れたら最後、ポックリ逝くかもしれない。

 夏油と直哉の「おじいちゃん」はクソだと思うが、影男の「おじいちゃん」は孫に言われているようで悪くない。悪意がないねん他とやつらと比べて。




ピアスも踏まえたら、夏油と学長は意外と趣味が合いそう。
でも夏油の趣味が格闘技だから…ゴリラだから……ギターにかぶれる姿は泡沫の夢のようナリ。でもなぁ……灰原に披露して「カッケェー!」って瞳をキラキラさせながら言われて、思わず照れ笑いをしちゃう姿も見たいナリ…。
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