茂山影男   作:ピンチャンよ永遠なれ………

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 領域展開────『ショタ真人』


48話 悪いやつらのシルブプレ

『ニンゲンって、色々な娯楽を作ってるよねぇ』

 

 テーブルの上にはトランプや人生ゲーム、オセロや将棋、さまざまなゲームが置かれていた。

 どれをやってみたいか聞かれた『彼』は、「うーん」と悩んでからオセロを指差した。

 

 

 彼が黒で、相手は白。彼はルールを聞きながら、指で石を弾き飛ばし、床へ落として──をくり返す。おそらく彼にパズルのピースを渡したら最後、永遠に完成しなくなるだろう。

 

 

『はいはい。拾えばいいんでしょ。ちゃんと話も聞いてるって』

 

 

 

 

 

 ────呪力界の均衡が大きく変わったのは、五条悟の誕生からである。彼の力に呼応するように、呪力の力も年々増している。

 だが、変化はそれ以前から起きていた……と聞いた彼は、オセロを盤上に置きながら目を丸くする。

 

『そこまで断言するなら、何か確証はあるわけ?』

 

 人間は総じて呪力を持つ。伏黒甚爾のような例外を除いて。

 しかし術式を持つ人間は圧倒的に少ない。あったとしても、それを扱う肉体(通す導線)が不完全では力を使うことができない。

 

 「自由」な呪力。固定された術式()ではない、人間の「進化」とも呼ぶべき力である。

 

 その現在の特異点が『茂山影男』だった。呪力を変幻自在に操り、反転術式までも可能とする。与幸吉の天与呪縛を不完全ではあれ、破ってもみせた。

 

 

『「影の男」と書いて「影男」………ちょっと可哀想じゃない? 小学校でいじめられそうな名前じゃん。可哀想にねー。まあ本音じゃないけどさ。

 ──そういや、アンタの名前ってなんだっけ? 聞いてなかったなぁ。………えっ、ないの? …………えっ、戸籍もないの? かわいそう…。

 いや、これは本気で可哀想ってフリをしている顔だよ。適当に呼んでいいならアンタの石が白だから、「白ちゃん」でいい? …うん、決まり。じゃあ白ちゃんで』

 

 でさ、と『彼』は続けた。今のところ盤上は彼の優勢である。

 

 

『その茂山影男以外に「進化」を果たしている人間、あるいは呪霊っているの?』

 

 

 その問いに、例として挙げられたのが「鈴木統一郎」だった。

 

 この男もまた、茂山影男と同じように現実に自由に干渉する能力を持つ。しかし天与呪縛まで破れるかと問われれば、難しいだろう。

 鈴木にはそもそも術式がある。〈術式がある〉という事実を「縛り」と考えれば、術式がない茂山影男の方がより自由に、柔軟に現実に干渉できるだろう。

 

 ただ、純粋な力でみるなら鈴木の方が上である。

 勝てるとするならそれこそ、五条悟くらいだ。

 

『鈴木って男は確か、日本をまず落とそうとしてるんでしょ? 五条に打ち勝つ作戦を組み込んでるんだろうけど、勝機はありそうなの? アンタから見て。

 ………うーん、シビアな数字だ。何なら、()()鈴木と組めばいいじゃん。五条悟が目の上のたんこぶなのは同じなんでしょ? ほら、封印する云々って言ってたじゃん。きっと向こうも乗ると思うけど。

 ……へぇー、裏で動きたいからってことね。それに鈴木は『封印』じゃ納得しないからと』

 

 すでに五条悟を封印する道具は入手しているらしいが、『彼』はまだ実物を見せてもらったことがない。理由は単純に自分が信用されていないからだろうと、『彼』は分かっている。

 

 食えない相手だなぁ、と彼は思った。

 

 盤面は────“()()()()”。

 

『彼』の勝ちだった。しかし、彼は頬を膨らませる。

 

 

『………ねぇ、もう一回やろう! もう一回、勝負を……えぇ、やって欲しいなら働けって? ………次は絶対に俺が勝つから!!』

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 ────世界はかくも残酷だった。

 

 エクボを悩ます、東堂葵。「お前の好きな好み(タイプ)は誰だ?」と問われ、それに「ケツとタッパのでかい女」と答えてから、エクボの呪生は変わってしまった。

 

 まず間違いなく父親ではないのに「親父」と呼ばれる。その設定にも、亡くなった親父は酒飲みだったとか色々と細かくあるようだが、エクボからすれば「知らねぇよ!!」だった。

 

 それからとうとう神様頼りに出れば、途中で修行の旅に出ていた東堂と出くわす始末。

 おかしい。縁切り神社を回っていたはずなのに、切りたかった縁の方からやってくるとか。

 

 世界はかくも残酷だった。

 

 

『ようやく……逃げ出せたぜェ…!!』

 

 東堂に連れ回されること数週間。エクボはようやく東堂から逃げることができた。まぁ、東堂が明らかに自分より高い等級の呪霊をぶん殴っている間に、そのおこぼれに預かってかなりパワーアップできたのはよかった。

 

 いや、まったく良くない。何も、まったく良くない。

 

 

 そもそも最近のエクボは弛んでいた。

 

「神になる」という大望のために暗躍していたはずが、気づけば影男たちといる事が当たり前の日常になっていた。

 最初の頃は強力な力を持つ茂山影男を利用してやろうと、呪霊らしい(?)一面を見せていた。

 

 それがどうだ。今のエクボは『捕食者』に仕事の手伝いをさせられたり、思春期の少年をいい感じに導いてやったり、弟子のはずの少女にぶん殴られたりしている。

 そしてそんな日常が、居心地のよいものになってしまっている。

 

 

(俺様は仮にも呪霊なんだぞ!!)

 

 

 エクボは改めて、呪霊である己の目的を再確認する。

 己が────「神」になること。

 

 今は東堂のおこぼれもあり、二級程度の力は戻っていた。他の呪霊退治の任務に同行すると、こうはいかない。夏油は同じく捕食する側の立場であるし、影男も容赦なく倒すので食らう時間がない。かと言って真依は心配でついアシストしてしまう。

 

(地道に食らっていくしかねぇか…)

 

 縁切りの旅は終了だ。東堂との縁を切るには、自身が「神」にならないと無理だろうと悟った。

 

 エクボは高専へ戻る道中、呪霊を捕食しながら気ままに移動する。街中だと四級に満たない呪いばかりだ。時折いても四級ほど。それを食らった場合は、一応報告義務にのっとり、公衆電話から呪い的な力を用いて連絡している。場所や、もし発生原因もわかれば教えてやり、電話を切る。呪霊でありながら、もはややっていることが呪術師だった。それも優等生な呪術師だった。

 

 

 

 その日もまた、エクボは路地裏に追い込んだ雑魚呪霊を喰らっていた。高専まではあと県いくつ分という距離である。

 

『…っ!!』

 

 食べ終えたかと思えば、感じた視線。

 その方向は建物の上からで、とっさに見ると少年がじっとエクボを見ていた。姿は人間だ。しかし、気配が違う。

 

『呪霊が呪霊を捕食してるところって、はじめて見たなぁ』

 

『………』

 

『そんなに警戒しないでよ。別に危害を加えるつもりはないし、俺はただ興味があって観察してただけだから』

 

 トッ、と少年はエクボの前に降り立つ。相手の気配から察するに、この少年はエクボより格上。間違いなく特級クラス。それも──まだかなり幼い。

 

『呪霊の新しい生存戦略か。興味深いな』

 

『何モンだ、オメー……』

 

『俺? 俺は『真人』って言うんだ。君は?』

 

『………エクボ』

 

『……エクボ! 人間が笑った時にできるくぼみじゃん!』

 

 真人は手を後ろで繋ぎ、エクボの周りを一周した。いくら見ても味気ない緑のソフトクリームフォルムである。

 

『俺は呪霊のことを、ニンゲンで言う〈家族〉や〈友人〉のように感じてるんだけどさ。アンタと同じように呪霊を喰らえって言われたら、できないかな』

 

 真人は呪霊に同属意識を抱いている。人が人を食らうことをタブーとしているように、真人も自分が呪霊を喰いたいとは思わない。ただ、力をつける手段としてはエクボの方法は完成されている。合理的なグロテスクだった。

 

 

『新時代の象徴がこの緑うんこか……』

 

『おいコラテメェ、今何つった!』

 

『アハハ、何でもないよ〜』

 

 アラレちゃんが木の棒にエクボを刺していても、まったく違和感がない。などと、真人は薄情に思った。

 

『なぁ、エクボは呪術師に飼い慣らされてるんだろ?』

 

『語弊があるな。俺様の目的のために利用してやってるだけさ』

 

『へぇ? 呪いらしく狡猾に、呪術師を利用しているの?』

 

『あぁ、そうだ』

 

『へぇー……アンタ、嘘つきだねぇ』

 

 呪いは呪いらしくあるべき。それが真人の考えだ。理性を得ても呪霊の「人を殺したい」という本能に逆らう必要はない。しかし、このエクボはその前提から異なる。人を殺したいという本能が感じられない。その代わり、別の目的を持っている。

 

 呪霊でありながら、本来の呪霊から逸脱した進化を遂げている呪霊。

 

 このエクボこそ、茂山影男や鈴木統一郎のような人間が生まれた「呪力変化」の原点だった。

 

 

『ねぇエクボ、俺たちの仲間になってよ』

 

『………』

 

 

 真人は手を差し出す。ここで断ればエクボは消されるだろう。この呪霊に見られていた時点で、エクボは王手をかけられていた。

 

『ソイツァ、どだい無理な話だ』

 

 どの道ここで真人の手を取れば、特級術師二人と特級クラス一人の計三人に囲まれることになる。特に五条と夏油の本気の殺気を向けられるなんて死んでもごめんだ。

 

 それに、今更どのツラ下げて影男や真依たちを裏切れというのか。

 

『そっか、残念だよ』

 

 さらに一歩、真人が前に出る。そしてエクボの手を握った。

 

 

『じゃあ俺の友達になって!』

 

『ハ?』

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 真人は人が人を恐れ、憎む負の感情から生まれた呪霊だ。そんな彼は今、エクボを引きずって人間の文化を勉強している。

 

『たこ焼きかぁ…。人間は食べ物を摂取して、それをエネルギーに変換しているわけだろ? 味覚で言う「おいしい」とか、「まずい」ってどんな感じなんだろうね』

 

『んなモン、食ってみりゃわかるだろ』

 

 たこ焼きの食品サンプルが置かれたショーケースに張り付く真人を、エクボはめんどうくさそうな目で見る。まるで一児の親にでもなった気分だ。この呪霊、生まれたて過ぎて好奇心がカンストしている。

 

『俺様は人間に取り憑けるから味がわかんだよ』

 

『エクボは美味いのかな』

 

『オイシクナイヨォ、ゼンゼン』

 

 小さな神社を散策している際に捨てられたアダルト雑誌を発見したときは、「人間のメスの裸だー!」と手に取ろうとした真人より先に、エクボが疾風迅雷の如き速さで奪いとった。雑誌は境内のゴミ箱に捨てられた。

 

 好奇心旺盛で色々と首を突っ込む真人と、おせっかい焼きなエクボの相性はよかった。何か真人が疑問に思った時も知識のあるエクボが教えてくれる。

 

 だんだんとエクボは真人に気を許していった。

 

 

 

『エクボって神になりたいの?』

 

『そうさ。全人類が俺様を崇めるんだ!』

 

『それで人間社会に紛れ込みながら、宗教組織も作り上げたんだ…すごいねぇ』

 

 崇める力はそのまま一つの呪いとしてエクボに集約されるだろう。これが加速度的に進めば、呪霊エクボはさらに新たなステージに進化することも可能なのかもしれない。

 

『面白いこと考えるなぁ、緑うんこは』

 

『テメッ、だからその呼び方!!』

 

 

 

 何だかんだと真人の世話をしているうちに、肌寒い季節になってきた。

 そういや高専に戻ろうとしている最中だったと、エクボは遅れて思い出した。

 時間感覚がやはり人間と異なる。

 

 この明らかに特級なガキンチョ呪霊をどうすべきか、しばし悩む。真人と接しているうちに感じたが、やはりコイツは呪霊。人を殺すことに躊躇はないどころか、愉しんで殺すだろう。一応、エクボとともにいる間は人を殺していない。

 

 エクボが人間を殺さないのは、呪霊を食らった方が合理的だからだ。それに「神になる」ためには人間の信仰心が不可欠である。また、人を殺せば呪術師に目を付けられる確率も上がる。

 以上の理由から人を殺していない。

 

『エクボは、人間を殺すことをどう感じる?』

 

『…別に、何とも思わねぇだろうな』

 

『人間が同種を殺した時にも感じる“罪悪感”は?』

 

『罪悪感ンン?』

 

 罪悪感……罪悪感?

 エクボは無い首をひねる。

 

 罪悪感がどのような感情かは理解している。それをエクボが感じることもある。

 ただ、人間を殺した時に己が感じるかと言えば──わからない。

 考え込むエクボに、真人は口角を上げた。呪霊らしくない呪霊だが、きちんと呪霊らしいところもあるらしい。

 

『どう? 試しに人間を殺してみない? そしたら、今までエクボが自分の利己で省いていたものから、新しい自分を見つけられるかもしれないよ?』

 

『唆してもやらねぇよ。そもそも、一般人には手が出せねぇように縛ってある』

 

『ちぇっ、つまんないのぉ』

 

『お前に分かるわけねぇさ。特級術師二人に囲まれた時の、あのプレッシャーは……』

 

 腕をさするエクボに、真人はハハッと笑った。

 

 

(結局、このガキンチョはどうするか…)

 

 

 放逐すれば人を殺すだろう。かと言って、夏油や五条を呼べばこの呪霊は殺される。

 どちらを選べばいいのか。エクボは悩み、答えを出せずにいた。

 

 

 

 そして、関西某所にある商店街で真人と散策をしていた時。たこの暖簾を見つけ、影男がハフハフとたこ焼きを食べている姿を思い出していたからだろうか。

 

「エクボ?」

 

 エクボがハッと声のした方を向くと、高専の服を着た影男が立っていた。

 影男の目が次に、真人をとらえる。

 

「────ッ!!」

 

『もしかして君がエクボを飼っているっていう茂山影男? 俺エクボの友だちの、真人って言うんだ!』

 

「(会話も、できるのか…)」

 

 影男は臨戦体勢に入っている。

 真人が特級相当の呪霊だと判断したのだろう。握られた拳が震えている。

 影男から見て、真人の呪力は禍々しい色をしていた。

 

「というか、さっきエクボの友だちって言った…?」

 

『ッ……』

 

「どういうこと、エクボ?」

 

 エクボは黙り込んでしまった。

 その、うつむく姿を見た影男の中で裏切りに似た感情が生まれる。

 だが私情の前にまず、現状の対応を優先する必要がある。

 

 

(このまま撤退すべきか? でも一級の僕を見てもあの落ち着き具合。特級相当なのは間違いない。だとしたら、放置するわけには……)

 

 

 周囲には大勢の人間もいる。影男の拳を握る手が汗でびっしょりと濡れる。

 真人は目尻に弧を描きながら、一歩踏み出す。

 

『どうする? 周囲には人間がいる状況。仲間を呼ぶ間に、俺が殺してしまうかもしれない』

 

「………」

 

『あるいは君が祓う? それでもいいよ。周りを巻き込まずに、かつ守りながら戦える自信があるのなら』

 

「……ッ」

 

『さあ、考えるといい。悩んで導き出した君の最適解を見せてみなよ』

 

 距離を詰める真人に、影男は動けない。

 全力を出せば勝てるかもしれないが、そうすれば確実に周囲の人を巻き込む。きっと逃げて追わせる戦法を取っても、この呪霊は追いかけて来ない。

 夏油を呼ぶ時間もない。

 

 

 どうすれば────。

 

 

 その時眼前に、緑の炎がゆらめいた。

 

 

 

「エ、クボ……」

 

『お前は俺よりも、その人間に帰属意識を持っているわけか』

 

『ッケ、違ェよ。こっちに付く方が有用だから、そうしてるだけさ!』

 

 影男の前に浮かぶエクボの体は震えている。真人とエクボでは力の差が歴然なのだ。

 

『────ハァ、仕方ないな。エクボに世話になったことに免じて、今回はお暇させてもらうよ』

 

「……世話になった?」

 

『…このガキのお守りをさせられてたんだよ』

 

『「パパ」って呼んであげようか?』

 

『冗談でもやめろ!!!』

 

「ハハッ、おもろ〜」と言った真人は直後、地面を蹴って影男の真正面に立った。

 彼の腰より少し上ほどの小さな体。ニィィと口角を釣り上げた真人に、影男は咄嗟に手をかざ────、

 

 

『じゃあね、茂山影男』

 

 ────そうとしたが、真人の手に握られた。

 

 

 まるで握手をするように。しかし心臓を撫でられたような感触を感じた影男は、その手を勢いよく振りほどいた。

 

 その拍子に真人は吹き飛び地面に転がる。「イテッ!」と可愛らしい声が上がった。

 

 一方で影男は胸元に手を押さえるようにし、荒い息を吐いた。

 体中の毛穴という毛穴から汗が吹き出て、衣服に染み込む。その感覚もまた不快で、感じている気持ち悪さに相乗される。

 

「な、にをっ……僕に…!!」

 

『何だよ。別れの握手をしようとしただけじゃんか。でも君、ちょっとさぁ、油断大敵過ぎるよ? それこそガキの頃にお菓子に釣られて、誘拐されてもおかしくない間抜けさだよ』

 

「僕に何をしようとしたかって聞いてるんだッ!!」

 

 叫ぶ彼を、周囲の人間は訝しげに見ながら通り過ぎていく。必然と影男の周囲には人がいなくなった。

 

『お前のその冴えないモブ顔を、ちょいとイケメンにしてやろうと思っただけじゃん』

 

『………お前の術式か』

 

『正解だッ、エクボ!』

 

 真人の術式名は『無為転変』。

 彼は自身が触れた相手の魂の形状を操作することで、対象の肉体を形状と質量を無視して俺の思うままに変形・改造することができる。

 

 

『でも、イケメンにしてやる前に、大量の呪力を流されて守られちゃったな。動きは(ノロマ)だが、呪力操作に関しては(ピカイチ)か』

 

 

 魂の外殻(カタチ)というのは、人に取り憑く時にエクボが感じる精神プロテクトとはまた異なる。この場合、魂・肉体・精神はそれぞれ別のものとして考えよう。

 

 術師ならば無意識下でこの精神プロテクトを行える。ただ魂の外殻を認識できる者はまずいない。

 真人の改造を防ぐには魂の形を認識し、さらに呪力で覆う必要がある。どんな強者でも、一度その歯牙にかかってしまえば終わりだ。

 

 

『君は喜怒哀楽の代謝が、ふつうの人間よりはるかに多い────?』

 

 

 一帯にゴォッと、強い風が吹き荒れた。

 先ほどまで黒かった瞳は真っ赤に染まっている。

 少々遊びすぎたかもしれない。真人は笑みの裏で一筋の汗を流す。

 

 

(なるほど。これが、現代の『特異点』か……!)

 

 

 真人の周囲のみを呪力の渦が取り囲み、さながらミキサーのようにその表皮を削り取っていく。

 だが問題ない、と彼は内心で呟く。

 

「体をバラバラに……!?」

 

 真人は腕や足をちぎり、渦の外へ投げ捨てた。すでに皮が無くなり筋肉がある程度剥がされ肉人間のような状態だが、魂さえ傷つかなければどうとでもなる。

 ただ、さすがに全身の粉微塵はまずい。

 

 地面に落ちた腕や足はネズミへと姿を変え、渦の中に残っていた部位は完全に粉々になり、塵となった。

 影男は追おうとしたが、四方へ散ったネズミたちのどれを追えばいいのか迷い、結局取り逃してしまった。

 

 

『……シゲオ』

 

「お前からは後で話を聞く」

 

『………今殺しはしねぇんだな』

 

「あの呪霊の情報は要るから。その後で処遇は夏油さんに決めてもらう」

 

『……わかった』

 

 歩き出した影男に、エクボは頭の先っちょをしなだれさせながら続いた。

 ただ、途中でその歩みが止まる。

 振り返った影男の目は、いまだに怒りの色で染まっている。しかしそれは真人に向けていたものとは種類が違う。憤りの滲んだものだった。

 

「何か言い分があるなら……言えばいいじゃないか」

 

『………俺はよぉ、やっぱり呪霊なんだ、シゲオ』

 

「……」

 

呪霊(アイツ)が殺されるのが可哀想だと思っちまった。ただ、アイツのせいで人間が死ぬと、お前らが困っちまうだろ』

 

 だからどうしたもんかと優柔不断な呪霊になっていた結果がコレだ。

 謝ったエクボに、影男は唇を噛む。

 

『俺様は呪霊玉にされちまうんかな…』

 

「お前のことなんて夏油さんは飲み込みたがらない」

 

『あんだとぉ!?』

 

「お前は良い呪霊じゃないけど、……そこまで悪い呪霊でもないよ」

 

『………』

 

 

 萎びていた緑の先っちょが少しだけ復活した後、彼らは高専へと帰還した。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 ファミリーレストランの一角。

『彼』は届いたオレンジジュースをじっと見つめた。あいにくと飲めないので、この味がどんなものなのか知ることができない。「エクボのやついいなぁ」と彼はソファーに横になった。

 

 随分と気に入っている、と言われた彼は頷いた。

 

 

『仲間に誘ったんだけどさぁ、断られちゃった。感性も人間みたいなやつだったけど……やっぱり、呪霊だね。どこか決定的なところで人間との相違点がある。

 面白いやつだったなぁ……ただでさえ形がうんこだったのに………えっ、食事中だぞこっちはって? アンタも一度見たら絶対に俺と同じ感想を抱くよ』

 

 

 ズズッと、吸い上げられたオレンジジュースがストローを上がっていき、口の中へ入っていく。

 

 彼がどんな味か尋ねると、「オレンジ」と返ってきた。んな事はわかってるんだと、彼は頬を膨らます。

 

 

『──で、例の茂山影男の件ね。アンタが不確定要素として懸念している「ヤバい何か」ってやつ。茂山影男に触れた時に、確かに感じられたよ。鳥肌が立ったよマジで。俺の本能がビビったのかな』

 

 オレンジジュースの次は、期間限定のパフェが届く。

『彼』は右頬をテーブルにつけ、ジトッとした目で美味そうに頬張る顔を見つめた。

 

『………何か報告することが他にもあったけど、忘れちゃったかも』

 

 彼の前にスッと、折りたたみ式のオセロが差し出された。

 

 

『……アンタが「???(アンノウン)」って呼んでるやつは、茂山影男が最上啓示を殺した後に吹き出たんだろ?

 これをアンタは、茂山影男自身が無意識のうちに表に出ないように封印しているものだと推測している。

 それとこの「???(アンノウン)」が出現するときは、本体が意識を失った場合、あるいは命の危機に晒された時に出てくるのだろうとも』

 

 

 最上啓示の際はおそらく、影男の命が危機に瀕したため出てきた。

『彼』は最上と話せなかったことを惜しみつつ、ツギハギだらけの人さし指を相手に向ける。

 

 

 

『「???(アンノウン)」の正体が分かったって言ったら、どうする?』

 

 

 

 彼は────真人はイタズラっ子のように笑って見せた。

 

 


 

 ・ショタ真人

 戻らないし、もどしはするかもしれんが永続するタイプのショタ。かわいい。知的好奇心が向く矛先も子どもっぽいものが多い。感性も幼い。エクボは面白いおもちゃ的感覚。

 

 ・オセロ

 次は全部が白になり、「もう一回〜!!」とごねたショタ真人。




オセロで石を全部自陣の色にされて『勝たされた』のは実ネタです。
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